第13話 女子寮にて
先生が去って言った後、クラスメイト達は各々に解散して行った。
そんな中で、俺は不本意ながら決闘に参加する事になってしまったので、ローランドとルルに接触して、決闘の事について話し合おうとした。
でも――――
「……あれ?いなくね?」
そう、もう二人の姿は無かった。
「お前が探してるローランド達なら帰ったぞ?」
辺りを見渡している俺に、そう背後から声をかけて来たのは、広樹だった。
俺の近くまでやって来ると、広樹はしみじみと言う。
「いやぁ……しかし災難だったな?一真」
「まったくだよ……」
俺は深く溜息を吐き、肩を落とす。
「俺、どう足掻いても決闘の内容が一方的過ぎる虐殺の未来しか見えないんだけど」
「そりゃ気のせいだ」
そうか。気のせいか。
……。
「……んな訳あるかっ!」
「ハハハハハ!」
俺の渾身のツッコミに広樹は声を上げて笑う。この野郎……。
「お前からすれば面白いかもしれないが、俺からすればとんでもない問題なんだぞ?」
「分かってるよ。確かに、フィリップの連中とお前みたいな落ちこぼれじゃ勝負は目に見えてるしな」
そう、どんなに頑張っても俺は勝てないだろう。
考えても見てくれ。俺はジャンプしても1mすら飛べない普通の一般人。それに対して、フィリップたちは身体強化の魔法を使えば5mは優に飛べる上に、上級魔法の様なとんでもないモノまである。
…………勝てると思う?
更に言えば、学園側から恐らく一般級の古代遺物を貸し出される可能性もあるが、俺は一切使えない。一方、フィリップたちはレーザー放ったり、そこら辺を火の海にしたりするようなトンデモ兵器、古代遺物を使いこなせる。
…………勝てると思う?
「無理だろ……」
俺は思わず頭を抱えた。
そんな俺の様子を静かに見ていた広樹は、俺にさらなる情報をくれた。
「あ、ちなみにフィリップの取り巻き連中もかなり強いぞ?」
もう嫌だあああああっ!
俺の勝てる確率ゼロだよ!勝てねぇよ!いや、俺が勝てなくても残りの二人が勝ってくれればいい訳なんだが……あの二人のやる気の無さっ!絶対無理だろ!?
……まあ俺もやる気が無いので人の事を言えないんだけど。
「あ、でももしかしたら、負けてもペナルティ無いかも」
そう、先生は負けた場合と勝った場合の条件を何一つ提示していない。
つまり、これは負けてもいいという事では……!?
「ちなみにこの学園の決闘で負けると、敗者はボルティーナ先生の特訓フルコースが待ってるって最近では有名らしいぞ?そのせいで決闘する生徒が近年全然いないんだって」
「………………よーし、勝てる方法探そうか」
うん、先生の特訓フルコースとか死亡臭しかしないもん。俺、まだ死にたくないし。
「しかし、勝つんだったら二人の協力が必要だよなぁ……」
「そうだな。お前が勝てる確率は限りなくゼロに近いだろうからな」
いや、ゼロに『近い』んじゃなくて、ゼロなんです。
「まあ、お前が二人に接触して、作戦とかを一緒に考えたいってんなら、二人の寮の部屋、教えてやろうか?」
「……何でそんな事知ってんの?」
「そりゃあ、企業秘密?」
意味が分からん。怖いわ。
「つか、ルルは女子寮だろ?男子は入れないんじゃないか?」
「まあ普通ならそうだけど、決闘とかそう言った大事な事柄で女子寮に訪れたんなら、その旨をしっかり管理人さんに伝えれば通してもらえるぞ?」
「へぇ……」
「ほら、ここが女子寮だ。ローランドの部屋の番号も一緒に書いといてやるよ」
そう言うと、広樹はポケットから紙とペンを取り出し、寮の場所と部屋の番号を書いてくれた。
てか、何でそんなモノをポケットに入れてんだ?
「ほらよ。ちなみに女子寮に入るにしても、遅い時間だったら大事な用件でも入れてくれないから気を付けろよ」
「マジか。まあ、サンキュー。今から行ってみる」
俺は広樹に礼を言うと、体育館を後にした。ホント……何であんなに色々な情報知ってんだ?
