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久しぶりの我が家にたどりついてから1週間。
炭窯用の赤土と格闘している間に、村長就任の日を迎えた。
就任演説のために、村の中央に植えられた大きなイチョウの木の下に立つ僕の目に映るのは、人、ひと、ヒト。
40人近い人達が、青空の下、藁を敷き詰めた地面に正座し、僕の言葉を聞くていた。
彼らは勿論、村の住民である。僕の就任演説のために村人全員が集まってくれたようだ。
「村長に就任したクラッドだ。早速ではあるが、税率2割の安定を約束させて貰おう。みなは安心して生活してほしい。
それと、ささやかだが、食事も用意した。思う存分楽しんで明日からの仕事につなげてくれ。以上だ」
姿勢こそ正座だが、その雰囲気は、学校祭の劇を見守る保護者達といった感じである。
僕の話が始まると、どこからともなく、あの小さかったクラッドちゃんがねー、立派に成っちゃって、などの声が聞こえてくる。
僕自身、無理してるなー、劇みたいだなー、と感じていた。
式の開始直前に村長代理から、挨拶をして欲しいと頼まれ、簡単に練習していると、ジュリとソフィアに捕まった。
彼女ら曰く、威厳がない、村長らしくない、とのこと。そして、彼女らの指導の元、付け焼刃の村長らしさで挨拶に向かった次第である。
住民の反応を見るに、付け焼刃ながらも練習の成果はまずまずといったところか。
そんなことを思いながら、自分用だと聞かされていたイスに腰掛けると、住民の先頭に座っていた村長代理が立ち上がり、式の終了と食事の開始を宣言した。
村の女性達が石を積んだだけのかまどに火をつけ、元村長家から大量に運び込まれる肉に丈串を刺し、焼き上げていく。
薪から出る煙と共に、肉の焼ける香りが辺り一面に広がった。
その香りにつられるように視線を彷徨わせていると、僕を守るかのように背後に立つソフィアから声がかかる。
「お食事を御運び致しますか?」
「いや、いいよ。先にいっぱい味見したからさ。それよりも、もう敬語はいいよ。式も終わったんだしね」
「……さすがに早くないかい?」
「いいんだよ。ここは僕の村だ、文句はでないよ」
「……了解したよ。
それで、これからどうするつもりだい?」
「ジュリの手伝いでもしよかな。こんなとこに座っていても肩が凝るだけだからね」
そういって立ち上がり、遠く離れたに居るジュリへと目を向けた。
煙と格闘しながらも、楽しそうに肉を焼くジュリの姿は、その童顔も相まって、愛おしく見える。
ソフィアや、僕の行動に気付いた村長代理が、さすがにそれはまずいだろう、と止めるも、村長権限まで使って反対を押し切り、住民達の輪の中に加わった。
久しぶりに見た心からの笑顔と、多くの感謝を受けたこの日を僕はずっと忘れることが無いと思う。




