異世界転移した俺がハロウィンを企画したお話
俺――石動タケルが異世界へとやってきてから、早いものでもう1年近くが経つ。
元いた世界では平凡な高校生でしかなかった俺が、転移先の異世界で秘められし力を解放し勇者として大活躍――などというイベントは特に起こらず、転移から一週間が経った頃には、俺は見知らぬ土地で飢え死に寸前だった。
そんな俺を救ってくれたのは、現在の雇い主であるグレンさんだ。
王都でカボチャの販売を行っているグレンさんは、飢えた俺に食べ物を恵み、宿まで与えてくれた。
事情を聞かれた俺は、この人に嘘をついてはいけないと思い、異なる世界からやってきたという事実を包み隠さず伝えた。荒唐無稽と笑い飛ばされるかとも思ったけど、グレンさんは終始真面目に俺の話を聞いてくれて、「大変だったな」と優しく微笑んでくれた。
行く宛ての無かった俺を、グレンさんが住み込みの従業員として雇ってくれことで、俺は異世界での生活基盤を得ることが出来た。
グレンさんは厳しくも優しいナイスガイで、奥さんのミリアさんはいつも笑顔を絶やさない明るい人。二人の娘で12歳になるアリシアは少し生意気だけど、学校から帰るとすすんで店の手伝いをする家族思いの良い子だ。
俺に家族のように接しくれて、居場所まで与えてくれたグレンさん一家には本当に感謝している。
異世界にやってきた当初こそ、特殊な能力やワクワクする冒険に憧れたけど、今はそんなのどうでもいい。
毎日が本当に充実していた。グレンさん一家には感謝してもしきれない。
恩返しのためにも、俺は今日もカボチャ屋の仕事に精を出す。
〇〇〇
「困ったな」
閉店後の店内で、グレンさんが何やら頭を抱えていた。
「どうしました?」
「お前も知っての通り、今年はカボチャが豊作だ」
「確かに、今期は大量ですね」
「豊作なのは喜ぶべきことなんだが、豊作過ぎて大量にカボチャが余りそうらしくてな。何とか有効活用出来る方法はないかと、取引のある農園から相談されてるんだ。爺さんの代から付き合いのある農園ばかりだから、何とか力になってやりたいところだが」
「案が浮かばないと」
「そういうことだ。食べようにも、身内や知人で処理できるような量じゃないしな……」
「カボチャの処理ですか」
何かいい方法が無いものか、俺も頭をひねってみる。妙案を提示できれば、グレンさんへのちょっとした恩返しになるかもしれない。
大量のカボチャを消費するなら、大勢の人間で食すのが一番だと思う。
大勢の人間を集めるには、何か大きなイベントを企画する必要が出てくるが……
祭、カボチャ、祭、カボチャ、祭――
二つのワードが、頭の中で交錯する。
「ハロウィン」
「何だそれは?」
思わず口に出ていた俺の呟きは、グレンさんにも届いていたらしい。
「俺のいた世界には、ハロウィンっていうイベントがありましてね。カボチャを繰り抜いて作ったジャック・オ・ランタンと呼ばれるシンボルを家の前に飾ったり、子供達が家々を回って、お菓子を集めて回ったりするんです。地域によっては、仮装をして大勢で集まったりなんかもして」
「へえ、何だか楽しそうだな」
「例年、けっこう盛り上がってましたね。そういった祭の場で、カボチャ料理なんかを大勢の人に振る舞えたら、大量に消費出来るじゃんないかなと思ったりしたんですけど……」
現実問題、それは厳しいだろう。
大勢を集めてカボチャを消費するという発想自体は我ながら悪く無いと思うが、異世界には存在しないイベントを一から発足させるのは簡単なことではない。ましてや俺は、異世界からやってきたこと以外は何の特徴も無い、ただの一般人なのだから。
「話は聞かせてもらったわ!」
店と住居とを繋ぐ両開きのドアが突如として開け放たれ、仁王立ちをしたアリシアが姿を現した。
「面白そうじゃない。そのハロウィンとかいうお祭り」
「しかし、企画するにも色々と問題があってだな。小規模すぎてもカボチャが消費出来ないし」
そう、近隣住民レベルでハロウィンを行っても、カボチャの大量消費には繋がらない。せめて、王都全域を巻き込むくらいの規模でなくては……って、いやいや、絶対無理だろ!