●○●○●
「これでいいですか?」
俺――前田広樹は一真の背中を眺めながらそう呟いた。
「ああ」
すると、周りには誰もいない筈なのに、声が聞こえて来た。
「はぁ……一体何を企んでるんですか?――――ボルティーナ先生」
「フン。貴様が知る必要は無い」
そんな声と共に、突然俺の目の前に去っていった筈のボルティーナ先生が現れた。
「知る必要が無いって言われましてもねぇ……気にするなと言う方が無理でしょ?女子の部屋の番号まで教えるなんて……何を考えてるんですか?」
そう、俺は去った筈のボルティーナ先生からルルとローランドの部屋を一真に教えて欲しいと頼まれていた。
いきなり頭にボルティーナ先生の声が聞こえた時は軽くビビったが、凄腕の魔法使いならテレパシーの様なものを飛ばせるという事を思い出し、先生なら出来るだろうと納得することで驚きは収まった。
事実、先生はとんでもない魔法使いでもある。
こうして目の前で気配を感じさせる事も無く現れる位なのだ。
ただ、一真が去っていった時、わざと気配を一瞬出すことで、俺に存在を気付かせるという事までしてきたのだ。
「……そこまで気になるのなら、教えてやろう」
「……」
「私が楽しむためだ」
「理不尽ですね!?」
先生、恐ろしいわ。つか、一真が不憫過ぎるッ……!
つまり、一真が決闘に参加する事になった理由は、先生自身が楽しむためだと言ってるのだ。
「まあ、ローランドもルルも実力があるのは間違いない。それに、私情でフィリップの態度が気に入らなかった。傭兵時代であれば、即刻殺していただろうな」
怖っ!?先生怖すぎっ!テロリストじゃなくて、先生を捕まえなきゃいけないんじゃないの!?この人考え方デンジャラス過ぎるッ!
「だが……一番の理由はアイツがどう化けるか……それをこの目で確認するためだろうな」
「?」
俺は先生の言ってる事の意味が分からず、首を傾げた。
アイツ?化ける?
すると、先生は再び踵を返して歩き出した。
「さて……貴様もとっとと帰るなり遊ぶなりするがいい。これで私からの頼みは終わりだ」
先生は最後にそう言うと、その場から風景に溶け込むように消えていった。
…………。
「……この学園人外多くね?」
俺は思わずそう呟いてしまった。
●○●○●
「ここか……」
俺こと初原一真は女子寮の前に来ていた。
基本的に男子寮も女子寮も外装・内装共に大した差は無い。強いて挙げるなら、警備の質だろう。
男子寮に忍び込んで何かしようって考える輩が出るにしても、そこは男子寮であるため男子しかいない。誰が好き好んで野郎しかいない所に飛びこむと思う?……探せばいるかも知ればいが、ごく少数だろう。
だが、女子寮に侵入者となれば、話しは変わってくる。
男子の中にもクラフェイアで言う有力貴族の子息が入学していたりするが、それ以上に貴族の女子に何かあった時の方が数倍ヤバい。だから女子寮の警備は男子寮より厳重だった。
「さて、管理人さんとやらに事情を――――」
「何者だ、貴様っ!」
「へ?」
いきなり声をかけられた。一瞬俺では無いと思ったが、周りには俺以外誰もいないので絶対俺だろう。
辺りを軽く見まわすと、一人の警備服に身を包んだ人間が目に入る。
その人物は、誰が見てもビックリする様な速さで、100m位離れていた筈の俺に一瞬で近づいた。
「ええっ!?」
「問答無用!成敗っ!」
問答も何も、俺なんも言ってねええええええっ!
……という思いも虚しく、俺は簡単に警備服に身を包んだ人間に組み伏せられた。
「ぐっ!」
「大人しくしろ、この腐れ外道っ!」
酷くね!?俺なんもしてないのに凄い言われようじゃね!?
