第16話 勇気と決意
「どこにいるんだ?」
俺は広樹たちと別れた後、ルルを探す為に校舎内を回った。
しかし、結局ルルは昼休みの間に見つける事が出来ず、次の授業になってしまったのだが……。
「アイツ、授業に何故か出てなかったな……」
午前中の授業は確実にいた。
だが、昼休みが終わって、授業が始まっているというのにルルは一切姿を現さなかった。
……丁度その授業がボルティーナ先生で、ルルの机の上に何本もチョークが突き刺さるなんていう恐ろしい出来事があったのは別の話しだ。
「大体の所は探したんだが……」
俺は結局、ボルティーナ先生の指名で、ルルを探す為に校舎内を徘徊している。俺が選ばれた理由を聞けば、『明日の決闘、無様な姿を見せたら……分かっているな?』だそうです。先生、理由になってないです。
でも、先生の言葉を訳すと、ルルと親交を深めて少しでも作戦練っとけ、と言いたいらしい。先生の優しさに涙が出るね。明日の決闘死ぬ気で頑張らないと。先生の『分かっているな?』の台詞が怖いから頑張るんじゃないからな?勘違いするなよ?
しかし、作戦と言っても、結局は個人個人で戦う訳なので、話し合いをする必要はハッキリ言えばあまり無い。
それでも、それぞれが対戦に対して対策を練るために、皆で考えると言う事は普通だろう。
それに、もう明日が決闘だけど、チーム内で模擬戦みたいなのをするのも大事だ。……俺達にはもう関係ない話だけどね!
「うーん……校舎内にいないなら、寮にでも帰ってるんだろうか?」
……本当なら俺も授業を受けなきゃいけないんですけど……まあ一応行ってみるか。
それに、俺の学力なんかより、ルルの方が断然心配だ。俺がどれだけ学力上がろうが、将来なんざたかが知れてるし。
「なら早速女子寮に向かってみるか」
俺は早速、女子寮へと足を向けた。
●○●○●
「怪しい奴!捕まえてやる!」
「またこのパターン!?」
女子寮に到着するなりいきなりジョアンナさんに襲われた。
そして俺は自分でも情けなく思えるほど呆気なく組み伏せられる。
「ちょっ!ジョアンナさん!俺です!俺!」
「なんて堂々としたオレオレ詐欺なんだ!」
「違ぁああああああう!」
何なの?ジョアンナさんの今のマイブームって人の話しを聞かない事なの?
「気付いてください!一真です、一真!」
「一真だと?私の知り合いにそんなヤツはいない!」
「それは傷つくんですけど!?」
酷くね?あんな強烈な出会い方してるのに忘れられてるんだぜ?もう涙も出ねぇよ!
「あらあら、一真君じゃない」
そして再びシェリルさんの登場!前回とまるでパターン変わってないな!
「シェリエルさん!ジョアンナさんをどうにかしてください!」
「あらあら、ジョアンナちゃん。その人は一真君よ」
「む?……おお、一真か」
「さっきそう説明しましたよね!?」
この人一体何なんだ……!
「それで、一真君。こんな時間にどうしたの?今は授業中じゃなかったかしら?」
「何?そういえば……はっ!?もしや人気の少ないこの時間を狙って、乙女の部屋を貪り尽くすつもりか!?」
「貴女の中で俺は一体どういう存在なんですか!?」
「この外道!」
「そして話しを聞かねぇ……!」
もう嫌だ。この人と会うたびに俺のライフポイントが削られていく……。
「あのですね……実はボルティーナ先生からルルを捜してくるように言われまして……」
「ティーナが?」
「え?ティーナ?」
誰それ?
俺が首を傾げていると、シェリエルさんは優しい笑みを浮かべながら教えてくれる。
「ティーナは一真君の言ったボルティーナの愛称よ。私とボルティーナは親友なの」
「え――――っ!?」
このほわっとした優しいこのシェリエルさんと、あの鬼みたいに恐ろしいボルティーナ先生が親友!?
