朝の組手~初心者に優しくない杖術講座~
なんやかんや朝から一騒動あったが二人揃って朝の四時に起床し、八来は上下黒のジャージ、雛は同義に着替えて柔軟運動で体をほぐした後で町内を走り込み。その後、昨夜紛ツ神と遭遇した自然公園で雛はパルクール、八来は杖術の型練習に取り組む。
(こちらも自然が豊かですね)
ここの陰陽庁自然公園は『召喚』によって世界が変わってしまう前から存在していた。自然が多く、様々な薬草が自生し、狐や猪や狸などの野生動物が出現したり、湖には全長4mを超える主が生息している。また、この自然に魅かれて妖怪や妖精、自然物に宿る神も見ることが出来るのだ。
雛は林の木々の間を飛んだり跳ねたり、三角跳びの要領で樹齢数百年の大木のてっぺんまで昇りそこから枝にぶら下がって猿の様にまた木々を飛び移る 。
この地は紛ツ神の出現が多く、空気にも微量の瘴気が混ざっているのか淀んだものを感じる。
だが、雛は嫌な感じはしない。今まではしたないと禁止され、己の心の中でブレーキをかけていた 『闘う』 ことが思う存分できるのだ。今まで感じたことのない開放感、そしてどうしようもなく心が躍る。
それもこれも
「八来さん!!」
木の枝から勢いよく、八来の頭上目掛けて飛び降りる。彼女の蹴りに合わせて八来は杖を真下から突き上げる。雛は杖の先端に片足を乗せて勢いよく踏込み、後方へと飛ぶ。
その笑顔はおもちゃを目の前にした犬の様にキラキラとし、興奮しているのか頬がやや桃色を帯びている。
「組手したいのかよ?」
「はい!」
質問しながらやや半身の構えを取り、杖の先端を雛の目間へと向ける八来。笑顔で答えながら半身の構えを取る雛。
(この方が背中を押してくれたから)
だから、己は笑ってここにいられる。心を解放して闘うことが出来る。
「いきます!」
一気に距離を詰め、八来の喉元目掛けて貫手を放つ。
すると、八来は真半身の体勢になり剣術の中段の構えから杖の後ろに持った手を頭上に、前の右手を逆手に持ち替えて杖の中ほどを掴むと斜め下に向ける。
パシンっ!と乾いた音と共に雛の手首に杖が当たる。八来が少し力を入れただけで彼女の手は軌道を逸らされてしまった。すかさず前の右手をぐいと後ろに引き、杖を持ち上げ雛の手を叩いた前先端部分を左手で持つ。上半身を捻って真正面を向き手を滑らせて剣道の大上段の構えをとり、そのまま雛の頭上へと杖を振り下ろす。
「っ!?」
雛はバランスを崩されそうになったが踏みとどまり、振り下ろされた杖を体を僅かに後ろに反らして躱す。雛の目の前を上から下へと振り下ろされた杖の先が跳ね上がり、今度は目間を狙って突き出される。
(間合いが違いすぎる!)
杖の先から逃れる為に弧を描く様にして移動し、八来の真横へ。突き出された棒を両手で掴んだ瞬間、ぐっと八来の手が滑るようにして雛の手を押し出す。瞬時の行動に対応しきれずこそぎ落とす様にして杖から手を押し出され、同時に足払いをかけられて空中で体を一回転させられた。
「ひあっ!?」
地面に頭を打ち付けそうになるが、咄嗟に両手を地について勢いよく後方へバク転して着地。
八来へと視線を戻すと、基本の本手打の構え(※武器の持ち方は剣道の中段の構えとほぼ同じ。ただ、体の向きはやや半身となり杖先は常に相手の目の間を狙う)でこちらの出方を待っていた。
杖術とは『突かば槍 払えば薙刀 持たば太刀 杖はかくにも はずれざりけり』 の言葉通りに技が多種多様に変化する。打ちに来たと思ったら突かれ、突きに来たと思ったら払われたりと流れるように技が変わるのだ。
手の動きも杖を滑らせるようにし、杖の先端を前の手のひらで包むようにしてそこを軸にして杖を後ろから回すようにして前へと打ちに行く。先端をぎりぎりまで見せないので打ちに来るのか突きに来るのかが読みづらいのも特徴だ。
「雛、遠慮せずに来い」
杖術は対剣術として用いられることが多く、またカウンター技が豊富である。その為、あちらから攻めてくる事は少ない。
「何だ?んじゃ、こっちから行くぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
(え?攻めてくるのですか!?)
