~強制終了~
>>genryuichirou
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轟太郎が起きあがると、正源が隣に立っていた。
正源の視線を追うと、そこでは巌隆一郎と龍司が殴り合いをしている。
轟太郎の見立てでは、策を弄さない真っ正直な戦いの場合、巌隆一郎と龍司はほぼ互角だ。
巌隆一郎は龍司の強さを自分以上だと考えているようだったが、実際のところ、それほど差はないはずだった。
そこにあった差は、勝ちへの意欲だ。
「ようやりおる。わしはもう、今日は休みじゃ。お前はどうするんかの」
「……ふッ、ここは俺の戦場ではない。最後の勝者が俺であれば、それで良い」
そう言い残して、正源は去っていった。
気配を消す技術はさらに上がっており、轟太郎をもってして、数メートルほど離れると気配を追えなくなった。
王の間からいなくなったことはわかったが、どこに向かったのかまではわからない。
「ほっほ。どいつもこいつも生意気なガキばかりじゃのお」
馴らすように身体を震わし、轟太郎は久遠達のもとに向かった。
久遠はアイエーを抱きかかえながら、巌隆一郎たちの喧嘩が早く終わって欲しいと願っていた。
人同士の殴り合いなんて、見たいものではない。
こんな場面を見てしまうと、男の人は怖いと思わずにはいられなかった。
VX02DNのバッテリーは残り少ない。三割を切っている。アンチセキュリティが多量に消費しているのだろう。
アイオーンの悪夢が定義書き換えを行う時間までも、すでに残り一〇分を切っていた。
どうしたらいいのか、もうわけがわからなかった。こんな場所にいつまでもいたくなかった。
「どうしたですかー、ご主人様」
アイエーから頭を撫でられ、少しだけ気分が落ち着いた。
アイエーに心配させてしまうような顔をしてしまっただろうかと不安になる。
「ううん、なんでもないの。アイエー、だいじょうぶ?」
「アイエーはだいじょうぶですよ。あの筋肉だるま達の頭の中身の方が心配です。あのバカどもはこんな状況なのになにやってるんですか……」
怒り心頭と言った様子でアイエーが口を尖らせる。久遠もそれには同意しないではいられなかった。
久遠も自分はおかしいと思うところがあるけれど、あの男の人達に比べればすこしはまともなほうなのかもと考えてしまっていた。
VX02DNをいじりながら、アイエーに負担をかけないようにするにはどうすればいいのか考える。
ふと、VX02DNのバックグラウンドで何かが動いていることに気づいた。
占有しているメモリやCPU使用率はごく小さい値だが、『BlankDef』の操作終了宣言が上手く起動していないのだろうか。
タスクマネージャを開いてみると、システム領域に安定していない動きがある。ただでさえバグが多いVX02DNなので、奇妙な通信を行っていてもおかしくはない。
しかし、ここはアイオーンの悪夢内なので通常の電話回線での通信は行われていないはずだ。自動で切れるようにしてある。
考えられるとすれば、それはアイオーンの悪夢との通信だ。アイエーとアイオーンの悪夢で通信が行われているのだろうか。
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>>ryuryu
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>>iris
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>>genryuichirou
頭ではほとんど考えていなかった。
戦術もなにもない、ただ来た攻撃に反応して反撃するだけ、それの繰り返しだった。
身体は驚くほど自然に動いていた。もう動かせないと思っていたはずの身体は、誰に動かされるでもなく、自分の意志で立ちあがり、その力を振るっていた。
