第9話 入学式
「この学園に来てから驚きばかりだな……」
俺は美佳と一緒に体育館へやって来ると、思わずそう言葉を零した。
「まあ、定期的な模擬戦や、決闘なんかもこの体育館でするらしいからな。体育館と言うより、『闘技場』って呼ばれる事の方が多いんだぜ?」
俺の呟きに、美佳は律儀に説明をしてくれる。……んん!?
「今決闘って言ったか?」
「?おう、言ったぞ」
「何ソレ」
思わずカタコト風に聞いてしまう。うわ。嫌な予感しかしない。
「このアスターク学園の特殊な校風の一つで、生徒同士の争いは決闘で解決してもいい決まりがあるんだ」
もうヤダ、この学校。
何?決闘?何で戦う必要があるの?話しあいじゃ駄目なの?それに模擬戦もあるんでしょ?え、馬鹿なの?
俺にとっては嫌な行事でしか無いじゃん。魔力ゼロだぜ?適性値もゼロだから古代遺物すら扱えない。もう模擬戦とか一方的な虐殺が起こっちゃうよ?
どうやら神は死んだらしい。だって俺に対して世界が非情なんだもん。
「嫌だぁ……物凄く帰りたい……」
俺は頭を押さえて項垂れる。ホント、とことん俺を普通から遠ざけたいらしい。
「ま、まあ……大丈夫だろう」
「……だと良いね」
しかし、何時までも項垂れている訳にはいかない。入学式は、それぞれが学校で用意した椅子に座っておこなわれるため、着席する必要があるからだ。
「まあいいいや。取りあえずどこか座れる所探そうぜ?」
そう言いながら、俺は辺りを見渡してみる。
もう結構な人数が座ってしまっているため、座れる場所はあまり多くない。
うーん……こりゃあ二人で座れる場所は限られてくるかな?
そんな風に俺が思っている時だった。
「か、カズちゃん!」
「ん?」
突然時雨の声が聞こえた。
どこから声がかけられたのかと辺りを見渡すと、後ろの方で椅子に座っている時雨が俺に対して手を振っていた。
美佳を連れて、時雨の位置まで取りあえず移動する。
「おう、時雨。そう言えば、昨日は有り難うな。俺を担いで保健室まで連れて行ってくれたんだろ?」
辿り着くと、俺は昨日の事を思い出しつつそう礼を言った。
だって、女の子に俺みたいな男を担がせたんだぜ?担げた事にも驚きだけど。
「え!?う、ううん!気にしないで!」
時雨は手をブンブンと凄い勢いで振る。……スゲェ、残像が出来てる。
「そうか。んで、どうした?」
「え、えっと……カズちゃん、座る所がまだ決まってないんなら……わ、私の隣に座らない?」
「え、いいのか?」
俺はふと時雨の横の席に視線を移す。すると、丁度時雨の右横が2つ空席になっていた。
「う、うん!全然いいよ!」
「そうか。そう言えば、刹那達は一緒じゃないんだな。まあ引っ越し先は違うんだろうから、一緒にいなくてもおかしくは無いんだが……」
刹那とは、時雨と同じで5年前に引っ越していった幼馴染だ。
「え!?えっと……実は、私と刹那ちゃんと華蓮ちゃんは同じ場所に引っ越して、同じ中学校に通ってたの」
な、何だと……。俺一人除け者かよ……。まあ意図してじゃないだろうけど。
「そうかぁ……てか、時雨って未だに刹那の事『ちゃん』付けで呼ぶんだな」
「へ?」
「アイツ確かに昔から女みたいな顔してたけど、男だろ?流石に高校生にもなってちゃん付けは恥ずかしいだろ~」
「……」
あれ?何で時雨は俺の事『マジかコイツ……』みたいな目で見てくるの?え?俺なんかおかしい事言った?
「えっと……時雨?」
「え?あ、うん……えっとカズちゃんが気付いてないんなら、それでもいいんだけど……」
何ソレ、凄く気になる。つか、よく考えれば俺もちゃん付けだな。
「とにかく、刹那ちゃん達はこの入学式には来ないよ」
「え?」
「少し遅れてくるんだって」
何ソレ。遅れてくるって……自由人過ぎる。でも確かに刹那も華蓮も自由気ままな唯我独尊タイプだったからなぁ……。いや、それでも許されないだろ、普通。
「そうか」
「うん。それで……カズちゃん」
「ん?」
「その隣の人は誰?」
あ。忘れてた。
俺は急いで隣にいる美佳に声をかける。
「悪い。すっかり話しこんじまった」
「別にいいけどよ……か、一真。その……そっちのヤツは?」
えっと……普通に幼馴染って言えば通じるか。
「ああ、コイツは――――」
「あ、あの!」
俺が時雨を紹介しようとした途端、俺の言葉を当の時雨本人が遮った。
「私は五藤時雨と申します。それで……」
名前を告げた時雨だったが、すぐに顔を赤くしたり青くしたりと何だか忙しい様子で一旦口をつぐんだが、再び口を開いた。
「か、カズちゃんの彼女さんですか!?」
…………。
え?
