第17話 先生
俺は同じ制服を着た男子生徒を一人殴り飛ばすと、尻もちをついているルルに近寄った。
「なっ!なんだ、テメエ!」
「いきなり出てきて何しやがる!」
他の男たちが何か言ってくるが、この際無視する。
「大丈夫か?」
「……ぁ……」
ルルは、俺の方を見て、何かを必死に訴えかけようとしているが、言葉に出来ないようだった。
俺はルルの様子を確認する。
……取りあえず、そこまで乱暴な事はされなかったようだ。
そこまで確認して、ルルを隠す様な形で男達の前に立つ。
「お前等……俺の友達に何しようとしてくれてんだ?」
俺が声を低くしてそう言うと、男の一人が馬鹿にしたように言う。
「ハッ!その女、テメエのだったのか?ならちょっと俺達に貸してくんね?悪いようにはしねぇからさぁ」
「そうそう、お前もこの状況……分かってんだろ?」
「……」
理解はしている。
俺は魔法も使えず、個人で所有している古代遺物さえない。それに対して、相手は古代遺物を持っていないにしても、魔法は使える筈だ。
さっき殴り飛ばした奴も、鼻を押さえながらも既に復活し、合計三人もいる。
だが……
「訂正しろ」
「あ?」
俺はキレていた。
「ルルは物じゃねぇ。貸せとかふざけた事抜かしてんじゃねぇぞ」
「……テメェ」
男たちが俺の一言に一斉に殺気立つ。
その中でも、俺に殴り飛ばされた奴は、更に殺気立っていた。
……正直、逃げたい。
魔法が使える相手に、一切使えない俺が勝てる見込みなんて無いに等しい。しかも、相手は三人だ。状況としては絶望的だろう。
それでも、俺はそれ以上にルルに対してのコイツ等の態度が気に入らなかった。
しかし、ルルが大変な目にあう前に、間にあって良かったと思ってる。
町中をかけずり回って、色々な人に情報提供してもらえたおかげだ。
俺はふとその時の事を思い出す。
まず、ルルを見失って最初に訊いたのは、パン屋のおばちゃんだった。
『おばちゃん!さっきここを学校の制服を着た女の子が通らなかった!?』
『なんだい、彼女と喧嘩でもしたのかい?兄ちゃん凄いカッコイイ割には女の扱いは苦手なのかい?』
『いや、彼女じゃなくて、友達なんだけど……』
『まあ、いいからいいから!このパンでも食べて元気だしな!』
『俺の話しを聞いて!?』
次は露店でアクセサリーを売ってるおじさん。
『おじさん!ここら辺に学校の制服を着た女の子通らなかった!?』
『なに?兄ちゃん、彼女にでもフラれたのかい?』
『だから何でそう言う話しになるの!?』
町中を走っている時に話しかけてきたお姉さん。
『あら、坊や。とってもカッコイイわねぇ。お姉さんと気持ちイイ事しない?』
『はい?俺今急いでるんですけど……』
『そう言わないでぇ。あ、もしかして……風俗店って初めてかしら?』
『ここ学園だよね!?何でそんな店があるの!?しかも初めてとかそういう問題じゃねぇだろ!?』
『あら、じゃあ初めてじゃないのかしら?』
『俺未成年ですから!』
なにやら怪しげな雰囲気の占い師さん。
『そこのアナタ……』
『もう、何ですか!?俺今急いでるんですけど!』
『そう、アナタは今急いでいる……ある人を探しているから!』
『な、何故それを!?』
『フフフ……アナタが捜している人物を見つけて差し上げましょうか?』
『本当ですか!?』
『ええ、こちらの【迷い人の壺】を買っていただければ……』
『悪徳商売じゃねぇか!?』
………………。
うん、全然街の人のおかげじゃなかったな。むしろ邪魔しかされなかった。
しかも、よくよく考えれば情報提供何一つしてもらって無いじゃん。自力で見つけたんじゃん。
「おい、調子乗ってんじゃねぇぞ!」
俺が考え事をしていると、いきなり男の一人が殴りかかってきた。
「ちっ……感傷に浸る暇さえくれねぇのかよ……」
そんな事を呟きながらも男の拳を避ける。
すると、突然男達の一人が何かを思い出したかのような顔をして叫んだ。
「ああ!思いだしたぞ!コイツ、1組の落ちこぼれじゃねぇか!」
「げ……」
「あん?落ちこぼれだぁ?」
「おう、何でも魔力も無くて、適性値もゼロらしいぜ?最近学校行ってねぇけどよ、一年の間じゃあちょっとした噂になってるぜ?」
「何で学校にいんの!?」
俺が聞きてぇよ……!
