蛇と女医とマッドサイエンティストと
陰陽庁が組織する部隊は四神部隊の他に医療専門の『薬師部隊』が存在する。
この部隊の活動内容は主に負傷した隊員の手当てや治療、解呪に新種の病気の研究。変わったものでは付喪神の本体の修復などがある。
陰陽庁付属病院の副院長でもあり薬師部隊隊長の『海薙・ガルシア・アルスティア』は八来忠継の診察を終えると無表情で何ら感情の籠っていない声で言い放った。
「異常なし。全くの健康体だ」
深い海を思わせるようなやや緑がかった青いベリーショートの髪、気が強そうな凛々しい眉、意志の強そうな切れ長の瞳は薄紅色、高身長で手足が長くすらりとしたモデル体型。
胸までスレンダーだが、それはそれでいいんじゃないかと思う巨乳穏健派の八来であった。
アルスティア女医はパッと見は人間だが、種族は人魚で水中での戦闘能力はかなり高い。水の抵抗をものともしない素早さは全隊員の中でトップクラスだろう。以前水中で手合わせした際に危うく頸動脈をナイフで切り裂かれるところだった。
「ありがとさん。ところで、最近の隊員の身体検査はこんなにもあれこれ沢山の機械を使うのか?」
「まさか、あなただけの特別コースだ」
「やっぱり」
どうりで一般人には中々お目にかかれないような最新式の機械が何種類も出てきた訳か。人でありながら紛ツ神となった八来にのみ許された、無料VIP待遇の身体検査フルコースだったようだ。
「身長体重測定に聴力視力検査、CTスキャンに妖力霊力検査。地下に閉じ込めらえて暇している間じゃ駄目だったのか?」
多少嫌味を込めた言葉にアルスティア女医は絶対零度の視線と無感情な声を返してくる。
「理性を無くして発狂、隊長レベルの者でも押さえられない程大暴れしている患者にどうしろと?安定剤と睡眠薬を処方するのがせいぜいだ。話もまともに通じない、薬も効きづらい、終始暴れっぱなしの危険な人物に高価な機械を使って検査できると思うか?」
彼女は中性的な外見と言いたいことははっきり言う性格のおかげで男性よりも女性に人気のある女医である。
余談だが一部の痛みを強さに変換できる隊員には 「あのおみ足で蹴り飛ばされた後、冷たい視線で罵倒されたい」 という理由で人気があったりもする。
「まぁな」
言い返されて苦笑する。
二日前、雛と出会い縁繋ノ鎖を施される前までは兎に角頭の中は闘う事しかなかった。人が近づけば頭の中で何かが弾けた様な感覚が次から次へと押し寄せ、欲望のままに暴れる事しかしなかった。
(待てよ、どういう事だ?)
言われて奇妙な点に気が付いた。
雛と出会う前までは人が近くにいれば暴れ、完全に発狂状態にあった。が、雛と出会い例の忌々しい鎖で彼女と繋がれてからは随分と自分の頭は大人しくなっている。
目の前にいるのは薬師部隊の副隊長。医療部隊ではあるが、水系の妖である彼女の力は戦闘部隊の隊長達に勝るとも劣らない。以前の自分ならば顔を合わせた瞬間に襲い掛かっていただろう。
(あの鎖は精々つないだ相手を『腐れ縁』にして離れないようにする程度のものだとか言っていたが、他にも何か効果があるのか)
雛が危機に陥った際にやたら鎖がジャラジャラと音を立てるという迷惑極まりない防犯機能の他に、こちらの精神に何らかの作用がある効果でもあるのだろうか?
「それにしても、正常ではあるが異常だな」
「どっちだよ、それは」
「所々失った筋組織や神経、欠けた臓器を補うようにして金属が生身と完全に融合している。しかも昨日大掛かりな戦闘で普通の人間なら瀕死の重傷を負っていが、ものの数秒で生身の部分も金属部分も再生。あなたにとって体は異常もなく正常に動いている、だが我々から見ればそれは奇跡であり異常だ」
「だろうよ、紛ツ神と融合した人間は前例が無いからな」
「…………そうだな」
一瞬の間の後、アルスティアは答えるとその瞳と声色に怒りの色が浮かび口元が引きつったように歪む。だが、それも一瞬の事ですぐにいつもの無表情に戻る。
「検査では異常はないが、何か体に違和感はあるか?」
「男のシンボルが役に立たなくなった。巨乳の女 (ただし、合法ロリ) に抱きしめられてもピクリともしねぇ。まぁ使う予定無いから別にいいんだけどよ。逆にこっちはいい感じにイッてる」
そう言って人差し指でこめかみを指差して皮肉気に笑って見せる。
「以前とは違って戦闘中の気分の高揚感が半端じゃねぇ。楽しくて楽しくて仕方がねぇよ」
「他には」
性に関する事を言われても顔色一つ変えないのは医者としての職業柄なのかそれとも性格なのか。アルスティアは黙って何かをカルテに書き加えていく。
「頭弄られたせいか知らんが、悪夢を見る回数が多い。毎回夢の中で何らかの手段で自殺するっていう愉快な内容だ」
「不愉快の間違いだろう」
「寧ろ笑うしかねぇ。俺は自殺の経験なんざ一切ない、にも拘らずやたらとリアルな夢を見る。練炭自殺は眠りながら死ねるから楽ってほざいていた連中がいたが、夢の感覚が事実ならばあの言葉は嘘だ。呼吸は苦しいし意識は徐々に無くなっていくが吐き気と頭痛が気絶するまで凄いのなんの」
言いながら今朝の夢を思い出す。己の意思とは逆に首を吊り、飛び降り、練炭で自殺を図るという悪夢を。
牢に居る時もよく己が自ら命を絶つ夢を見てきた。まるで、誰かの記憶が入り込んできたかのような生々しい死の夢を。
はっきり言って八来には自殺願望は毛ほども無い。
悩み続けて答えの出ない迷路に迷い込むくらいなら、改善の為に力を尽くす。それで駄目ならぶん投げて別の道に行く。
死を選ぶくらいならどんな手段を使ってでも事態を好転させてやろう。嵌められたなら、相手を殺す、社会的にも殺す、合法非合法問わず抹殺する!
