新しい扉が開く瞬間
――――――黄龍部隊。
天照直轄の特殊部隊であり、その実力は紛ツ神の八来以上。
妖気も何も感じずただの能力者だと雛は思っていたが、その実態は130年前に地上の人間妖怪神々全てに宣戦布告した大罪人……いや、大罪神である 『八雷神』 。
「あ~あ、カイが~まぁた~雛ちゃん怖がらせた~」
まだ満足に動けない八来を抱き起したまま、雛は目の前の存在の正体に真っ青な顔で震えていた。
「大丈夫だ。俺達は天照との誓約の元で能力は大幅に封印されている。その上厳重な監視の下、テロを起こすことも出来ないようにされている」
水から引き揚げられ、斎賀に何やら濃い蛍光ピンクの液が入った注射を打たれて意識を取り戻した芭蕉宮。半泣きの雛を安心させるように優しい声(当社比)で語り掛ける。
「我々は130年前、天照達三神達と代理戦争し破れました。表には出ていませんが戦争前にお互い取り決めを作っていたのです。それは 『敗れた神々は勝利した神の部下として千年働かされる』 というものです。他にも能力大幅封印、部下になる際は人の体に転生し、神としての本体は封印状態に処す。大まかに言えばこんなところです」
芭蕉宮の体に包帯を巻きながら淡々と竜八が語る。その際、芭蕉宮の背に一輪の蓮の華と左二の腕に『一蓮托生』の四文字、ちらりと見えた左胸には赤い椿と蝙蝠の刺青があった。雛は刺青に対して不味いものを見てしまったと即目線を逸らしたのに対し、八来は 「その筋の者だったか…」 と本物の刺青をしげしげと見つめていた。
「俺様達は天照に制約という名前の首輪付けられてるって訳。悪さなんて出来ないから安心しろよ」
と、一番何か企んでいそうなカイ神父が葉巻に火を付けながら言い放つ。
「誓約破ったら本体もろとも永久封印されるっていう呪い付きだから、恐がらないで欲しいでござるよ。それに、いまの拙者達は人としての日々を謳歌しているから今の世を壊されるのは嫌でごじゃりますよ!その為に断固として紛ツ神や悪さする奴等と戦っているのですぞ!!!」
「ちょっと待ってください」
アークの言葉に雛は引っかかるものを感じていた。
「大昔も一年前も紛ツ神を操っていたのは貴方達ですよね?それを倒す…とはどういう事ですか?」
「あ、それはな、紛ツ神ってのはその時代におけるこの国の天敵が操ることが出来るんだよ。俺達はもうこの国の天敵じゃないから操るのは無理。どういう訳か分からねーがこれがこの国の摂理ってこと。因みに一年前の事件は俺達の名前語った偽物が起こした事件だからな。理解したか? 」
理解はした。だが、複雑な気持ちになる。
大昔、この国の覇権を争い破れた悪神たちが目の前に勢ぞろいし教科書では教わらなかった事実を次々と暴露しているのだから無理もない。
「一度に理解しろと言われても無理ですよね? 理解するのは少しづつで良いのですよ?」
法園寺は雛に微笑みかけながら芭蕉宮の背中にドスドスと針鼠にするような勢いで針を突き刺していく。
刺されている方は声も上げず、針を刺される度にびくっと痙攣している。
「法園寺さんは人間なんですよね?」
先程、部屋に充満していく瘴気を、同じ濃度の瘴気で相殺せずに結界を張っていたのは天照と法園寺のみ。
「ええ、私はただの能力者ですよ。ただの、ね」
一瞬、自嘲気味に笑うと芭蕉宮の首筋に深く針を突き刺した。芭蕉宮は 「いっ?!」 と声を上げた後、再び気を失ってしまった。
「この坊ちゃんの事情も後々教えてやるから心配すんな。近々黄龍部隊の集会開くから参加宜しく」
カイはいつものにやけた顔で雛に紙を一枚差し出した。
その紙には 『八来&八塩 歓迎紅茶パーティーのお知らせ』 と太マジックで書かれてあった。
日時、内容、持ち込み品、タイムスケジュール、場所等々事細かに可愛らしい字で書きこまれている。
雛の手元のお知らせを見ていた八来は 「…カイ、お前意外と可愛い性格してんな」 と呆れ顔。
「吾輩達はちょくちょく集会という名のお茶会開いて情報交換しているので、そこのところ宜しくでごじゃるよー!」
「え?いつもこんな可愛らしい紙配ってんのか?」
「そうだが?」
カイの当然だろ! と言わんばかりの即答に八来は頭を抱えた。
「マジで、この部隊の連中は変わってんな。武器開発局の連中に負けず劣らずの濃いキャラ揃いじゃねーか」
雛の手を離れ、ゆっくりと立ち上がろうとした八来にカイが手を差し出す。
「そう褒めるな。お前達も今日からこのイロモノ部隊の仲間入りなんだぜ?」
「そうだった……」
部隊の仲間、その言葉に八来が顔を歪める。
「そうそう、一つ言い忘れた」
カイは肩越しに仲間を振り返る。
「俺達はどこぞの部隊のようにお前に濡れ衣を被せて追放したり、裏切りはしない。暴走した際は命を懸けてお前を止める。この二つを約束しよう」
再び八来と雛へと視線を戻すカイの顔は、初めて会ったあの時のように柔らかく優しいものだった。だが、それも一瞬で、すぐに凶悪な笑顔に戻ると 「ほら、無理するなオッサン!」 と再び手を差し出す。
「は、はははははははっ!それはいい!!その約束は絶対だ!!どこぞの部隊の様なクソな真似してみやがれ、お前ら全員消し去ってやらぁ!!!」
雛の肩を抱き、もう片方の手でカイの手を取って立ち上がる。
(八来さん、嬉しそう)
八来の顔はいつもの陰鬱で狂気的なままだったが、雛には晴れやかに笑っているように見える。
前の部隊の事は天照大神に少し聞いただけで、深いところまでは知らない。裏切られた、としか雛は聞いていない。
(また、必要としている人に巡り会えて良かったですね)
自分は八来のオマケだ。本来ならば必要とされない存在だが、少しでもこの部隊の人々の力になれれば。
「わぁ~い!これでまた妹分が~一人~増えたね~!やったね黄龍部隊~家族が増えるよ~!雛ちゃん~八来さん~これから~宜しくね~」
呑気な声でゆっくりと万歳を繰り返す斎賀。
「天使が……また一人可愛くて強い天使が増えたでござる!!雛ちゃま、これからよろしくお願いいたします!!」
アークは手を合わせて跪くとその場で何度も何度も 「尊い!」 と叫び出す。
「八塩さん、格闘技の腕前を映像で見させていただきました。これからは部隊の一員として手合わせを頼んでもよろしいでしょうか?」
櫻は丁寧にお辞儀をする。
「俺だけじゃねぇ、この部隊はお前も必要としてるんだよ」
八来が雛に小声で耳打ちする。
「雛には自信を付ける事も教えてやんなきゃなんねぇな。ま、これから頑張っていこうぜ」
雛には分からないことが沢山ある。
仲間とは何か?
相棒とは何か?
自信とは何か?
そして、人に必要とされることも。
知らないから、分からない。
「はい、頑張りましょう!八来さん!!」
学べる機会のなかった雛にとって新たな経験の場所の扉が開いた時だった。