しかし、俺の情報を知った男は、途端に凶悪な笑みを浮かべた。
「でも……魔法が使えない、ねぇ……」
なにやら悪そうな事を考えている顔をしたかと思うと――――
「ハァ!」
「ぐふっ!?」
俺は思いっきり腹を殴られた。
「ガハッ!ゴホッ!な、何が……!」
俺は何が起きたのか理解出来なかった。気がつけば、もう殴られていたからだ。
「ハハハッ!やっぱりなぁ!魔力が無ければ、身体強化も出来ない訳だ!」
……やられた……。つまり、俺が今反応出来なかったのは、身体強化で超人レベルまでに跳ね上がったこいつ等の瞬発力のせいだったのか……。
俺が苦しそうに腹を抱え、膝をついていると、俺が殴り飛ばした男が鼻を真っ赤にさせながら近づいてきた。
「テメェ……さっきはよくもやってくれたなぁ?ああ!?」
「……っ!」
すると、男は思いっきり俺の顔面めがけて蹴りを放ってきた。
俺は咄嗟に腕を交差させ、防御の体勢に入った。
バギッ!
「ぐあああああっ!」
だが、俺の腕は簡単にへし折れた。
「や、やめて!」
俺がのた打ち回っていると、ルルの悲痛な叫びが耳に入ってきた。
「ウルセェぞ!」
「ひっ!」
そんなルルに再び男の一人が手を上げようとする。
そんな光景が目に入った俺は、自分でも理解が出来ない様なスピードで男とルルの間に割り込んだ。
「グフッ……!」
男の強化された拳が腹に突き刺さる。
最初に殴られた時から既に口の中は血だらけだ。
「ゴハッ!」
そして遂に俺は、口から大量の血反吐を吐きだした。
「一真っ!」
すると、ルルはそんな俺を急いで支える。
「ゴハッ!ゴホッ!」
「一真っ!一真っ!」
最初の印象からは考えられない位、ルルは取り乱して俺の名前を連呼する。
そんな様子に、俺はこんな状況だと言うのについ笑みがこぼれた。
「ゴホッ!……ハハ。やっと名前で呼んでくれたな?」
「あ……」
「イチャコラしてんじゃねぇぞ!」
「ブッ!」
今度は鋭い拳が俺の顔面に突き刺さる。イテェ……。
ただ、鼻の骨が折れる位は覚悟していたが、どうやら折れずに鼻血が大量に出るだけでとどまった。……十分重症だけどね。
「おい、とっとと女連れてくぞ」
「マジ無様じゃね?」
「はは、言えてる!せいぜいそこで悔しくて泣いとけよ!飽きたら返してやるからよぉ!」
「い、いやっ……!」
男の一人が無理矢理ルルの腕を掴んで連れて行こうとする。
「はな……せっ!」
「ちっ!ウザってぇなぁ!?寝てろ!」
「がっ!?」
俺は連れて行こうとした男に気力を振り絞って突っ込んだが、思いっきり蹴られて壁に激突した。
…………内臓とか肋骨とか何本かイッてそうだな……。
そんな事を思いながらも無様に顔面から地面に倒れる。
「い、嫌っ!一真!」
「おら、大人しくしやがれ!」
「っ!」
ルルが強引に引っ張って連れて行かれるのが視界に入る。
「さっきの礼をたっぷりしてやるからなぁ?」
「へへっ、あんな男すぐに忘れられる位よくしてやるからよぉ」
醜悪で下劣な笑みを浮かべる男達。
「嫌っ……放して……!」
それに対して必死に抵抗するルル。
……もう、体が動かねぇ……。
畜生……俺、ザコ過ぎんだろ……。
大体何で俺がこんなに辛い思いしなきゃいけねぇんだよ。
誰も迷惑をかけずに普通に生きたいって思ってるだけなのによぉ……。
でも……このままルルが連れていかれたら?
