薔薇園で微笑んだ善人は地下で口元を歪めて嘲笑う
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時は少し遡り、戦闘開始直前へ
「はーい、いよいよ始まりました!《オッサンVSオッサンのキャラ被ってる対決》!!年齢同じ、顔色の悪さも近い、街中歩いていたら泣いている子供が更にギャン泣きするどころか小児痙攣間違いなしの強面と被りに被ってヤバいんじゃね?」
カイは天照の用意したちゃぶ台に座ると、何処からかマイクを取り出し軽いノリで実況を始めた。
「いやいや、背負ってるものとか不運レベルならうちの鳴三のダンナの方が遥かに上でしょ?バツ四で前の会社は超ブラック、挙句に結婚式当日に嫁が部下と駆け落ち。十数年後にかけ落ちして逃げた元嫁の子供が認知迫って殺しに来るとか運が悪いにもほどがあるでしょー。そりゃあ、万年胃潰瘍で血を吐くって…」
隣の銀龍も語り出すが、芭蕉宮の不運を改めて確認してしまった為か目元を手で覆ってしまった。
「でもでもー二回り年の離れたきゃわたんな婚約者がいるとかマジ卍でござるよぉぉぉぉん!!犯罪でごじゃるぅぅぅぅ!!」
ぬおおおおおんっっ!とちゃぶ台に突っ伏して男泣きに泣くアーク。
「アーク~泣かないで~。あと、犯罪って~言ったら~後で鳴三君に~ボッコボコに〆られちゃうよ~?本人~年の差とか~すごぉ~く気にしてるし~」
場にいる誰よりものんびりと和やかに語る斎賀。
「皆さん、楽しそうですね…」
雛は黄龍部隊の面々の緩さについて行けず隅っこで一人お茶を啜っていた。雛も根は能天気な性格だが、この濃い瘴気の中でしかも八来の敗北が確定と断言されてしまってはテンションなど上がる筈も無い。
「すいませんね、八塩さん。黄龍のメンバーは私と竜八さん以外皆マイペースなお祭り好きなので…」
法園寺と竜八が全員分のお茶のお代わりを持ってきた。二人の目はちゃぶ台を囲んで座っている黄龍メンバー全員に対して氷のように冷たい視線で見下ろしている。
「結果が見えているとはいえ、もう少し落ち着いて見れないんですか?この脳味噌三歳児集団が。熱々のお茶顔面にぶちまけますよ?」
「「よろしくお願いしまっす!!」」
竜八の絶対零度の視線と恐ろしいお仕置きの提案に、どМ豚ことアークと性癖のバーゲンセール男こと銀龍が揃って彼を見上げる。しかも、綺麗な土下座のまま、期待に満ちた目をしていた。
竜八は深くため息をつくと湯呑を一つ手に取って、餌をねだる鯉の様な顔をしている馬鹿二人の顔面に躊躇いもなくぶちまけた。
「竜八さん、うちの奴隷で遊ばないほうがいいですよ?銀龍は調子に乗ると面倒なので」
どこか嬉しそうな悲鳴を上げながらのたうち回る馬鹿二人のうち、銀龍により一層冷ややかな視線を送る法園寺。
「すいません、気持ち悪くてつい消毒してしまいました」
「やるからにはきちんと息の根を止める勢いでやらないと駄目ですよ?ほら、おねだりの目で見てきました」
顔面はまだひりひりするものの、ファーストインパクトから立ち直った変態二匹は竜八の前で再び土下座をしていた。
「「熱い聖水、二杯目オナシャス!」」
直後、 「「ありがとうござい…ぎゃふぁぁぁぁぁぁっ!!」」 と、再度嬉しそうな悲鳴が上がったが雛はその愉快な惨劇を見もせず聞きもしなかった。
「八来さんが…」
瞬きの間に八来の前髪と額が斬られていたのだ。
「予想通りですね」
法園寺の言葉に、他のメンバー全員が頷いていた。
