第8話 下の名前
結局無事に寮まで辿り着けました。うん、本当に良かった。
まあ、運よく清掃のおばちゃんみたいな人がいて、その人に道順を聞いて何とかたどり着けただけなんだけど。
寮に着いた時の感想としては、綺麗でデカイかな。
どこぞの高級ホテルみたいな所で、寮に入った瞬間に玄関にあるシャンデリアにまず驚いたわ。
ちなみに女子寮と男子寮に分かれてて、女子寮は男子寮からだいぶ離れた位置にあるらしい。
男子寮は三階建で、一番上から3年生、2年生……そして俺達1年生となってる。
それぞれ一部屋ずつ与えられてるんだから、どんだけ金かけてんだよって言いたくなるよね。でも、それくらいWPPの人員確保は大切だと言う事だ。
辿り着いてからは、無駄にデカイ風呂やキッチンに目を回しそうにもなったけど、それ以上に今日は 何だか疲れていたので、すぐに風呂に入って、晩飯を抜いて寝た。お腹空いてなかったし。
準備の方も、そもそも用意されている制服を着て行く以外は特に準備物もない。そりゃあ入学式だもの。まあ最低でも筆記用具ぐらいはいるだろうけどね。
「それにしても……青と白かぁ……」
俺は目の前の制服を見て、そう零した。
朝起きて、朝食も既に食べ終わり、歯磨きや顔を洗う事も済ませた。
ただ、このアスターク学園の制服は、青色が基調の制服で、所々にアクセントとして白色なんかが使われていたりする。全体的にみると、非常にデザインも良く、爽やかな印象を与えるので随分綺麗だと俺は思う。
ただ、青色とは結構思いきった事をするなぁ……とは思った。変じゃないけど。
紺とかの制服は見た事あるんだけどね。それに、このアスターク学園の制服は見るからにガクランじゃなく、ブレザーだ。
「……っと、のんびりしちゃいられないな。とっとと着替えて行くか」
俺はすぐにベッドの上に広げていた制服を手に取ると、そのまま着替え始めた。
男の着替えなんてモノはたいして時間がかかる訳もなく、すぐに着替え終わった。
ただ、俺は制服をキッチリ着こなすタイプでは無いので、少し着崩している。
「よし、時間的にも丁度いいし……行きますか!」
俺は気持ちを新たに切り替えて、部屋の外へと出た。
●○●○●
「おぉ……」
やはりというか、周りのは俺と同じ様に新入生たちが、期待半分不安半分と言った微笑ましい様子で通学している。……微笑ましいって言ったけど、俺も新入生だった。
アスターク学園の校舎から寮はそれほど離れていないので、3分もあれば到着する。
さて……どんな高校生活を送る事になるのやら……。
正直、色々な事があり過ぎて、ついて行けていない部分も多い。
例えば、何故俺がテロリストに襲われるのか。それが一番大きな原因だろう。
俺は普通に過ごしたい。普通の人生を歩みたい。
この想いは変わる事は無いし、これから先もそれを追求していくつもりだ。
だけど、俺は元々魔力もなければ古代遺物への適性値も無い。既に社会では落ちこぼれ中の落ちこぼれを地で行ってる俺だ。
そんなハンディがあると言うのに、世の中はまだ俺を虐め足りないようだ。テロリストに襲われるとか……普通からかけ離れ過ぎだろう。
エリートたちが集うこのWPP育成学園――――アスターク学園への入学にしたってそうだ。落ちこぼれの俺が行ってなんになるんだ。
世界は俺が普通に過ごす事を許してはくれないみたいだ。
だが、絶対に俺は普通の生活を手に入れる。普通に人生を全うしてやるんだっ……!
新たに迎える高校生活と同時に、俺は再び決意を固めた。
すると、そんな俺の耳に、学校の放送が入って来る。
『新入生の皆さんは、昇降口にいる先生の指示のもと、体育館へと移動してください。繰り返します――――』
どうやら昇降口へと向かえば、先生が迎え入れてくれるそうだ。
「なら早速昇降口へと向かいますか」
「う、初原っ!」
「ん?」
俺が今一歩踏み出そうとしたところで、突然声をかけられた。
振り向いてみると、何故か顔を少し赤くした雷門がそこにいた。
よく見てみると、雷門も俺と同じ青色を基調とした制服に身を包んでいる。中学の時みたいにだいぶ着崩してるけど。
元々が美人なので、制服が似合って見えて仕方が無い。……実際似合ってるんだけどね。
「あれ?雷門?久しぶり」
「お、おう」
うーん……何で俺が話しかけたらドモるんだ?