どうなるかなんて容易に想像がつく。
俺はここでもう諦めて、ルルが連れていかれるのを眺めていたら?
もしかしたら他の誰かが気付いて助けてくれるかもしれないし……そのままかもしれない。
そして、そのまま気付かれずに連れていかれたなら、俺が助かったとして、本当に普通の人生を送れるのか?
……無理に決まってんだろ。一生後悔する。
でもさ……体は正直もう動かねぇ。そんな中でどうしろって言うんだ?
……んなもん、分かり切ってんだろうが。
死ぬ気で意地でも無理矢理動かすんだよッ……!
「――――――ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!」
「「「!?」」」
俺は爪から血が出る程の力で地面を掴み、そのまま無理矢理体に鞭打って立ちあがる。
もう意識は朦朧としている。
でも、そんな状況でも俺がする事は――――
「――――ルルを放せ、クソ野郎……!」
俺はどこにそんな力が残っていたのかは分からないが、自分でもビックリする様な速さで男に近づき、ルルを掴んでる手を無理矢理引き剥がした。
「なっ!?」
「返してもらうぞ……!」
俺はルルを上手く引き剥がす事に成功したが、男達もすぐに状況を理解して、ルルと俺を一緒に殴ろうと腕を振りかぶる。
「舐めるなよ!?」
「調子に乗りやがって……!」
「くたばれぇぇえええええっ!」
「っ!」
俺は殆ど無意識だった。
ルルを庇うために、ルルを俺の背後に回し、そのまま腕を広げた。
朦朧とする意識の中で、ルルに被害が出ないように、足も踏ん張った状態でだ。
しかし、もう流石に駄目だろう。
この庇っている時間にでも、ルルには逃げて欲しい。まあ、そんな時間は数秒なわけだが……。
「……畜生……俺、惨めになる程弱ぇな……」
思わず悔しくてそう呟いた時だった。
「そうだな。貴様の今の実力はてんで話しにならんな」
その声は、何故この場にいるのかも分からないが、今の俺には酷く頼もしく思える声だった。
「ふん」
ヒュゥゥゥゥゥ……ズドォォォォンッ!
何かが降って来る音がしたと思ったら、凄まじい衝撃と共に、地面を破砕する音が聞こえる。
そして、降ってきたモノは、俺と男達の間に降り立った。
それは――――
「――――ただ、実力は話しにならんが、意地でも女を護りぬこうとするその根性は満点だ」
腕を組んだ仁王立ちのボルティーナ先生だった。
「せん……せい……」
「初原、貴様は寝てろ。貴様には明日の決闘が控えているんだからな」
え、マジで?俺こんなに怪我してるんですよ?中止にはならないんでしょうか?
「ならんな」
心を読まれた!?
「そんな怪我、クリス女医の元へ行けば一瞬で治してもらえる。とにかく、今は寝てろ。後は私がやろう」
クリス先生凄いな!?俺結構大怪我ですよ!?それを一瞬て……。
てかボルティーナ先生、クリス先生の事知ってたのね。まあ同じ学園に勤めてるんだから当たり前か。
「ウェルムクロ。貴様は初原の看護でもしてやれ」
「……は、はい」
ルルは、先生の言葉に頷くと、俺をゆっくり寝かせ、膝の上に俺の頭を置いた。
「えっと……ルルさん?何を……」
「……しゃべらないで。血がもっと出る」
「…………はい」
ルルの言葉に俺が大人しく従い、ルルの膝の上で寝る。
すると、必然的にルルの顔を見上げる形となったのだが、俺はその時のルルの表情に驚いた。
「ちょっ……!何で泣いてるんだ!?」
「……しゃべらないでって……言った」
「いや、でも……」
「……一真は怪我人。その割にはよくしゃべれてると思う」
それは俺も思う。自分でもびっくりするぐらい口が回る。
「……でも怪我人が無理にしゃべるのはよくない。しかも、一真は重傷」
「……」
「……だから……お願い……」
俺は黙る事しか出来なかった。
ルルが、涙を流しながら必死に訴えかけて来たからだ。
そして、俺はさっきまでの調子はどこへ行ったのか、ルルのそんな様子を見ていると途端に眠くなってきた。
……いや、これは眠いというか……血が少なくなって、意識が遠のくような……。
……アレ?結構ヤバくね?