「いや、時雨。それはどういう――――」
――――質問だ、と言おうとしたが、美佳が凄く焦った様子で俺より先に言う。
「ば、ばばばばば馬鹿言ってんじゃねぇよ!お、おおおおオレは一真の同じ中学出身なだけだっ!」
いや、そうなんだけども。
「時雨。美佳の言う通り、ただの同じ中学出身ってなだけだよ」
第一なんでそんな推測したのか見当もつかないが……。
しかし、そんな俺の疑問をよそに、時雨は胸をホッと撫でおろす様な仕草をした。
「な、なんだぁ……よかったぁ~……」
何が良かったんだろう?昔からそうだが、時雨達はよく分からない言動をとったりすることが多かった。
そんな事を俺が思っていると、ふと右足に痛みが走った。
足もとに視線を向けてみると、スラリとしたモデルの様な足――――美佳の足が、俺の足を踏んでいた。ただ、あまり力は入っていないのか、全然痛くない。
「えっと……俺の足、踏まれてるんですけど」
美佳に俺がそう言うと、美佳は何故かふくれっ面になっていた。
「別に?同じ中学出身ってのは間違いじゃないし……?オレなんてどうせただの元クラスメイトなんだろうし……?」
何だか美佳がブツブツと言っているが、よく聞こえない。
「……オレは雷門美佳。よろしく」
しかし、一応自己紹介はするらしく、理由は分からないが、不機嫌なまま美佳は自己紹介を終えた。
「時雨。美佳も一緒に座っていいか?もう一緒に座れそうな所が無くって……」
「うん、別にいいよ。雷門さんもどうぞ」
時雨は柔らかい笑みを美佳にも向ける。うーん……育ちの良さが出てるなぁ。
「……オレの事は美佳でいい。オレも時雨ってその代わり呼ばせてくれ」
おお!?あの美佳が自分からサラッと自分の名前を下で呼ぶように言えたぞ!?俺の時はあんなに焦ってたのに!凄い進歩だな!?しかもちゃっかり時雨も呼び捨てする事も伝えてやがる!……何だか子供の成長を喜ぶ父親の様な気分だ。
「うん、分かった。美佳ちゃん……でいい?」
「お、おう」
やっぱりちゃん付けは健在ですか。ブレないな。
しかし、俺と美佳はようやく座るところを獲得したわけである。
早速俺と美佳は椅子に座ると、入学式が始まるのを待つ事になった。
しかし、そんなに待たされることもなく、入学式の始まりを告げる放送が流れた。
『ただいまより、入学式を始めます』
そう言うと、途端に体育館内は静かになる。
ちなみに体育館には、新入生だけでなく全校生徒が集まっており、先輩方は体育館の二階にある観戦席らしき所で座って、俺達の入学式を見下ろしていた。
『学園長挨拶』
辺りを見渡していると、放送がそう告げる。
すると、体育館の証明が落ち、ステージの上だけが照らされた。
ステージが照らされて少しの後、一人の老人がステージに上がる。
真っ白な長髪は後ろで結われ、同じ白色の髭は腰の位置まで伸びている。服装は、物語りの仙人が着ていそうな簡易なモノを身に纏っていた。しかし、腰は一切曲がっていなかった。
そんな老人は、ステージのマイクの前に立つと、話し始めた。
『――――諸君、入学おめでとう。』
おうふ……めちゃめちゃ渋くていい声ですね。羨ましい。
『君たちはこのアスターク学園と言う学び舎で、様々な経験を積んだ後にWPPに入隊する。この学園に来た以上、それがこの瞬間から義務付けられたのじゃ。ただ、だからと言って気負う必要は無い。一人で悩む事もない。ここには同じ志を持った仲間が多くおる。――――君たちは決して一人では無い。仲間を頼り、仲間を助けよ。それが、この学園でワシ自身が一番学んでもらいたい事だ』
うーん……凄い演説力だ。やっぱりトップに立つ人間はこうでないと。親父にも見習わせたい。
『それでは最後にワシ――――アスターク学園の学園長であるシャオ・タイランから一言を送らせてもらおうかの』
そう言うと、学園長は一旦言葉を区切った。
『世界を護る柱となれ――――世界は広い。自分の信じる正義を見失うことなく、それを貫き通す柱となるのじゃ』
