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お前のデータはあずかった!  作者: kasasagi
第一章//アイオーンの悪夢
6/23

~最強の魔法使い~


 後ろからドラゴンだけでなく、小動物らしき何かが迫ってきているのがわかった。背後には砂埃でも上がっているかもしれない。


 路地に入ってまもなく、轟太郎ほどもある巨大なウサギが追いついてきた。

 かなり足が速いようだ。巌隆一郎に噛みつこうとしてきたが、すかさず身を反転し、その胴体に足刀蹴りをたたき込む。


「うっし――ぬおッ!?」


 続けて襲いかかってきた二匹目、三匹目を両腕でいなすが、けり飛ばしたはずの一匹目が即座に起きあがり、ふたたび飛びこんでくる。

 痛みにもだえる様子もなく、けろりとしている。


「冗談だろ、結構強めに蹴ったぞ! たかがウサギのくせに生意気な!」

「ふむう、どうもおかしいの。ろくに効いとらん」


 後続のウサギやネコのような生き物を相手にしながら、轟太郎が言った。


「いまの状態じゃ、相手してもムダです。セキュリティそのものが起動しつづけている間は奴らの数値はデフォルトから変化しません」

「逃げるしかないってことか」

「もしくはどっかに閉じこめるかです。建物の中にぶちこんでやったら外に出られませんよ。アイツらは単純ですから」

「入れるのか、この建物は」

「扉からでも窓からでも入れます。ただ、建物のひとつひとつはあんまり容量が大きくないから、大量のデータを入れることはできませんよ。ひとつの建物に五、六匹ぐらいです」

「よし、んじゃ」


 噛みつきにきたウサギを両手でそれぞれ一匹ずつ掴みあげる。

 ばたばたとウサギが抵抗するが、構わず勢いよく振りかぶった。


「おらァッ!! ぶっ飛べ!」


 隣にあった建物の窓目がけて全力で投げこむと、鈍い音を鳴らしてガラスが割れ、ウサギが建物の中に転がった。

 続けて襲いかかってきたウサギも同じ要領で建物の中に投げ込む。突進の動きが単調なので、捕まえるのは非常に容易だった。


「ほい、ほいっ」


 轟太郎も迫りくる動物達を後ろ足で蹴り上げ、器用に建物の中へと叩き込んでいく。

 まもなく、巌隆一郎達は群がってきた動物の第一波を一掃した。

 しかし、そうしているうちに空に大きな影が浮かび上がる。ドラゴンが追ってきていた。


「また来やがった!」

「じっとしててください」

「なに?」


 ドラゴンは巌隆一郎達の真上で止まり、まっすぐ見下ろしてきた。視線が思いきりかち合う。

 思わず、冷や汗が背中を流れ落ちる。


 数瞬、ドラゴンとのにらみ合いが続いた。


 そして突然、ふっとその視線が剥がれた。


 こちらの位置を掴めていないのか、辺りを見回し始める。


「……あのドラゴンは、ど近眼なのか」

「あのでかいのはデータがでかすぎて、こういう細い路地を上手く認識できないんですよ。そんなことはどうでもいいから急ぐです。ボケーッとしてるとこの辺り一帯、完全に包囲されますよ」


 路地をそのまま突っ走り、追いついてきた動物は適当に建物の中に放りこみながら先に進んでいく。

 指示通りに走っているのだが、どこまで行っても似たような建物が続くばかりで一向に先に進んでいる感覚がなかった。


 そもそも、建物が延々と並んでいるにも関わらず、どうにも町という感じがしない。あまりに無機質すぎた。

 あるいは、綺麗すぎるというのか。

 建物の形をしたプラモデルを適当に拾いあげて無作為に並べているとでも言うような雑然さだった。


「なんつうか、めちゃくちゃな作りだな」

「そりゃそうでしょうね。必要なのは空間であって、町じゃありませんから」

「どういうことだ」

「アイオーンの悪夢は空間も時間も作れますけど、それはすべて本当は空白なんですよ。ただのデータなら空白の中でも移動できるんですけど、こちらの世界の定義だと空白は存在できない空間なんです。だから、こちらの世界の定義を取りこむために、適当にサイズを合わせてこちらの空間に存在するものをコピーしてから、貼りつけまわってるんです」

「いや、こちらの世界っても、こんな建物ねえだろ。見たことねえぞ。大昔のやつかよ」

「なにも現実世界に存在するものとも限りません。現実世界で作られた、空間を表現するものであればかまわないんですよ。アイオーンの悪夢から見れば、現実世界も仮想世界も変わらんです。まあアイエーみたいな高等な存在になれば区別はつきますけどね」