あ、駄目だ。意識が――――
●○●○●
「ふん、寝たか」
私ルル・ウェルムクロの膝の上で意識を失った一真を見ていると、そんな声が投げかけられた。
声の主は、私達のクラスの担任であるボルティーナ先生。
相変わらずの軍服にベレー帽で、葉巻を吹かしている。
「ウェルムクロ。初原はお前のためにその状態になるまで戦ったぞ?」
顔は男達の方を向いているのに、先生の真剣な表情が想像できた。
「貴様は何時まで逃げ続けるつもりだ?」
「!」
「……保健室に連れていったあとでも、頑張って向き合ってみるがいい。私は生憎戦い方しか教える事は出来ん。効率的なアドバイスが分からないからな。……すまない」
私は目を見開いた。
勝手に決闘を決める位の先生が、素直に私に謝った事に対してだ。
でも、それが心の底からそう思っている事が伝わったので、先生の言葉が全てスッと心に入っていった。
私が先生の言葉をかみしめていると、今まで黙っていた男が叫ぶ。
「て、テメエは誰だ!?」
「どっから現れやがった!?」
先生の事を知らない事を考えると、この男たちは一年生なのだろう。
しかし、すぐに男達の内の一人が冷静さを取り戻し、再び醜悪な笑みを浮かべる。
「でも……いい女じゃねぇか」
「はあ?……そうだなぁ。ヘヘッ」
「丁度いい。俺達の邪魔したんだ、この姉ちゃんにも相手になってもらおうか?」
男達は無遠慮に体を舐めまわす様な気持が悪い視線を先生に向ける。
しかし、先生はそんな様子を見ても、全く動じない。
「ふん、貴様等は下半身にしか能が無い盛りついた猿か?それは猿に失礼だったな」
先生、アナタの方が失礼だと私は思う。
「な、なんだとぉ!?」
「図に乗ってんじゃねぇぞアマがっ!」
そして、男の一人が先生にいきなり殴りかかってきた。
それでも先生は仁王立ちしたその状態から動かない。
それどころか、ゆったりとした動作で葉巻を吹かす。
「……」
「喰らえや!」
ズドンッ!
凄まじい音が薄暗い路地に響く。
それは、身体強化された男の拳が先生のお腹に決まった音だった。
「けっ!もっと痛めつけた後、俺達で楽しませてもらうぜ?」
ニィ、と言う擬音語が付きそうな程気持ちの悪い笑みを浮かべる男。
それに対して先生は……
「ふぅ……」
葉巻を吹かしていた。体制は一ミリも変わった様子も無く。
「なっ!?」
「身体強化をしてそれか?」
「へ――――」
「邪魔だ」
一瞬だった。
ドガァァァァン!
男がいきなり地面に顔面からめり込んだ。
ただ、それだけ。
先生が何をしたのか私には全く分からなかった。
本当に、男が地面にいきなりめり込んだようにしか見えなかった。
「は……?」
「え……?」
男達もいきなり仲間がやられた事に言葉も出ない。それ以上に、状況を理解できていない。
めり込んだ男はと言うと、そのめり込んだ地面の部分からなにやら赤黒い液体が流れているように見える。
……死んでないの?死んでるよね?
「死んでないだろう。……多分」
先生、私は死んでると思う。それに、心を読まないで欲しい。
「ふん、話しにならんな。身体強化をしていない私に傷一つ付けることができていないのだからな」
先生の言葉に、男達どころか私も絶句した。
身体強化をしていないのに、何故身体強化している男のパンチを喰らって平然としていられるのだろうか?
「しかもなんだ?貴様等。私はただ殴っただけで、何をしたのか理解できていないという表情をする。勿論身体強化はしていないぞ?」
更に絶句。
身体強化をしていない状態で、身体強化をしている男達の認識できる速度を超える攻撃をしたという事になるからだ。
……次元が違い過ぎる。
流石、かつて大陸最強の傭兵団【ベルセルク】で≪傭兵鬼≫と呼ばれてただけある。
……クラフェイアの中でも有名な名前だ。でも、先生の見た目からはとてもじゃないけど、想像できない。かくいう私も名前を聞くまで分からなかった。名前しか聞いた事が無いし、姿の噂なんて聞いた事が無かったからだ。
「まあ、所詮はその程度のクズだったという事だろう。貴様等は学校をサボっただけでなく、女生徒に対する性的暴行の現場を押さえられた。退学は確定だろう」
淡々と語る先生に、残る二人の顔はみるみる真っ赤になって――――
「ウルセェ!だったらテメエをここで痛めつけて、俺達の奴隷にすればいいだけの話しじゃねぇか!」
「俺達を怒らせた事後悔しな!」
最初の時とは段違いな魔力を体に流し、恐らく男達の中でも最上級の身体強化だろう。その状態になると再び先生に襲いかかる。
「くたばれぇぇええええ!!」
「おらああああああああ!!」
「……」
そして
「黙れ」
ズドゴォォォォン!