そう告げた学園長の表情はどこまでも真剣で、有無を言わせない『ナニカ』を俺達は一斉に感じる事になった。
だが、途端に表情を崩すと、茶目っ気たっぷりにこう言った。
『まあ、青春を楽しめ、若者よ。以上じゃ!』
学園長は何だか嬉しそうな様子でステージを降りていった。
「スゲェな……」
思わず俺はそう呟いてしまう。
すると、隣に座っている美佳が俺に小声で教えてくれた。
「シャオ学園長は、昔の世界ランキング1位の【超越者】の一人で≪真理≫の二つ名で知られていたんだ。格が違うのは当たり前だな」
うわ……マジで凄い人なんだね。1位だって。昔のだけど。
しかも≪真理≫って何。カッコ良いな、オイ。親父の≪英雄≫よりカッコ良いぞ。
学園長の二つ名のカッコ良さに感動していると、入学式の進行を放送が再開する。
『続きまして、アスターク学園副生徒会長挨拶』
え、副生徒会長?生徒会長じゃなくて?
疑問に思う俺だったが、いきなり周りから歓声が上がり、中断させられる。
「「「キャ~~~~~~!!」」」
「な、何だ?」
声の元を確認すると、全員女子だと言う事に気付いた。
そして、その女子達は一様に同じ場所をなにやら熱の籠もった視線で見ている。
俺もその視線の先を目で追ってみると、ステージに何時の間にかステージに上がっていた男子生徒へと注がれていた。
クセ毛の淡い金髪に透き通るような青い瞳。女子みたいな白く綺麗な顔に柔和な笑みが浮かんでいる。ただ、刹那も女子みたいな顔立ちだったが、このステージに登っている男子生徒からは女子っぽさが感じられない。明らかに男である。
全体的な印象としては、白馬に乗った王子様……そんな感じだった。うん、広樹以上のイケメンだな。
そんな男子生徒がステージに上がったから、女子が騒いでたのか。
ふと隣にいる美佳や時雨に視線を向けてみると、何故だか知らんが全然興味無さそうな顔をしていた。
金髪のイケメンは、ステージにあるマイクに近づくと、そのまま優しげな口調で挨拶を始めた。
『皆さん、入学おめでとうございます。私はこのアスターク学園の副生徒会長を務めている3年1組エリック・ブリトニューと申します』
うーん……確実にクラフェイアの人だなぁ。
クラフェイアと地球にある言語は基本的に違うのだが、150年前に共通言語『アースフェイア語』が完成してくれたおかげで随分意志疎通が楽になった、と言う事をふと思い出した。
クリス先生も、シャオ学園長もクラフェイアの人みたいだし……うん、何の違和感もなく使えたな。アースフェイア語。流石全世界でその国の言葉と同じレベルで教育されるだけある。
『本当ならば、生徒会長がこの場で挨拶するのが普通なのですが……ただいま生徒会長はとある用事で不在でして……』
本当に申し訳なさそうな表情でエリック先輩はそう言った。てか、入学式に出れない程の用事って逆に何なのか気になる。
『一応言葉だけ受け取っていますので、この場でそれをお伝えさせていただきます』
そう言うと、エリック先輩は懐から一枚の手紙らしきものを取り出した。
『では、読ませていただきますね……「存分に楽しめ!」……だそうです』
まさかの一言!?エリック先輩も何だか疲れてる感じじゃん!生徒会長って……どんな人なんだ?
『えっと……すみません、たった一言で……』
先輩、アンタは悪くないよ……!
『ですが、私もこの事については同じ考えです。大変なことも多くある学園ではありますが、それ以上に楽しい学園生活を過ごしましょう。卒業すれば、そんな楽しい時間を過ごす事ももう出来ないかもしれないんですから』
エリック先輩。もうアンタが生徒会長やればいいのに。
『では、これで私からの……いえ、生徒会長の挨拶を終わります』
そう言うと、綺麗なお辞儀をしてエリック先輩はステージから降りていった。
……何だか激しく不安になって来た。特に生徒会長の辺りから。
こんな調子でうまくやっていけるのだろうか?
俺は進んで行く入学式をボーっと受けながらそう思うのだった。