嫌な予感
八来は強い。
雛が今まで見てきた者の中で、最強の祖父に匹敵する程の実力を持っていたのは彼が初めてだ。
大胆に隙を見せたと思ったら、あっという間に相手の裏を取って撃退する駆け引きの上手さ。確かな経験に裏打ちされた技の鋭さと分析力。
祖父同様、彼にはまだまだ遠く及ばない。
彼は紛ツ神にも、あの新型の紛ツ神『自来也』にも勝利した猛者だ。
なのに、どうして…?
「お?雛ちゃん、どうした?」
雛が動悸が激しくなってきた胸を押さえ、やや苦しそうに八来と芭蕉宮を見ていると頭上から銀龍の声がかかる。
「あ、え…、えぇと、飛崎さん…」
「ノンノン!銀龍って呼んでくれよー」
「は、はい、銀龍さん。何だか、胸の辺りがざわざわして、恐いような感じがするんです」
「嫌な予感がするって?あー、そうかもね。色々ビリビリ伝わってきてるからなぁ」
銀龍は言葉とは裏腹に軽い口調で言い放つと、対峙したまま動きが止まっている芭蕉宮と八来を指差した。
芭蕉宮は刀を左手に持ったまま、抜く様子も見せずどこか力を抜いたようにゆらりと立っている。
八来は 「そんじゃこっちも武器出すか」 と、気だるげに左手をプラプラと振る。すると手の平から一本の杖が飛び出してきた。それを右手で掴み、とん、と己の真正面に地面と垂直になるようにして軽く杖を置いた。杖の上部先端は軽く握るだけ、もう片方の手は足にぴったりと添わせている。
芭蕉宮は構えもせず、対して八来は『突杖』という杖術の構えをとっていた。
「うわぁ。八来の奴が構えた途端、二人とも一気に駄々洩れさせやがった」
カイがヒュウと口笛を吹いたと同時に、部屋の空気が一気に変わった。
二人を中心に濃い瘴気と闘気が渦を巻き、部屋に満ちていく。闘気と正気に壁の結界が即座に反応を始め、僅かに発光を始めた。瘴気は壁の結界に当たって消滅するが、消えた先からどんどんと新たな渦が壁に叩きつけられてはまた消えていく。
「う…ぇぇ…」
濃度の高い瘴気をまともに浴びてしまった雛は口元を押さえて吐き気を堪える。喉元までせり上げた苦い胃液を辛うじて飲み込んだ。
「天照~さまぁ~、雛ちゃんに~こ~の状況は~きっつ~い~よ~?浄化用結界~彼女に張ってあげたら~?」
医者である斎賀が慌てて雛の背をさすり天照にお願いするが、雛はゆっくりと首を横に振った。
「だ、大丈夫です、斎賀さん…自分で…」
口を開いた時に瘴気を吸い込んでしまい再び胃液を吐き出しそうになったが、全身と内部に結界を張ると呼吸は幾分かは楽になった。胃液でやられた喉だけは痛むが、仕方がない。
「…どういうこと、ですか…?」
大きく深呼吸して呼吸を整えて、改めて周囲の人々を見て現在どれ程異常な状況下にいるかを思い知る。
まず、八来と芭蕉宮。
八来は超上級紛ツ神なので、人の身でありながら大量の濃い瘴気を放つ。
だが、人間であるはずの芭蕉宮もそれに匹敵する瘴気を放っていた。
そして他の黄龍部隊の面々。
普通、人間は妖怪や紛ツ神の放つ瘴気に触れると力の弱いものは気を失ったり場合によっては発狂してしまう場合がある。
雛の見たところ、このメンバーは人間であり結界なしにこの部屋で立っていることは不可能だ。
だが、どうだろう。法園寺と天照を除くメンバーは結界を張らずとも堂々と呼吸し平然と立っている。
彼らからは妖気も、天照のように神気も、何も感じない。
「やはり、混乱していますね」
竜八は呆然としている雛を覗き込むと、何やら言いたそうにカイへと視線を送る。だが、カイは片手を左右にひらひらと横に振って竜八の望みを却下した。
「決着ついたら簡単に説明してやる。それまで待て」
「雛さん可哀想に。お預けばかりですね?」
「入隊していない奴にペラペラ喋れるか?正式にお仲間になった際にちゃんと説明してやろうじゃねぇか?」
額を押さえ、くっくっと喉の奥で笑いを堪える。彼が愉快そうに言った言葉の意味を理解するのに彼女は数秒かかった。
「カイ神父は、八来さんが負けると決めつけているんですか!?」
流石の雛も声を荒げるが、すぐに我に返ると慌てて 「すいません」 と頭を下げる。
「謝らなくてもイイでごじゃるよー。誰だって大事な人が馬鹿にされたら怒るでしょ?」
アークは 「ね?」 と茶目っ気たっぷりに肉に埋もれて細くなった片目を瞑る。本人としてはウィンクのつもりだろうが、どうしても盛り上がった肉のせいで両目を瞑っているようにしか見えない。
「八塩さんの気持ちは分からなくもないですが、流石にあれは分が悪い。カイも意地悪な事をしたものです」
蓮聖は大げさにため息をつきながら、動かない男二人を見ている。
「どういうことですか?」
「見ていれば、分かりますよ。さぁ八塩さん、お勉強のお時間ですね」
雛と八来、二人にとって濃いお勉強の時間が開始するまで後数秒を切っていた。




