ピンクのアフロとツバキの挑発
「……はぁ、緊張します」
控室の端っこで不安そうに天井を見つめる雛。
あれから結局 「一番動きやすそう」 という理由でチャイナ風の衣装に決めた。上着と同じ様に赤に金色の刺繍の入った靴を履き、指の部分の出た革製のグローブを嵌めている。
髪型がシニヨン風に見える赤い髪飾りを左右に付け、顔の半分は蝶を模した仮面で素顔を隠している。これはアーク曰く 「雛たん絶対目立っちゃうから、これで素顔隠しておいたほうがいいですぞ!後々ファンが付いて生活に支障きたしたら嫌でショ?」 という理由らしい。
そしてリングネームは 『修羅雪姫』。命名はネーミングセンスが中二病な事に自分は気が付いていない八来。
雛はというと、 「格好いいお名前です!ありがとうございます!!」 とお気に召したご様子で。
アークはそんな二人を横目で見ながら 「君達、本当にいいコンビでごじゃるねぇ」 と笑っていたという。
「八来さんとアークさんはいつも通りにやって来い!何て言ってましたが……はぁ、不安です」
闘技場で闘う事も、大勢の観客の前に出る事も何もかもが初めてで果たしていつも通り戦えるのかと不安が付きまとう。
家を出る直前、八来とウォーミングアップに軽く手合わせをしてきたがもう少し彼と拳の撃ち合いをしたかった。
(八来さん、徒手空拳も強かったです!)
普段は杖を使っているので分からなかったが、彼は素手でも十分強かった。軍に所属していた時代、武器を破壊されることもしばしばあったそうだ。なので、素手でも戦えるように訓練していたらしい。
徒手空拳を得意としている雛でも中々決定打を出せないほど八来は強かった。やはり、経験の差なのだろうか。だからこそ、自分はあの人に追いつくためにもっと場数を踏まねば。
「では、参加者の方―入場のお時間となりましたのでスタッフの後にお願いします」
女性参加者達はスタッフの後に従い会場へと移動する。
先程気になって女子更衣室にいた参加者を見ていたが、ツバキの姿は見付けることは出来なかった。性別不肖と書いてあったが、どうやら女性ではないらしい。
「わぁ……」
薄暗い通路を抜け、ドアをくぐればそこは熱気渦巻く戦いの場。期待高まる観客の声、自分たちを照らす照明、参加者の緊張と武者震い……雛にとってここにある全てが初めてで新鮮で、胸が高鳴っていく。
《いぇぇぇぇーーーーい!!皆ぁ!!ノッてるかぁぁぁぁーーーーい!!!》
闘技場の真ん中で白いスーツに身を包み、ハートの形のサングラスを付け、リボンが付いたピンク色のアフロ姿の男がマイクを片手に声を上げた。
それに答えるように、観客たちの声が一層大きくなる。
《おっけぇぇぇいっ!!観客の皆、熱い声援あっりがとぅぅぅぅぅぅ!!俺はこの地下闘技場の司会兼レフェリーの『Mr.ハートメン』!!よろしくぅ!!!》
地下闘技場よりもミラーボールのダンスホールが似合いそうな司会はニッと笑って高くVサインを掲げた。
(す、凄いテンションですね……)
学生時代、運動会も体育祭も学校祭も家の都合で休みを取らされていた雛にとってこんなにも熱く騒がしく、心が騒ぐ催し物は初めてだった。
観客も、周りの選手たちも、凄く凄く楽しそう!ああ、ワクワクする!!
「あれ?」
突如、照明が消えたかと思うとスポットライトがハートメンを映し出す。
《さてさてぇぇぇ!前回の地下闘技場大会の優勝者『ツバキ』様が今回も参戦だぁぁぁぁ!!皆、気合い入れて行こうぜぇぇぇ!!》
もう一つのスポットライトがハートメンの横にいつの間にかいた人物を照らしだした。
白いフード付きのマントをした細身の人物――――――ツバキだ!
観客のツバキコールが一斉に始まった。
《わぁお!大人気だねツバキ様――――!ではでは、ツバキ様、何か一言》
ツバキは観客席に手を振るとハートメンからマイクを受け取った。
《今回ここに集った強者に一言。ワイは、負けへん!このツバキと闘いたかったらてっぺんまで上って来いや!》
大人しそうな外見とは裏腹に中々強気な発言をする。そしてどこかイントネーションの危うい関西圏の方言。
《そうそう、今日の参加者のリスト見せてもろてちょっと面白そうな新人が出場しとったな。『修羅雪姫』さん?アンタには是非とも勝ち上がって欲しいわ》
「へ?」
突然、雛を激しい光が襲う。あまりの眩しさに手で目を庇いながら前を見ると遥か遠くでツバキがこちらを指差していた。手の平を上へ向け親指を除いた四指を折り曲げる。 「ここまで来い」 と言っているのか?