俺は組み伏せられた体勢だが、視線だけを動かし、俺の上に乗る人物を確認することに成功した。
警備員の帽子の下から水色の髪の毛がポニーテール……だったかな?が覗いている。
何とか確認できた俺を組み伏せている人の顔は、どこか生真面目そうな凄い美人さん。年齢は俺より少し年上くらいだろう。それこそ、大学一年生?とかそれくらい。
……つか、何だか最近美人や美少女、イケメンしか見てない気がする。
でもまあとにかく、警備員の服に身を包み、腰には警棒がさしてある。
うん、完璧に女子寮の警備員さんですね。
「フフフ……残念だったな!貴様の野望はこの私が潰したぞ!」
「いや、あのですね……」
「黙れ!」
えぇ……しゃべらせてくれねぇ……!
「ちょっ……お願いです!一旦話しを聞いてください!」
「む、なんだ?」
いや、聞くのかよ!自分で言っておいてなんだけど、さっき全然聞く耳持たなかったじゃん!?
「俺は女子寮にいる知り合いに大事な用があって来たんです!」
「破廉恥だな!」
「何でだよ!?」
会話が成立しねえええええええええ!
「だから話しを――――」
「黙れ!この色欲魔人が!」
「もうこの人イヤっ!誰か!誰か話しが分かる人とチェンジ!チェンジしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「あら?どうしたんですか?」
俺が謎の警備員に組み伏せられ騒いでいると、どこかおっとりした調子の声が聞こえて来た。
「ぐえっ!」
「!これは管理人殿!お疲れ様です!」
すると、さっきまで俺を組み伏せていた筈の警備員は俺の上で敬礼をする。く、苦しい……。
「あらら?そちらの方は?」
「ハッ!この女子寮付近を、息を荒げながら徘徊していた救いようのない社会のゴミです!」
「話しを捏造されてる上に、何でこんなにボロクソ言われてんの!?」
踏まれて苦しいが、これだけは言わなきゃ俺の社会的信用が地に落ちるっ!俺の普通が消え去ってしまう!
「あらあら。駄目よ?ジョアンナちゃん。その人はお客さんよ?」
「し、しかし……女子寮に近づくようなふしだらで色欲の塊の様な輩が……」
「ねえ、君。俺に何か恨みでもあるの!?」
さっきから酷い言われようだな!?
しかし、新たに登場した人物のおかげで、謎の警備員は俺の上から退いた。
「大丈夫ですか?」
「ど、どうも……」
手を差しのべられて、初めて登場してきた人物の顔を見る事が出来た。
……なんと言うか、本当にクラフェイアには美男美女しかいないんだろうか?
またもや現れたのは、たれ目気味のほんわかした優しい雰囲気の美女だった。
クリーム色のウェーブのかかった長髪。瞳は優しいブラウン。成人女性の平均身長位だが……なんと言うか、破壊力のある体つきをしているとだけ言っておこう。
「ほら、ジョアンナちゃん。謝りなさい?」
「む、むぅ……」
優しげな雰囲気の女性に助けられながらも立ちあがると、そのまま謎の警備員にそう促していた。
「その……先程はすまなかった」
「あ……だ、大丈夫ですから!顔を上げてください!」
いきなり頭を下げた女性に俺は慌ててそう言った。
「そ、そうか」
女性はすぐに頭を上げると、最初とは違い、雰囲気を和らげてそう言った。
「ふふっ。仲直り出来たのね?」
そんなやり取りを眺めていた優しげな雰囲気の女性はそう言うと、こう切り出した。
「さて……私はこのアスターク学園の女子寮を管理させてもらってるシェリエル・フェリステアです。それで、貴方は?」
「お、俺は初原一真です」
「初原……一真さん……ああ!英雄さんの息子さんね?」
「え?親父を知ってるんですか?」
「ええ、当たり前よ。WPPのトップじゃない」
「未だに信じられませんけど……」
俺は思わず苦笑いした。
「まあまあ。……ほら、ジョアンナちゃんも黙ってないで」
「わ、分かりました……!」
すると、優しげな雰囲気の女性――シェリエルさんは謎の警備員を急かす。
「私はジョアンナ・ルギオルナだ。この女子寮の警備を担当している」
でしょうね。
「こうして自己紹介も終わったわけですけど……一真さんはこの女子寮に何か用が?」