「私も昔は戦場で無茶したわねぇ……」
「せ、戦場……!」
マジもんや……マジもんの傭兵過ぎる……!
「まあ私の事は良いじゃない。それに、女性の事はあんまり深く詮索しちゃダメよ?」
「ぜ、善処します……」
「ふふ。そう言う所は何だか英雄さんに似ているわね」
「俺が?親父にですか?」
「ええ。色々鈍そうなところとか。英雄さんの事を思ってる子が可哀そうになっちゃう位ニブイのよね、彼」
「?親父の何が鈍いんですか?トイレに行く時の動きとか見てても、鈍いどころか素早いようにも思えるんですけど……。それに親父の事を思ってるって……皆親父の便秘、心配してくれてるんですか?」
「うん、そう言うところが鈍いんだけど……。それに微妙に会話が噛みあってないわね」
結局シェリエルさんが何が言いたいのか理解出来なかった。
「それで……ルルちゃんだったわよね?今は誰も寮にいない筈よ?だから学校内じゃないかしら?」
「いや、授業に出ていないからこうして捜しに来たんですけど……。それに、学校内は一通り捜してしまって……」
「あらあら。それならあの場所かもしれないわね」
「あの場所?」
「ええ。時々買い物帰りの最中に、近くの公園で見かけるの」
「公園……」
「何時も一人で寂しそうだったわね、ルルちゃん……。私も話しかけたりするんだけど、あんまり効果は無いみたいなのよ」
「やっぱりシェリエルさんも気にしてたんですね」
「この学園の寮に暮らしている以上、私が母親代わりにならないとって何時も想ってるせいかしら」
うわー……ええ人過ぎる。
「ふむ……確かに私もウェルムクロと何回か会ったが、あまりまともに話した事無いな」
貴女はまともな会話ができましたっけ?俺何度も襲われてるんですけど?
「む?一真、失礼な事を考えていないか?」
「イイエ、ベツニ」
口調がカタコトだって?気のせいだ。
「それで、シェリエルさん。ルルがよくいるって言う公園の場所教えてもらえませんか?」
「ええ、分かったわ」
そう言うと、シェリエルさんは分かりやすく俺に説明してくれる。
場所はそれほど遠く無く、ひっそりとしている小さな公園らしい。
ベンチやブランコ付近によくいるんだとか。
「有り難うございます!早速行ってきますね!」
「ええ、ルルちゃんの事、よろしくね」
「一真、ウェルムクロに何かしたら……剣の錆にしてくれる!」
「しませんよ!?」
そんなやり取りの後、急いでシェリエルさんに教えてもらった公園へと向かった。
●○●○●
「行ったわね……」
私、シェリエル・フェリステアは一真君の背中を見つめながらそう呟いた。
「アイツなんかに任せて大丈夫でしょうか?」
隣のジョアンナちゃんは、同じ様に一真君の背中を見送りながらそんな事を口にする。
「大丈夫よ。さっきも英雄さんに似てるって言ったけど……あの他人を放っておけない性格まで似てるのね」
「英雄……確かWPPの総裁でしたっけ?」
「そうよ。そう言えばジョアンナちゃんは会ったこと無かったわね」
「ええ。しかし……アイツの親となれば、碌でもないんでしょうな!」
「ジョアンナちゃんって一真君に恨みでもあるのかしら?」
「いいえ、全く!」
あらあら、一真君も大変ねぇ~。勝手に目の敵にされちゃって。
「でも……本当によく似てるわ。まるで……本当に血が繋がってるみたいに」
「え?」
「ふふっ」
私は自然と笑みがこぼれた。
英雄さんも優しかったけど、一真君もどうやら同じかそれ以上に優しそうね。
ただ、英雄さんは秘書のレベッカちゃんの気持ちに気付いていない位ニブちんだけど……そこまで似てるのは残念と言うべきかしら?