いつも、身体をどう動かすか、常に想像している。それは技を鍛えるときもそうだ。その想像よりも、鋭い動きが自身の身体から放たれていた。身体がついてこないのではなく、頭が身体について行ってないという、いままでにない感覚に襲われた。
そして、ふと、自分はそれほど身体を鍛えてきたのだということを実感した。勝手に、自分の動きを低く見積もっていただけなのだと。
行動の自制のつもりが、身体能力の自制までしてしまっていたようだ。
「ふははははははッ! いいぞ、いいぞ! それでこそ我が宿敵だ!」
それでもなお、龍司は強かった。
むしろ、巌隆一郎がその感覚を知ったからこそ、さらにその強さを実感することができた。よく見れば、動きには無駄がある。つけいる隙もありそうに見える。
だが、その隙を体格と技で強引に打ち消していた。
このまま体力が尽きるまでお互いに殴り続けることはできるだろう。最後にどちらが立っているのか、巌隆一郎にはわからない。
いままでなら龍司でしか無かっただろうが、この状況なら巌隆一郎が立っている可能性も十分にあり得た。
ただ、いまは時間がない。できるだけ早く倒さなければならない。
「おいッ! いい加減、尻尾巻いて帰ったらどうだ!」
「ふンッ、生憎巻くほどの皮はない!」
「皮だと、なに言ってんだテメエ」
「ん? 下腹部に眠るマイサンのことではないのか」
「そっちじゃねえ! 尻尾だ尻尾!」
「ふっははははッ! 屹立すれば大して変わらんッ!」
「変わるわ!」
そのとき、龍司がわずかに重心を崩した。即座に崩れたほうに回り込む。
「むっ」
「終わりだ!」
「させんぞ! 氷花雪幻脚――」
隙を取ったことで攻撃に意識を回しすぎていた。
舌打ちするヒマもなく、龍司の技が迫る。拳はすでに放っている。
だが、このまま龍司の技を喰らえば直撃させることはできないだろう。
それどころか、逆にこちらが倒れてしまう。身体を全力で傾けるが、間に合いそうになかった。
「クロスブレイズ!」
瞬間、巌隆一郎の後ろで光が爆ぜた。
「むうッ!? くッ、あの女か!」
唐突に訪れた光に、龍司が目を閉じる。
そして、巌隆一郎の拳が龍司の顔面を捉えた。
龍司の巨体が浮かびあがった。数メートル先まで吹き飛び、龍司は仰向けに倒れこんだ。
「はぁッ、はぁッ、どうだ、ちくしょうが」
振りかえると、アイリスが立っている。
「助かったぜ」
「リュリュに手を出したら私だって怒るのよ。もちろん、態度次第ではあなたもね」
ふっとアイリスが笑いかけてくる。魅力的な笑顔だった。
端っこにいたアイエーを呼び寄せる。久遠と一緒にやってくると、さっそく悪態をついてきた。
やれバカだのアホだの筋肉だるまだの言いたい放題だった。ある意味、平常運転だ。
巌隆一郎はいい加減慣れてきたその罵倒を適当に聞きながし、「とっとと世界を救ってくれ」と言い返す。
「当然ですぅ」
リュリュに回復してもらったが、精神的な疲れは抜けなかった。
やはり、龍司達の相手をするのはすこぶる疲れるということがわかった。バカを相手取るべきではない。
「ほっほ、あれだけ全力で暴れれば疲れもするわい」
「なんなんだ、今日は本当に。こんな濃い一日、生まれて初めてだ」
やっと家に帰れるのかとため息をついていると、ふたたび高笑いが聞こえてきた。
龍司だ、龍司以外にない。
巌隆一郎が倒れたままの龍司に目を向けると、龍司が飛びあがって起きた。
「呆れた。まだ立ち上がるの」
アイリスが嫌そうな顔をする。
「まだやんのかよ。もう今日は店じまいだ」
「ふぅん、店じまいなら仕方あるまい」
「このクソ野郎が……なら最初からとっとと消えとけ。俺はいつでも開店準備中だ」
「ふッ、いずれにせよ深淵の獣はここに倒れた。もう未来永劫、復活することはない。お前達の、……いや、ここはあえてこう言わせてもらおう。お前の勝ちだ、巌隆一郎」
そして龍司はリュリュとアイエーに向きなおった。
リュリュが怯え、アイリスの背中に隠れる。
「悪かったな、ちびっ子たちよ。わびと言ってはなんだが、これをやろう」
龍司は学生服のポケットからチョコレートキャンディを取り出した。いったいなぜこいつはこんなものを持っているのか。
