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就任式から2週間、炭作りを始めてから1ヶ月近くが経過したある日。
午前の狩りを終え、持ち帰った獲物の剥ぎ取りと解体を行っていると、玄関の扉が叩かれた。
僕の知る限りでは、この家の扉がノックされるなど、初めてのことだ。
それにジュリ達が帰宅したのであれば、ノックなどせずに入ってくるはずである。
トラブルの匂いを感じ、慌てて気配を探る。
どうやら訪問者は3人組みのようだ。
手元にあった解体用のナイフを放り投げ、愛用の弓を手元に引き寄せる。
「……どちら様でしょうか?」
「お久しぶりですクラッド村長。商人のハウンです」
彼女の言葉に、落ち着いて気配を探ると、3人のうちの1人はハウン姉の気配に酷似していた。
初めての客に動揺していたようだ。
僕が歓迎の意を示すと、ハウン姉は2人の男性を引き連れて入ってくる。
見た目は、30代前半と20代前半と言ったところか。
村では見かけないその2人を見て、仕事が恋人と言っていたハウン姉にも遅めの春が! とも思ったのだが、どうやら商会時代の後輩らしい。
塩などの入手経路を確保しようとツテをたどっていたところ、退職の噂を聞きつけて会いに来た彼らと出会い、炭の話しをした結果、実物が見たいと言われ、連れてきたらしい。
勝算が見出せれば、ハウン姉の独立を部下として支援したいとのこと。
なんとも面倒見の良いハウン姉らしい話である。
「お話しはわかりました。とりあえず、実物をお見せしますよ。詳しい話は後ほどでよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします。それと、敬語は使わなくて結構ですよ。村長様には、気安く御声をかけて頂きたく思います」
「……わかった。それじゃぁ、炭を取ってくるよ」
断りを入れ、台所に置いてある籠の中から、質の良さそうなものを数点選び出す。
手探りで始めた炭作りは、質の均一化は出来ていないものの、炭と呼べるレベルにはなっていた。
簡単にではあるが、苦労の軌跡をお伝えしよう
1日目、家周辺で見つけた赤土をスコップとソフィアの空間魔法を用いて、家の前に運んだ。
2日目、赤土と水を混ぜて四角い型に入れて形成し、天日で乾燥させ、レンガを作る。
3日目、出来上がったレンガを並べ、炭窯を作る。
4日目、作った窯が、土砂降りで崩壊した。その日は裁縫や煮込み料理などで現実逃避してやった。
5~9日目、作業を初めからやり直し、村長就任式を間に挟むも、初回より早く炭窯を完成させ、念願の火入れを行った。
9~11日目、昼夜問わず火を絶やさずに交代で燃やし続けた。
12日目、火入れから煙の色が白、黒、白と変化したので薪の投入をやめた。
13日目、煙の色がさらに透明へと変化したので、入り口と煙突を塞ぎ、さらに全体に土をかけて空気を遮断した。
17日目、窯が冷えたので、土などを取り除き、炭を取り出した。
18日目以降は、薪の量や、薪の部屋と火の部屋の間をつなぐ穴を大きさを調整するなどして、品質向上に努めた。
その結果が身を結び、目の前にある炭は、鑑定スキルでB判定を貰っている。
初めて作ったときはEだったことを考えればかなりの変化だろう。
「これが、現在の最高級のものだ。見た目では灰だと思うだろうが、特殊な製法で作ってあるので良く燃えるぞ」
実物を作ってから発覚したことだが、どうやら、この国での炭の扱いは灰と同じようだ。
焼き上げた後の炭窯を覗き込んだジュリが、全部灰になっちゃった、と泣き出したことから発覚したのだが、どこの家庭でも、薪の燃え残りは、灰も炭も区別なく捨てているのが現状のようだ。
この国は森が多く、簡単に薪が手に入り、火種も魔法ですぐに現れる。そして、製鉄などに用いる炎はすべて魔法で制御している。
そんな状況下なため、現在まで炭を利用しようとは思わなかったようだ。
それでも、売れる売れないは別である。
使い勝手が薪より優れているのは、日本での経験から疑う余地は無い。それでも、灰を燃やすと伝えればイメージが悪いので、特殊な加工をした物であると強調するために、さっきのような説明をしたわけだ。
「……たしかに、灰とはどことなく違う気がしますね」
「……え、ええ、そうですね。何処と無く、気品を感じます」
男性2人が、僕と炭とで視線を彷徨わせながら、僕の話に同意した。その雰囲気を見るに話しをあわせているだけだろう。
とりあえずは使って見るのが1番得策だろうと思っていると、玄関の扉が開いた。
「ただいまー。……!! ハウン姉さん、ひさしぶりー」
炭を詰め込んだ籠を背負ったジュリとソフィアが帰宅した。
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