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お前のデータはあずかった!  作者: kasasagi
第一章//アイオーンの悪夢
4/23

~久遠~

 //新規作成

 >>無題←

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 >>Kuon1


 アイオーンの悪夢。


 存在しない存在。この世界の定義から離れている現実。

 その始点に終わりを内包するもの。


 千織久遠がアイオーンの悪夢を知ったのは、二年前に送られてきた一通の文字化けメールがきっかけだった。


 ただの文字化けしたメールにしか思えなかったそれは、久遠にあるひとつの規則性を示していた。

 プログラムによって生まれる数字、文章、記号、画、映像は何らかの理由によって必要とされて生まれたデータである。

 それらは求めに応じて、決められた範囲内の表示を行うだけだ。データとは、一方的にアクセスされるものであるはずだ。

 しかし、彼女の元に届いたメールは、その体を為していなかったのだ。

 データでありながら、誰に望まれたでもなく、誰にアクセスされることもなく。そして、自らなにかを求めて動き始めていた。

 久遠は自作のプログラムによって、それをこちらに招きいれることに成功した。

 自立したデータの集合体であるアイオーンの悪夢から送られてきた、一通のメール。


 彼女はそれを、アイエーと名づけた。




 久遠は『超高機能デジタルフォトフレーム』ことVX02DNを眺めながら、ぼんやりとその日を過ごしていた。

 アイエーが、アイエーの体系とは違う別種のアイオーンの悪夢を探しに行って姿を消し、もう二月が経つ。

 バレンタインに有名な店で買ったチョコを二人で食べた、その次の日のことだ。

 いつも通り、アイエーは新しいアイオーンの悪夢を探しに行くといって出発した。その日の夜までには帰ってくるはずだった。

 しかし、アイエーはいつまで経っても久遠の元に戻ってこなかった。四月の終わりが見えてきた、今日に至るまでだ。


 二月の間に、久遠は一人で高校生になり、一人で毎日を過ごしてきた。

 アイエーが戻ってきたときの為にVX02DNを購入したのも、その日々の中に含まれている。

 ソフト面での不具合が多いこの機種は、久遠にとってカスタマイズしやすく、セキュリティホールを利用してシステム領域の操作をすることで、対アイオーンの悪夢用のデバイスとして利用することすら可能になっていた。

 そういった時間を過ごしながら、アイエーがどういう状況に陥っているのか想像を重ねたが、重ねれば重ねるほど気が滅入ってくることに気付き、考えるのはもうやめた。


 そして、アイエーを探すために出来ることを考えた。

 問題は、普通に検索してもこの世界からではアイオーンの悪夢というデータが引っかからないことにある。

 しかし、未成熟のアイオーンの悪夢とは違い、アイエーはすでにこちらの世界の定義も獲得している。そうでなければ、こちらの世界で自由に動きまわることができないからだ。

 ならば、獲得している定義だけを検索することができればいい。アイオーンの悪夢のアイエーとしてではなく、こちらの世界の定義を持つアイエーを検索するのだ。


 久遠はアイオーンの悪夢対策用のプログラムを作り終えた後、四月に入ってから数日の内にアイエー検索プログラムを完成させた。

 それ以降、プログラムを常時起動させているが、アイエーが見つかる様子はない。

 ネットワーク上に存在しているならば、必ず見つかるはずである。

 いまもなお見つからないということは、ネットワークが切断されているデバイスに入りこんでしまっているか、他のアイオーンの悪夢の中に入りこんでしまったかということになる。

 そうなると、アイエー検索プログラムは何の意味も為さない。

 結局、久遠にはそれ以上にできることはなかった。



 久遠の部屋には、彼女の持ち物でないものがいくつか置かれている。

 ブリザードフラワー、漫画、絵本、ゲーム機とソフト、アニメキャラのフィギュア。

 どれも久遠には縁のないものだ。アイエーが欲しがっていたので買い与えたものだった。

 しかし、いまはそうしたものを見ることが久遠をたまらなく憂鬱にさせた。

 二年前までは勉強と読書でひたすら時間が過ぎるのを待ち、食事を取り、入浴し、そして寝床に入る。

 それを淡々と繰り返していた。


 寝床に入ったとき、読んだ本のことを考えながら、楽しく、きらびやかで、やさしい夢のような物語や世界の中に自分を入れて妄想する。それが唯一、彼女が過ごせるおだやかな時間だった。