怯えるリュリュの代わりにアイリスが受け取り、作業中のアイエーの代わりに久遠が受け取った。
「飴はいいぞ、疲れが取れる」
やりたいことだけをやると、龍司は「ふはは、さらばだー!」などと言って帰ろうとしたが、それをアイエーが引き止めた。
なにやら玉座を動かす必要があるとのことだった。重量がかなりのものらしい。
「ほらほら、さっさと動かすです、筋肉だるま共!」
巌隆一郎は龍司と二人で玉座を左右から持ち上げ、動かした。
「ぐおおっ、めちゃくちゃ重えぞこれ!」
「ふははははッ! すばらしい重量だ!」
玉座の下には、四面が白い、奇妙な部屋が広がっていた。
六畳もない程度の広さで、中央には大きなコンソールのようなものが置かれている。中に入るとひどく狭く感じた。
ちなみに、龍司は玉座を動かすと本当に帰った。
事情を理解しているなどというわりに、世界滅亡のことにはまるで興味がないようだった。
――世界滅亡まで、残り00時間04分02秒。
残り四分で世界滅亡だ。
カップラーメンを作っても食べきれるかどうかわからない。むしろお湯をわかす時間を考えるなら完成すら厳しい。
「マジでぎりぎりだな……。世界崩壊を止めることの難しさがよくわかる。ハリウッド映画の主人公たちはすごかったんだな」
「誰のせいだと思ってんですか!? いくら温厚なアイエーでも切れますよ!」
「いや、俺のせいではないだろう。てか、どさくさにまぎれて温厚だとか言ってんじゃねえぞお前。毎度毎度怒り狂ってるくせに」
巌隆一郎がアイエーとぎゃーすか言っていると、アイリスが苦笑した。
「よくわからないけど、どこの世界もたいへんねえ。世界滅亡の危機ってどこにもあるのね」
「そういや、アイリスとリュリュは、その……わかってんのか。この世界とか、自分たちのこととか」
「んー、なんとなくね。私達の世界ではないんだろうなってことはわかるわ」
「わたしもなんとなくわかります。妖精の樹みたいな場所だなあって」
彼女達はこの世界の住人ではなく、どこに帰るのかもわからない。もう二度と会えないかもしれない。
そもそも、アニメのキャラクターに本当に会えてしまったこと自体、尋常なことではない。
だが、このままただ別れるのは残念に思えてならなかった。
「あのな……その、リュリュ」
「え、ゲンリューイチロウさん、どうしました? あ、結婚はできませんよ?」
「くッ!」
プロポーズの仕方がまずかったのか。
「いや、そのなにか……」
なにか接点が残せないのかと、そう思ってしまった。しかし、なにも思い浮かばない。
言葉に詰まる巌隆一郎に、リュリュがにこりと笑いかけてきた。
「お手紙、書いてもいいですか」
「手紙?」
「はい。わたし、字の練習をしてるんです。姫さまったらひどいんですよ、姫さまが書かなくちゃならないことをわたしにおしつけてくるんです」
「やることがあったほうが覚えやすいでしょー」
「そういうわけですから、どうでしょうか。……あ、でも世界が違うと字が違うんでしょうか」
リュリュが顔を曇らせると、久遠と共に作業していたアイエーが言った。
「だいじょーぶですよー。アイエーがエンコードするです。メールでやり取りできるようにします」
「マジかよ」
「アイエーは嘘はつきません。せいぜいアイエーに感謝するがいいです」
巌隆一郎は、いまいちその言葉の意味を理解できずにいた。リュリュとメール。リュリュとやり取りができるようになる。アニメの中のキャラクターとである。
「ふ、ふっひょおおおおおおッ!」
びくっとリュリュがのけぞった。アイリスもすっと身を離す。
「な、なんですかこいつ……めちゃくちゃ不気味ですね」
「お前なかなか良いところあるじゃねえか、おい! クソ生意気なガキだと思っていたが」
「うるせーです! 誰がクソ生意気ですか! ポンコツに言われたくありません!」
アイエーはふんと鼻をならしてそっぽを向いた。
「ありがとう、リュリュ! めちゃくちゃ手紙送りまくるからな!」
「あ、あの……ちょっとでいいですから。ときどき、たまに、うん、ごくまれにで」