シェリエルさんにそう言われて、俺はここに来た目的を思い出した。
「そうでした……実は――――」
俺はボルティーナ先生の決定で決闘をする事になった事と、それで一緒のチームになったルルに作戦なんかを決めるために話し合いがしたいと言う旨を伝えた。
「成程……分かりました。それなら女子寮に入る事を許可しましょう」
「有り難うございます!助かります!」
俺がそう礼を述べると、ジョアンナさんがどこか鋭い雰囲気で言い放つ。
「一真……と言ったか?分かってるとは思うが……女子寮で不埒な真似をしたら――――」
そこまで言いかけると、ジョアンナさんは右手を横にかざし、手元に光の粒子を集束させ、巨大な剣を一瞬で召喚すると、それを俺の首元に突きつけた。
「この剣の錆にしてやろう」
俺は無言で首を何度も縦に振った。
そんな俺の反応に満足したのか、ジョアンナさんはすぐに突きつけていた巨大な剣を消す。
恐らく古代遺物だろう。美佳みたいに小さくして持ち運ぶのが普通だが、上級者は異空間にしまって持ち運ぶらしい。
この事から分かる様に、ジョアンナさんは実力者だと言う事がこれで分かった。……まあ組み伏せられた時点でそうだとは思ったけど。
「そ、それじゃあ……行ってきます」
俺はそう言うと、そのままルルのいるであろう部屋へと向かった。
●○●○●
「ここであってるよな?間違ってないよな?」
俺は一つの部屋の前で何度も手元の紙の番号と、部屋に書かれた番号を確かめていた。
こんな事をする理由は単純。これで間違って他の女子の部屋をノックしたモノなら、気まずさマックスだろう。
それに、そんな間違いを犯したとあれば、あのジョアンナさんが弁明すら聞かずにあの大きな剣で俺を切り飛ばしそうなんだもん。
結局、何度も確認した結果、番号はあっているので、俺は深呼吸するとドアをノックした。
深呼吸にたいした意味は無いが……あえて言うなら緊張してるとかじゃなく、ジョアンナさんに斬り飛ばされるイメージが浮かんだのを振り払う意味合いが強かった。
ノックして、しばらくすると部屋の中から声が聞こえた。
「……だれ?」
「あ、俺だ。オレオレ」
「……詐欺なら間にあってる」
そう言うと、部屋の鍵がしめられる音が聞こえた。
「ちょっ!冗談!一真です!同じクラスの初原一真です!」
俺が必死にそう言うと、その必死さが伝わったのか、鍵が開く音が聞こえ、扉を少し開けてルルが顔を出した。
「……なに?」
「いや、一週間後に決闘があるだろ?それで順番とか、一緒に訓練とかしようと思って……」
「……興味無い」
いや、そう言う問題じゃ無くね?
「そう言うなって!決闘に負けたらあのボルティーナ先生の地獄の訓練メニューがかせられるらしいぞ?それだけは全力で避けたいからさ……」
「……興味無い」
「興味持って!じゃなきゃ俺死んじゃうから!」
そんな冷めた考えでいられたら困る。何でかって?俺が死ぬ。
「……そんな事私には関係ない」
「いやいやいや。負ければルルもメニューが渡されるんだぞ?」
「……どうでもいい」
うわぁ……マジでどうでも良さそうだ。
「……それで?それをわざわざ言うために来たの?」
俺が黙っていると、いきなりルルにそう訊かれた。
「え?いや、まあそうだけど……」
「……帰って」
「へ?」
「……貴方と話す事は無い。――どうせ、貴方も同じ」
「は?それってどういう――――」
ルルは、俺の言葉も聞かずに、言うだけ言うとドアを閉めてしまった。
「……えぇ……」
え、この仕打ちは何?酷くね?
いきなり閉められたせいで俺は呆然となる。
もう一度ノックして出てきてもらおうかとも思ったが、さっきのルルの表情が気になった。
『どうせ貴方も同じ』
その言葉を、小さいが、確実に俺に聞こえる声で呟いた時のルルの顔は、自己紹介の時や、最初に俺と話していた時の様な半眼気味の無表情では無く――――どこか悲しげな雰囲気を帯びていた様な気がした。
「うーん……気のせい、じゃないよなぁ……」
気になりだしたら止まらないが……多分もう一度ノックしても出てきてくれないだろう。
「仕方ない……出直すか」
どこかモヤモヤした気分のまま、俺はルルの部屋の前を後にした。