一真君を狙う女の子たちは大変ねぇ~。
しみじみとそんな事を感じていると、ジョアンナちゃんが何かを思い出した様子で言う。
「管理人殿。そう言えば、最近一年の男子の中で、サボりの常習犯が何名か出てきているそうです」
「あらあら、サボり?」
「ええ。所謂不良と言うヤツですか……そんな輩が出ているらしく、女子寮の警備も気をつけた方が良いと生徒会と風紀委員から連絡がありました。恐らくですが、ちゃんとした試験を合格した者達ではないでしょう」
「あらあら、大変ねぇ。ジョアンナちゃんも女の子なんだから、無理しちゃ駄目よ?」
「大丈夫です!この女子寮に近づく男子は、私の古代遺物……【竜殺しの聖剣】の錆にしてやります!」
「頼もしいわねぇ」
でもそんな男子生徒が出て来たのね……。
「碌に戦えもしない子供なのに粋がっちゃって……可愛いわねぇ」
「か、管理人殿、台詞と雰囲気が一致してないです……!」
あらあら、よく分からないけど、ジョアンナちゃんが私の横で震えているわ。
「でも少し心配ね。……ティーナに連絡を入れておきましょう」
「え?何が心配なのでしょうか?……ハッ!?もしや、私の力では心もとないとおっしゃりたいのでしょうか!?」
「違うわよ~。ちょっとね……」
私はそう言うと、静かに魔法でテレパシーをティーナに送った。
●○●○●
「ここだよな?」
俺こと初原一真はシェリエルさんに教えてもらった公園に到着していた。
すると、目の前にある公園は、寂れていると言っても過言でなく、どこまでも静かだった。
小さい滑り台。小さいジャングルジム。小さい砂場。小さい鉄棒。
全部が可愛らしい子供サイズだ。
このアスターク学園は、到着した時親父に教えられてたように、一つの都市として見てもおかしくない。
だから、生徒以外にも普通にこの学園で暮らしている人もいる。主に、そう言った人達が店を開いたりしているのだろう。
「さて、教えてもらったブランコとかは……」
そう言いながら辺りを見回すと、すぐにそれを見つける事が出来た。
「あ、いた」
そして、そこには一人さびしく、小さいブランコに揺られているルルの姿もあった。
俺はすぐにルルの元へ向かう。
「……」
「こんなところで何してんだ?」
「!?」
俺がそう声をかけると、ルルは何時もとは違う半眼気味の無表情では無く、驚いた表情を浮かべて俺を見て来た。
「……なん……で……」
「何でって……心配だから?」
俺は思った事を素直にそう言った。
ボルティーナ先生に言われて来たって言うのも確かにあるけど、それ以上に俺はルルの事が心配だった。
すると、ルルはすぐに何時もの無表情に戻り問う。
「……心配?貴方と私は赤の他人。心配する必要ない」
「はあ?赤の他人って言われても……友達じゃん」
「!?」
俺の言葉に再び目を見開くルル。
「……貴方と友達になった記憶は無い」
「うん、俺が勝手に思ってるだけだもん」
「……ふざけないでっ……!」
俺の言葉に対し、ルルは静かにだが、声に怒気を乗せる。
「……どうせ貴方も同じ!私に勝手に同情して……喜びに浸りたいだけ……!助けようとは一切しない……!」
「同じって……何と?」
「貴方に関係無い!」
初めてルルが本気で声を荒げた。
「……私は生まれた時から忌子として扱われてきた!魔術の名門と言うのに魔力は歴代最低なだけでなく、一般人にも劣る始末!唯一の救いだった古代遺物は個人で所有しているのに全然扱えない!それに……禁忌に触れる、人間が持って生まれちゃいけない『闇』を持って生まれた!」
ルルは今までため込んでいたモノを吐き出すかのように続ける。
