出現した大穴
いつも通りの朝だった。幼なじみの-レイラ-の馬鹿でかい声に起こされ、狩りをする為に愛用のソードを腰に挿し、村から少し離れた森へと足を進めた。
俺が住むこの村-ユナ村-は、土地自体は豊かではないものの、それなりに栄えていて充分に暮らせていけるとても小さな村だ。
「エイル、今日も大物頼むよ。うちには大喰らいがいるからね。」
エイルは俺の名だ。そして、今話しかけてきたのはレイラの母親。
この村には決まりがある。畑仕事は女、狩りは男の仕事だ。
レイラの家は親父さんが早くに亡くなっているから、狩りは俺が引き受けている。小さな村だから、皆で助け合うのがしきたりだ。
「ああ。任せといてよ、おばさん。」
「あの娘も、もう少し女らしくしてくれればね、可愛らしさが足りないんだよ、あの娘には。」
俺は、ため息をこぼすおばさんに苦笑いを返すしかなかった。返す言葉も見つからない。その通りだ。
とにかく、2家族分の狩りをするのは時間もかかるし、骨が折れる作業だから、俺はさっきよりも足早に森へと向かった。
森に足を踏み入れてどのくらい時間が経っただろうか、何時もならこの位で中型の獣が2頭程出没するものの、未だに何にも遭遇しない。
「静かだ、静かすぎる。」
鳥さえも飛ばない、虫さえも地面をはっていない。
いつも、とは掛け離れた森がそこにあった。
ズズン---
地鳴りと土埃が辺り一面を覆う。
「な、なんだこれ、うわあ!」
立っていられないほどの地震だった。
何十分経っただろうか、いや、もしかしたら数十秒かも知れない。ただとてつもなく長い時間に感じた。
気付いた時には、辺りに黒い霧が充満していた。
「霧?さっきまであんなに晴れてたのに。」
何か嫌な空気が辺りを漂っている。
とにかく俺は、獲物を捕まえるべく森の奥へ足を進めた。
どれだけ歩いても、獲物は出てこない。それどころか黒い霧が濃くなってきている。
「まるで夜だな。」
俺はいつも持ち歩いている簡易ランプを取り出し灯りをともした。
ガサガサッ
少し離れた場所で何か音がした。
ようやく獲物が現れたかと思い、腰のソードに手を伸ばす。
「ううっ、」
俺は耳を疑った。
此処は俺の住む村の人間しか立ち入らないはずの森だ。要するに、男しか立ち入らない森、そこで何故女の、それも若い女、少女と言うべきだろうか、そんな声がするはずが無い。
「お、おい!大丈夫か!」
目を向けた先に正しく少女と呼ぶべき年頃の女の子が倒れていた。
だが、何だろうか違和感を感じる。
見たこともない服装だからだろうか、変な、と言ったら失礼かもしれないが、俺には馴染みも全くない服装だった。
息はある、ただ意識がない。
どんなに声をかけてみても、体を揺すってみても意識が戻らない。
何処から来たのかも、身元も分からないけど、こんな現状も分からない森に置き去りにするわけには行かない。だから、俺は彼女を抱き上げ村に戻ることにした。
「な、なんだよ、アレ…」
立ち上がった俺は目を疑った。
今まで無かったはずの大穴がそこにあった。
何処まで続いているか、底に終わりがないようにも見えるほどの大きな穴だった。
ただ一つ分かるのは、この森を包む濃い黒い霧は、どうやらこの穴から噴き出しているようだった。
「村の様子が心配だ。ひとまず狩りは中止にして戻ろう。」
これだけの黒い霧が出てるんだ。もしかしたら村にまで霧が充満してしまっているかも知れない。
俺は来た道を少し走りながら戻った。