「お前はどう見ても低次元だが……」

「どういう意味ですかポンコツ!」


 アイエーが頭をボカスカと叩いてくるが、痛みはほとんどない。

 アイエーの非力さは最初のうちにわかっている。


「いや、どういうもなにもコンピュータの中にいるなら、やっぱ次元的には低次元じゃないのかよ。俺達の間じゃ、創作物を二次元、現実を三次元なんて言って区別するし」

「それはお前達人間の定義がそういうものだからですよ。作り物が作り物のままでいるのは、あくまで人間の世界だけの話です。原型から離れたものはいつ高次元の存在になってもおかしくないですよ。それに、人間だってもとは創作物と言えるじゃないですか」

「さっぱりわからん」

「お前の頭じゃ到底理解不能でしょうねー。アホの相手はこれだから疲れるです」

「テメエの説明が悪いんだよ。故郷だかなんだか知らんが、俺から見りゃお前も悪夢とやらも通りすがりの宇宙人と変わりゃしねえ。日本語で話せばいいってもんじゃねえぞ」

「よく言うですね。日本語じゃなけりゃ、機械語で話してやりましょうか。お前に機械語のなにがわかるってんですか、あぁん? 十六進法ってわかりますかぁ、ボクちゃん」

「お前とは拳で語りあったほうが早そうだな」

「こらこら、遊んどる場合じゃなかろう。貴奴らがすぐそこまできとるぞ」

「げ、マジだな」


 轟太郎に窘められ、振り返ってみると確かに動物の群れが近づいてきていた。

 先ほどまでは足が速いものばかりを相手していたので数はさほどではなかったが、今来ているのは勢力が大きいようだ。


「心配しなくても、もう着きます。あの建物に入るです」


 アイエーが指し示した先にあったドーム型の門をくぐり抜け、洋風の館へたどり着いた。その勢いのまま扉を身体で押し開け、中に勢いよく飛びこんだ。


 すると、ふたたび視界が暗転し、景色が変化した。


 屋敷の中に入った巌隆一郎の前に、ロビーのようなだだっ広い空間が広がっていた。

 白を基調とした荘厳な造りになっており、その佇まいに思わず意識が奪われる。

 天井を見上げると、屋敷の外観からは考えられないほどの高さがあった。シャンデリアが設置されている。

 前方上部にはステンドグラスがはめ込まれてあり、なぜか月光が入りこんでいた。


「いきなり夜になってんのかよ」

「ここに昼夜の概念はありません。時間経過で変化してるわけじゃなくて、データ容量の大きさで変化しているだけです。夜になったのは、それだけ歪みに近い場所に来たってことです」


 アイエーは巌隆一郎から降りると、いま入って来たばかりの扉と相対し、何事か奇妙な動きを始めた。

 こんこん、と軽くノックするように扉のあちらこちらを何度か叩く。


「なにやってんだ?」

「いちいちうるさいですねぇ。向こうから開けないようにしてるだけですよ」

「へえ、そんなことができるのか。お前すげえな」

「良い斥候になりそうじゃのぉ」

「データの管理、権限の属性変更はアイエーが属するアイオーンの悪夢にとって、大の得意分野ですからね。他のアイオーンの悪夢が相手でも余裕です」

「で、ここはどこなんだ。えらく派手な場所だが」

「アプリケーションで言うなら実行ファイルってところでしょうか。歪みを率いているところです。ここにいたら管理者が出てくるかもしれませんし、適当にどっかに入るです」



 巌隆一郎達はアイエーの後に付いていき、階段の脇にあった扉へと入った。


 部屋は玄関広間とは違って質素なものだった。

 八畳程度の広さに机が二つ並べられており、分厚い本が雑然と並べられている。

 机には羊皮紙が広げられ、判別できない外国の文字が書きつらねてあった。


 しかし、その文字にどこか見覚えがあるような気がする。


 アイエーは椅子にちょこんと座り、机に向かって手を伸ばした。

 中空にキーボードのようなコンソールが浮かび上がる。そして、両手でそのコンソールをいじりはじめた。


 アイエーがなにやら作業をしている隣で、巌隆一郎は轟太郎と並び、あぐらをかいて硬質な床の上に座り込んだ。

 腕時計を確認する。時刻は午後七時を過ぎていた。

 家を出る前にアイエーが言っていた世界が滅ぶ時刻というのが正しいなら、残り五時間ですべて終わってしまうということになる。巌隆一郎も死ぬことになるのだろう。

 まるで実感がわいてこない。


「世界が滅ぶねえ。んなことなったらどうすりゃいいんだか」

「ほっほ。十五まで生きれば十分だろうて」

「んなわけねえだろ。この歳になるまでしてきたことと言や、なんだ、遊びと勉強か?」

「よく学び、よく楽しみ、それ以上になにを知りたいのかの」

「……いや、そりゃ、……もっと全力で遊ぶ」

「ほっほ」


 轟太郎は気の抜けた様子であくびをした。


「何事も満腹を知れば自然、飢えを恐れるようになる。長く生きれば良いというものではないぞ。飢えない為に生きるようになったのでは今生に見放されようて」

「今生? 人生とか現世とかだったか。人生に見放されるってどんな状況だよ」

「ふむン。人の生き方などはよう知らんが、わしらのようなもんは自然にあればこそ生きておられるが、これが糧に執着してみ。日がな一日、物色と狩りと食事だけで終わってしまうわ。今日の糧を得て、怠惰を楽しみ、学ぶ。それでやっと一人前というもんじゃ」