と、非常に殺意の高い前向き思考を持っている。前向きにその次の日を見たくなることもあるが深く考えずに思考を切り替えるようにしている。
もっとも、この思考は紛ツ神と成ってからのものだが。
「他には」
「特には無ぇな」
海薙は手元のカルテに『著しい人格変化と悪夢の症状あり』と書き足した。
「で、検査はこれで終わりか?なら、とっとと雛と合流して天照に報告書を出したいんだが」
「ああ、こちらの検査はこれで終わりだ」
「やっとか、一時間も拘束されちまったか」
やれやれと椅子から腰を上げ時計を見ると針は昼の12時を指している。
雛は八来と別行動をとっており、先に天照の元に報告書の提出に行っている。
(早く用事を済まさないと雛の奴、空腹で動けなくなるからなぁ)
昼飯は近場で外食した方が良さそうだが、大食いの雛による出費を考えると頭が痛い。昨日の討伐報酬をどうにか色付けてもらうことは出来ないだろうか。
「……ちょっと待て、今さっき『こちらの』って言っていたな」
言いながら猛烈に嫌な予感がした。
そして廊下からガチャガチャと重い金属を引きずるような音が聞こえ次第に大きくなってくる。
「ああ、こちらの検査は終了した。次の検査に移る」
「体は見たよな?他に何を見る」
「それは」
ドンっ!とアルスティアの声を遮るようにドアが勢いよく吹っ飛んだ。
ドアから最初に出てきたのは漫画やアニメによくある先端にハンドの付いた金属製のアーム。続いて軍指定の白いシャツの上から手が出ない程のぶかぶかな白衣を羽織り、ずるずると裾を引きずっている小柄な少女がヒョイと姿を現した。
その少女の風体は一言で言えば奇妙。
サイズ大きめの白衣に被っている白いヘルメットもやや大きめ。ヘルメットの左右には穴が空き、そこから金色の髪がツインテールの様にはみだしていた。
背中には赤いランドセルを背負い、そこからハンド付きの金属アームが四本飛び出している。顔半分を覆うグルグル牛乳瓶底眼鏡はやや斜めにかかり、おかしな外見と相まって『地下で妖しい研究をしているマッドサイエンティスト少女』の匂いがプンプンする。
妖しい少女は人差し指を天井に向け腰に手を当て大きな声で自己紹介を始めた。
「ぬぅははははははははーーーーーーーー!!吾輩は玄武隊隊長にして武器開発局副局長の李メフィであるぅぅぅぅぅ!!!」
李メフィは四神部隊の隊長達の中で『関わり合いになりたくない変な上司』ランキングで一位を獲得した変人である。
あのメフィストフェイレスと人間の間に生まれたデーモンハーフで、父親に似たのかとにかく好奇心が旺盛。研究室の爆発、怪しげな薬の開発、開発した武器や薬のせいかを試す為にこっそり部下を人体実験に使うなど『百害の女王』と裏であだ名されている。
「研究……ではなかった検査対象の八来氏はどこにいったのだーーー!?」
部屋を見回しても八来の姿は見当たらない。
机やベッドの下を潜り「いないのだーーーー!!」と叫ぶ李にアルスティアは全開の窓を指差した。
「窓から逃げた」
アルスティア女医は、いつの間にか開いていた窓を指差す。
「ふぬっ!?何たる不覚!!」
窓の外を見ると、近くの木に飛び移り下へと逃亡する八来の姿があった。
「逃がさんぞーーーーー!!待てぇ!!!」
李は窓の桟に足をかけると勢いよく飛び降りた。すると白衣の背がもこもこと膨らみ衣服を突き破って大きな蝙蝠の翼が現れた。
「ぬっふっふ……、研究材料風情が、吾輩を舐めるなよ!!」
猛スピードで飛び地面に着地した八来へと追いつく。すかさず背のアームを伸ばして捕獲にかかるが素早い動きに全て躱される。
「えぇい!大人しくするのだ!!」
背のランドセルに手を入れ、巨大な対戦車砲を取り出すと八来目掛けてトリガーを引いた。轟音とともに巨大な砲弾が飛び出し八来を襲う。
「おまっ!?そのランドセルは四次元ランドセルかよ!?質量保存の法則捻じ曲げてんじゃねぇぇぇぇ!!!」
砲弾は八来のすぐ背後で着弾し、爆発するかと思いきやビシリと真ん中からひび割れる。そして二つに割れた砲弾から大きな投網が飛び出し八来に覆いかぶさった。
払いのけようとすると、すかさず李のアームが伸び先端のマジックハンドで八来を捕らえた。
「ぬははははははははは!!!観念してお縄を頂戴するのだぁぁぁぁ!!!なぁに検査は痛くないぞぉぉぉぉ!!痛いのは最初だけだからなぁ!!」
「だから!何の検査なんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「よいではないか、よいではないかぁぁぁぁ!!体はそうじきじゃのう!!」
「それ言うなら正直だろうがぁぁぁぁ!!!なにを吸い込むつもりだぁぁぁぁぁ!!」
周辺の隊員は全員 「また李隊長の暴走が始まった」 と、巻き込まれないように見て見ぬ振りをしている。
そして李に引きずられるようにして地下の実験室に連れて行かれる八来の姿に心の中でご愁傷様と手を合わせた。