吾輩はネジである
吾輩はネジである。不良品である。本来、頭には+の形の穴が空いているべきなのだが、どういうわけかzの形の穴が開いてしまっている。
zの形をしたドライバーなどないものだから、なんびとたりとも吾輩を締めたり、緩めたりすることはできないだろう。この事実こそが、自らを不良品と呼ぶ理由である。つまり吾輩は、ネジとして生まれながら、ネジとしての機能を完全に失っているのである。
どうしてこんな形になってしまったのか。その経緯を吾輩は知らない。ただ、生まれて物心ついたころには、すでにそのような有様になっていた。そうならないために、何らかの選択が可能だったのかもしれないし、選択の余地はなかったのかもしれない。記憶にないので、何とも言えないのである。
吾輩の最も古い記憶は、ベルトコンベアーを流れていたときのものである。たくさんの仲間たちとコンベアーを流れている間に、どうにも自分は他のネジと頭の形が違うことに気がついた。当初はそれを個性であると好意的にとらえ、内心少しだけ誇ることにしていた。しかしその認識の過ちは、すぐに是正されることになった。というのも、自分と同じように「個性的」であったネジたちは、検査官に見つかり次第、次々と処分されていったからだ。このとき吾輩は、ようやく自身が不良品であり、この世界から排除されるべき存在であることを認識した。
吾輩はおそろしくて震え上がった。そしてこの厳しい検査をくぐり抜けることこそが、自分の人生の目標であると定義した。吾輩は、何度となく行われる検査官の監視の目をすりぬけるべく、頭の角度をかえてみたり、頭を他のネジの後ろに隠してみたりなど、様々な工夫を行った。
その努力のかいもあって、吾輩はすべての検査をくぐり抜けることができた。吾輩は無事に、製品として出荷されることとなったのである。やれやれ。なんとか吾輩は人生の成功者になることができた。そのときはそう認識していた。
その認識もまた、すぐに是正されることになった。製品に紛れ込んで出荷された吾輩は、ある男に購入されることになった。そしてその男が、自宅の部屋に時計を取り付けようとしたときに、ネジの箱は開けられ、吾輩は手にとられてしまったのである。
もちろん、吾輩は男に見つからないよう、最大限ひっそりと息を殺していた。しかしその努力も虚しく、吾輩は生まれてはじめて、自らが不良品であることを白日のもとにさらされるはめになった。
「なんだこれ。zの形になってる。どーやって締めるんだよこれ」
男はぶつぶつと呟いた。吾輩は観念した。
「締めれんよ。どんなドライバーをつかってもね。なにしろ、不良品だからな」
「はあ。珍しいこともあるもんだ。これじゃあ時計を取り付けられないな」
男のその何気ない一言で、吾輩は自分のこれまでの努力が、まるで意味がなく、まるで見当違いであったことに気付かされた。不良品であることをごまかし続けたところで自分が不良品であることには変わりなく、ネジとしての本分を全うすることはできないのであった。吾輩は生まれながらにして「ネジとして死んでいて、いや、ネジとして生まれてすらいなかった」。自分が努力と呼んでいたものは、それに気がつく時間を先のばしにするだけの悪あがきだった。
「しかしよくもまあ、こんなにへんてこなのに、これまで見つからずに出荷されたもんだ。大したもんだ」
「努力したからな。まあ、何の意味もなかったがね」
「ふーん」
「もういいよ、君。とても疲れた。もう捨ててくれたまえ」
「そうだなあ。まあ、縁起がいいから、お守りにでもさせてもらうかな」
「お守り?」
「俺も不良品みたいなもんだからね」
そういうと男は吾輩を小さな袋に入れて、サイフの中にしまいこんだ。
かくして吾輩は、捨てられることなく、かろうじて生きながらえることができた。これを成功と評するか、失敗と評するかの判断は、吾輩はもはや興味がないところである。その判断は他者に委ねようと思う。
ただ吾輩と同様に、不良品として生まれてしまった同胞のことを思うと胸が痛い。きっと吾輩と同じような苦しみをかかえ、検査の目に怯え、そこから逃れるための自らの努力すらも虚しく思っていることだろう。
安息もない。意味すらない。
それでもなんとか、今日を生き延びようではないか。もちろん、分かっている。それはあまりにも途方もないことだ。しかし、明日には何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。いや、きっと何も変わらないだろう。それでも、今日を生き延びようではないか。吾輩は同胞がいなくなると寂しい。あなたが生き延びた方がいい理由は、たったのそれ以外に何一つ見つからないのだ。
生き延びて欲しい。
か細い声ではあるが、吾輩は同胞たちに、そう伝えたい。
そしてそれが一体どういう形をしたものなのか、吾輩は頭の中にうまく描くことはできないが、あなたの成功を祈っている。