第3話 衝撃の登場
俺が立ちあっている目の前の光景は現実なんだろう?
打ち上げの帰り道、謎のフード男に襲われていると、元クラスメイトである雷門美佳が参上。
……自分でも何言ってんのかわかんねぇや。
「オレの古代遺物……テメエの古代遺物で防いでみるか?」
混乱する俺をよそに、雷門はフードの男にそう言う。
雷門の手には、さっきまで小さい金槌だったものが、雷門の背丈を優に超える巨大ハンマーに変わっていた。
更に、色もくすんだ金色から、神々しい金色に変化し、ハンマーの表面を雷らしきモノが常に迸っている。
そんな雷門の様子を見て、フードの男は焦る。
「あ、有り得ねぇ……!神話級だぞぉ!?それも雷神トールの武器だぞぉ!?」
確かに。ミョルニルと言えば、北欧神話の最強系の一つじゃねぇか。
雷門……そんなモノ個人で所有してたんだな。
「有り得ねぇって言われたってなぁ……事実、オレは目の前で使ってるじゃねぇか」
「だから――――」
フードの男がそこまで言いかけた時だった。
ズガンッ!
フードの男の右横に、激しい落雷が起こった。
ふと雷門を見てみると、雷門はあの巨大なハンマーを振り下ろした形で止まっている。
「ゴチャゴチャうるせぇよ。お前はオレに捕まって、組織名とアジトの場所を吐けばいいんだよ」
「くっ……!」
うわー……スゲー。
つか、あんなデカイハンマーよく振り下ろせたな。
さっきまで俺が追い込まれて大変な状況だったと言うのに、雷門の登場で一気に逆転したぞ。いいぞー、頑張れー。
「さあて……大人しく捕まってくれるよな?」
雷門が悠然とした足取りでフードの男に向かう。
だが、男も逃げるために魔法を雷門に向けて放つ。
「な、舐めるなぁ!喰らえぇ!」
水、炎、雷、氷、風……様々な属性の魔法が雷門を襲う。
「ふん」
しかし、雷門は自分に襲いかかって来る魔法の全てを、巨大なハンマーを横薙ぎにすることでかき消した。
「無駄な足掻きだって言ってんだろ?」
容赦ねぇ。俺が目の前の男だったら涙目だな。
雷門は俺の味方なんだろうが、少し男に同情してしまう。
とうとう男は自分の攻撃が通用せず、逃げられないと悟り、尻もちをついてしまった。
「く、来るなぁ……!」
「おいおい……お前等テロリストのクセして随分低レベルの抵抗するじゃねぇか。自分の命位犠牲にしてでもテロを遂行しようって意思がねぇんなら、するんじゃねぇよ」
雷門が男の前に辿り着き、制服のポケットから手錠らしきものを取り出す。
「これは封魔の効果が付与された手錠だ。つけられたら魔法は外すまで一切使えない。おら、大人しく――――」
「それは困りますね」
「!」
突如、フードの男の声とも違う別の声が住宅地に響いた。
「誰だッ!」
雷門が素早く手錠をしまい、ハンマーを構える。
「あ、アンタ……来てくれたのかぁ!?」
警戒心最大の雷門とは逆に、フードの男は喜びの声をあげる。
すると、フードの男の背後から、突然一人の男が現れた。
白銀の髪に、赤と青のオッドアイ。顔立ちは整っており、雰囲気は非常に柔らかかった。
服装は中世の貴族を想起させる黒を基調としたモノを着ており、腰には剣が一本ぶら下がっている。
そんなイケメンな男を見て、雷門は顔を険しくさせる。
「テメエ……」
低い声で雷門がそう言うが、イケメン男はにこやかなまま、優雅に一礼した。
「初めまして……が正しいでしょうね?私は【ファントム】の幹部を務めさせていただいてます、クロム・ダーインと申します。以後、お見知りおきを……」
うおう、イケメンだ。スゲー。
だが、感心する俺とは違い、雷門は更に顔を険しくさせた。
「……何で幹部のテメエが出張ってくんだ?」
「それは……」
クロムと言う男は、言葉を一旦切ると、俺の方に視線を送った。
「彼を迎え入れるためですからね」
…………はい?迎え入れる?俺を?テロリストに?
「冗談キツイぜ……」
思わずそう呟いてしまう。
だってよ?魔力ゼロ、適性値ゼロの俺を迎え入れるって……馬鹿なんだろうか?
それに、フードの男の仲間っぽいけど、アイツ、俺に斬りかかって来たんだぞ?迎え入れるって言う態度じゃないよね?絶対。
「何で初原なんだ……」
雷門が静かにそう問う。
「それは言えませんねぇ……。ただ、これだけは教えて差し上げましょう」
え、まだ何かあるんですか?