などと内心でセルフ突っ込み。コネも何も無い俺には、やはりハロウィンを流行らせるの難しいだろう。
「大規模はお祭りに出来ればいんだよね?」
「理想はそうだな」
「よし、私に任せない!」
自信満々に胸を張ると、アリシアは嵐のように自室へと戻っていった。
「何だったんですかね?」
「俺にも分からん」
男二人、目を丸くしていた。
〇〇〇
「急展開過ぎるだろ……」
それから3日後。
俺はどういうわけか、グレンさんと共に王宮へと招かれていた。
通されたのは大きな会議室。
王都一の規模を誇る商会の会長を筆頭に王都各地区の区長、貴族階級の役人たち。極めつけには王族までもが顔を揃えている。そうそうたる面々だ。
場違い感に表情を強張らせながらも、俺とグレンさんは着席する。
「皆の者。此度はよくぞ集まってくれた」
会議を取り仕切るはセゾン王国第三王女――エリーゼ殿下。
気さくな人柄で臣民からも愛される良き姫であるとは聞いていたけど、まさかお目にかかる日が来るとは夢にも思っていなかった。人生、何があるか分からないものだ。
「議題はもちろん。タケル・イスルギの提案したハロウィンなる祭に関してである」
皆の視線が俺に注がれる。ああ、緊張感でお腹が痛くなりそうだ。
「タケルの提案したハロウィンは実に興味深い。カボチャとも縁の深いこの祭は、カボチャを名産とする我が国に相応しいものだ。祭の少ない我が国を盛り上げる新たな行事として、国王陛下も大いに期待を寄せておられる」
おおー! と会議室中が騒めきたち、再度俺に視線が向けられた。
そんなに期待を込めた目で見ないでくれ。俺、元いた世界じゃただの高校生だから! そもそもこんな会議に出られるような人間じゃないから!
「それでは、ハロウィンなる祭について、タケルより改めて説明を」
「は、はい!」
カチコチに緊張したまま俺はその場で起立。
説明すべき内容は昨日の内にメモしてきたけど、緊張のあまりちゃんと読み上げられるか大いに不安だ。
堂々と振る舞えるように努力はするが、豆腐メンタルの俺に、過度な期待はしないでおいてもらいたい。
「そ、それでは、私の口から、あ、改めてハロウィンについて説明させていただきます――」
出だしから噛み噛みだ……
〇〇〇
さてと。どうしてここまでハロウィンの話が大きくなってしまったのかを説明しておこう。
一言で説明するならアリシアのせい……失礼、おかげである。
3日前にアリシアが言った「よし、私に任せなさい!」という言葉が現実になった形だ。
俺も昨日知ったばかりなのだが、国王陛下の末娘――セレナ殿下は現在、社会勉強の一環としてアリシアと同じ学校に通っていおり、二人はとても仲が良いらしい。
予てよりセレナ殿下は祭の少ない国の現状を嘆いていたそうで、そんな殿下にアリシアが俺から聞いたハロウィンの話題を振ったらしく、殿下はそれをえらく気に入られたらしい。
そこから先はとんとん拍子。まず始めにセレナ殿下から姉であるエリーゼ殿下に話が伝わり、その話に感心を示したエリーゼ殿下から今度は国王陛下へと伝わった。
国王陛下がゴーサインを出したことでハロウィンは正式に、国を上げての一大プロジェクトとして発足。
発案者である俺を含めた俺を筆頭に、有識者会議の開催を決定し、今に至るというわけだ。
〇〇〇
「ジャック・オ・ランタンの見本のような物はありますかね?」
「はい、こちらに」
商会関係者の男性からそう問われ、俺は昨日グレンさんと徹夜で仕上げたジャック・オ・ランタンを取り出し、皆に見えやすいように長机の中央に置いた。
「これは面白い。カボチャが、まるでオブジェのようだわ」
素なのだろうか? エリーゼ殿下はやや砕けた口調で見入っていた。
「それだけではありませんよ」
この場の空気に少し慣れて来たので、俺は幾らか冷静に振る舞えるようになっていた。予め用意しておいてもらった蝋燭に火をつけ、その上からジャック・オ・ランタンを被せる。
「綺麗」
エリーゼ殿下を筆頭に、皆がその姿に魅了されていた。
目や鼻にあたる部分から零れる蝋燭の明かりは、とても幻想的だ。
「製法はどのように?」
「それ程難しいものではありません。基本的にはカボチャをナイフでくりぬきつつ、目や鼻を表現していくだけです」
この質問にはグレンさんが懇切丁寧に解説してくれた。俺同様に当初は緊張していたグレンさんも、今ではとても活き活きとしている。
「タケル殿。この、子供達が家々を回って菓子を集めるという行為に関してですが」
「はい。それはですね――」
会議は大いに盛り上がりを見せ、当初の予定を大幅にオーバーして続いた。
〇〇〇
早いもので、とうとうハロウィン当日だ。