「貴方に何が分かるの!?生まれたのに……私だって生きているのに、親から『生まれて来なければよかった』って言われ続けた私の気持ちが!貴方だって聞いた事が無い筈……『闇』属性を持ってる人間の話しは!」
……確かに聞いた事が無い。
一度広樹と話している時にあまり聞いた事が無いと答えた。
それは、俺が知らないだけで他も知っているかもしれないと思ったからだ。
でも実際は聞いた事が一度も無い。
「『闇』は絶対悪!それが世界の真理!『闇』は悪魔の象徴!貴方の住む地球では今までも聞いた事が無かったと思う。だから教えてあげる……『闇』属性を持って、このクラフェイアに生まれた人間は全員【魔王】となった!」
「【魔王】?」
「人類の敵!全てを滅ぼし尽くす巨悪!それが【魔王】!クラフェイアではそんな魔王が幾度となく出現しては、人々を恐怖に陥れ、苦しめてきた!」
そこまで言うと、ルルは途端に落ち着いた様子で静かな口調に戻る。
「……私は『闇』を持って生まれた、次の魔王。そして魔王は必ず『闇』の対の存在である『光』に滅ぼされる」
「光属性……」
「……それを持つ者は【勇者】と呼ばれ、今までの魔王全てを滅ぼしてきた」
そこまで言うと、ルルは今まで無表情だった顔を歪め、今にも泣き出しそうな様子で語りだす。
「…………私は……私は忌子として生まれ、本来なら赤子の時に殺される筈だった。でも、私の親は、私を利用し尽くす事に決めた」
「利用?」
「……この広いクラフェイアには、あえて『闇』属性を持つような呪われていたりする人間を、趣味で集める貴族がいる。大きくなった私を、そこに売り飛ばすつもりらしい」
「……」
「……でも、大きくなるまでは私はただの邪魔な存在。だから、家族は全員私を魔法の練習台にした」
「!?」
「……木に縛り付け、身動きが取れない私に死ぬギリギリの魔法を休むことなく浴びせ続ける。私が死にかければ回復魔法を使って回復させ、再び練習する。私は将来高く売り飛ばせるくらい見た目は良いらしいから、魔法の練習台以外では手を出されなかった。でもそんな暮らしが嫌で、WPPの推薦状が届いた時はすぐにそれに飛び付いた。……でも卒業後はWPPに私は恐らく入隊できない」
「なんで?」
「……WPPの幹部に私の父がいる。基本的にWPPの入隊は幹部の間で行われる。そして、父の仲間である幹部が半数以上いる以上、私は強制的に実家に呼び戻される。例え卒業後、必ずWPPに入隊しなくてはいけないとしても。その代わり、この学園は基本的に外的干渉を受けないから、それまでの間だけは平穏」
「……そうか」
「……さっき貴方に同じと言ったのは、そんな生活を10年続けた時に現れた一人の男の事。……その男は、私の家族と仲の良い他の魔術の名門に属する者だった。その男は、家族が私に対して魔法を浴びせるのに飽きて、どこかへ行ってる時に私に近づいてきた。『大丈夫かい?』……そんな言葉を私に初めてかけてくれた。私は初めての優しさに触れ、心が温かくなるのを感じていた」
そこまでしゃべり、ルルは目を伏せる。
「……でも、それは勘違いだった」
「え……」
「……アイツは私に優しくすることで、自分の優位性を感じたかっただけだった。自分に酔いしれたかっただけだった。……その事を、ある時ふと耳に入れてしまった。『小汚いガキだが……将来はさぞいい女になるだろう。今のうちに優しくしておこう』……そう独り言を呟いていたのを。結局、その男は優しい言葉をかけてくれただけで、助けてくれはしなかった。――――それどころか、私を利用したかっただけだった」
「……」
「……そして、貴方も同じ。勝手に私に同情して、結局は何も助けてくれない。分かった?私はもう誰も信用したくない。だから帰――――」
