~リネとマーヴェル~
~リネとマーヴェル~
空から隕石が降ってきた。
一瞬私そう思った。
そこに降りてきたのはマーヴェルだった。
まあ、よく考えたら空から人が降ってくるなんてことが普通ならあるわけがないんだ。もし、そんなことができるのならマーヴェルくらいなものだ。あ、後マーヴェルのお父さんもそうか。そんなに多くはない。当たり前だ。
マーヴェルは私と幼馴染だ。というか、いきなり街に引っ越してきた父親と子だ。あのころこの街から出ていくものは多かったから越してきたから印象に残っている。そういえば、そのころから母親はいなかった。
この父親は変わり者だった。山に行ったと思ったら獲物を大量に持って帰ってくる。そして、それを、売るでもなく、近隣の人に分け与えていたのだ。しかも無償で。
体力は無尽蔵にあるのか休まず働くし、魔法というのも使えるらしいので、ちょっとした傷や病気なんか簡単に治してくれる。
この街に救世主が現れたと皆が思っていた。
だから、マーヴェルが父親に似ずにまるで魔族のように真っ黒な髪に紫の瞳をしていても誰も不思議に思わなかった。
特に紫の瞳は魔族、特に人に化ける高位魔族に多いからそれだけで忌み嫌われることが多い。
けれど、そんなかわりものだけれど頼りになる父親の息子であり、この息子も同じように魔法が使えたから村では誰も忌み嫌うことはなかった。
ただ、男女ということもあり、思春期を過ぎるあたりからマーヴェルはちょっとだけつれなくなった。
つれなくなったというか、突き放すように話すのだ。
それまでは空を一緒に飛んでくれたのに、今では私を抱えて飛ぶなんてことはしてくれなくなった。お願いしても「リネは女の子だから」とか言うの。意味わかんない。
あれは結構気持ちいいのにな。そう思っていたらドスンと音がした。いつもと違って重量感あるのだ。
「びっくりさせないでよ。って、マーヴェルそれ勇者のコスプレ?」
私は降りてきたマーヴェルが白い鎧、白いマント、白い小手を付けていてなんか模様がいっぱいの剣を腰にぶら下げているのを見てそう言った。
「まあ、それに近いな。これはおやじが昔使っていたヤツだ」
「え?まさか勇者記念館からかっぱらってきたの?」
よく考えたらあの伝説と言われた勇者の息子であることをついこの前知ったのだ。そう国が一生懸命に探しているのがマーヴェルの父親だったからだ。
まあ、あの父親はマーヴェルが15歳になったと同時にどこか旅に出たらしい。なんでも、急用ができたとか行って出かけたのだ。
それ以来戻ってこない。あれから2年か。私もマーヴェルも17歳になった。
まあ、あれだけ強い人がそうどこかで事故に合うとも思えない。
「まさか。ちゃんと譲り受けたよ。まあ、欲しかったのは事実だけれどね」
マーヴェルがそう答えてくれる。相変わらず私のことは見てくれない。そんな嫌われることしたかな?
マーヴェルが昔、女の子は長い髪が好きって言ったから髪は背中の真ん中くらいまで伸ばしているし、ズボンよりスカートが好きと言ったからそれからずっとズボンもはいていないのに。
なんで、そんなに私を避けるのだろう。わからない。そう思っていたらマーヴェルの足が若干浮いているのに目がいった。
「なんで浮いているの?疲れない?」
「いや、疲れる。というか、この装備むちゃくちゃ重いんだよね」
そうだ。聞いたことがある。あの勇者の装備ってやたらと重いのだ。誰も装備ができないから展示するしかできないとか。
「それって大丈夫なの?」
「まあ、魔力をかけつづければ大丈夫なんだけれどね。これ、勇者の装備というより呪いのアイテムなんじゃないのかなって思ってきたよ。おやじはなんでこんなの装備していたんだろう?」
「多分だけれど、あの人の性格を考えると誰か他の人が間違って装備したら問題だから自分で身に着けていたんじゃないのかな?」
そう、マーヴェルの父親はそういう人なんだ。自分のことを一番に考えない変な人だ。マーヴェルが言う。
「あり得そうだ。あのオヤジなら。とりあえず解除するからちょっと裏庭にでも置くよ。音がすると思うけれど」
そう言うとマーヴェルの身体から勝手に鎧やらが外れて芝の上にどすんどすん音をたてながら落ちていく。地響きがすごい。
「毎回思うけれど便利だよね。魔法って」
「まあね。おやじは魔法になれるなといつも言っていた。素手でもあのおやじに勝てるやつなんていないと思うけれどね。実際あの装備なんか身に着けたけれど多分この世の中で最強だと思うけれど、魔力の消費も結構あるけれど、あんなの身に着けて戦っていたのなら魔族の方がかわいそうだ。まあ、ある意味ハンデとか思っていたのかな。やたら重いし」
「どんなくらいなの?」
「そうだね、リネを背負って歩いているみたいかな」
「私そんな重くないよ」
そう笑っても、わかっていた。こんな装備を身に着けてくるということはマーヴェルがこれからあの暗黒の森に一人で行くのだ。
「ねえ、もしね。もし私が行かないでって言ったらどうする?」
そんなこと言うつもりじゃなかったのに私は言ってしまった。
マーヴェルが言う。
「そうだね。そのお願い聞いてあげたいけれど守れないな」
「どうして。なんでよ。別にこの街だけならマーヴェルが守ってくれるでしょう」
実際、マーヴェルの父親ほどじゃないかもしれないけれど、マーヴェルだってでたらめな体力をしている。いや、体力があるのか魔力でごまかしているのかわからないけれどとりあえずおかしいのだ。
マーヴェルが言う。
「守りたいものがあるんだ」
「何よそれ」
マーヴェルは少し空を見上げてこう言った。
「守りたいものはリネだよ。でも、もう一つある。勇者という名だよ。僕が逃げたらみんなに多分、迷惑がかかる。人類なんてどうだっていい。僕はリネとこの街、ポナムとおやじの名を守りたい。それだけさ」
マーヴェルはそう言って背を向けた。私はその背に抱きついた。
「絶対生きて戻ってきてね」
「当たり前だ。でも、行くまでにやることがあるんだ」
そう言ってマーヴェルは私に向き合ってくれた。久しぶりにまっすぐに私を見てくれる。それだけで私はうれしかった。私だってマーヴェルと一緒にいるひと時を守りたい。
もう一度だけ私は力強くマーヴェルを抱きしめた。
「好き」
こっそり言ったけれど聞こえたかな。