日中は王都を子供達が「トリック・オア・トリート」の掛け声とともに家を訪ねて周りお菓子を貰って回った。王都内では絶えず子供達の嬉しそうな声が聞こえていたし、大人達も子供達の笑顔に癒されたという嬉しい評判を聞いている。
現在の時刻は午後六時を回ったところだ。日が沈みかけ、街中の家々に飾られたジャック・オ・ランタンの明かりが、王都の夜を彩ってる。
「まさか、ここまででかい祭になるとは思わなかったな」
俺はハロウィンの実行委員の一人として、メインイベントの会場へと足を運んでいた。
王都の中央広場で催される今回のメインイベント。カボチャ料理の大盤振る舞いだ。今回のお祭り用に、廃棄の危機だった大量のカボチャを王国が買い取り食材としたため、豊作で取れ過ぎたカボチャの処理という本来の目標も達成された。想像以上の状況ではあるけど、これで、グレンさんの悩み事も解消されたはず。
「タケル。そなたのおかげで、ハロウィンは大盛況だ」
「エリーゼ殿下」
カボチャ料理を口にした俺は、驚きのあまりむせそうになってしまったが、殿下の手前それは堪える。
王宮でも貴族たちを中心にハロウィンが賑わいを見せていると聞いてたので、殿下もてっきりそっちにいるのかと思っていた。
「何を驚いた顔をしている?」
「いえ、殿下はてっきり王宮におられると思ったので、少し驚きまして」
「王宮の方は少し盛り上がりに欠けるのでな。こちらの方が面白いとおもったのだ」
「そういうことでしたか」
確かに、王宮の方では貴族が中心な分、空気が違うのかもしれない。祭という場を楽しく過ごしたいという気持ちは分かる。
「ちなみに、セレナもこっちに来ておるぞ」
「そうなんですか?」
「ほれ、あそこだ」
エリーゼ殿下の示す先ではセレナ殿下とアリシアが仲良さげにカボチャ料理を口にしていた。アリシアの姿が見えないと思ったら、なるほど、友達であるセレナ殿下と一緒に祭を楽しんでいたのか。
「此度の成功を受けて、国王陛下はハロウィンを恒例の行事にすることも検討しているそうだ」
「本当ですか」
「うむ。そなたの功績は大きいな」
「大したことはしていませんよ。元いた国のハロウィンのイメージを伝えただけですし」
「そなたの国か。興味があるな」
「話せば長くなりますよ」
「そうか。ならば、改めてゆっくりと話しを聞くを機会を設けるとしよう」
「は、はい」
思わずドキッとするような表情でエリーゼ殿下は微笑んだ。
「先程より気になっていたのだが、タケルの持つその料理は何だ?」
エリーゼ殿下は興味深げに俺の手元の器を覗き込んきた。確かに、こっちの世界の人には馴染みが無いかもしれない。
「私の故郷に伝わる料理で、煮つけといいます」
カボチャ料理の案の一つとして、俺が提案したものだった。以外なことに、この世界にも醤油に似た調味料が存在しており、味はそれなりに再現出来ている。
「美味なのか?」
「はい。とても」
新しい器に煮つけを注ぎ、エリーゼ殿下に手渡す。
ホクホクのカボチャを程よく覚ましながら口へと運んだエリーゼ殿下の反応は――
「とても美味しいぞ!」
無邪気な子供のようにストレートだけど、だからこそ感情が伝わってくる。そんな幸福な表情をエリーゼ殿下は浮かべていた。
お口にあって良かった。故郷の味を美味しいと言ってもらえるのは、素直に嬉しい。
賑やかなハロウィンの夜が過ぎていく――
〇〇〇
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
ハロウィンの跡片付けを終え、グレンさんと一緒に店に戻った。先に帰ったアリシアとミリアさんは、二階で就寝しているようだ。
「想像以上の規模になったけど、タケルのおかげで大量のカボチャを余さずに済んだ。農園の人たちも喜んでいたぜ。ありがとうな」
「いえいえ、俺は大したことは」
グレンさんに助けてもらった恩を少しでも返せたなら、これ程嬉しいことことはない。
「そういえば、タケルが家にやって来てから、今日で一年だな」
「そうでしたっけ?」
すっかりこっちの世界に馴染んでいたせいか、そんなこと、すっかり忘れていた。
「商売人が言ってるんだ。日付に間違いはないよ」
「一年か……あっ!」
俺がグレンさんと出会ったのは異世界に転移してから一週間が経った頃。つまり今日は、俺が異世界に転移してから一年と一週間ということなる。
「どうした?」
「いえ、面白い偶然だなと思いまして」
俺が異世界に転移したのは、10月24日の朝のことだった。
それから一週間と一年が経過したということは、俺の元いた世界では今日が10月31日――ハロウィンということになる。
「あっちも、今日はハロウィンだったのかな」
思わぬ偶然に、ちょっとだけ運命めいたものを感じた。
END