「……そんなクソ野郎と一緒にすんじゃねぇよ。俺はゼッテェお前を助けるぞ」
「え?」
俺は静かに怒った。
「いいか?勝手に絶望してんじゃねぇ。勝手に決め付けんじゃねぇ。悲劇のヒロイン気取ってんじゃねぇぞ」
俺の言葉に、ルルは声を荒げる。
「五月蠅い!貴方だって私以上の落ちこぼれだ!なのに何でそんな風にいられるの!?何で笑ってられるの!?何で――――」
「そう言う風に生きたいからに決まってんだろ!」
「!?」
「勝手に全てに対して絶望して諦めてんのはお前だろ!?助けてって言う前に自分で行動したのかよ!何時でも人が助けてくれると思ったら大間違いだぞ!」
「……やっぱり口で絶対に助けるだなんて言っても、一時的なモノに過ぎないだけ……」
「そうだな、一時的だよ。だって常に一緒にいる訳じゃねぇもん。――――だから、その一時的な間でも助けてやるんだろうが」
「!」
「他人に頼んじゃねぇ。皆にだってそれぞれの人生があるんだ!でも、その中で一人じゃ耐えられない事があるから、俺達は一人ひとりが支え合って生きてるんだろうが!最初から他人に頼ろうとすんな!必死で生きろよ!」
「……でも私は忌子。生きていちゃいけない存在……。それが世界の意思で、私の意思……」
「じゃあ――――」
「何で泣きながらそう言うんだよ!」
俺は無意識のうちに、ルルの顔を痛くないように支えながら俺の目を見れるように正面を向かせていた。
「お前の心を少しでも支えてくれる人がいないなら……俺が支えてやるッ!」
「!?」
涙で溢れている目を、ルルは見開いた。
「お前が断っても、お前が嫌がっても、俺はウザったくて鬱陶しい位お前に構うぞ!お前が暗い事を考える暇も無い程に!」
俺の言葉を受け、ルルは未だに信じられないと言った様子で口を開く。
「……何で……何でそこまで……?」
「言ったろ?俺は勝手にお前の事を友達だって思ってるって。友達を放っておく理由なんて何一つ存在しねぇよ」
「あ……」
ルルの瞳から涙が溢れ出てきた。
それを必死に拭おうとするが、涙は止まる気配が無い。
「俺は確かにお前を友達だと思ってる。じゃあ、お前――――ルルは?」
「…………わた、しは――――」
ルルは泣きながらも必死に言葉を紡ぎだそうとする。
そして――――
「っ!」
「グヘッ!?」
ルルは俺を突き飛ばした。
てか何で!?
「……!」
しかも、何故か異常な強さで突き飛ばされたせいで、俺は無様に公園を転がる。
「いってぇ……!」
そう言いながら顔を上げると、ルルは公園から走り去る最中だった。
「え、ちょっ!」
俺はすぐに起き上がると、ルルの後を追いかけた。
「……!」
「待てよ!何で逃げんの!?」
「……!」
「無視かい!って、走るスピード速くね!?俺どんどん突き放されていってるんだけど!?」
しかし、俺の声が届いているのかどうかは分からないが、ルルはぐんぐんスピードを上げていく。どうなってんの!?
「……ああ、身体強化か!」
道理で速いわけだよ!生身の人間が追いつけるかっ!
「って、ちょっ!待って!つか魔法は使用しちゃいけない校則があるだろ!?ルール!ルール守ろうぜ!?」
俺は町中だと言うのに、恥もクソもあったもんじゃねぇ!とか思いながら必死にルルを追いかけた。
●○●○●
「ハァ……ハァ……!」
私――ルル・ウェルムクロは、ただ無我夢中で走り続けた。
しかし、いくら身体強化しているとは言え、体力に限界はある。更に言えば、私は魔力量も多くないので、既に魔力も残っていなかった。
なので、私は人気の少ない路地裏で休憩する事にした。
「……」
そもそも私はどうして逃げているのだろう?
