~侍女と幼女~
「あんなところ何もないですよ」
「いや、いや、いや。私見たいの」
「本当に仕方ないですね。ちょっとだけですよ」
私は幸せ者だ。元々市井にいるごくありふれた生活を送っていたのだ。それが、運よくミサ様の侍女になれたのだから。
ミサ様は確かにわがままを言う。そりゃ仕方がない。この世界の王の孫娘なのだ。どんなわがままでもかなえてもらえる。そういう立場だ。
私はそんなミサ様のそばにずっといて教育を任される。
本当にずっと勉強をしてきてよかったと思う。王立学園に奨学制度で入れたときはものすごくうれしかったのだ。特に湖しか取り柄のない田舎町出身の私は王立学園に入れたことだけでも町中のニュースになった。
まさかこの私がこんな幸運を手にできるなんて思わなかった。平凡だったはずの私が。
この数日は避暑も兼ねてミサ様がいつも行かれている湖が見える別宅にいく予定である。私の地元でもある。そう、ミサ様に話したらあの何もない街に別荘ができたのだ。
あの湖が見える一等地にある別荘は空気もきれいで緑も花もきれいに咲き誇っている。
あの場、特にあの別荘はアルメリアがきれいに咲いているのだ。湖でボートを漕いで、少し水浴びをする。それがミサ様が好きなことだ。
ミサ様はまだ4歳だ。金色の髪に金色の瞳。その双眸で見つめられるとついなんでも許してしまいそうなくらい愛くるしい顔をされている。
そして、透き通るような白い肌。陽につよくない肌が荒れないようにクリームを塗らないといけない。
でも、そのクリームをミサ様は嫌われる。いつもなんて言って逃げ惑うミサ様を捕まえようか考えてしまうのだ。
そんなミサ様が変わったことを言ったのだ。
そう、それはその湖の別宅に行く前夜に伝説の勇者の話しを聞いた後に起きたのだ。伝説の勇者は魔族の3貴族。竜族の王、巨人族の王、獣族の王を倒した後、魔族の王である漆黒の髪、紫の瞳、真っ赤な唇をした魔王を倒した後に魔族すべてに号令を出し、暗黒の森に魔族を閉じ込めた話しをした後にこう言ったのだ。
「私、暗黒の森を見たい」
頭を悩ました。暗黒の森なんて何もないのだ。いや、その周りはどこにも行けない、行き場を失くしたものが集落を作っているとも言われている。危険な場所だ。
そんなところにミサ様を連れて行くことはできない。けれど、ミサ様は一度言うと聞かないのだ。
出発前に私が困っていると四騎士の内で最強の聖騎士であるミルディン様が「私もついて行くのでどうでしょうか?」と言ってくださったのだ。ミルディン様は若いのに聖剣の伝承者なのだ。まあ、あの勇者の剣に比べたら見劣りするらしいのですが、オリハルコンが少し使われているその剣は大抵の相手ならそれこそバターを切るような感じで切り払えるのだ。そのことをすごいと伝えた所ミルディン様は「勇者の装備はすべてが純粋のオリハルコンでできています。それゆえ世界最強なのです。ただ、普通の人には重すぎて使えないのです。あの装備を身に着けて軽やかに動かれていた勇者はこの世界最強でしょう」と言っていた。
私にとってそんな伝説の人より目の前のミルディン様の方が頼りになる。それにかっこいいのだ。こんなに格好いいのに聖職者だからと言ってずっと一人でいることを決められている。他の騎士様はそうでもないのに。
だからこそ余計にミルディン様は国中で人気なのだ。そんなミルディン様と一緒に出掛けられる。それがうれしかった。
だから、つい言ってしまったのだ。
「本当に仕方ないですね。ちょっとだけですよ」
そう言った時のミサ様はそれはもうものすごい笑顔だ。私はこの笑顔を守りたい。でも、今日はあこがれのミルディン様とも一緒だ。
なんて、私は幸せ者なのだろう。
私自身も暗黒の森に行ったことはない。どれだけ遠いのかわからなかったが、馬車に揺られ3時間ほどしたら馬車が止まった。ミルディン様が馬車の扉を開けてくれる。降りるとそこは目の前が崖で、眼下には鬱蒼と茂った木々が広がっている。ミルディン様が言う。
「あれが暗黒の森です。といっても、広すぎて向こう側を見ることはできません。ここからでも向こう側の国が見えないのです。それくらいこの森は広い。どうですか?何もない所でしょう。さあ、戻りましょう」
「いや、いや、私、中に入る、入る」
