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バレンタインデー

作者: トゥケ島

 4時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響き、教鞭を振るう数学教師の書く計算式が一層乱れたものとなる。

 もっとも書き終わるのを待つでもなく、各々自由に動き出す。

 大人しく板書する者。友人とおしゃべりをしだす者。売店へと急ぐ者と多種多様に。

 私は軽く伸びをして、ぼんやりとした光を放つ蛍光灯を見つめながら考えた。

 二月一四日。一年でもっともロマンティックで素直な気持ちになれる日。ちまたでは異常な盛り上がりを見せる日だが、正直自分には縁も興味もない日だ。たかだか一八歳になったばかりで生意気かもしれないが、同学年の男子なんて子供っぽくて、恋愛感情を抱く気にすらならない。少し憧れていた先輩も卒業して以来、会うこともない。まあ、縁がないということだろう。

 本命チョコなど人生で一回も渡したことがない。残念なことに。

 義理チョコなら幾度か渡したことがあるし、実は今日も鞄に忍ばせている。

 視線を移し、その義理チョコを渡す存在がいる座席を見やる。

 杉村大河。生まれた時から隣の家に住む、幼なじみだ。物心ついた頃から毎日のように遊び、弱虫で虐められていた大河をよく励まし、助けてあげたものだ。

 今では 拳法の道場に通う強面のノッポ君になっていて、大河をよく知らない女子生徒なんかは、恐い人だと思っている。

 大河が無口で喋ってもぶっきら棒な印象を与えるからなのだろうが、本来の大河は人が良すぎる程のお人好しで、悪く言えば融通が効かない真面目くん。

 今も席に座ったまま、殴り書きされた計算式をしっかりと写している。

「おい、大河!昼飯食おうぜ。天気もいいし、いつもの中庭行こう」

 仲良し三人組に誘われ、席を立つ大河。

 普段は表情が乏しい大河だが、その三人と一緒にいる時には結構笑顔も見られる。

 さっさと渡してしまおうと思っていたのだが、わざわざ仲良く昼食中に渡しに行くのも野暮な気がする。最も、あの三人組も私と大河が幼なじみだということは知っているから、構わないのだが。

 ふう、とため息を一つ吐き、鞄からお弁当を取り出す。

 食べながらちょうど一年くらい前に大河と話したことを思い出す。

「なんだよ、未来?元気ないじゃないか」

 頬杖を付いてつまらなそうな顔をしている私に、少し心配した様子で大河が声をかける。

 私はやや考えて、聞いてみることにした。

「大河、あんただったら好きでもない子に好きだって言われたらどうする?」

「うーん、言われたことないからわからねー」

「例えばの話でしょ?……あんた、好きな子いるの?」

「うーん、いない。今のところ」

 その大河の何気ない返答に、なんとなく私は不満な気持ちになった。

 なによ、私のことはなんとも思ってないわけ?

 その不満は表情や言葉にだすことなく、胸の内に留める。

「あらそう。早く好きな子の一人でも作って、告白くらいしてみなさいよ」

「ちっ、ほっといてくれよ」

 私たち、ずっと着かず離れずで曖昧な距離感で過ごしてきたわね。大河は私のことを少し好いてくれていると思ってたけど、それは私の思いすごしかな?少なくとも私はあなたのことがちょっとは好きだった。

 お弁当を半分程食し、時計を見やる。お昼休みはあと10分程。

「うん。行こう」

 鞄から包装された細長い形状のチョコレートを取り出し、教室を飛び出した。

 中庭に着くと、大河の仲良し三人組の姿はあるものの、肝心の大河の姿はなかった。

 少し離れた場所から眺めていたのだが、三人のうちの一人がその様子に気が付いた。

「あれ?赤羽さん、どしたの?」

 正直少し苦手な、真中信史が私に声をかけてきた。その視線がちらと私の手元に落ちたは見逃さなかった。反射的にチョコレートの包みを体で隠す。

「大河に少し用があったんだけど……」

「ああ、大河なら読みたい本があるとかで、図書室行ったよ」

「そう。ありがと」

 大河の居場所がわかったので、足早にその場を去る。

「あれ?赤羽さん、俺たちには何にもなしかい?例えばチョコとか」

 こういう軽薄な発言が苦手なのだ。その戯言を背中で聞き、私は図書室へ急いだ。

 五階にある図書室に、残り休憩時間数分で向かうには全力で走るしかない。ましてや目的は図書室にたどり着くことではないのだから。

「はあ、はあ、大河っ!」

 かなり走った。普段から陸上部で相当走り込んでいるが、だとしても疲れる。

 私の呼びかけに、席に座って本を読んでいた大河が眉間に皺を寄せてこちらを見た。

「未来、ここは図書室だ。静かにしろ」

「はあ、はあ、あんたねー……ふう。まあいいわ。はい!」

 差し出された包みを、怪訝な表情を浮かべて受け取る大河。

「学校にお菓子を持ってくるのは関心しないな」

 きょとん、と呆気にとられる。今、大河は冗談を言ったのだろうか?だとしても笑えない。

 何なの?何を言っているのこいつは?

「あんたねー、今日は何の日か知ってるわよね?」

「二月一四日だろ?」

「だから!」

「あっ!」

 本当に鈍い。なんでわざわざ今日がバレンタインデーだからチョコを渡しに来たなんて説明しなくてはならないのか。気恥ずかしくて、顔が熱くなるのがわかる。赤い顔を見られたくないので、すぐに大河に背中を向ける。

「未来。ありがとな」

 改まって礼を言われ、尚更恥ずかしさは増す。

「いいわよ、別に。義理なんだし」

 突然大河に手を引かれ驚き、戸惑う私。まだけたたましかった鼓動がもう一段階跳ねる。

「え?ちょっ、ちょっと、大河⁉︎どこに⁉︎」

「どこって、教室に決まってるだろ。始業五分前だ」

 ……ああ、そう。

 本当に呆れさせてくれる男だ。なんだかこの数分で無駄に焦ることになった。

 だけど、久しぶりに繋いだ大河の手は大きくて、力強くて、何より温かかった。

 何よ。いつの間にか男らしくなって。これからもよろしくね……大河。

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― 新着の感想 ―
[一言] いま恋愛ものの小説を読んで勉強している最中なので、参考に読ませていただきました。  中学生時代の、あのむず痒い青春時代を思い出すような、素敵なお話でした。  この思いが、いつの日か恋に変わる…
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