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「町長、食料を求めて流れてくるものが後を絶たず、お恥かしい話ですが、混乱を食い止めるのも限界が近いと思われます」
受け入れ開始から5ヶ月、領内の畑では技術革新が進み、前期の収穫を大きく超える量の食材が実っていた。しかしながら、国全体の水不足は解消されず、国内経済は混乱が悪化の一途を辿っている。
そんな中で、領内は食料が豊富だからと、食料を周囲に売却すれば、売ってもらえなかった町が、こちらの制止を無視して軍を差し向ける可能性が高くなってきた。
そのため、領外への食料持ち出しを禁止し、余剰分はすべて町で買い取ってから、場所によって差が出ないように、うまく調整して売却することに決めた。
自分の領内に限って言えば、食料が回り、製造業が充実、最近では移民を中心に道路や治水の整備も着実に進んでいる。
一応は、水不足が長引いても大丈夫なように手を打ってきたので、今のところ、大きな問題は起こっていない。
ただ、予想になかった事態も起こりだしたのも事実で、移民を受け入れた町のはずれからさらに行った場所に、スラム街が作られ始めたのだ。
ただ、スラム街とは言っても、その場所に建物などはなく、生きる気力を失った人々が寝具だけをもって集まり、地面に寝ているのだ。
勿論、治安は悪く、住民達との争いが起こることは日常茶飯事である。そして、どうにか制御しよとしていたが、自衛団だけではどうにも成らなくなってきたようだ。
「いや、わかっている。町としても対策を立て、漸く行動に移せる時期になった。むしろ、今まで大きな混乱も無く押さえてくれて助かった。
これより、スラム街住民をクラッド領民に受け入れる作戦を実行する。
防衛団長は近衛兵団長と共に、口が堅く信用できる者を集めてくれ。僕は今の書類を書き終えてから、そちらに向かうので、そのつもりでな」
「畏まりました」
それから4時間後、ここ最近、急ピッチで建てられた蔵に団長とその部下達を案内した。
建てられたばかりの蔵は、空っぽの状態であり、ここで何をするつもりなのか、彼らには想像することも出来ないと思う。
それを証明するかの様に、彼らはキョロキョロと周囲に視線を巡らせていた。
そして、倉庫の奥に隠されるように設置した何気ない扉を開き、少し進んだ先で、鍵のかかった重厚な扉を開く。
すると、倉庫の2階部分にあがる階段が現れた。
ぎしぎしと軋む階段を2階に登った時点で、彼らの息を呑む音が聞こえる。
「……町長、これは、いったい…………」
防衛団長がみんなを代表するかのように訪ねてきた。
彼らが驚くのも無理は無い。
倉庫の2階部分には土が撒かれ、大きな実をつけたかぼちゃが植えられていたのである。
「ここからの説明は領内に留まらず、国の未来を左右しかねない物だ。もしその情報を漏洩するようなことになれば、その命だけでは償えないと心得よ。
誓えない者は立ち去ってくれて構わない。ただ、これ以上のことを聞くとそれなりの制約が発生するので、そのつもりでな」
事の起こりは3ヶ月前。
不作が長引いた余波で、町に流れ込む人々が増加したことを受け、ソフィアに今後の予測を試算して貰ったところ、領内で取れる量では迫り来る人々を抑えきれないとの結果になった。
そのため、周囲に不満を覚えない程度の食料を売却と言う名のばら撒きを行い、流れ込む人の量を減らすことに努めた。しかし、それだけですべての人を止めることは叶わないと思った僕達は、更なる技術革新を求めて、様々な検証を行った。
そして最終的に目をつけたのが魔玉である。
魔玉が人の傷を癒す物、言い換えると、人の治癒能力を促進させる物。
それならば、野菜の生長を促進させるのではないかと思い実行してみたのだ。
種と一緒に植えて見たり、砕いて土に混ぜて見たり、と色々試して見たのだが、お湯に溶かしてジョウロで巻くやり方が一番顕著な効果を挙げられた。
種を植えて魔玉入りの水を注げば、みるみるうちに成長し、1時間もしないうちに実がなったのである。それに加え、少量の土があれば十分に育ち、肥料や連作障害も問題としないとわかった。
これで食糧問題は万事解決となったのだが、あまりにも画期的な農業すぎて、既存の物流を破壊しかねない。
この事実が知れ渡れば、農家の生活が成り立たなくなってしまうのだ。そのため、この栽培方法は、いつものメンバー4人と村長代理に相談役、そして、採掘人のトップであるミシェルが知るだけだった。しかし、現実問題としてスラムの人々を受け入れるためには、多くの人の手が必要で、7人だけでは到底手が回らない。それに全員が忙しく飛び回っているために、農作業をしている時間が無いのだ。
そのため、倉庫の2階という限られた空間で、口の堅い人間のみに情報を開示し、実務を行ってもらおうという話だ。
幸いなことに、雑草刈りや毎日のみずやりなどの必要が無いため、素人が少人数でも十分な収穫が出来ると考え、防衛団と近衛兵団に絞ったという訳だ。
そんな彼らの前で、魔玉入りの水を撒き、その成長を見せると、一同の言葉が消えた。
みるみるうちに成長する植物の非現実具合に言葉をなくしたようだ。
「っと、まぁ、こうなるわけだ」
「…………なるほど。お話は理解しました。
我々はここで野菜を育て、その秘密を保持すれば良い訳ですね?」
「あぁ、その通りだ。
それとこの任務は、現在スラムに住む者達が畑を耕し、そこで初収穫を迎えるまでの期間のみとする。
それ以降は特殊な場合を除き、栽培の一切を禁止とする予定だ。
かなり特殊な命令となるが、ひいては自分達のためだ。よろしく頼む」
「畏まりました。必ずや命に代えても遂行いたします」
こうして、領内に流れ込んでくる者に食料を配布することにより、ある程度の治安が守られることになる。
そして、町に暮らす住民が町の限界である、1万人を突破した。




