第12話 決闘
あの後、色々な教室を回った訳だが、先生の歩くスピードが速過ぎてよく見れていない。
図書室とか、職員室とか……基本的な教室は覚えられたのだが、会議室だの多目的ホールだの……普段生徒が使わない様な教室の場所は頭に入っていない。
そんな状態の俺達は、ボルティーナ先生の案内の下、体育館の中に入っていた。
「さて、ここが貴様等が今後多く使用する事になる体育館だ。まあ、【闘技場】と言った言葉の方がしっくりくるだろう」
嫌だなぁ……体育館が戦うための場所って……。
「貴様等の中には知っている者もいると思うが、この学園は生徒同士のトラブルを『決闘』と言う形で解決してもいい規則がある。故に、この闘技場もそれに伴う形で様々な機能が存在する」
ふーん。一見ただの体育館なのにな。あれか?体育館内の温度を常に丁度いい温度にするためにエアコンが完備されてるとかか?
「この闘技場での一番の機能は、この闘技場内でどれだけ攻撃を受けようと死ぬことは無いという事だ」
もう嫌、この学校。
「この空間内での攻撃は全て、肉体へのダメージに換算されるのではなく、精神に対すダメージへと変わる。致死レベルのダメージを受ければ、半強制的な形で気絶するようになっている。よかったな、貴様等。これで私の訓練を誰一人死傷者を出すことなく終える事が出来るぞ?」
先生、全力で帰りたいんですけど。
「フン。この闘技場の説明はこんなモノで良いだろう。今言った事が貴様等に大きく関係している事柄だろうしな」
そんな風にボルティーナ先生が言うと、一人の女生徒が挙手する。
「ん?質問か?許可する」
「あ、有り難うございます。えっと……この闘技場で決闘や模擬戦をした際に、この闘技場が荒れ果てると言う事は無いんでしょうか?」
あ、それは俺も気になった。
流石に美佳の様なミョルニル級の古代遺物を使う人間もこの学園に少ないとはいえ、確実に存在する。
そんな人間が広いとはいえ、体育館でドンパチ始めたら、一瞬でこの体育館は消し炭になるだろう。
「その心配はいらん。――気になるのなら、全力で各自魔法や個人所有の古代遺物の攻撃を放って見るがいい。貴様ら如きでは傷一つ付かないだろうな」
不敵に笑う先生を見て、クラスメイト達はムッとした表情になる。
「事実を言ってるだけだぞ?さあ、好きなだけ攻撃して納得するがいい」
先生がそう言い終えると、クラスメイト達は顔を互いに見合わせて、何らかの決意をした表情になるとそれぞれ行動を開始した。
「ハアアアアアアアアッ!」
「ウオォォォォオオオオ!」
「ドリャアアアアアアッ!」
「吹っ飛べぇぇええええ!」
燃え盛る業火、巨大な大木、凍える吹雪、荒れ狂う大波、迸る雷光、切り刻む大嵐……所謂上級魔法に分類されるであろう攻撃力の高い魔法が体育館内を埋め尽くした。
魔法ばかりで、何故か古代遺物を使用している人はいなかったが、それでもこれだけの上級魔法を一斉に受けた体育館は流石に無事では無いだろう。
広樹も皆にまじって魔法を唱えていたのだが、俺は何もしていない。だって攻撃手段が無いんだもん。
「はぁ……はぁ……」
「こ、これだけやれば……」
「ヘヘッ……体育館が大変な事になってるんじゃないか?」
皆それぞれの魔力を出し切り、息切れした状態だ。
一斉に魔法をぶっ放した周りは、煙でどうなっているのか分からない。
すると、フィリップの取り巻きにいた一人が、先生に言う。
「ど、どうだ!これでも体育館が無事だって言えるのか!?」
クラスメイト全員――俺やローランドとルル、そして広樹を除く――が先生に対して一斉に得意げな表情を向ける。
しかし、ローランドとルルはともかく、広樹まで冷めてるな。あんなに皆にまざって魔法をぶっ放してたのに。
俺は勿論魔法なんて使えないので無感情。
「……」
生徒達の表情を見て、先生は顔を伏せた。
恐らく、俺以外のクラスメイトは先生が自分たちの魔法を見て驚いていると思ったのだろう。全員表情がどこか晴れやかだ。
だが、そんな事は無く、所詮ただの妄想に過ぎなかった。
「――らん」
「へ?」
「話しにならんと言っている」
「「「!!!!」」」
先生の発した言葉は、どの生徒も予測できていない言葉だった。
「ただの上級魔法が使えるだけで得意げになるだけでなく、その上級魔法をたかだか数発放っただけで息切れを起こす。これを話しにならないと言わないでなんと言うのだ?」
あまりの言葉に、再びフィリップの取り巻きが食って掛かる。……フィリップは先生が怖いのか知らないが、ずっと大人しいな。
「いい加減にしろっ!上級魔法が使える事がどれだけ凄いのか分からないのか!地球では国の貴重戦力として丁重に扱われるような存在にだってなれるんだぞ!どうせ、体育館が傷ついた事を誤魔化す為に言ってるだけに過ぎないんだろ!?見ろ!こうして体育館はボロボロじゃないか!」
そんな言葉を受けても先生の態度は変わらない。
「貴様等はとことんクズで雑魚なようだな。上級魔法が使えて国の貴重戦力?馬鹿か。それは地球の話しであって、クラフェイアではただの雑魚と変わりない。それに誰が闘技場が傷ついていると言った?」
「はあ?何を言って――――」
取り巻きはそこまで言いかけて気付いた。
徐々に煙が晴れていき、その先に映った景色に。
「う、嘘だろ……」
「あ、あれだけの魔法をぶっ放したのに……」
「き、傷一つ付いてない……」
そう、体育館に傷は一切付いておらず、最初と同じ状態だった。
「だから言っただろう?貴様等に傷を付ける事は出来んと」
ボルティーナ先生はそう言うと、再び不敵な笑みを浮かべる。
「いいか?こうするんだ」
先生は右足を軽く上げると、そのまま床を軽く踏み鳴らした。
ズドンッ!
