わたあめ
ホラ、と目の前に差し出された大きな袋。
某有名な赤いリボンのネコがプリントされたその袋の中身は、お祭りで見かける定番の綿飴である。
「ん、ありがとー」
ソファーに横たわりながらその袋を受け取り、早速開け始める。
綿飴を買ってきてくれたお兄ちゃんは露骨に嫌そうな顔をした。
理由は甘いものが苦手だからだ。
「こっちはどうするんだ」
袋の止め口を開いていると今度は赤い塊が目の前に現れる。
こちらもお祭りで見かける定番の林檎飴。
もう開いてしまった綿飴の袋と、包み紙がされている林檎飴を見つめ、林檎飴の方を冷蔵庫に入れ置いてと告げる。
呆れた様子のお兄ちゃんがキッチンに引っ込むと、私はちゃんと起き上がりソファーの端に詰めて座る。
膝の上に置かれた袋の中から真っ白で、触り心地の良さそうな綿飴を取り出しちぎる。
ちぎったソレを手のひらでお団子を作るように、クルクルと転がし丸く固める。
キッチンから戻って来たらお兄ちゃんが、訝しげな顔をして私を見た。
その丸く固められた綿飴を口の中に放り込むと、ゆっくりゆっくり繊維が溶けていく。
甘い、本当に砂糖と甘さだけが口に広がる。
「お前な…もう少しマシな食べ方があるだろう」
くしゃり、とお兄ちゃんが髪をかきあげて溜息を吐いた。
私の横に腰を下ろすお兄ちゃんを眺めながら、また丸く固められた綿飴を口に入れる。
それにしても綿飴って砂糖がスプーン一杯位で出来てるよな、そうなると屋台は結構儲かりそうじゃないか。
あぁ、でも電気代とかあるのかな。
そんなくだらないことを考えながら綿飴を食べていると、横からお兄ちゃんの手が伸びて綿飴を引きちぎられる。
「あっ」
私が抗議するよりも早く、引きちぎられた綿飴はお兄ちゃんの口の中へ。
甘いものが苦手なのに食べるから顔を顰めた。
あーあ、なんてクスクス笑いながらまた綿飴を一口。
「こんな体に悪そうなものの何がいいんだか」
お兄ちゃんは潔癖なところがあって、多々神経質になりすぎる時がある。
健康面でもそれは同じで、しょっちゅう甘いものを食べている私を見て顔を顰めるのだ。
「お祭り、楽しかった?」
顔を横に向けてお兄ちゃんを見つめると、一瞬驚いたような顔になる。
でも直ぐにそれはなくなり眉をピクリ、と動かした。
私から視線を逸らしながら答えを濁すその姿は、好ましくなくお兄ちゃんらしくないと思った。
だって私のお兄ちゃんはいつだって凛々しくて、カッコ良くて自分を崩さない人だ。
お兄ちゃんらしくないよ、そう動こうとした口を止めるために私はまた、綿飴を口の中へ入れる。
それでも飲み下し切れなかった言葉がこぼれ落ちてくる。
「お兄ちゃんはいいなー。可愛い彼女さんとお祭りに行けてさぁ」
顔を前に向け直し丸い綿飴を二個まとめて口に入れた。
さっきより甘さが増す。
見なくてもわかるほど狼狽えたお兄ちゃんが「だから、まだ彼女とかじゃない!」と言っている。
知ってるよ、あのお姉さんがお兄ちゃんに気があることも。
お兄ちゃんがあのお姉さんに惹かれつつあるのも。
その間に私が入ることが出来ないことも。
だから今年はお祭りに行かなかったんだ。
去年まではお兄ちゃんに「行こうよ」と言って二人で行っていたお祭りに。
三分の二ほど残っている綿飴を見つめ、がぶり、と齧り付く。
喉が焼けるほど甘いソレは去年よりも美味しく感じられなかった。