私を追ってくる彼……確か、初原一真と言う名前だった筈。
そもそも私と彼は接点が一切無かった。
なのに、彼は私とグラントーク家の人間とチームを組んで、訳も分からない先生の遊びに付き合わされているだけと言うのに、真面目にも私に何度も話しかけてきて、作戦がどうだとか言ってきた。
それが、私の心を酷く刺激した。
思い出したくもない記憶が次々とよみがえってきた。
そして、私の心を踏みにじったあの男の事も。
だから、彼の行動すべてがあの男が私にやってきた事とかぶって見え、私は彼を無意識のうちに拒絶した。
でも、そんな思いも全て今日ぶちまけてしまった。
また――――初めてだった。
本気で怒ってくれる人が。
本気で心配してくれる人が。
そして……友達だと言って、私を支えてくれると心の底から言ってくれた人が。
彼の今までの言葉や、現に私を必死に追いかけてきてくれている事。そして、真っ直ぐ彼の目を見つめた時に、吸い込まれるような綺麗な黒色をした瞳が。
それら全てが、彼が心の底から私に言葉をぶつけてくれているという事が分かった。
だから、恥ずかしくなった。
自分の惨めさが。
自分の愚かさが。
自分の卑劣さが。
ずっと、長い間殺してきた感情を呼び起こされた事の恥ずかしさが。
それだから、私は彼を無意識に突き飛ばし、こうして逃げて来たのだろう。
彼の――――真っ直ぐ過ぎる性格から逃げるために。
「……私は……私は……」
さっき言えなかった言葉を、誰もいない筈の路地裏で呟こうとした時だった。
「あっれぇ~?」
「あん?どうしたよ?」
「ちょい、来てみろよ。女がいるぜ?マジ可愛いんだけど」
数人の男が私の下に近づいてきた。
「……」
「ねぇ、君一人?」
「お、マジ可愛いじゃん」
「ラッキー。俺等と遊ばね?」
「あれ?同じ制服?つうことは同じ学校じゃん」
男の言う通りよく見ると、男たちは全員私と同じ学校の制服に身を包んでいた。
しかし、さっきまで一緒にいた彼のように、見ていて見苦しくない程度の着崩し方じゃなく、明らかに校則に触れる様な恰好だった。
アクセサリーをジャラジャラ付け、正直見ていて鬱陶しい。
「ねぇねぇ、何年生?まあ何年でもいいんだけど」
「ちょっと俺等と一緒に来ねぇ?気持ちいい事体験させてやるぜ?」
「ちょっ……お前露骨すぎだろ!」
「まあいいじゃん。お互いハッピーになれんだしよぉ」
「……」
私は何とか隙を見て、この男達から逃げようとした。
だが……
「おっと、どこ行くの?」
「え、逃げようとか思ってんの?」
「マジかよ、俺超傷ついたんですけどぉ」
「ほら、行こうぜ?近くにホテルがあるからよぉ」
そう言うと、男は私に手を伸ばしてきた。
「や、やめ……!」
「あん?」
私は無意識のうちに、伸ばされた手を払い除けていた。
「このアマ……調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「きゃっ!」
私は男の一人に突き飛ばされる。
「もう優しくしてやんねぇかんな。おら、とっとと行くぞ!」
「い、いやぁ……」
私は必死に腕を振りほどこうとする。
しかし、魔力が残っておらず、身体強化も出来ない私は非力で、男の手からは全く離れられそうになかった。
私は何とか逃げるために、魔法で小さくなってポケットの中にある古代遺物に念じた。
「(お願い……動いて……!)」
しかし、古代遺物は私の意思に反して全く動かなかった。
多分、それは私の心が原因だからだろう。
古代遺物は、持ち主の思いの力によって、強さが変わって来る。
そんな事は子供以外なら誰もが知ってる事で、どんなに弱い古代遺物を持つ者でも、神話級の古代遺物に勝てることだってある。
でも、私はどうだろう?