「なんつうか、ジジイな発想だな。怠惰に生きるぐらいなら俺はリュリュの為に生きるぞ」


 さすがに縁側で番茶をたしなむ犬だけある、と巌隆一郎は妙に感心せざるを得なかった。


 ブレザーを脱いで壁を使った筋力トレーニングをしながら待っていると、唐突にアイエーが飛びあがって歓声をあげた。


「ああ、ご主人様! すぐ近くにいるみたいです、これはきっとアイエーとご主人様の運命が惹かれあって――ってお前なにやってるんですか!?」

「なにって、筋トレだろうが」

「ううわ、むわっとするです! 近寄らないでください! 気持ちわるい!」

「うるせえな……」


 程よく身体が温まってきた。先ほどまでは走ってばかりだったので、腕や背筋の動きが緩かったのだ。

 家に帰ったらまたちゃんとした筋トレをするつもりではあるが、何が起きるのかわからないこの状況ではウォーミングアップしておくに越したことはないだろう。


「見つけたんだろう。んじゃ、とっととここから出るか」

「そのとおりです。長居は無用です。行きましょう」


 部屋を出て、玄関広間に出る。

 直後、すさまじい轟音が玄関広間に響いた。


「ギャース!?」


 アイエーが悲鳴をあげながら頭を抱えてへたり込む。

 巌隆一郎はとっさに片耳を押さえた。アイエーの悲鳴のほうがよほどうるさかった。


 上からステンドガラスの破片が降ってくる。先ほどのドラゴンが姿を見せた。


「追ってきたか」

「空飛ぶトカゲのう。面倒な相手じゃな」

「ううぅ、扉を開けられなくした意味がない……」


 ドラゴンは巌隆一郎達の姿を認めた後、視線を離さないまま階段の踊り場へと着地した。

 その目には憎悪や悪意はなく、敵をただ観察するだけとでもいうような意志が宿っている。


 怒りを刺激され、巌隆一郎は眉を顰めた。あれは強者が弱者を見る目だ。


 しかし、ふと、その怒りに違和感がまじる。

 黒いドラゴンに既視感を覚えたのだ。

 ドラゴンなど直接見たのは今日が初めてであることは間違いない。

 そうすると、この感覚は何なのだろうか。


 ドラゴンと睨みあって膠着状態に陥った空間の静寂を破ったのは、巌隆一郎達でも、ドラゴンでもなかった。


 階段から一人の男が降りてきた。


 黒いローブと紫色の杖を持つ、怪しげな風体の男だった。


「げえっ、管理者じゃないですか……」

「あれがここのボスってことか」


 男が踊り場まで来るとドラゴンは男に対して恭しく平伏す。


 その構図に、見覚えがあった。

 閃きが脳裏を駆けめぐる。

 同時に、興奮と怒りがない交ぜになり、巌隆一郎の中に渦巻いた。

 それは、男が明確に巌隆一郎の敵と化した瞬間だった。


「……おい、アイエー。あの男をぶちのめすことはできないのか」

「無理ですよ。諦めろです。それよりも脱出のほうが問題です。あいつ、どうもこの建物の出入り口をロックしやがったっぽいですよ」

「ほう。そりゃ、ちと厳しい状況だの」


 男はドラゴンの前に立ち、こちらに顔を向けた。

 ローブの隙間から覗く視線は不気味な真紅に輝いている。


「我が隠れ家にようこそ。歓迎しよう、賊の諸君」

「はン、賊だと? いきなり大した挨拶だな、おい。害虫みたいにこそこそ女をつけ回して、仕舞いには人の力を使って世界征服を企む人間が言えた台詞かよ」

「ふむ。あの忌々しい姫君の関係者かね」

「いいや、お前を心底嫌ってるだけのただの平凡な高校生だよ」

「む。巌、知り合いか」

「知り合いではないな、だが知ってる」


 深淵の王ゲアトの復活を目論む闇の魔法使い。


「あれはサーギィス、クソったれな魔法使いだ」


 Dear My Worldの序盤からアイリスとリュリュの冒険の前に度々立ちはだかり、最後にはアイリスの手によって消滅した、最強最悪の魔法使いだ。


 そして、作中でリュリュを殺した男だ。



 ――世界滅亡まで、残り04時間39分51秒。



 >>genryuichirou

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