ミサ様はそう言って聞かない。確かに協定では魔族が暗黒の森の外にでないとなっているが私たちが暗黒の森に入ってはいけないとはなっていない。
でも、今まで誰も暗黒の森に入ろうとしたものなんていない。そんな命知らずはいなかったのだ。
「ミサ様。暗黒の森は危ないんですよ。さあ、湖畔の別荘に行きましょう」
「いや、いや、いや」
そう言ってミサ様は暴れ出す。私はミルディン様を見上げる。ミルディン様も困った顔をしている。ミルディン様が言う。
「しょうがないですね。もう少しだけ近づきますか」
でも、周りを見るとこの崖のどこから下におりて、そしてどうやったらあの暗黒の森に近づけるのかもわからなかった。その時地を這うような獣の咆哮が聞こえた。
馬が暴れ出す。私はミサ様の頭を抱きかかえる。馬車の荷台部分が私の背中を押す。私はそのまま崖から落ちてしまった。ミサ様と共に。
意識の向こう側にミルディン様の声が聞こえる。私はミサ様を守れるのだろうか。私のことはどうでもいい。ミサ様を守らないと。私は力いっぱいミサ様を抱きしめて目を閉じた。
~魔族とミサ~
「お頭。森になんか人が迷い込んだんですがどうします?喰っていいんですかね?」
ライオンの顔をしているが体は人という魔族が走ってきた。そこにいたのは漆黒の髪を短くツンツンに上に突き上げている紫の瞳をした少年だ。読書家なのかその部屋は本だらけだ。
体は真っ黒の鎧に真っ黒のマントをしている。しかも腰には真っ黒な剣がある。
「ダメだ。喰っていいかどうかは我らが王が決めることだ。勝手なことをしたらこの獣王ガイがお前らを八つ裂きにするぞ」
そう言ってガイと名乗った少年は腰から剣を抜きライオンの顔をした魔族に突き出した。ライオンの顔をした魔族は「わ、わかりました」と言って直立不動になっている。
ガイが言う。
「お前らには任せられないな。俺が見に行く。どこにいるんだ。その人間は。まあ、ちょうど本をさっき読み終ったらいいか。衝撃的なラストで思わず叫んでしまがな」
そう言いながらガイは思っていた。めんどくさいことになったなと思っていた。
ガイは歩くと傷だらけの女性が胸に幼女を抱きかかえているのを見つけた。周りには色んな風貌をした魔族や人に近い形をしている魔族が輪になって見守っている。ガイが言う。
「二人とも意識はないが生きているな。大きい方は傷だらけだ。誰か手当は可能か?」
だが、周りのものは首を横に振る。ここは暗黒の森。人に良いものなんて数が知れている。
「おい、お前ら薬草とか余ってないのか?」
「お頭。あれは俺らにとって毒でっせ。あんなもの持っていませんよ。まあ、王の居住にはあるかもしれませんが」
ガイは少し考えて大きいほうの人間についている泥を魔法で洗い流してから王の元に行くことを決めた。
それにさっきから王から念波がやたらときている。この人間どもについての質問だ。
めんどうだ。本当にめんどうだ。
ガイはこの暗黒の森が嫌いなのだ。だからできるだけ出歩きたくない。
ガイが好きなのは本を読むことだ。こんな鬱蒼とした森ではなく澄み渡る青い空、どこまでも広がる海、緑豊かな自然を夢想しているのだ。だが、この暗黒の森には書物は限られている。何度も何度も擦り切れるくらいに本を読む。
それがガイの楽しみなのだ。本当ならば部屋に閉じこもって本を読みたい。
でも、仕方がない。王には逆らえない。ガイは腕小さいほうの人間を腕に抱いてみた。
「小さいな」
ガイは人間が嫌いだ。嫌いなのには理由がある。
魔族は人間と違って長命だ。そして、力が強くなればなるほど見た目は人に近づけることができる。普段は力を押さないといけないからだ。
ガイは獣族の王だ。かつて勇者に最初に挑んだ3貴族の一人だ。そこでガイは勇者に言ったのだ。
「人間は卑怯だ。俺の子を殺した。まだ人型にも変化できない力もない頃にだ。俺様の子だから力があふれていた。それは体の大きさに比例していた。まだ何もしらないあいつは大勢の人間に囲まれて槍で刺されたんだ。そんなお前らを許したくない。だが、王はお前に会って話しがしたいという。だから本当にお前が王に会う資格があるか試したのだ。わかるか。この俺の思いが」
「人間を代表して謝罪する。わるかった。だが、誤解があるのだ。人は魔族のことを知らないし、魔族もまた人のことをしらない。相容れないのならお互い住む世界を分けよう。それがお互いのためだ」
