第15話 諦めない
「マジでどうしよ……」
昼休み時間、俺は教室の机の上に弁当を広げ、頭を抱えていた。
「また駄目だったのか?」
そんな俺の様子を見て、前の席の広樹が弁当を抱えながら椅子ごと後ろに向いた状態で声をかけてくる。
「ああ……全然駄目。俺も頑張って話しかけてるんだけど……」
俺がさっきから頭を悩ませている問題は、チームを組んで決闘に参加する事になったルル・ウェルムクロの事である。
ローランドとはすぐに友達になれ、普段でも話す事が出来る間柄になったにもかかわらず、ルルに関して言えば話しかけても素っ気なく返される始末。
お陰様でもう決闘は明日だよ……!
「マジでヤベェ!俺少しでも戦い方身につけてないと即死なんだけど!」
「体育館でやるんだから大丈夫だって。……攻撃が当たれば痛いだろうけど」
「ボソッと嫌な事言うんじゃねぇよ!」
しかし、俺は少しでも長く相手と戦えるようにするため、ローランドから軽く戦い方についてはレクチャーを受けている。
……まあ、結果的に言えば初っ端に相手に攻撃させる前に、俺が攻撃するって言う単純かつ特攻必至の戦い方に決定した訳ですけど。
そんなやり取りをしていると、購買で昼食を買ってきたローランドがやって来た。
「すまない、待たせた」
「おう」
ちなみにローランドは広樹ともすぐに打ち解け、二人目の友達となっている。
口調もまだ固いが、だいぶ口数も増えて来たと思う。
「二人は何時も弁当だな」
ローランドは席につきながらそんな事を言う。
「まあ、学食で食べたり、購買で買ったりするのには金がかかるからな。それに対して弁当なら、学園側が食材代まで負担してくれるからタダ同然だし」
「まあな。この学園って何気に貴族出身の奴が多いから、自炊の練習がしやすいようにそう言った制度がとられてるらしい」
「自炊の練習?」
「おう。ローランド、基本貴族って飯は自分で作らず、料理人が作る。そうだろ?」
「ああ」
「そんな生活ばかりじゃなく、自立するという意味も込めて、自炊の訓練をさせるんだ。WPPに入隊したら、貴族がどうとか言ってられなくなるしな」
「確かに俺も貴族であり、自炊は普段はしないな」
「普段は?」
「ああ。暇があったり、気が向いたとき程度に趣味の一環として時々作る」
「……趣味は読書だけじゃないのね」
「趣味が一つで無くてはいけない決まりは無いだろう?」
「まあね」
そう言うと、俺は今朝作った卵焼きを口に入れた。ちなみに今回は塩味である。
俺は塩でも砂糖でも出汁でもイケるタイプなのだ。食えるなら色々な味を体験したいしね。それにしても……美味いな。軽く自画自賛してみる。
「一真、もう試合の順番を決めなければ。明日だからな」
「そうなんだよねぇ……」
「この際、ウェルムクロは放置するしかあるまい。無理に話しかけるのもどうかとも思うしな」
ローランドはそう言うが……どうも俺は納得できない。
確かに決闘が明日に控えている今、もう話しあいだとか作戦だとかそんな段階はとうの昔に通り過ぎてしまった。
でも、俺がこうして性懲りも無くルルに話しかけるのは、何も決闘のためだけじゃない。
「……頭では分かってるんだけど……。どうもルルって放っておけないんだよなぁ」
ミニハンバーグを口に入れ、ご飯を食べた後にそう言う。
すると、広樹は苦笑いした。
「お前……まるっきり中学の時と同じじゃねぇか」
「え?」
「綾花やメアリー達にお前が執拗に構ってたじゃねぇか」
「あー……」
そう言われれば……。
しかし、懐かしい名前が出てきたなと思う。
綾花もメアリーも、中学2年の時に引っ越していった友達の名前だ。時雨達は幼馴染だが中学は違うので、綾花達の事は知らない。同じ中学だった美佳は知ってると思うけど。
それにしても……何でか知らんが、俺の周りは引っ越しをする奴が多いなぁ、と改めて思った。
メアリーは家庭の事情でって聞いてるけど、他の皆はどう言った理由で引っ越したのか俺は知らない。まあ引っ越しなのだから家庭の事情なのは一緒だろう。
しかし……偶然?にしてはどうだろうとも思う。一斉に何人かが転校したし。
「ふむ……その綾花やメアリーと言った者達は一真の友達か?」
「おう。二人とも俺の中学の頃の友達だ。あ、今度機会があれば、広樹やローランドに俺の幼馴染を紹介するよ」
「マジ!?お前幼馴染なんていたのか!?」
「おう」
「美人?美少女?」
「え?うーん……久しぶりに再会した時はスゲー綺麗になってたなぁとは思ったけど」
「死ねぇえええええええええ!」
「ぐえっ!」
俺は何故か知らんが広樹に首を思いっきり絞められた。
「美少女の幼馴染だぁ!?テメエはラノベの主人公か!?一体何本フラグをたてれば気がすむんだよ!フラグ回収する気あんのか!?ああん!?」
「知るか!大体ラノベ主人公って何だよ!」
俺は広樹の手から逃れ、息を整える。