攻めあぐねていると、八来は姿勢を低くし杖の両端を持ち片方の先を雛に向けたまま突っ込んできた。
「おらぁぁぁっ!!」
雛の間合いのギリギリ外まで走ると、突然地面に杖を突き立てて棒高跳びの要領で飛び蹴りを仕掛けてきた。
(刺突じゃない!?)
杖術には絶対にない、否、考えられない行動と技に雛の対応は大きく遅れる。顔面を庇って両腕を交差させて蹴りを防ぐので精いっぱいだった。
咄嗟に足に力を入れ吹き飛ばされるのは回避したが、腕の衝撃は逃せず滑るように大きく後退する事となった。
「オラオラオラッ!!気ぃ抜いてると頭カチ割れるぜぇぇぇぇぇぇ!!!」
中心を持ちグルグル回転させたかと思うと雛のこめかみを狙って刺突。それを手の甲で弾くと、杖の下部分が斜め下から跳ね上がり杖先が水月を狙ってくる。
これが素人の動きならば雛にも突破口がある。だが、相手はあの四神部隊で杖術の達人と呼ばれていた男だ。
一見、でたらめな杖の振り方だが全ては次の行動への布石であり杖術の型に無い動きだからこそ読みづらい。
ならば
「てやっ!」
鳩尾に迫る刺突を真正面から両手で掴んで止める。が、完全には止められず少々鳩尾に先端がめり込み一瞬息が詰まる。
その一瞬で八来は更に突き込もうと杖を押すが、雛の握力がそれを許さない。呼吸が戻ると即座に右手を滑らせて杖の中心を握り、そのまま握力だけでへし折った。
「ひゅう!」
八来は動揺もせず、楽しそうに口笛を吹くと折れた杖をそれぞれの手に持ち片方を雛の目の間に、もう片方を再度鳩尾に向けて突いてきた。
雛は瞬時に姿勢を低くして目間の一撃を避け、鳩尾へと伸びてきた杖を八来の手ごと掴んで動きを止め足払いを仕掛ける。
八来は足払いを避けるように飛ぶとそのまま雛の顔面へと前蹴りを入れる。
ゴガッ!
鈍い音と共に八来の足が止まった。雛の顔面を狙って放たれた蹴りは、雛の額で受け止められていた。
(咄嗟に顎を引いてよかった)
ダメージの低い額で一撃を止めると一瞬の隙をついて八来の足を掴み、一本背負いの要領で投げ飛ばした。
「おーおー、まぁだまだだなぁぁぁ雛ぁぁぁ!」
空中で猫のように体を捻って回転し、音も無く地面に着地すると肩越しに振り返って意地悪く笑う。
「うーん、能力なしだと難しいですね……」
雛は難しい顔をした後、はぁと小さくため息をつく。
八来が全く能力を使わないので、合わせるようにお互い能力無しでやってみたがどうしても決め手に欠ける。
状況判断と予想外の動き、速さ、八来の方がまだまだ実力が上だ。
「しょげるな。経験と場数積めば能力無しでももっと戦える」
今まで年に数回妖怪と闘ってきた雛だが、八来の様に人・妖怪・紛ツ神と種類の違う敵と戦った事もない上に場数も積んでいない。
(確かに、八来さんの言う通り私には経験が足りない)
常に戦いに身を置き、命を晒してきた者に比べてずっとずっと……
「だぁから、しょげんなって言っただろぉぉぉぉ?これから経験積んでグングン伸ばしていけぇぇぇ!いいもん持ってるんだから落ち込むこたねぇぇ!自分にガッカリする暇があるなら、出来ていないところを見つめ直して克服していけぇぇぇ!」
「は、はい!分かりました!では、もう一戦お願いいたします」
「駄目だ」
「え?」
きょとんとする雛に八来は携帯電話の画面を見せる。
「もうすぐ朝の六時になる。俺は一足先に帰ってシャワー浴びて、朝飯の支度をしなければならん。お前は七時前には帰って来い」
「朝御飯!」
すると、やや落ち込んでいた雛の顔が途端にぱあっと明るくなる。その顔に餌を前にして大興奮する犬の顔が重なって見えた八来だった。