「賭けにならねーなー。つまんねぇ」
カイも心底つまらんと言った顔で吐き捨てる。
その手元には 『祝!八来&八塩メンバー加入!!お祝いティーパーティー』 と書かれた紙が一枚。日取りからメニューまで書かれたそれに何やら色々書き足していた。
「ぴよっ子、信じられないって顔してんな?まぁ当たり前か」
ぴよっ子とは雛の事を指しているらしい。カイは筆を走らせながらしゃべり続ける。
「世の中、上には上がいるんだよ。八来は決して弱くない、四神部隊の隊長共よりも強い。だが、うちの鳴三の方が僅かに上だったって話だ」
それに、とカイは視線を右上へと移した。
「ぴよっ子と八来が自来也や大蝦蟇とやり合った映像、見せてもらったぜ。そうしたら芭蕉宮は一人で何度も何度もリピートして見てやがったんだ。あいつはお前たちの戦い方や動きの癖を研究していたんだろうな」
「彼は昔から根が真面目で何事にも一生懸命に取り組む男でしたからね。帰宅後も一人で部屋で調べ物をしていましたよ。そういえば道場でいつもよりも長く一人稽古していましたね」
「帰宅後も研究してたのかよ!?流石、法園寺家の家令様は違うなぁ」
カイと法園寺の会話を聞きながら、雛は不安が更に増していった。
「八来さんの動きは予習済みだった…?ならば、何故彼を指名されたのですか!?」
「決まってんだろ、その方が面白れぇから」
ニヤリと笑い返されて雛は言葉を失った。
「非戦闘員の竜八じゃ面白くねぇし、他の連中や俺様なら余裕で勝利しちまうからな。ここはキャラ被りな上にそこそこの戦闘力と予習を積んだ芭蕉宮と闘ってもらった。そんで、勝利してお前たち二人をゲット。上手くいけば芭蕉宮の記憶も少しは戻せるかもしれないし、良い事ずくめだな」
「そんな…」
「世間知らずなお嬢様、先に言っておくが俺様達は決して善人じゃねぇ。世間一般でいう所の『悪人』だ。面白い事と勝利の為なら何でもする」
素敵な薔薇園の教会の主、カイ・クォン神父。彼は、とても優しい人だ。優しくて、柔らかい朝の日の光の様な男性に見えた。
だが彼の本心は真逆で、雛にとっては恐い人間だった。
胸の内が重苦しく、不快なものが渦を巻く。
何故?どうして?あんなに優しい人が?
「おい、俺様ばっか凝視していていいのか?」
ペンで指示した先では、八来が芭蕉宮に斬られ血しぶきを上げながら後ろに倒れ込む光景があった。
「八来さぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」
雛は血相を変え、半泣きで八来の元へと駆け出そうとするがその腕を斎賀に掴まれる。
「八塩~ちゃ~ん、辛いのは~わ~かるけど~、彼等の~邪魔しちゃ~駄目~だよ~?」
「でも…でも!!」
「でもも~大豆発酵食品も~ないよ~?男同士の~決闘を~邪魔しちゃ~だ~め~。本人が~ギブする~前から~タオル投げちゃ~いけないよ~」
雑賀医師の言う事はもっともだ。だが、八来は血の海に沈みピクリとも動かない。
「勝負あり、ですかね?」
「いや、まだでござるよ、竜八殿」
見れば、血だまりの中で八来の指先がぴくりと動いた。
「八来さん!!」
再び彼の名を呼ぶその声は先程とは真逆で、嬉しさに声が大きくなる。
「良かったね。八来さんに一発逆転勝利があるかもしれないよ?」
雛の耳元で、斎賀がこそりと呟く。その口調と穏やかな声に雛は驚いて斎賀を見る。
斎賀は口元に人差し指を当てて 「さぁ~これから~反撃かなぁ~?」 といつもの間延びした口調で笑った。