そして、残りの弁当を急いで食べると席を立った。
「ごちそうさまでした!俺はもう一度ルルに話しかけてくるからな!」
「ったく……。つか、お前も懲りねぇなあ……」
「一真、もう別に行かなくてもいいぞ?」
「大丈夫!少しずつ心を開いてもらってる気がするから」
「本当か?じゃあ少しルルとのやり取りを聞かせてくれよ」
えー……せっかく立って、移動しようと思ったのに……。
しかし、今教室にルルがいない事もあり、仕方なく俺は再び席について今までのやり取りを教えた。
……決闘まであと六日。
『お~い、ルル!』
『……何?』
『いや~、決闘の事について話したいと思ってさ!』
『……それなら興味無いって言った』
『まあまあ、そう言わずに!』
『……帰って』
……決闘まであと五日。
『お、こんなところにいたのか!』
『……どこにいようと私の勝手』
『でも探すこっちの身にもなってくれって』
『……私は貴方に用事は無い。帰って』
……決闘まであと四日。
『ルル~』
『……気安く呼ばないで』
『そうつれない事言うなよ。友達じゃん』
『……私は貴方と友達になった覚えは無い。帰って』
……決闘まであと三日。
『お~い!』
『…………』
『お~いってば!』
『……邪魔。帰って』
……決闘まであと二日。
『今日は話しあいに参加してもらうぞ!』
『…………』
『あ、ちょっ……どこ行くの!?話しあい!話しあいしようぜ!』
『…………』
『え、無視?』
…………。
「と言う感じです。やり取り終了」
「お前嫌われてね!?」
「あ、やっぱり?」
「しかも確信犯だと!?」
俺の説明を聞いて、広樹もローランドも顔が引きつっていた。
「今日が決闘まであと一日……つまり、最終日と言う訳だ」
「うん、わかってる……わかってるけどお前はもうルルに会うな!」
「何で?」
「嫌われてるからに決まってんだろ!?」
「そう言うなよ。これでも頑張ったんだぜ?」
「認めるから!お前の頑張りは認めてやるから!もう諦めろ!な!?」
何故広樹はそんなに必死になるのだろう。
「聞いててこっちが悲しくなったんだよ!」
さいですか。
「だが……一真の話しを聞いてると、やはりもう諦めた方が良いと思うぞ」
「えー……ローランドも?」
「最後の無視に至っては、一真は完全に眼中から外されてしまっている訳だろう」
「え、マジ?それウケるんだけど」
「逃げるな!現実見つめようぜ!?」
俺は何時だって現実と向かい合ってるよ?
「でも俺はどんだけ嫌われてもいいよ」
「え、お前ってMの気があんの?」
「違うわ!」
「なら何で?お前とルルって全然接点ないだろ?中学の時も思ったけどよ……何でそこまで他人に干渉すんだ?」
広樹は本当に意味が分からないと言った様子で首を傾げた。
「さあ?なんか放っておけねぇんだ。……あんな表情されちゃあな」
「え?」
「……いや、何でもねぇよ」
俺は初日にルルの部屋を訪れた時の事を思い出した。
何かを諦めたかのような……それでいて、寂しくて辛い……そんな表情を。
「取りあえず、やり取りはさっき言った通りだ。俺はルルの所に行ってくるぞ」
「え、ちょっ――――」
「……一真」
広樹が何かを言おうとした時、ローランドが静かに口を開いた。
「ん?」
「ウェルムクロの事……頼んでもいいか?」
「ああ」
「えええええええ!?」
俺の返答を聞いて、広樹は声を上げた。
「ローランド!お前一真の話聞いてたか!?メッチャ嫌われてんじゃん!それなのにまだルルの所に行かせるのかよ!?」
「一真が行きたいと言っているんだ、仕方が無いだろう」
「でもよ……」
「それに、俺もウェルムクロの事は気になる。……俺とは違い、彼女は家庭内でも酷く辛い思いをしただろうからな」
「……」
「だから一真。完全にとは言わない。ウェルムクロの心に……少しでもいいから、ウェルムクロに光を与えてやってくれ」
そう言うローランドの瞳は真剣だった。
同じ落ちこぼれで、周囲から色々と言われてきた彼は、ルルの気持ちも理解できるのだろう。
そして、ルルはそんなローランド以上に辛い状況にいるらしい。
……そんな話を聞いて、俺は放っておけるほど腐って無い。
偽善?独善?我儘?いくらでも言えば良い。どんなに罵られたっていい。
俺は確かに普通を望む。ひっそりと、面倒事にも巻き込まれず、小さな幸せの中で生きる――その気持ちは誰よりも強い。
でも、女の子が辛い思いをしてるのに、それを放っておいて俺は普通に生きていく。
普通を望む俺からすれば、普通の選択だろうな。
一般的に考えても、誰もが面倒事に進んで首を突っ込みたいとは思わないだろう。
人間は自分を優先的に考えるのが普通だと思う。
でも――――それが普通の人間だとしても、そんな男にだけはなりたくねぇ……!
だから、俺もローランドの目を真っ直ぐ見て答えた。
「任せとけ!」