ツバキの仕草に観客も参加者も全員がざわめく。それもそうだ、雛は全く実績も知名度も無い初心者。それが何故か地下闘技場チャンピオンに興味を持たれているのだから。
「へ?え?えぇ!?」
名指しされた本人は混乱して目を白黒させ、どうしていいか分からず不安になって周囲を見回す。観客、参加者、司会者の視線が一気に雛に集まっている。
《おおぉーーーーー!何と!前回チャンピオンが!全くの新人をご使命だぁぁーーーー!!さぁて、修羅雪姫さん!今のお気持ちをどうぞ!!》
参加者の波をかき分け、ハートメンがマイク片手に雛の傍にやって来る。
マイクを渡されたはいいが、雛はまだ混乱中。しかも今までこんなに大勢の注目を浴びたことも無い。パニックして、慌てて、大混乱して、そして出た言葉が。
《が、がんばりまひゅっ!》
噛んだ。
《緊張しちゃったかな?可愛い頑張る宣言センキューーーーーー!!そんじゃあ、運命のくじ引き開始ぃぃぃぃ!!!》
選手たちはあらかじめ、いろは順に分けられておりそこから対戦相手はくじ引きで決まる。
雛は『い』グループ。相手が決定した選手の名が次々と発表され、どうやら初戦の相手の名前は『金剛』というらしい。
《ではではぁ!ルールの確認だーーーー!この大会では飛び道具や武器の使用は基本OK!ただし、刃物はNG!火薬類も殺傷能力が高い物は同じくNGだ!》
テンション高いルール説明の後、早速初戦開始となった。しかも、今大会の第一戦目は雛VS金剛となった。
「すー…はぁあぁー……」
リングに上がる前にまず深呼吸。慌てない慌てない、大丈夫、大丈夫!そう念じながらロープを掴みひょいとリングに上がる。
「ツバキも見る目が無いな。こんなおチビちゃんの何が良いのやら?」
対峙したのは縦も横もでかい男。ごつごつの角ばった体はすべて岩石で出来ており、眼球の代わりにガラス玉が嵌め込まれている。
「わぁ!ゴーレムさん!!凄いです!!」
子供の様な澄んだ瞳と無邪気な言葉を送る雛に、相手は拍子抜けしたように苦笑いした。
「あ、初めまして!私はや……ではなく、修羅雪姫と申します!よろしくお願いいたします!!」
いきなり自己紹介を始め、足を揃えて丁寧なお辞儀をされ、ゴーレムこと金剛選手は唖然とした。
《おーーーーけぇいっ!修羅雪姫ちゃんの挨拶が終わったところで試合開始だ!!ではぁぁぁぁ……レディ―――――GOっ!!!》
ゴングが鳴ると同時に金剛が先に仕掛けてきた。その大きく厳つい体とは裏腹にスピードの乗った一撃を雛の顔面目掛けて振り下ろす。巨岩の拳が迫る中、雛は両腕をクロスして防ごうとする。
「残念だったなツバキ!こいつはここで終わりだぁ!!」
《おおぉーーーっとぉ!?修羅雪姫、動かない!!ここでリタイアかーーーーー!!》
金剛の固く重い一撃が雛の細腕に激突し鈍く重い音が響く。観客から悲鳴が上がり、誰もが雛の腕が無残にひしゃげたのを想像しただろう。
だが、雛は吹き飛ばされることも無くその二本の腕も健在だった。
「……次、私から攻撃してもよろしいでしょうか?」
「へ?」
次の瞬間、金剛の巨大な拳に両手を添えて跳び箱を飛ぶようにして上へと高く舞い上がる。
落下と共に岩石の頭に踵落としの一撃をいれ、着地すると再び飛び上がりその顎に拳の一撃をお見舞いする。
「もう一撃失礼いたします!!」
ご丁寧な宣言の後、ぐらついた巨体の胴体へと正拳突きを入れる。
《凄い!凄いぞぉぉぉぉ!!!その名は伊達じゃなかった修羅雪姫―――――!阿修羅の如く息も尽かせぬ連続攻撃ぃぃぃぃ!!!金剛ダウンだーーーーー!!!》
ぐるりと白目を向き巨体がマットに沈む。ハートメンが駆け寄りカウントを始める。
《……ナァイン、テェェェンっ!!勝者、修羅雪姫ぇぇぇぇ!!》
雛の手を取り、グインと天井に向かって上げさせて勝者宣言。
勝った雛はというと、こてんと首を傾げ何が起こっているのかよく解っていない様子。
あまりにあっさりと勝ってしまったので、どうやら実感がまだ湧いていないようだ。
(やっぱり、八来さんと稽古している方が楽しいですね)
八来の方がもっと早く重たい一撃を入れてくれる。
地下闘技場に来る前の手合わせでは、腕に防護結界を張るのが間に合わないくらいの速さで腹に一撃を喰らったことを思い出す。
物足りない。
観客の声援に包まれながら、雛はぼんやりとそんな事を思っていた。




