~キールとミサ~
私はかわいいものが好きだ。
物心ついた時から私の周りには醜悪なものが多かった。
やれドラゴンなんかいかに大きく、いかに相手を畏怖できるかとげとげを増やすとか、やれ巨人族なんかさらに大きく、その見た目でどれだけ敵を威嚇できるかとか、やれ獣族なんか牙を見せつけて、相手の心を砕くとか。
どれもこれも私の美意識からかけ離れていた。
だからこそ、私は一つのルールを作ったのだ。
力あるものは力を押さえることが一つの美徳であり、それが力の誇示にあたると。
実際、変化をしつづけることはかなり魔力を使う。
もともと力あるものはその力からか図体がデカくなる。だからこそ小さい体に変化することのむずかしさが伝わるのだ。
そして、その状態を維持することのむずかしさも。
力なきものは確かに小さいものに変化することは可能だ。だが、持続ができない。私は眠っている時ですらもとに戻ることを許さなかった。
だから、今私の身近に入れる魔族たちは見た目は人間そのものだ。
だが、やはりどこか欠けている。完璧ではないのだ。
だからこそ私はこの暗黒の森に人間が立ち入ったと聞いてテンションがあがった。誰かが喰うとか言ったと聞いたが、そのものを私が消し去ってやろうかと思った。
本当にここにいる奴らは美しいものというものがわかっていなさすぎる。
そう、思うとこのミサという子は完璧だ。
なんだこのむにゅむにゅするほっぺたは。もうつんつんなんてしていたらずっとできるぞ。
「ちょっと、やめてよ」
もう、こう言ってちょっといやがる顔もかわいい。
私は思わずこのほっぺたにキスをした。
う~ん、幸せだ。そう思っていたらいきなりミサが泣き出した。なんだ、私の腕の中じゃいやだというのか?そんなはずはない。そうかお腹がすいたのだろう。
「どうしたの?お腹すいたの?」
こくりとミサは頷く。だが、困った。ここには人が食べるようなものはあまりない。さっきガイに何か食べ物を買ってくるように言えばよかったと思った。
仕方がない。ここはさくっと買い物をしてきてくれそうな竜王でも呼ぶか。
「おい、竜王はいるか」
とりあえず、どこにいるのかわからないので念波を飛ばす。まあ、これくらいの魔力ならちょっと耳がキーンとするくらいだろう。
いまいち他人がどういう風に聞こえるのかがわからない。そう思っていたら扉をたたく音がした。
この魔力は竜王だな。
「入っていいぞ」
扉を開けるとそこには黒い髪で片目を隠している細身の男性が立っている。
こいつは黒が好きでないらしく服は青いローブで身をつつんでいる。といっても、属性は水とか氷ではない。エレメンタラーだったはずだ。つまり、火も氷も雷もブレスができるらしい。一体どういう体をしていたらそういう風にわけることができるのだろう。
しかも風も使える。暑いときに呼ぶと心地よい風を送ってくれるのだ。結構万能なんだよな。竜王は。
しかも少し頭を押さえている。なんだ頭痛でもするのか?
