~異次元への入り口~
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アイオーンの悪夢が起こした歪みを前にして、久遠はそこに踏みいれるのを躊躇った。
現実世界では考えられないような地形を中に展開している場合、一度入ると出られなくなる危険性があるのだ。
アイエー検索プログラムのアラームがなってから、もう四〇分以上経っている。
これだけの時間が経っても外に出ていないということはおそらく中でトラブルに巻きこまれているのだろうけれど、アイエーが一緒でなければ対アイオーンの悪夢用プログラムは起動させることができない。
決断がつけられないまま入り口周辺の道路をぐるぐる回っていると、奇妙な空間を見つけた。
現実世界とアイオーンの悪夢が重なり、映像が中空で投影されているような場所だった。ビルの壁を突き抜けるような形になっている。
おそるおそる、手をその中に入れてみる。
問題なく、手は向こう側へと入っていった。
VX02DNを手に持ち、その空間の中に入れてから、アイエー検索用プログラムを起動させる。反応がない。
地図の取得ができず、応答する様子がなかった。この中はアイオーンの悪夢であることは間違いないようだ。
「これって、もしかして、物理的に壊された……?」
本来、アイオーンの悪夢への出入りは次元間をによって繋いでいる固定次元でのデコードによって行われる。
固定次元に入る為に必要なのは、アイオーンの悪夢という情報をそこに意識してアクセスするだけで、特に権限がいるというわけではない。
それは、ただ見えにくい形になっているだけのハイパーリンクでしかないのだ。
なので、アイオーンの悪夢内に固定次元へのハイパーリンクが存在しない場合、固定次元でのエンコードが行えず、現実世界に帰ってこられなくなる危険がある。
久遠はそれを危惧していた。
いま目の前にあるのはハイパーリンクではなく、アイオーンの悪夢を直接切りだしたデータだ。現実世界とアイオーンの悪夢が同次元上に存在している状態になる。
それは定義を同時に認識しているということで、アイオーンの悪夢がただのデータを一つの世界として作りあげているように、ただのデータが現実世界を作りあげているということになってしまうのだ。
では、その現実世界を生みだしているデータはどこにあるのかということになるのだが、それはこの世界に存在しない。
もしそんなものがあるとすれば、現実世界より高次に位置する世界に存在するということになる。
当然だ、アイオーンの悪夢のデータの定義は、現実世界で生まれたデータ、アイオーンの悪夢から見て高次世界である現実世界に存在する仮想世界から取りあげたものだからだ。
その定義が現実世界にも当てはめられた場合、必然、更なる高次世界の存在が必要になる。
しかし、それは現実世界の中では定義として存在できない。
何故なら、アイオーンの悪夢そのものは現実世界から見て不可逆圧縮が行われたものだか
らだ。
アイオーンの悪夢は現実世界の代わりとして存在することはできない。同時に、現実世界より高次元の世界が存在するのであるとするなら、現実世界は高次元の世界の代わりにはなれない。
久遠の目の前で起きている矛盾とは、0=1とするものに他ならなかった。
そんな等式が成り立つのであれば、そもそもアイオーンの悪夢など存在できない。
0≠1だからこそ、現実世界の内側にアイオーンの悪夢が存在することができる。
その矛盾を引き起こしているのが、この物理的な破壊だ。
これを放っていた場合、おそらくどこかで断続的なエラーが発生するはずだ。
すぐに危険だというわけではない。アプリケーションがエラーで何度か停止した程度でOSを起動不可にさせるようなことはないし、システムに支障が出るわけではない。
せいぜいが処理速度に影響が出る程度だ。
アイオーンの悪夢用にカスタマイズしてあるVX02DNがあるので、穴を塞ごうと思えば塞げるはずだが、その為にはアイエーの力がいる。
穴の向こうにある世界を見据える。
アイオーンの悪夢。アイエーの故郷。
現実世界とは違う、存在しない存在。
まさか実際に踏みいれることになるとは思ってもいなかった。
アイエーが、いつか言っていたことを思い出す。
「久遠様の為にアイエーがすてきな世界を創ってみせます!」
久遠自身が望んだわけではない。
現実世界を疎んで、毎日を嫌々ながら過ごして、アイエーにかまけていただけの久遠にアイエーがそんなことを言いだしたのは一年ほど前のことだ。
アイエーはそれからアイオーンの悪夢を探すようになった。
アイオーンの悪夢の定義を集めて、久遠の為だけの世界を創ってくれると、そう語ったのだ。
そんなことは望んでいない、一緒にいてくれたらいい――そうは、言えなかった。
心のどこかでアイエーがずっと一緒にいてくれればそれで良いと思っていたことは間違いない。
しかし、漠然とした不満がくすぶっていたのも本当だった。
やはり、期待していたのだ。
ある日突然新しい世界が訪れて、とても楽しい毎日がやって来てくれる。
そんな夢を見ていた。世界に期待していた。
目の前にプレゼント用の箱が用意されて、それを開くと素晴らしい世界が始まる。そうなって欲しかった。
だから、アイエーがそうしてくれると言ったとき、とても嬉しかった。本当に望んだものが得られるかもしれないと胸が高揚した。
止めなかった。止めたくなかった。アイエーが実現してくれるのを待ちたかった。
そうして、いまアイエーは久遠の為に危険にさらされている。
自身が臆病だということはわかっている。
もし勇気があったら、きっと現実世界でも上手く生きていくことができただろう。
誰のことも嫌わずにすみ、自分のことも好きでいられたはずだ。アイエーに、一緒にいてくれたらそれでいいともきっと言えた。
臆病さが招いた事態を前に、やはり彼女はまた怖がるしかなかった。
しかし、どれだけ臆病でも、この場でアイエーの危機を見過ごすことなどできない。
アイエーを失うことがどれだけ恐ろしいか、二月の間ずっと実感しつづけてきたのだ。
アイエーに会えたら、一緒に帰ることができたら、今度はちゃんと言おう。これまでの感謝と謝罪、そしてこれからについて。
「どこにも行かないで。私のそばにいて」と。
いろんな人に何度も言おうとしてきて、誰にも言えなかった言葉。
それをアイエーに言うことができれば、もしかしたら、何かが変わるかもしれない。
この現実世界にも、何かを見つけられるかもしれない。
バッグに入れていたVX02DN用のモバイルチャージャーを確認し、電源の残りを見る。まだ六割ほど残っているようだ。念の為、充電を始める。
アイエー検索プログラムを終了し、アイオーンの悪夢解析用プログラムを走らせた。
これが、久遠が持てる唯一の武器だ。
これはアイエーがいなくても使用できるプログラムなのだが、あまり有用性は高くない。データの原型の解析と、データが集中しているディレクトリを表示する程度しかできない。
しかし、アイエーがいる場所は通常よりもデータが大きくなっているはずだ。アイオーンの悪夢の中でアイエーを探すのは、このプログラムを使用したほうが効率的だろう。
物理的に壊れた入り口を前に、深呼吸する。
行ったことのない場所、見たことのない世界。知らないルールに支配されている世界。
そこに久遠という存在を知るものは、アイエーしかいない。
恐怖を振り払うように、大きく一歩を踏みだした。
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