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解体屋の名は?

八来 忠継の朝は早い。


午後四時に、息苦しさに目を開ける。目を開けても視界は真っ暗でまだ夜が明けていないかと思いきや、何故かベッドに侵入していた雛の柔らかくて弾力のある二つの肉の山に顔を挟まれている。両腕と両足でがっちり抱き付かれているので体を起こすこともままならない。なので、背中から一体蛇を生やして雛の首筋に冷水をぶっかけてやる。


「ぴゃあぁぁぁぁあぁぁぁっっっっ!!!?」


目を白黒させて飛び起き、目の前の八来を見て再び 「えええぇぇぇぇぇっ!!?」 と驚いた。何故、毎回加害者が悲鳴を上げるのだろうか。声を上げたいのはこっちの方だというのに、これではまるでこちらが何かしたような気分になってしまう。


「雛、お前まぁた俺の部屋に侵入してグースカ寝やがったな」


一睨みすると蛇に睨まれた蛙の如くピタリと大人しくなる。顔面からだらだらと冷や汗を流しつつベッドの上で土下座した。


「ご、ごごごごめんない!!気が付いたらいつの間にか此処にいましたぁ!!」


自室として使っている和室で寝ていた筈なのに、いつの間にか八来の部屋で眠っていたいう雛。


「また無意識か?」


眠ってからの記憶は全く無いという。覚えているのは誰かの呻き声を聞いたことだけというが、それも夢なのかどうかまでは分からないらしい。

続くようなら夢遊病の疑いがある。今夜はパソ子に頼んで監視カメラを作動してもらおうか。

雛は元々複雑な家庭環境の中で育ち、外をあまり知らないまま故郷から遠く離れた地に一人で来た。

しかも、初日からあれこれと常識はずれな出来事が続き知らぬ間にストレスを抱えているのかもしれない。

雛も自分と同じように海薙に診てもらおうか。


「さて、支度しろ。今日も手合わせしてやる」


八来の言葉に雛は勢いよく顔を上げ、 「はい!」 とやる気に満ちた返事をする。


****

いつものように八来と手合わせして、彼の手作りの朝食を平らげた後は陰陽庁総本部へと出向く。

余談だが今日の朝食は出汁巻き卵と豆腐とわかめの味噌汁、焼き鮭( 一切れではなく一匹 )とほうれん草のお浸し。純和風の朝食にしたがどんぶり飯を何杯もおかわりする雛の食欲は恐ろしいものがある。朝食の一時間前に八来と手合わせしたにも拘らずこの食いっぷり。いや、運動したから余計食欲が増したのか?どんぶりに大盛りご飯をよそう雛を見ながら八来は業務用の炊飯ジャーの購入を検討した。


「今日は何も予定が無い筈なのに、一体どうしたのでしょうか?」


今日は報告することも無く八来の検診も無い。にも拘らず二人は天照大神に呼び出された。


「要件は何だ?また妙な紛ツ神でも出たのか?」


マホガニーの机の上で肘をつき両手の指を組み合わせる天照に向かって、今日も八来の態度は不敬罪も恐れない。うんざりとした表情も全く隠そうとしない。


「一応お主達は表向きは軍属ではない。なので 『解体屋(ハンター)』 登録手続きをしてもらおうかと思っての」


天照はというと、八来の態度をいちいち気にすることもせず要件を述べた。


『解体屋』とはざっくり言うと陰陽庁が母体の賞金稼ぎの事だ。力や能力はあるが軍属になりたくない人間や妖怪たちが所属する。

彼等は悪さをする妖怪や紛ツ神退治、陰陽庁主催の地下闘技場での格闘大会やストリートファイトで金を稼いでいる。


「八来は死亡扱いとなっていたので再手続となる」


「うっそ?まぁた色々受けなきゃなんねーのかよ、面倒くせぇなぁ」


「雛共々、体力テストや細かい試験は免除してやる。有難く思うんじゃな」


誰でも解体屋になれるわけではない。一応資格取得は16歳以上からとなっているが、体力テストや筆記試験、人間で特殊能力持ちはその力量を図るため能力テストもあるのだ。


「流石は天照様、話が分かる」


「では、こちらの書類に署名するがよい」


渡された登録用紙にサインする雛。一方、八来は注意事項を上から下までじっくりとしつこいくらい繰り返し読み中々サインしようとしない。


「なんじゃ?何か不満でも?」


「あんたの事だから俺達の書類だけ、いらん事書いてるんじゃないかと思っただけだ。二日に一度は駄洒落聞かせに来いとか」


「信用が無いのは悲しいな。妾がどれほどお主ら民草を好いておるか知らんのか」


持っていた扇子で顔を覆い「よよよ……」と泣き真似をする女神に対して八来は鼻で笑う。更に、「二日に一度だけではなく、毎日あの駄洒落を聞きたいものだ」と小声で呟いているのが聞こえたが無視した。


「はいはい、やっすい博愛主義乙」


書類に不備もしくは不利がない事を確認し、サインする。すると紙が浮き上がり七色に光ったかと思うと瞬く間に消えてしまった。


「登録完了。では、解体屋名だが」


天照が指差したのは雛の右腕。袖を捲るとそこには『我道鬼神(がどうきじん)』の文字が白く浮かんでいた。


「いっ!刺青!?」


「刺青じゃねぇよ、放っておいたら跡形もなく消える」


八来の右腕には『我道奇神(がどうきじん)』の四文字が浮かんでいる。


「これは解体屋の証明だ。闘技場に入ったり討伐完了の報告なんかの時に勝手に浮かんで来る」


前と文字変わってるじゃねぇか、と自分の腕に新たに浮かんだ文字を見る。


「これで晴れて地下闘技場に行くことも、政府の討伐依頼を受けることも出来る。だが、本来の仕事を忘れないように」


「へーい」


「はい、天照大神様」


片ややる気のない返事、片や素直な良いお返事。


「雛」


「何でしょうか?八来さん」


「お前、嬉しそうだな」


「え?」


慌てて両手で自分の顔を挟み込む。


「私、顔に出ていましたか」


ふにふにと頬を揉みながら、笑顔を隠そうとする。


「バッチリ。声音にも出てたぞ」


「あ、す、すいません!」


恐る恐る天照を見ると、女神は仕方がない奴めとでも言うように苦笑している。


「戦闘狂に地下闘技場、猫にまたたび、犬に骨付き肉とでも言おうか。闘争本能には逆らえまい。まぁ、本職に支障がない程度にな」


「へいへい、食費を稼ぐ程度に留めておきますよ」


その食費の額は莫大なものになるが、とは言わないでおく。

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