でもせっかく会えたので、何となく会話を続けてみようと思う。
「前も礼を言ったけど、あの襲撃のときは本当にありがとう」
「べっ、別に気にする事じゃねぇよ!仕事だ!仕事!」
さいですか。そこまで必死になる理由はよく分からんが……。
「ん?そう言えば、あの襲撃のとき……雷門って確か、WPPのA級ガーディアンだとか言ってなかったっけ?」
俺はフード男の時の会話を思い出しつつ、いい機会なのでそう訊いてみた。
「あ、ああ。オレはWPPのA級ガーディアンだ」
WPPに所属する人間は、全員まとめて世間ではガーディアンと呼ばれている。それは、世界を守護しているという観点から、そう言う呼ばれ方になったのだろう。
「A級って……よくよく考えたらエリート中のエリートじゃん」
「そ、そうか?」
どこか照れた様子を見せる雷門だが、実際にA級と言うのは言葉以上に凄まじい。
まず、ガーディアンにも雷門のA級と言うのがある様に、『クラス』と呼ばれる階級制みたいなものが存在する。
下から順に、F・E・D・C・B・A・Sとあり、A級ともなると世界各国で国賓扱いされる。どう言った方法でクラスを分けるのかは俺は知らない。
「でも、オレ以上に凄い奴なんて、WPPの中には沢山いるぜ?それこそS級の人達なんて、【世界ランキング】に入る位だしな」
「世界ランキング?なんだそれ」
「オレ達WPPとかの表の世界では普通知ってんだけど……一般人にはあまり知られてないみたいだな。簡単に言うと、地球とクラフェイアの二つの世界で、強さを順位付けしたモノだ」
「おお……なんかすごいな。雷門は入ってるのか?」
「オレは残念ながら……でも、総長は確か6位だったと思うぞ?」
総長って……親父!?
あのミョルニルを使う雷門でさえ入れていないランキングに親父が……それも6位に入ってるなんて……弱い人間のランキングなんじゃないか?そう疑いたくなるね。
「まあいいや。それで?何で雷門はこの学園にいるんだ?」
そう、これが一番聞きたかった事だ。
雷門は既にWPPの……それもエリートのA級隊員だ。それなのに、この学園にいる意味が分からない。
制服を着ている以上、雷門もこの学園に通うのだろう。
「オレは確かにもうWPPに所属している訳だから、別にこの学園に通う必要はねぇよ。でも、総長が『お前はまだ経験が足りない。学園に通って、その経験を多く積んでくるといい。――――なに、訓練や勉強だけが学園で学べる事じゃない。いい友達を見つけられるのも、学園のいいところだ』って言われてな」
うわぁ……めちゃくちゃそれっぽいこと言ってるじゃん。今度会ったらこのネタで弄り倒してやろう。
そんな事を思っていると、なにやら雷門はソワソワしながら俺に言う。
「そ、それでだな……。オレも初原と同じで学園に通う訳だろ?それで……」
そこまで言った雷門は、途端に顔を俯かせてしまった。
髪の間から耳がチラリと見えたが、これでもかと言う位真っ赤になっている。
一体何を言おうとしてるんだ?
そんな心境で雷門の口から出る言葉を待っていると、雷門は何かを決意したような表情で顔を上げた。
「う、初原の事……かかか一真って呼んでいいか!?」
「いいぞ」
「そうか、駄目か……ってふぇ?」
一体何を言うのかと思えば……そんな事だったのか。
でもまあ……雷門の中学時代を考えると、下の名前で呼べる人間が一人もいなかったようだし、随分頑張ったんじゃないか?
そう言えば、広樹もこの学園に入学するって言ってたなぁ……どこかで会えるだろ。
「ほほほほほ本当にいいのか!?」
「いや、断る理由ないし」
これは重症だな。下の名前を呼んでいいか聞いただけでこれだもの。
「う、嘘じゃないだろうな!?嘘だったら叩き潰すぞ!?」
だから雷門の『叩き潰す』はシャレにならんて。ミョルニルだぜ?黒焦げの上にぺしゃんこの俺の死体が完成するんだぜ?
しかし、叩き潰すって……口癖みたいなものなのだろうか。だとしたら恐ろし過ぎる。一体何回ミョルニルで叩き潰されなければならないのか分かったもんじゃない。
「大丈夫だ。……あ、それじゃあ俺も雷門の事、美佳って呼んでいいか?」
「ええ!?」
何でそんなに驚く。
でも、雷門が俺を下の名前で呼ぶ事を嘘だと思うなら、俺も下の名前で呼んでしまえば別に不自然な事じゃなくなるわけだから、信じてもらえるだろう。
信じてもらえる筈なんだけど――――
「嫌なら別にいいぞ?無理しなくても」
「い、いや!全然大丈夫だぜ!?むしろ呼べ!じゃねぇと叩き潰す!」
うん、俺の事そんなに叩きたいんだろうか?だとしたら冗談じゃない。
「分かったって。それじゃあ一緒に体育館行こうぜ?美佳」
「っ!お、おう!」
俺に名前を呼ばれた事が恥ずかしいのか、頬を赤く染めながら美佳はそう答えた。うーん……前途多難だな。友達づくり。下の名前を呼ばれただけでそんなに顔を赤くしてたら体がもたんだろうに。
そんな感情と共に、俺と美佳は体育館へと移動した。