 それでも、時々ふと現実に帰り、自分を取りまく環境を思い返しては、胸がよどむような感覚に陥ることがある。

 久遠はいつも一人だった。



 こんな現実は、こんな世界は嫌だと。

 こんな世界も、こんな世界にいる自分自身も間違っているのだと、すべてを否定する言葉が何度も口をついて出てきた。

 何でも良かった。ファンタジーでも、SFでも、恋愛物でも。

 そこに家族がいて、幼馴染みがいて、大切な友達や恋人がいて、心躍る冒険があって、未知の技術を使った高度な社会があって、皆と一致団結してイベントをこなして。

 そんな現実があればいいと、そんな世界が欲しいとずっと望んでいた。

 そうでなければいけない、そう思った。

 世界は美しくないといけない。優しくないといけない。

 裏切りがあったりしてはいけないし、病気で人が死んだりしてもいけない。

 人は老いなくていいし、身体の痛みにうなされることもない。

 幸せはずっと幸せのまま続いて、不幸が蔓延している場所にも、どんどん幸せが舞いこんでくる。

 誰も、何も、束縛されない。

 生から、あらゆるしがらみから解放される。

 そんな世界こそが正しい。現実はそうあるべきだ。

 そんなものはどこにも存在しないとわかっていながら、久遠はそれを望まずはいられなかった。


 そんな久遠にとって、アイエーは夢の世界から送られてきた招待状だった。

 アイエーという存在を許容できた現実は、久遠の知らない場所に、希望を隠しているのだと思わせてくれたのだ。

 だから、まだこの世界に期待していい。夢をみていい。

 そう思って、アイエーと出会ってからは、そうして過ごしてくることができたのに。

 しかし、アイエーがいなくなると、そうやって生まれたはずの希望がすぐにどうでも良くなってしまった。

 垣間見えた現実の輝かしさが、まるで粗悪なメッキだったかのように、すべて剥がれ落ちてしまった。

 世界は何も変わっていない。突然アイエーが存在しなかったことにはならないし、久遠が本気で探し続ければいずれ他のアイオーンの悪夢から、アイエーのような存在を見つけることもできるのかもしれない。

 そうすれば、何度でも輝きを呼び戻すことができる。そのはずだ。


「アイエー……」


 携帯の画面をのぞき込んでも、検索プログラムに反応はない。アイエーがそこにいない。


 本当は、すでにわかっていたのだ。なぜ世界がまだ期待できるものだとわかったにも関わらず、こうして憂鬱になってしまうのか。


 アイエーがいないことを悲しむ自分は、二年前から何も変わっていないことを思い知らされるのだ。

 アイエーを通して妄想を見ていられることを喜んでいただけで、それ以外に何も求めることができずにいる。

 この世界のどこかに、希望が残っているかもしれない。

 しかし、久遠にはそれを探しに行くだけの勇気はない。その事実を、はっきりと突きつけられていた。

 どれだけ現実が輝いても、アイエーを見つけることができても、アイエーのようなべつの存在を見つけることができても。

 そこには届かない。きっと、たどり着けない。

 久遠は、そうあって欲しい世界を羨んで、まぶしそうに眺め続けることしかできない。何も手に入れられない。そう、思い知らされる。

 いつまでも、このくすんだ現実から逃れられないのだ。


 時刻は六時を過ぎていた。そろそろ食事を取らなければいけない。

 何も感じないように、何も考えないように。日常に身を浸して自分を誤魔化す為に、同じ作業を淡々を繰り返す。

 そうして、ひとりの時間をやり過ごす。アイエーが帰ってくる日まで。二年前までそうだったように、間違った現実を間違った自分の姿でやり過ごす。

 久遠はそうして過ごす以外の術を知らなかった。



 ――世界滅亡まで、残り05時間47分27秒。



 今日も無味乾燥な一日が終わる、そう思っていた。


 何の前触れもなく、アイエー検索プログラムがアラーム音を発した。


「えっ……?」


 バグだろうか、真っ先にそう考えた。

 VX02DNは不具合の宝庫だ。これでもかというほど、バグにバグが重なっている。久遠はシステムに手を加え、出来うる限りバグは発生しないように調整したが、それでも時折妙な動作をすることがある。

 今回も、その類のものかと思った。早鐘を打つ鼓動を抑えてゆっくり手を伸ばす。

 たぶん、バグだ。そう思いながらも、やはりどこかで期待していた。

 誰にともなく祈るような気持ちで、久遠は画面を確認した。


『アイエーを発見 地図情報を参照する』


 一も二も無く地図情報に接続する。着替える手間すら惜しかった。

 デバイス用の小物を詰め込んであるバッグを手に取り、久遠は外へ飛びだした。


 >>Kuon1

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