「お待たせいたしました。王よ」
「うむ。今日から私のことはキールと呼ぶがいい。なあ、ミサ」
だが、ミサはまだ泣いている。う~ん、何を考えているのかよくわからない。これくらいの子供に念波を送り込んだらどうにかなってしまいそうだ。でも、それもまたかわいい。
本当に人間はさわると壊れそうにもろい。だから余計にかわいいのだ。
「では、キール様。用事は何でしょうか?」
竜王が近づいてきた。ミサが竜王を見る。泣き止んだ。やるな竜王。
「はじめまして」
なんてかわいいんだ。挨拶をしたぞ。思わず頭をなでなでしてしまった。
「おい、竜王。お前なんであいさつを返さないんだ」
軽く睨んでみる。あ、そうか。こういう波動もこいつらには痛みがあるんだった。竜王はものすごく痛そうな顔をしている。
本当に魔力の差というものはめんどうなものだ。ちょっと睨んだだけで痛くなるみたいだ。竜王が言う。
「はじめまして、竜王のナーガです」
竜王が片膝をついて挨拶をする。ミサが言う。
「ナーガ、ナーガ」
楽しそうだ。なんでこんなにかわいいんだ。気が付いたら頭を撫でまわしていた。
「それで、キール様。用事というのは」
「ああ。そうだ。このミサに何か食べるものを取ってきてほしいんだ。ミサ何が食べたい?」
そう聞くとミサが考えた後にこう言ってきた。
「マカロン食べたい。後ね、後ね。え~、なんだっけ?忘れた」
いや~かわいい。とりあえず、マカロンだけだとお腹がすくだろう。
「というわけで竜王。マカロンとミサが好きそうなものを買ってきてくれ。あ、そうだ。ミサはハンバーガーとか好きか?」
「うん、好き」
決まりだな。
「じゃあ、竜王。ちょっと人間界に行って買ってきてくれ。ハンバーガーはあったかいのが食べたいからな。もちろん。わしも食べる。だから猛スピードで行ってくるのじゃ」
「人間界に行ってもよろしいのでしょうか?」
「ちょっとくらいなら大丈夫だろう。それに、今は勇者も人間界にはおらんしな。ちょっとお願いをして冥界に行ってもらっている」
そう言うと竜王は不思議な顔をした。何を不思議がる。冥界は今混沌としておるのじゃぞ。
あたらしいハデスという王がこれまたやっかいでちょっかいをかけてくるのだ。だから誰かにちょこっと懲らしめてもらおうと思ったのだ。
そう思うと一番適任だったのが勇者なんだよね。
あいつが私の次に強いし。いや、あの装備があったら私より強いかもしれない。
この3貴族なんて飾りみたいなものだ。強くないのだ。こまったことに。
多分3人まとめて勇者に挑んでも一瞬で負けるはずだ。まだ何か言いたそうな顔を竜王がしているからもう一睨みでもしてみるかな。
いや、ここはやさしくきらりんって感じで見ているか。きらりん。
おや、不思議と竜王がさらに苦しんでいる。本当にわからんやつだ。これくらいでも苦しくなるのか。難しい。竜王が言う。
「かしこまりました。ではさくっと行ってきます」
お、どうやらわかってくれたみたいだ。あ、そうだ。こいつらバカだから注意をしておかないと。
「あ、あんまり目立つなよ」
「はい、わかりました」
多分、あとちょっとでハンバーガーとマカロンが来るはずだ。
~ミルディンと従者と王~
ミルディンは暴れ狂う馬を押さえていた。馬がようやく落ち着いてミサ様と侍女がいないことに気が付いた。
「おい、誰かミサ様を見なかったか?」
そう、馬を押さえる時に従者にミサ様を見るように伝えていたのだ。
従者は2人いた。一人が口を開く。
「ミサ様たちはこの崖を落ちられました」
「な、なんと」
ミルディンは地面に崩れ落ちた。だが、すぐに顔を上げる。ミルディンは言う。
「お前らは王の元へ行って事情を説明して応援を求めよ。私はこれからミサ様を助けるためにこの崖を降りる」
従者は頷き馬車に乗り込む。ミルディンは崖を落ちるように降りて行った。
だが、従者二人は顔を見合わせ頷いた。
このまま王の元に行って無事で済むわけがない。それならばいっそう。
そう、従者二人は王のもとへ向かわなかった。
ミルディンは崖を降りながら空を見ていた。