その瞬間、体育館全体が大きく揺れ、先生を中心に巨大なクレーターが作られた。
「これが正しいダメージの与え方だ。分かったか?」
どうしよう、全然わからん。
「それと、このクレーターは勝手にこの闘技場が修正してくれる。ほら、もう始まった」
先生に言われて、全員先生の足もとに注目する。
すると、さっきまで先生の足もとに出来ていた巨大なクレーターが徐々に埋まりつつあり、そして最後には完全に元通りになった。
「さっきのこの空間内では死ぬことが無いと言ったように、この闘技場には特殊な効果がある。だから、どれだけ暴れ回ろうと壊れることなく修復されていく。分かったか?」
「は……い……」
質問した女生徒は、あまりの出来事に返事が小さくなっていた。
それ以前に、先生がクレーター作った事に対してまず驚愕し、更にその後を体育館が修復すると言った現象に驚愕させられた俺達は何だか疲れていた。
先生、アンタ人間じゃないでしょ。
「さて、他に質問は無いか?」
先生はそう言いながら一度俺達を見渡す。
「フン。最初からそれくらい素直ならいいのだ。――それで、フィリップ。発言を許可しよう」
「へ?」
「言いたい事があるんだろう?今なら受け付けてやる。否、今以外決して受け付けない」
先生の突然の発言にフィリップは戸惑ったが、すぐに気を取り直すと先生に言った。
「先生、僕は今回のアスターク学園に入学している生徒について不満を感じております」
何かメチャクチャ丁寧な言葉遣いになったな。
「ほう?何が気に入らんのだ?」
「同じクラスに僕と同じ家柄とは言え、落ちこぼれであるアイツが入学出来ている事です!」
フィリップはそう言うと、ビシッ!とローランドのヤツを指さした。
「アイツはグラントーク家の恥!落ちこぼれの欠陥品なんです!他にも、よく見ればウェルムクロ家の忌子までいる始末……。入学式にさえ来ていない生徒までいるんですよ!?一体どう言う事だか説明を願いたい!」
うわー……そんなに否定しなくても。……ただ、入学式に来ていないのは俺の幼馴染なので……その……ゴメンナサイ。
「フン。くだらないが……まあ良い、教えてやろう。それは、ローランドが優れているからだ。――お前よりな」
「なっ!?」
フィリップは先生の言葉に目を見開く。更に、言われた本人であるローランドでさえ目を見開いていた。
「ローランドだけで無いぞ?ルルも十分素質がある。だから、学園側からこうして入学してもらえるように手配したまでだ。入学式に来ていない者については、私の関知するところでは無い」
スミマセン、来ていなかったのは俺の幼馴染です。
「理解出来ないっ!ローランドが優れてる!?馬鹿げた事を言いますな、先生!ローランドは才能が無く、劣っているからこそ世間で『欠陥品』のレッテルが貼られているんだ!そんな……そんな雑魚にこの僕が劣っている訳ないだろ!?」
「そこまで言うなら決闘するか?」
「!!!!」
先生の一言にフィリップは完全に固まる。
「そこまで言うのであれば、決闘をして貴様が上だと言う事を証明するがいい」
「……」
「何だ?決闘と言う言葉を聞いて怖気づいたか?」
先生、メッチャ楽しそうですね。だって顔が満面の笑みだもん。
「――――か」
「ん?」
「やってやろうじゃないですか!」
そしてフィリップも挑発に乗ったああああっ!少しは冷静になれよ!先生メチャクチャ楽しそうじゃん!?からかわれてるんだぞ!?