「ほっほ、青いのう」
後ろでそんな話をしていると、ふいに久遠が口を開いた。
「終わりました! これで、だいじょうぶだと思います」
――世界滅亡まで、残り00時間00分13秒。
残り十三秒。誰からともなく、カウントダウンのような時間が始まった。
全員、沈黙したまま時間が過ぎていく。
五、四、三……途中まで数えてから携帯を見ると、アイエーが言った時間を過ぎていた。
「ミッションコンプリートしました!」
満面の笑みで、アイエーが久遠に飛びつく。どうやら危機を脱したらしかった。
これで無事にハリウッドで映画化決定だ。
「はあ……よかった」
久遠が安堵の息をつきながら、アイエーを抱きとめる。
久遠はアイリスとリュリュにそれぞれ頭を下げて、携帯を差しだした。
巌隆一郎は、そのときはじめて、久遠の携帯が自分のものと同じであることに気づいた。
「アイリスさんとリュリュちゃん、申し訳ないですけどもう電池がないので……、今日はこれでさよならです。ありがとうございました」
「こちらこそ。ありがとう」
「またお話しましょうね、久遠さん」
久遠がアイエーに声をかけると、アイエーも二人に挨拶をした。
「アンチセキュリティ、起動終了します」
アイエーの発言と共に、二人の姿がだんだんと薄くなっていった。
どうやらデータの中に戻るらしいということがわかった。
「巌隆一郎、またね。轟太郎も」
「お手紙書きますねー。ゴータロウさん、また乗せてくださいねー」
「元気でやるんじゃぞ、嬢ちゃん方」
巌隆一郎も手を挙げて返すと、まもなく二人の姿はかき消えた。
二次元世界との邂逅は、そうして幕を閉じた。
龍司達のように城からいちいち出て行かなくてはならないのかと思っていたが、アイエーが「歪みを終了するので問題ないです」と言うのでそのままそこにいると、気づくと歪みの中に入る前の場所に戻っていた。
数時間の出来事だったが、いざ外に出てみるとやたらと長く感じた。数日は経ったような気さえする。空気が妙に美味く感じた。
「もうこんな時間……どうしよう」
携帯を覗いて、久遠が困惑していた。もう時間は午前零時を回っている。
巌隆一郎もこんな時間にのこのこと帰ったらどう怒られるかわかったものではない。
しかし、帰る他はないのだからどうしようもない。
「わしは先に帰るぞ。今日はえらい疲れたわい。巌、お前は嬢ちゃんを送ってこい」
言うなり早々に帰っていった轟太郎を見送り、巌隆一郎は久遠を家まで送ることにした。
午前零時も午前一時も大して変わらない、どうせ二時間は説教コースだ。
帰った後も問題だが、こんな夜中に女の子をひとりで帰したとあらばそちらのほうが問題だろう。
「え、そんな……悪いです」
「いいんだよ、気にすんな。ここまでくりゃ一蓮托生ってやつだ」
「そうですぅ。このアホもこういう使えるときはあごで使ってやったらいいです」
それまで姿を消していたアイエーが、唐突に現れた。
「お前、携帯の中に戻ったんじゃなかったのかよ」
「んぅ、ちょっとアイオーンの悪夢の本体をざっと探してたです」
「見つかったのか?」
「ありませんでした。回線はあるのですぐ接続できるはずなんですけど」
「アイエー、もう充電ないからあんまり操作しないでね。『BlankDef』の通信状態なら実体化はできるはずだけど、これだけでも電池すこし使うから」
「はい。わかりました、ご主人様」
アイエーが久遠と手を繋いで歩きだす。二人を眺めながら、巌隆一郎も歩きだした。
――世界滅亡まで、残り00時間00分13秒。
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>>プログラム、アイオーンの悪夢を終了します。
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→すぐに終了
キャンセル
>>このプログラムは応答していません。すぐに終了しますか。
>>アイオーンの悪夢の終了に失敗しました。再起動します。