先生はそんな短い言葉と共に、何時の間にか男達の背後にまわり、後頭部を鷲掴みにして地面に思いっきり叩きつけていた。
メキ!ボキ!グギャ!
聞こえちゃいけない音がする。鳴っちゃいけない音がする。
叩きつけられた部分の地面は酷く抉れ、またもや男達の頭部の部分からは赤黒い液体が流れ出ていた。
「死んでないだろう。……多分」
先生、さっきも思ったけど、それ死んでると思う。
先生は、自分で叩きつけた男達には目もくれず、そのまま私に近づいてくる。
「帰るぞ。初原は私が担ごう」
ただ、それだけ言うと、膝の上で寝かせていた一真を軽々と肩の上に担ぎあげた。
「……あの……男たちは……?」
「放っておけ。死にはしないだろう。……まあ追剥程度には遭うかもしれんが」
ご愁傷さま。
私はそう心の中で小さく呟いた。
「……それで、先生はどうしてここに?」
「……お前も知ってると思うが、女子寮の管理人であるシェリエルに言われて来ただけだ」
先生は私の方に視線を向けず、ただぶっきらぼうにそう答えた。
でも、そう先生が答えた後に新たな声がこの場に乱入してきた。
「あら?ティーナ。アナタ私が連絡した時にはもう動いてたわよね?」
「……シェリエル」
「相変わらず素直じゃないわよね?」
新たに加わった声の主は、私の住む女子寮の管理人であるシェリエルさんだった。
音も気配も感じさせる事無く、いきなりこの路地に現れたのだ。
シェリエルさんと先生のやり取りを聞いていると、どうやらお互いに昔からの知り合いらしい。
そして、シェリエルさんは担がれている一真に目を向ける。
「あらあら、大変。随分やられたのね?」
「ふん、弱いコイツが悪い。……ただ、頑張りだけは認めてやらん事も無いがな」
「あらあら、うふふ。とにかく、ルルちゃんも無事でよかったわ」
「……ご迷惑をおかけしました」
「いいのよ。でも、この後ちゃんと一真君と向き合ってあげてね?」
「!」
「一真君、ルルちゃんのために頑張ったんだから。ルルちゃんも頑張らないとね?」
「……」
私は無言になったが、やがて小さく一度頷いた。
シェリエルさんは、そんな私の様子に満足したのか、柔らかい笑みを浮かべる。
「……あら?一真君、傷が……」
そして、再び一真に視線を戻したシェリエルさんが驚いたような顔をする。
「……一真君、そろそろなのね?」
「ああ。もう解放されつつある。明日の決闘で完全に解放出来れば良いんだが……」
「そうね。彼にも自分で身を守る術を身につけてもらわないと……。犯罪者たちの動きも活発化してくるわよ?」
「……」
私は先生たちの会話の意味が分からなかった。
解放?犯罪者?
ただ、その事について深く訊いても答えてくれない雰囲気を静かに感じ取った。
そして、何気なく一真に視線を移した私は、目を見開く程驚いた。
「え?傷が……」
一真のボロボロだった体は、何故か既に治りかけていた。
先生もシェリエルさんも回復魔法を唱えた様子は無い。それどころか、古代遺物を使った形跡さえも。
じゃあ何で一真の傷が癒えてるの?
疑問符が飛び交う私だったが、先生の一言で正気に戻る。
「とにかく、保健室に戻るぞ。クリス女医に一度見てもらう必要があるからな」
それだけ言うと、先生はスタスタと歩きだしてしまった。
「まったく……本当に相変わらずねぇ」
シェリエルさんも先生に続く形で歩きだしたので、私も少し遅れながら、先生を追いかけるのだった。