先生、何でそんなに楽しそうなんですか!?普通トラブルを未然に防ぐものでしょう!?何で誘発させてんの!?
「よし。――――ローランド。貴様はこのフィリップと決闘をしてもらう」
「待ってくれ。俺は別に――――」
ローランドが先生に対して抗議しようとした瞬間だった。
「いいからやれ。命令だ。受けないのであれば――――死ね」
「っ!!」
瞬間、辺りの温度が急激に下がった気がした。
ナニカに襲われるような感覚――――クロムと対峙した時と同じ感覚だった。
これが……恐らく殺気と言うヤツだろう。
その殺気を直接浴びせられているローランドの額には、びっしり汗が浮かんでいる。
……うん、先生コワイ。
「……わかり……ました……」
やっとの状態と言った感じでローランドがそう言うと、ふと周りの雰囲気が一気に和らいだ。
「初めからそう言ってればいいんだ」
いや、誰だって決闘とか嫌でしょ?え、それを強制してくるんだから、誰だって断りたくなるでしょ?もう俺達の人権は無いんでしょうか?
「人権は無い。つまり、拒否権など存在しないのだ」
心読まれた!?……いや、大丈夫だろう。たまたまだ、たまたま。偶然だ。
「さて……ローランドとフィリップの決闘は決まったが……面白くない」
面白さなんていりません。
「さっきフィリップはルルも落ちこぼれの忌子だと言ったな?」
「え、ええ」
「なら、ルル。貴様も決闘に参加しろ。フィリップ。貴様の取り巻きを含めて2対2での決闘でどうだ?」
「ぼ、僕は構いませんが……」
何だか気まずい様子でフィリップがそう言うと、ルルは半眼のまま抗議する。
「……私、どうでもいいんだけど」
「貴様がどう思っていようが関係ない。決定事項だ」
「……」
はい、早速拒否権の拒否を執行してきましたっ!
「よし、これで2対2で決闘を……いや、面白くないな」
まだ面白さを求めるんですか!?
「2対2の試合では、圧倒的にフィリップが有利だろう。何せ、常に一緒に行動してるだろう?貴様等」
「まあ……」
「俺、フィリップさんについて行くッス!」
「自分もッス!」
舎弟かよ。
「そんな貴様等が組んだチームと、互いを全く知らないチーム……どちらが強いかなど、一発で分かるだろう」
「……」
「そこで、1対1に形式を変更する。ルルも絶対参加だ。しかしそれでも片方が勝って、片方が負ければ引き分けになる。だから――――」
…………あ、あれ?何だか凄まじい程嫌な予感がするんですけど……。
「――――初原一真。貴様も決闘に参加しろ。拒否権は無い。絶対だ」
…………。
…………ねぇ、泣いていい?
「貴様は魔力もなければ適性値もないらしいな」
先生!?なにサラッと俺の情報流してんですか!?
ほら、見ろよ!クラスメイト……まあ広樹は知ってるから普通だけど、それ以外が驚いた表情でこっち見てるよ!?『何でそんな奴がこの学園にいるの?』ってもろに目が語ってるよ!?
「フィリップは取り巻きを含めて3人。貴様がローランドのチームに入れば丁度いいだろう?」
丁度いいとかそういう問題じゃねぇよ!……と言いたいけど怖いので言えない俺ですけど?
「な、何で俺なんでしょうか?」
何とか絞り出して言えた言葉がそれだった。
「そんなの、落ちこぼれVSフィリップ達と言う戦いだからだろう?貴様程落ちこぼれのどん底を突き進んでいる奴など、私は他に知らん。そんなお前を使わないでどうする?」
……落ちこぼれって自覚してますけど、そんな真正面から言われると軽くへこむ。しかも理由が残酷だ。
「――よし、貴様等はとにかく決闘をしてもらう。チーム形式と考えていいが、3回試合を行い、2回以上勝った方が勝利だ。決闘の期日は今から1週間後。それまで両チームは誰から戦うか話しあったり、作戦を練るなりするがいい」
ヤベェ……話しがどんどん進んで行くぜぇ……。
「今日は学園を見た後は放課となる。貴様等がどうそのわずかな自由時間を過ごすかは知らんが、せいぜい気を抜き過ぎないようにしろ。ではな」
先生は伝える事だけ伝えたと言った感じで、そのままどこかへ行ってしまった。
俺は平凡な日々を過ごしたいのに、何で世界と言うのはこうも残酷なのだろう。
俺をとことん普通から遠ざける。
落ちこぼれなだけでなく、いきなり武術の名門とか言うグラントーク家の奴等との決闘に巻き込まれる……。
俺に平穏は訪れないのだろうか?
…………まあ、どちらにせよ、今回は何が何でも決闘に参加しなければいけないらしい。じゃなきゃ殺されるんだぜ?
だったらせめて……せめてこの一言位は言わせてくれ。
「どうしてこうなったっ……!」