そう、先ほど馬が何におびえていたのか。それは空を飛びまわる竜ではないかと思った。
竜相手に一人では勝てない。空を飛ぶし、ブレスで吹き飛ばされる。いや、その竜の属性にもよる。それは火の場合は焼け死ぬし、氷の場合は凍ってしまう。雷の場合は感電してしまう。どちらにしても一瞬で倒されてしまう。
竜のブレスを防げるのはそれこそ勇者の装備であるオリハルコン製の盾くらいなものだ。だが、あんな重いもの普通の人間が装備できるわけがない。
竜に気づかれないようにゆっくりと崖を降りていく。ミルディンは焦る気持ちを押さえていた。だが、バランスを崩して落ちて行った。
「このまま魔族のいる方には行ってはどうしようもない」
ミルディンは体を回転させて暗黒の森の外に体が落ちるようにした。
その日の夕刻。
人間界では激震が走った。そう、湖畔の別荘にミサがいつまでたっても現れないからだ。
何かの事件が起きたのか。王は不安になり白亜の宮殿から湖畔の別荘までの間に調査隊を派遣した。
だが、何の情報を得られなかった。
馬車が通ったという情報すらない。誰かが誘拐をしたのではないのか。そういう噂が広がっていく。
あの侯爵が怪しいのでは、いや、この前規制された商品を扱う商人が怪しいのではと話しが出た。
その中で海路をつかって貿易をして利益を最近あげているウォーレンが怪しいという話しが有
力になった。
誰かが単なる事故ではなく、誰か黒幕がいてそのものを犯人にしたがっているのだ。そんな噂が駆け巡る中伝令が入った。
「王に伝令です。竜が暗黒の森の外に現れました」
「なんだと。どこにだ」
「アランの街です」
周囲がさらに騒がしくなる。アランの街は確かに暗黒の森から近い場所だ。だが、人口も多く、名産も多い。特に若者に人気の街だ。どうしてか若者は危険だという暗黒の森近くに行きたがる。
「王、どうしますか?」
「まず、大きさはどれくらいだ。2メートルくらいの小型竜か。後は色は何色だ」
王は落ち着いて聞いた。25年前とはいえ魔族と戦った記録はある。竜についても偵察にくるのは2メートルくらいの竜だ。この竜ならばブレスも普通の盾で防げる。いや、槍を投げれば簡単に倒せるのだ。
それに色をみれば属性がわかる。赤ならば火、青ならば氷、黄色ならば雷、緑ならば風だ。黒とか金が出てきたら撤退も一つだろう。
どうせ、小型の緑の竜だろう。過去の文献を見ても偵察竜は緑の小型竜だ。軍隊を集めるまでもなく落ち着けば撃退できる。伝令は伝える。
「あんなでかい竜は見たいことがないとのことです。アランの町長が言うにはあれは竜王ではないかと言っています。色は虹色。大きさは100メートル以上です」
「100メートル以上だと。そんなの立ち向かえっこない」
「王、どうしますか?」
王は目をつむる。
「今から軍隊を送っても間に合うまい。アランの住民は屋内退避。軍隊が集まるのはアランよりさらにさらに南に下がったポナムの街を前線とする」
ポナムはアランよりさらに王都よりの街だ。城壁は高く先の魔族との戦いでも前線になった場所だ。この25年の間で多くの人はポナムからアランまでの間に住居を構えている。それと同時にポナムという街は徐々にさびれていった。それまでは兵がいることで商業がなりたっていた街だ。兵がいなくなりいっきにさびれていった街でもある。ただ、この街には伝説だけが不思議と多い。
「王、いいのですか?多くの人民が犠牲になりますぞ」
「今はそれどころはない。まずミサを探している軍団がいる。あいつらを戻すことはできない。だから仕方がないのだ。それに、魔族がなんでかわからないが本気になっているのだ。それならば軍を集めてたちむかわなければならない。時間がかかるのだよ。それとも貴君が前線に立ち向かうというのならば止めないが。どうかね?」
誰も何も言わなくなった。皆下を向いている。
「ならば、決定だ。ポナムに集結するように」
そう言った後にさらに伝令が入った。
「ドラゴンが突如消えました。被害はなしです」
「よかった」
皆が胸をなでおろした。それと同時にまたミサの捜索が始まったのだ。それもほぼ全軍団に近い量で。