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白豚が来たりて鼻を鳴らす

「地下闘技場の現在のランキング上位者……と」


帰宅後、雛は早速パソコンで地下闘技場について調べ始めた。最初に検索したのはランキング上位者について。


《十代から二十代のランキングでは解体屋名 『威血断血(いっちだんけつ)』が現在トップのようですね》


雛の自室として使用している和室からパソ子の声が響く。


《『威血断血(いっちだんけつ)』の『ツバキ』、公表しているプロフィールでは十代後半としか書かれていません。性別不明、写真はこちらに》


パソ子の言葉と共に触れてもいないのにパソコンはツバキの情報を次々と映していく。

真っ黒いフード付きのマントに身を包み、鼻と口元を覆うマスクのせいで表情は読み取れない。


「綺麗な瞳です……」


エメラルドの様な緑色の瞳に白い肌。今まで雛が接したことのない瞳の色に魅かれる。


「この方、武器の所持はなし。素手のみの格闘ですか」


細身の体だが意外にも徒手空拳を得意としているらしい。


「種族は『ヴァンパイアハーフ』?えぇと…ご両親のうち片方が吸血鬼という事なんですよね?」


《はい、ヴァンパイアハーフは人の血が入っている為純血よりも能力は劣りますが、弱点である日光や十字架ニンニクに強いという特性がございます》


「能力?」


《人体強化、血液を操る、霧や獣に変化する事が吸血鬼の主な能力です。この人物は今までの闘技場の記録によると人体強化以外の能力を使ったという記録はございません。解体屋としての記録を見ても同様でした》


「この方の解体屋のランキングは?」


《総合では常に十位以内をキープしています》


「成程」


徒手空拳、吸血鬼という今まで触れたことのない種族、そしてあの吸い込まれる様な綺麗な瞳。


すごく  闘って、みたい。


《ツバキは本日夜の地下闘技場に出場登録しているようですね》


「え!?私も出場したいです!」


《出場登録の締め切りは、まだ間に合いますね。如何いたしましょうか?八来様》


パソ子の言葉に部屋の襖がすぱーんっ!と勢いよく開いた。どうやら雛とパソ子の会話を立ち聞きしていた様だ。


「今日とはまた急だな。だがまぁ善は急げだ、登録しておいてくれやパソ子」


《了解しました》


「よし、準備運動してから行くか」


その時、八来の携帯電話が鳴りだした。


「誰だぁ…?」


《アーク様からです》


「俺、アイツに電話番号教えてないんだが?」


《私が教えました》


「流石黄龍部隊、入隊したら本人の意思とは無関係にプライバシーが流れるってか」


皮肉を口にしながら、物凄く嫌そうな顔で電話を取る。


『しもしもー?八来パパー!』


腹が立つほどハイテンションな声に、八来は予備動作なしで携帯の電源を落とした。


「雛、準備運動しっかりしておけよー」


何事も無かったように携帯電話をズボンのポケットへ。


「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!!いきなり電話切らないで欲しいでごじゃるぅぅぅぅぅ!!!」


玄関から鳴り響く連続ピンポンと、それをバックに聞こえてくる魂からの叫び。


「はーい、どなたでしょうか?」


「雛、お前わざとか天然ボケか!?このしつこさと腹の立つ喋り方で察しろ!アークだアーク!!」


玄関に向かおうとする雛を手で制して、代わりに八来が玄関に向かう。


「ぶぅふぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!」


チャイムはまだなり続け、豚を生きたままタコ糸でぎちぎちに縛り付けたような耳障りな鳴き声聞こえてきた。


「うるせぇぇぇぇぇぇっ!!!近所迷惑を考えろよこの肉塊があぁぁぁぁぁぁ!!!!」


玄関開けて0.2秒で前蹴りが炸裂する。


「うっぼああぁぁぁぁんっ!!!」


玄関を塞ぐように立っていた肉の塊という名のアークは悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。だが、飛び続けるだけの豚はただの豚。空中で器用に一回転すると ずぅぅぅんっ! と振動と共に地面に拳を突き立て重々しい音を響かせて無事着地する。すくっと立ちあがり、ドヤ顔をしたのでもう一発顔面に蹴りを入れる八来。