彼に言われたように、人に助けを求めてばっかで自分から動こうとしなかった。
そして、そんな私を本気で叱咤してくれた彼が、友達だと言ってくれた。
私は?とまで聞いてくれた。
なのに、私は自分の心が恥ずかしがるあまり、その答えさえまともに言えずにこうして逃げてきている。
だから、私がこうして男達に連れて行かれそうで、どれだけ助けてを求めても誰も答えてはくれないだろう。
それが、今まで私のしてきた罪であり、これが償いなのだろう。
そう言う思いにいたった私は、自然と体から力が抜けていった。
このままこの男達に連れていかれたら、何をされるのかは容易に想像がつく。その後、どうなるかも。
でも最後に体から力が抜けてしまった以上、私にはどうする事も出来ない。
私はまた、全てを諦める。
また絶望する。
また――――
『――――何でそんな風にいられるの!?何で笑っていられるの!?何で――――』
『そう言う風に生きたいからに決まってんだろ!』
「!」
私は体の奥底から何かが訴えかけてくるのを感じた。
彼との会話で、彼を眩しく思えた瞬間でもあったあの言葉を思いだして。
私はどう言う風に生きたいの?何をしたいの?
また絶望したいの?
誰かに憐れんでもらいたいの?
慈しまれたいの?
愛されたいの?
――――違う。
どれも私の望みに近いようで、遠い。もう一度絶望したいに至っては完全に論外だ。
私が一番望んでいる事。
それは、彼のように笑って生きていく事。
辛いことや、嫌なこともある。でも、それをひっくるめて私の人生だと言いたい。私の全てだと言いたい。
そして、笑顔でそれを話せるようになりたい。
だから、私は失われた筈の力を取り戻し再び男に抵抗しながら、私が一番望んでいる事に近づくために、今望んでいる事をハッキリと口にした。
「離して!」
「ああん?」
私は言った。
たった今の一言を言うためだけに、どれだけの決意をしたのだろう。
それでも、今までみたいに絶望したくない。
だから、どれだけ小さな一歩でも、私は前に進む事にした。
今の一言は、私が初めて踏み出せた『自分で断る』と言う小さいなんて言葉じゃすまない程、小さ過ぎる私自身に出来る事だった。
「コイツ、いっちょ前に俺達に口答えしたぜ?」
「少し痛めつけてくか?」
「ああ、その方が後々楽だろう」
そんな会話をしながら男達は近づいてくる。
私は、怖いと思いつつも、もう逃げないために男たちを精いっぱい睨んだ。
「ああ?気にいらねぇな、その目……。あぁん!?」
そう言うと、一人の男が腕を振りかぶって私に殴りかかってきた。
迫って来る拳がやけに遅く感じられ、思考が加速するのが分かる。
やっぱり意味が無かった。
私が決意をしたとしても、それは所詮決意でしかなくて、世界に及ぼす影響なんて何一つない。
でも、私は後悔していない。
最後でも私がこうして決意出来た事は。
……いや、一つだけあった。
それは、彼に謝る事。
本当は友達と言ってくれて嬉しかった事。勝手に決め付けて突き放した事。
そして……彼の最後の問いかけに、答えられなかった事。
もっと早く、彼に会っていたならどうなってただろう?
今とはもっと違う人生を歩んでいけたのかな?
私はそっと目を閉じ、殴られる衝撃に備えた。
しかし、男の拳は私に届く事は無かった。
「ぐぎゃっ!?」
バギッ!
私に備えていたような衝撃は来る事無く、そんな盛大に何かが砕ける様な音がしたと思うと、物理的な衝撃じゃなく、精神的に衝撃を受ける声が聞こえて来た。
それは――――
「俺の友達に手出そうとしてんじゃねぇよ!」
――――紛れも無く……私に決意する勇気をくれた、初原一真の声だった。
長くなり過ぎました……。