少し身構える俺に、クロムはとんでもない事を言い放った。
「初原一真は……テロリスト達からすれば、喉から手が出る程欲しい存在でしょう」
マジで!?こんな落ちこぼれで無能な俺が!?……自分で言ってて泣けてきた。
雷門も驚きに満ちた表情で俺を見てくる。いや、そんなに見られても、どう言う事だかさっぱりなんですけど!?
「それは……政府のほうも同じなんでしょうが……」
最後に何かをクロムが呟いたようだが、俺にも雷門にも聞こえなかった。
「まあ、とにかく……私は彼を迎えるためにこうして直接来たわけです。幹部である、私自身が……」
俺……もしかして悪人の素質でもあるんだろうか?テロリストが欲しがる存在って……。
うわー……どんどん俺の普通から遠ざかっていく。もうヤメテ。HPゼロだから。
「さて……世間話もこれ位で良いでしょう。そろそろ連れて帰らせていただきましょうか?」
ゾワッ!
俺は背筋が凍ると言った感覚を初めて感じた。
まとわりつくような嫌な感覚。
逃れようのない恐怖。
それは、目の前のクロムから放たれる、説明しがたい『ナニカ』によって、俺が圧倒されているからだと瞬時に悟った。
「くっ!」
雷門も、俺ほどではないにしろどこか苦しそうである。
これはマズイ。本格的に。
フードの男以上の危険を感じる。
それほどまでに、フードの男と実力の差があるのだろう。
何故か動けないでいる俺達が、どうにかこの状況をしようと考えようとしたその時だった。
「ですが――――貴方が来たのなら、今回は私が退くしかないようですね」
「そうだな、クロム」
それは、再びこの場に加わった新たな声。
雷門はその声に驚きと同時に安心と言った表情をし、俺は雷門を超える驚きが表情に出ていただろう。
何故なら、新たに加わった声を、俺は知っているからだった。
タッ!
そんな軽い音がしたと思ったら、雷門とクロムの間に一つの人影が割り込む。
「無事か?一真」
「お、親父!?」
紛れもない、俺の親父である初原英雄だった。
突然現れた親父は、スーツ姿に自分の背丈に近い巨剣を背負っている。
「WPPのトップ……≪英雄≫である貴方が出てきましたか」
「ふん、俺の息子だからな。貴様等テロリストなんぞに渡すか……≪双魔剣≫」
俺は今の状況に追いつけていない。
何で親父がここにいるの?つか今WPPのトップって言った?親父が?
それに≪英雄≫だとか≪双魔剣≫だとかって……何それ?二つ名的な?
取りあえず、意味が分からん。
更に混乱する俺だが、親父たちの会話は続く。
「さて……俺が出てきてもまだ一真を狙おうってんなら……相手になるぜ?一真の情報を何故知ってるのか……訊きたい事もあるしなぁ?」
「困りましたねぇ……」
「どうするんだ?」
クロムは少し悩むような仕草をすると、爽やかな笑顔を向けて言う。
「仕方ないですね。今回は退きましょう。私と彼だけでは分が悪い……せめて幹部クラス3人でないと厳しいでしょうしね」
「……」
親父は無言のままでクロムを見る。
するとクロムは、フードの男に近づくと、右肩に左手を置きながら言った。
「さて……今回は退かせていただきますが、私達の組織以外にも彼――一真君をねらう組織は増えるでしょう」
「……」
「私達が一真君を貰うのですから……他の組織に奪われでもしたら、許しませんよ?」
「貴様等の組織にもやるか。失せろ」
親父がそう言い放つと、笑みを絶やすことなく右手の指を鳴らした。
その瞬間、クロムもフードの男も闇夜に溶けるようにその場から消えていった。
「……」
辺り一面を静寂が支配する。
さっきまでの出来事が嘘のように……。
本当になんだったんだ?夢……とかじゃないよな?
未だに呆然としていると、途端に親父がこっちに振り向いた。
「一真……」
親父は俺の方に近づいてくると、静かに口を開いた。
「いい加減その魔法どうにかしたらどうだ?」
「あ」
●○●○●
俺は親父に俺の動きを邪魔していた魔法を解いてもらった。
どうりでさっきのクロムの威圧に動けなかった訳だ……。
つか、俺ってフードの男の魔法のせいで他人に声が聞こえないようにされてたんじゃなかったっけ?