「ぷふぉんっ!?」


上半身をそらし、器用に躱す。この肉は意外に柔らかいようだ。


「チッ!何の用だ肉?」


「肉じゃないでござるぅ!アークでござるよ八来パパぁ!!」


「アークさん、大丈夫ですか?お怪我は?」


アークに駆け寄り、彼を心配する雛。そして彼女の言葉にドバっと涙を流すアーク。


「雛たん……リアル天使ぃ!本当……何であんな悪鬼みたいな中年と一緒に過ごしてるの?マジ卍八来パパ」


「パソ子、ネットで頑丈なバットと五寸釘注文しておいてくれ。配達は今日中で」


「釘バット作るのらめぇぇぇぇ!!それ何てホラゲ?!」


「ホラゲ最強の武器はリアルでもかなり強いぞ。威力はてめぇに身を持って体験してもらおうか」


笑う八来、だがその目は全く笑っていない!


「と、兎に角、あがってください。今、お茶をお出ししますので!」


八来の満面の笑顔( ただし、背景にどす黒い何かを背負っているのが丸見え )と地面に五体投地して震える白豚(アーク)を見てこれから何か良からぬことが起きることを察した雛が慌ててアークを招き入れる。


「おぅふ……雛たんマジ女神ぃ!」


「こいつに茶ぁなど高級すぎる。トイレ掃除で使った雑巾の搾り汁でも飲ましておけ」


「八来さん!アークさんを苛めちゃ駄目ですよ!!泣いているじゃないですか!!」


「泣いてはいるが……絶対恐怖とか悲しい涙じゃないと思うぞ?」


「どぅふふふ……このひしひしと伝わってくる八来パッパのSっぷり…そして飴と鞭の鞭の後にぶん投げられる雛たんの優しさの飴……ぐふっ…ぐふふふ……M豚で良かったでごゃるぅ……」


自称M豚は五体投地したまま、喜びの涙を浮かべていた。


「喜べ畜生以下、ご褒美一つ追加だ」


直後、М豚の横っ面を蹴り飛ばす八来とそれを見て泣きだす雛の姿があった。


****


「で?何をしに来たんだ?この重量オーバーミートが」


居間のテーブルの上には白いティーカップに紅茶が満たされている。花のような上品な香りが漂う中、アークは出された薔薇の形のクッキーをポリポリと咀嚼していた。


「はぅん!ぎ、銀龍兄者も連れてくれば良かった……。こんなに罵倒されるの久しぶりぃ!銀龍兄者、八来パパの事お気に入りって言ってたからぁ」


ごくりと口の中の物を飲み込むと、二マリと粘っこい笑顔を浮かべる。


「何を、しに来たんだ?」


アークの顔の前に銀の蛇の顔が迫る。蛇の主は目に殺気を込めたまま言葉を繰り返した。


「ん。ではでは本題に移りますです、はい。だから蛇さん仕舞ってプリーズ!!実は先ほど地下闘技場の参加者をばばばーっと携帯で見ていたら、雛たんの名前を見つけたので色々お話ししたくなってきたのでごじゃりますよー。衣装とか持ってるのかなーって♪」


親指で背後を指差す。その先には大きな紙袋が5つある。


「衣装ですか?」


「雛たん、上京してまだ日が浅いしショッピングにもいく時間が無かったでしょーう?なので、拙者のコレクションを持ってきたでごじゃる!」


紙袋からは流行りのアニメの変身ヒロイン風のセーラー服をベースにした衣装や着物をベースとした衣装、etc etc。 兎に角、可愛らしくて動きやすい服が何着も出てきた。


