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「本日、夕暮れまでの間、ルイド酒場の方で、クラッド領への移民受け入れを募集します。
クラッド領には水も食料もあります。そして、町長はとても偉大なお方なので、移民の人達にも食料支援をしてくださるそうです。
繰り返します、我々の領には、水も食料もあります。なので、若くて将来有望な者を優先に移民を募集します。我こそはと思う方は、本日夕暮れまでにルイド酒場の方へ集まってください。順次面接を行います」
自分達の周囲に飢える者が居るからと、すべての人々を受け入れていては、とてもじゃないが町の貯蔵分が底を突いてしまう。
そのため、各村に応募を募る人材を派遣すると共に、人材の選別をお願いせざるを得なかった。
「おい、聞いたか? 移住すれば食い物が貰えるらしいぞ」
「そうらしいな。うちの蓄え少ないようだし、弟達のためにも移住しようかと思うんだ。そろそろ独立をって考えてたし、丁度良い機会かもな」
「だな……。俺、ちょっくら、家に戻って一番良い服に着替えてくるとするよ」
「そうだな。俺も上等な服着てから面接に行くとするか」
国内の各地で行われた町へ移民の受け入れ試験は、次第に大きな噂となり、回数を重ねるごとに、試験会場に集まる人数が増えていった。
その噂は当然、その町を治める者に伝わる。
「主様、我が町から優秀な人材を引き抜かれております。このまま放置すれば、経済への打撃は避けられないでしょう。
即刻、クラッド領の横暴をやめさせるべきです」
クラッド領が人材募集を行う町の一室で、その町を取り仕切る者が、腹心からそのような進言を受けた。しかし、その表情は硬く、腹心が望むような反応は見せなれない。
「たしかに経済に関してはその通りなのだが、住民達にそのまま座して飢えろとは言えまい。
手元に食料があるなら、それを配布すると言って止めることも可能なのだがな……。無い袖は振れんということだ」
「くっ、たしかに、その通りですが……。
ならば、その食料の件、主様の権力でなんとかならないものですか? 食料ならば、商人達の倉庫に大量にあるはずです」
「そうなのだがな。聞く話によれば、かの有名な伯爵様ですら、足元を見られて、食料調達に失敗したそうだ。
結局は、権力と同時に、金も持ち合わせていないとどうしようもないという話だよ」
食べ物が無く、市場に物が流れていない状況で、領主に入ってくるお金などあるはずが無い。
「……指をくわえているしかない、というわけですか」
「そうは言うがな。もしクラッド領が受け入れをしなければ、食料不足はさらに深刻になり、住民達の反乱が起こった可能性が高い。
幸いと言ってはなんだが、人数が減ったお陰で、我々が生き残れる可能性が出てきた部分があるんだ。
感謝しろとまでは思わないが、恨みをぶつけるには行き過ぎだろう」
「…………わかりました。出すぎたまねをして申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げて腹心は部屋を去っていった。
殆どの町で同じようなやり取りがあり、クラッド達の行動は黙認された。
もちろん、中には表立ってクラッド達の政策に反発する有力者も居たが、クラッド達は飢えに苦しむ人達の心を掴んでおり、早急に住民の反発という事件が勃発し、その鳴りを潜めることになる。
領民受け入れの出だしとしては、最高の形で始まった。




