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相談役からのヘルプを受けて、その日のうちにジュリとソフィアを連れて、ダンジョンへと向かった。
その目的は勿論、食糧不足改善のためだ。
畑を確認した限り、植えられた野菜達は萎れているものの、完全に枯れている訳ではない。
そのため、水不足を解消すれば立て直しが可能だと考えたわけだ。
この作戦にはそれなりに勝算はあるのだが、失敗した場合も想定して、ハウン姉には食料の買い付けをお願いした。
四季が無いから安定収穫、さすが異世界!! ヒャッホー!! なんて調子に乗っていた自分を殴ってやりたい。
そんな気持ちを胸に、湖のある部屋までやってきた。
部屋の中に住んでいた魔物達を一蹴し、湖を見つめる。
「ジュリとソフィアは周囲の警戒を頼む。
一応、スズメの目で見える範囲の敵は全滅させたが、まだ居る可能性はあるから気は抜かないでくれ」
「うん、まかせといて」
「了解したよ」
心強く頷いてくれた2人に見守られながら、服を脱ぎ捨て、パンツ1枚で湖へと足を浸す。
正直、2人の視線が痛いが、なるべく気にしないことにしよう。
水温は10から15のあいだと言った感じだろうか。ヒンヤリとした液体が足から熱を奪っていく。
湖は中心に向かうほど深くなっているようで、三分の一も進まないうちに水が胸まで来てしまった。
歩くというよりはすでに泳いでるような上体だ。
そんな場所で、漸くお目当ての物を見つけた。
もう少しで手が届きそうな場所に、水スライムがクラゲのように漂っている。
水スライムは、初めて出会った時に、水を生み出すことを確認している。
こいつを捕まえて町のため池に放ち、水不足を解消しようといった計画だ。
「なっ!!」
漂うスライムにゆっくりと手を伸ばし、指先がほんのりと当たった瞬間、手に水圧を感じたかと思うと、スライムの姿を見失った。
周囲を見渡せば、漂っていたはずのスライム達が縦横無尽に泳ぎ回っている。どうやらジェットスクリューよろしく、水を吐き出す勢いで体を移動させているようだ。
「泳げるなんて聞いてねぇぞ。
網でも作って持ってくればよかった……」
捕まえようとしたスライムに呼応するように、かなりの数のスライムが泳ぎ回っている。
漂って居た時と比較すれば、発見は容易になったが、道具が無ければ捕まえようが無い状況だ。
たとえるなら、ショーをしているイルカ達を観客が素手で捕まえるようなものだ。
それでも、町長としての責任がある僕には帰るという選択肢は無い。
何より、パンツ1枚で自信満々に湖に飛び込んだのに、手ぶらで帰っては兄としての威厳に関わる。
幸いにも、幼い頃から弓の鍛錬に明け暮れ、努力を重ねてきた僕には、人よりも優れた集中力がある。
そして、前世で学んだ知識も豊富に持ち合わせている。
「落ち着け、集中しろ。僕は熊だ。熊なら素手で鮭を取れる。僕は熊だ、熊だ、熊だ」
現代魔法の自己暗示を強く意識し、集中力を高めていく。すると次第に周囲の音が気にならなくなった。
そこで1つの事がわかった。
スライム達は速度こそ速いが、直線的な動きしかしていない。
つまりは、行動予測の把握が容易なのだ。
いけると確信した僕は、1匹のスライムに狙いを定めた。
相手の速度や軌道を計算し、自分の体に再接近する、その一点に全神経を集中させる。
右手を大きく振り上げ、その瞬間に通るであろう目的物に向けて、出来うる限りのスピードで叩きつけ、そのまま掬い上げる。
あたり一面にザバーっと小気味良い音が響き渡り、陸地に向かって水しぶきがあがる。
より正確に言うのなら、水しぶきだけが舞い上がった。
うん、素手じゃ無理でした。
いや、だって、僕、熊じゃないし。相手鮭じゃないもの。
ってなわけで、ジュリ達の元へと帰る。
兄の威厳? なにそれ、美味しいの?
「お帰りお兄ちゃん」
空元気で帰宅した僕をジュリが満開の笑顔で迎えてくれた。
その手には、青い透明なジェル状の物体が優しく包み込まれている。
「…………ジュリ、手の中にある物はどうしたんだ?」
「この子ね。お兄ちゃんがバシャバシャしてくれたおかげで、水から出てきてくれたんだよ。
最初は何してるのかなー、って思ってたんだけど、こんな捕獲方法を思いつくなんて、さすがお兄ちゃんだね」
陰りの無い純粋な尊敬の眼差しが、とてつもなく痛い……。
「……あぁ、そうだろう。……そうだとも。
作戦は無事に成功だな」
兄の威厳も水スライムも無事確保出来た。
終わりよければすべて良し、そう言うことにしておこう。