「完全にコスプレじゃねーか。どこで買ってきた?」


「ノンノン!全部拙者の手作りでごじゃりますー♪」


得意げに親指を突き立てるアーク。そのドヤ顔を八来が鷲掴みにした。


「一つ、聞いていいか?雛が登録したのはついさっき。そして登録直後にお前は玄関の呼び鈴を鳴らした……お前は大会目的でここを訪れたんじゃあないよな?」


アークは目を逸らし、顔から冷や汗を垂らしながら口笛を吹く。


「ん~?ちょぉぉーっと地下闘技場の情報見てたら雛たんの名前が見つかってー偶然でごじゃるよぉ?ここに来た目的は別でぇ、ちょっとファッションショーしてもらいたいなぁ~写真撮らしてもらいたいな~ってぇ」


「辞世の言葉はそれでいいか?」


八来の背の蛇八匹が再びアークを狙う。


「凄い!これ全部手作り何ですか!?アークさんは服飾のお仕事をなさっているのでしょうか?」


悪魔の手から肉塊を救い出すのはいつだって純真無垢な女神。雛の素直な驚きにアークは自慢げに無駄に豊満な胸を反らした。


「吾輩、一応表では壁サークルの同人作家兼ヴァーチャル妖チューバ―兼コスプレ衣装作成者をやってるのですぞ!PNは『肉襦袢巻男』と申す!ドゥフフフフ♪」


「こんなに多忙なオタク見た事ねぇわ」


呆れつつもアークから手を離し雛と一緒に衣装を一つ一つ見ていく。どれも裁縫はしっかりとしていて丁寧な造りをされているのには素直に感心した。


「……」


無言で衣装を手に取り眺める雛。その目はまるで子供の様にキラキラと輝き、全てを手に取りじっくりと眺めている。


「試しに着てみたらいいでござるよ」


「はい!」


嬉しそうに返事をすると自室に衣装を全て持っていく。


「おーおー、年頃の娘だなー。はしゃいでまぁ……」


「んー、年頃の娘というよりも、今迄の環境が環境だったから仕方なかったんじゃないのかにゃー?」


「アーク……お前、雛の事何か知ってるのか?」


「知っているというより、事前に知らされた情報だとあの娘は実家で虐待されてたんでしょ?育児放棄されてた娘に十分に服が与えられている筈もないしねー」


小声で呟くアークの目には同情とも哀れみともつかぬ色が見える。


「あの娘は素直でいい子だ。親の手から離れて自由になったなら、今まで出来なかった事をさせてあげたいなーと思う」


素の口調なのか、いつものまだるっこい喋り方ではなく落ち着いた声で語り出す。


「随分と同情するな。八雷神とやらはそんなに甘ちゃんが多いのか?」


「いやいや、雛たんが可愛いんで私情で絡んで優しくしたいだけーでごじゃるよ?だって、純真無垢の天使がいたのなら、お近づきになりたいじゃん!愛でたくなりますYO!」


その手にはいつの間にか高級一眼レフカメラがあった。


「てめぇ、相変わらず雛で撮影会する気満々じゃねぇか!!!」


丁度その時、雛が居間へと戻ってくる。


「着替えてみました。ど、どうですか、八来さん……」


嬉しそうに、少し照れながら雛が自室から出てきた。着ている衣装は赤に金色の刺繍を施した袖なしのチャイナ風の衣装、ばっちり深いスリットから覗くのは白い足と黒いスパッツ。細く引き締まった足に黒がよく映える。


「うほぉぉぉぉぉぉっ!きゃわたんんんんん!!ちょ!ポーズとって!!写真撮るからぁ!!衣装全部プレゼントしちゃうからお写真撮らせてぇぇぇぇ!!!」


かくして、雛のコスプレ写真撮影会が始まってしまった。

興奮するアークに苦言を言いたいが 「衣装代はタダにするから」 の一言に止めることが出来なくなった。


(今から雛の服を買いに行くにも時間がねぇし……仕方ないか)


家計を握る身として 『タダ』 より魅力的なものはない。目の前で繰り広げられるハイテンションな撮影会とまんざらでもなさそうな雛を見ながら一人冷めた紅茶をすする八来であった。


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