「ああ、我らが王も同じことを思っている。それにお前だって○○○なのだからな」
「まあな。だからこそこんな戦いを終わらせたいんだ」
そう、ガイは負けていない。だが、人間が風潮する話しではガイは負けたことになっている。
「どうでもいいではないか」
怒っていると王にそう言われた。誰も王が決めたことには逆らえない。俺らと王とでは強さの質が違う。あの力あるオーラの前では俺らは勝てないのだ。いや、多分王の前では塵とかわらないくらいだ。それくらい王とガイとの間では力の差がある。
ガイは小さい体を抱きしめて王の居住へ向かった。大きいほうの人間はライオンの顔をした魔族に抱えさせている。
暗黒の森の中にある湖。その奥に石でできた城がある。城門をたたく。
「入れ」
脳に直接声が響く。これが王の力だ。
ガイはライオンの顔をしたものは中に入らないように伝えて一人で扉を開けて中に入る。ガイはいまだになれない。この居住に何とも言えない雰囲気なのだ。居心地が悪い。
奥の扉を開ける。そこに居たのは背も低くおかっぱ頭のかわいい女の子だ。しかも白を基調とした見たことない服を着ている。
「王、そのかっこは?」
「ああ、これか。かわいいだろう。セーラー服というものらしい。人間界でこういう格好を学生がしているのだ」
そう言ってひらりと回る。ガイは黙っている。
「かわいいだろ」
ガイの脳にものすごいプレッシャーが押し寄せる。
「か、かわいいです」
「でしょう。えへ」
王がものすごく笑顔になった。王がガイに近づく。
「そして、これがその人間か」
王が覗き込んで顔を見る。
「か、かわいい。なんだこの生き物は反則的だな。もうかわいすぎる」
ガイは思った。王のことはわからない。この部屋もそうだ。王がかわいいものを集めると言ってピンクのふわふわしたものや、白いふわふわしたものばかりだ。
なんて居心地の悪いことか。王が顔を上げる。
「もう一人がいると聞いたがどこに?」
そう言ってライオンの顔をした魔族が扉を開けて中に入ろうとした。王が手を上げる。
「お前のような獣くさいものが中に入るでない」
そう言うや否や大きいほうの人間だけ宙に浮きライオンの顔をした魔族は消えた。
「王?」
「大丈夫だ。外のどこかに飛ばしただけだ。あんな獣くさいものを連れてくるな。馬鹿者」
「すみません」
そう言っていたら小さいほうの人間が目を開けた。
「ここは?」
「うぉぉぉ。目を開けたぞ。ものすごくかわいい。お前、名前はなんて言うんだ?」
「私、私ミサ。なんかお前キールみたいな顔をしているな」
「うんうん、いいよ。私のことキールって呼んで。今日から私はキールだ」
王が破顔している。ガイはとりあえずもう一つの用を伝えた。
「王、すみません。もう一人の人間ですがかなり傷を負っております。薬草とかありますか?」
王はきりっと睨んでこう言った。
「ガイ、今からわしはキールだ。キールと呼べ。そしてあの人間はかわいくない。大きすぎる。お前人間界に行ってあのものを医者に見せてくるといい。金は何か適当なものを持って行って金に交換しておけよ。きちんと金を払うのだ。わかったな」
「いいんですか?人間界に出て?」
「人間のふりをしていけ。お前なら大丈夫だろう。もう用がないならその人間をつれてどこへでも早く行け」
ガイは深いため息をついてその場を出た。もちろん、大きいほうの人間を抱きかかえてだ。
「本当にめんどくさい。けれど王には逆らえないからな」
ガイはそう言って自分よりも大きな体をした人間の女の抱きかかけて歩き出した。
「まあ、でも外に出ていいのだ。どうやって行こう。あ、そうか馬車とかあったほうが人間界では普通っぽいな。おい、誰か馬に変化しろ。後従者もだ。」
しばらくして馬車ができた。ガイは馬車に乗り込み暗黒の森を出た。
「まあ、森を出るのならちょっと遠くの場所に行ってもいいかな。どこへでも行っていいって言っていたしな」
暗黒の森を出てすぐに馬車ごと空を飛んだ。向かったのは森からかなり離れた海が見える街だ。
「役目だからお前を治してやるよ。それまでの間俺は自由だしな」
ガイはそう言って海を眺めていた。
「この自由のためならこいつを守ってやるか」
ガイは本でしか読んでことがない海をようやく見ることができたのだ。