こうして親父たちと普通に話せてる事を考えると……うん、嘘だったみたいだ。本当に頭のキレる奴だったみたいだな。
ああ……魔力が無いから魔法も使えないし……。本当に普通の暮らしができそうにないな、俺。
あれだけの事があったと言うのに、全く違う事でどんよりしていると、親父と雷門が近づいてきた。
「本格的にテロリストがお前を狙ってきたな」
親父が近づいてきたと同時にそう言うが、俺には何で狙ってきたのか分からない。
「なあ……未だに混乱してるんだが……」
「そうだぜ、総長!しっかり説明してくれ!」
俺の言葉に雷門も同意する。……って総長?
「さっきもクロムって奴が言ってたが……親父。アンタ、WPPのトップなのか?」
俺は回りくどい言い方なんかはせずに、そのままの事をぶつけた。
親父は瞑目していたが、やがて目を開くと静かに言う。
「そうだ。俺はWPP……【世界守護隊】の総指令官だ。つまり、WPPの実質的トップになる。雷門のように、総長などと違う呼び方をする奴もいるがな」
「そんで、オレはそのWPPのメンバーって事だ」
雷門も親父の言葉に続く。
「成程ね……じゃあ何で俺は襲われたんだ?」
再び俺が問うと、親父は顔を伏せる。
「すまない……それを今お前に言う事が出来ない」
「オレもなんも知らないぜ!何で初原が狙われてんだ!?ちゃんと説明しやがれ!」
雷門が親父に食ってかかる。
どうやら、雷門も俺が狙われる理由は知らないらしい。
「駄目だ。とにかく言えない。しかし、これだけは言える。一真は……狙われている!」
「「わかってるよ!」」
俺と雷門の声が見事に被った。
「な、何だと!?何の理由で狙われてるか分からないのに、狙われてるのは分かるのか!?」
「今俺襲われてだじゃん!?」
俺の親父だが……駄目だ、コイツ。
「ううむ……まあとにかく、一真が狙われているため、雷門に一真の警護を頼んでたのさ」
「え?」
「ああ。オレは総長の命令で初原をずっと見てたのさ」
……ああ、色々納得した。
何で雷門がずっと俺に視線を送り続けていたのか。
学校でも俺の警護とやらをまじめにやっていたんだろう。
「まあ……なんだ。ずっと見てて悪かったな。居心地悪かったろ?初原、オレの視線に気づいてたし」
何だか気まずそうに雷門は言う。
「いや、別に良い。むしろ、感謝してる。雷門のおかげで、あのフード男から助かった訳だしな」
そう、雷門が来てなかったら、クロムが出てくる以前に斬られて捕まってたわけだ。……笑えねぇ。
「とにかく、ありがとう」
俺が雷門の顔を真っ直ぐ見て礼を言うと、雷門は呆気にとられた顔をしたのち、凄い勢いで顔を真っ赤にする。
「ばっ!そ、そんな見つめんじゃねぇ!叩き潰すぞ!?」
何でだよ。何で礼を言って潰されなきゃいかんのだ。
つか、あのミョルニルで潰されるとかシャレにならん。
「あ、そう言えばその【雷将の巨鎚】……どうするんだ?」
俺がふと疑問に思った事を口にすると、雷門は首を傾げる。
「どうするって……こうするさ」
そう言うと、初めて大きくなった時と同じ、光を放ちながら巨大なハンマーが徐々に縮んでいく。
そして、最終的には雷門の右手には、くすんだ金色の金槌が握られていた。
「な?」
『な?』って言われても……。
微妙な顔の俺をよそに、雷門は小さくなったミョルニルを再び制服のポケットにしまった。……なんてとこに収納してんですか、雷門さん……。
古代遺物をポケットティッシュレベルの気軽さで扱う雷門に若干引いていると、親父が口を開く。
「雷門はWPPの中でも優秀な人材だ。一真の警護に当てていたのだが……まさか幹部クラスの……しかも≪双魔剣≫が出てくるとは思わなかった……」
≪双魔剣≫とは、クロムの事だろう。さっきもそんな事言ってたし。
「総長。理由は言えないんだな?一真が狙われている理由」
確認する様な口調で雷門が親父に訊くと、親父は静かに頷く。
「はぁ……普通ここまで巻き込まれたら、詳しく教えるのが筋じゃねぇか?総長」
「……すまない」
親父は本当に申し訳なさそうにそう言った。
もう、いいだろう。
こうして親父と雷門から色々と理解の追いつきにくいことをいっぺんに説明された訳だが……。
親父がWPPのトップだと言われてずっと思ってた事が一つある。
いい加減我慢の限界だ。
「親父……一つ言わせてくれ」
「なんだ?」
「今すぐWPPのトップをやめろ」
「何で!?」
親父が心の底から叫んだ。