過去を覗く蛇と、鏡の蛇
体の感覚がなくなったと感じた瞬間、赤く染まった視界が暗闇へと変わる。
(…?)
スライドフィルムのように目の前に次々と現れるのは過去の一場面。
白虎部隊の入隊式、副隊長補佐就任の時……どれも八来が四神部隊に入隊した後の記憶だった。
仲間と共に戦った日々。それはとても充実し輝いていた。
だが、その日々は突然終わりを告げた。
場面が切り替わり、白虎隊のメンバーに取り囲まれた八来の姿が映し出されていた。
メンバーはある人物を除いて全員が傷付いた八来にそれぞれの武器を構えある者は悲し気に、またある者は怒りを憎悪を込めた目で八来を見ている。
(嫌なモノ見せんなよな)
苦々しい思い出に八来は舌打ちした。この後に八来は隊を裏切った犯罪者として追われ、逃げ回る事となる。
再び場面が切り替わり、次に浮かんだのは全身返り血で真っ赤になった八来が九人の人物と対峙する光景だった。
先程とは違い、八来の髪は腰まで長く伸び白髪となっている。目は赤く光り背にはあの銀色の作り物の蛇が生えている。不気味な笑みを浮かべながらまさに九人に襲い掛かろうとする瞬間だった。
対する九人は、カイ、銀龍、芭蕉宮、斎賀、櫻、法園寺、後は見知らぬ男が三人。
(あ…そういうことか、思い出した)
確かに自分は芭蕉宮たちと会っている。あの時は確か…。
『八来さん!』
聞こえてきた声に八来は眉をしかめる。折角他にも色々と思い出しかけていたが、五月蝿い小娘のお蔭で思考が中断してしまった。
(ああもう騒がしいガキだぜ…全く)
目を閉じ、再び目を開けるとそこは見知らぬ天井。
いや、違う、天照の引きこもり専用部屋の天井だ。
「ぎゃあぎゃあ…と…、お前は、人の名前連呼しやがって…うるせぇぞ雛!」
ゆっくりと起き上がり、血走った目で雛を睨み付ける。まだ若干頭がふらつくが何とか立ち上がる。
視線を向けると、雛は涙目と鼻声で謝罪する。
「す…すいませんっ!」
「そこで良い子でステイしてろっ!」
「はいぃっ!」
八来の怒声にその場で座り込み、背筋を正して正座する。
「素直でいい子だな」
芭蕉宮はため息をつきながら 「反抗期を過ぎた辺りか…あの年頃は…」 と、遠い目をしている。この男は年頃の娘でもいるのだろうか?
「素直すぎて心配になる時もあるがなぁぁぁ」
立ち上がると、額と胴体の傷は完全に塞がっていた。紛ツ神の再生速度は毎度有難い。頭のふらつきは今は無い。あれだけ出血したというのに貧血も無いのは人の身を捨てたおかげだろうか。
「…待っててくれてんのかよ。お優しいことで」
動かない芭蕉宮を一睨みすると、真っ二つになった杖を拾う。切れ目を合わせると、瞬時にぴたりと接着し何事も無かったように元通りになる。
(癪だが李には感謝だな)
芭蕉宮と闘う前に李にこの杖を作ってもらっていて助かった。
実はこの杖はただの木の棒ではなく、何千年も生きたご神木を素材とした特別製の杖だ。邪神に守護する土地を汚染され無念のうちに切り落とされ、恨みにより堕ちたご神木の怨念がこれでもかと込められている。更には八来の血液や体液、体内金属も組み込まれている為木独特のしなやかさと共に時に金属並みの硬度を、そして再生能力も持ち合わせている。
紛ツ神であるため聖属性の武器を扱えない八来にとって、これ以上ない最高の武器だ。
これを作成するにあたり、李に『どきっ★ (触手生物の頭が) ぽろり! (触手生物の) プールで一人大運動会』が開催され、体液やら血液やらを奪われてしまったのは消し去りたい思い出である。
「頭に上っていた血は下がったか?」
芭蕉宮は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、感情の無い声で問う。
「ご心配なくぅぅぅぅ!!!一気に下がったぜぇぇぇぇ!いやぁ、お陰様でお前さんたちの事を少し思い出した。ひゃははははははは!あんがとなぁぁぁぁ!」
八来が過去を少し思い出した、その言葉に芭蕉宮の片手がぴくり動く。
次の瞬間、芭蕉宮の体が大きく後方へと吹っ飛ぶ。
「これはお礼だぁぁぁぁぁぁ!!!」
先程よりも速度を増した動きで拳を芭蕉宮の顔面に撃ちだしていた。まともにくらった芭蕉宮は後方へと大きく飛ぶが、空中で器用に体を捻って足から着地する。
「なんだぁ?俺の記憶が戻ったと言った瞬間でけぇ隙が出来たぞ?動揺してんのかぁぁぁぁ?」
「……どこまで、だ」
「あ?」
「どこまで戻ったと聞いてるんだ!!!」
芭蕉宮の叫びを無視して八来は次から次へと蹴り技を繰り出す。右の蹴りが入る寸前、左の蹴りが芭蕉宮の脇腹にヒットする。顎を狙った蹴りが頭の横を通り抜けたと思ったら上から下へ踵落としとなって脳天を襲う。
「知りたかったら俺を倒してみろやあぁぁぁぁぁぁっ!!『鳴』…いや、『鳴雷神』様よぉぉぉぉぉ!!!」
芭蕉宮の口の端が吊り上がり、八来の踵落としを後方へのステップでかわした。すかさず喉元を狙って撃ち込まれた杖を真横への抜刀で打ち払う。
「その名を、出したか…。くっ…」
互いに一度離れ、距離を置く。
すると、芭蕉宮が喉の奥でくっくっと笑い始める。
「くっ…ひゃははははははははははははははははははっ!!!」
突然、喉を反らし天井を見上げ大笑いした。その笑い方は、顔は、八来によく似ている。
「ならば、聞かせてもらおうかぁぁっ!!貴様がどこまで俺達を、俺を思い出したか!!!」
似たような声で、顔で、笑い方で二人はそれぞれの武器を構える。
まるで双子のように。
まるで別れた半身のように。
似ている、と感じた二人の男の顔は今は全くの瓜二つに見えた。




