第11話 自己紹介
「着席しろ」
そんな鋭い声と共に教室に入室してきたのは、軍服を着た女性だった。
マンガの中にでも出てきそうな軍隊のベレー帽らしきものを斜めにかぶり、その下からは神々しい程華やかなウェーブのかかった金髪が腰まで伸びている。
紺色の軍服の胸元からは、今にも溢れだしてしまいそうな豊満な胸、足はスラリと長く、歩くたびにブーツの「カツカツ」と言う音が教室に響いた。
目にはサングラスをかけ、口には葉巻をくわえている。
女性にしては高身長のその軍服の人は、教壇に姿勢よく立つとこう切り出した。
「私が貴様等をこの3年間でみっちりと鍛え込む事になったボルティーナ・サンダレアだ。この学園では、担任は3年間変わる事が無い。クラス替えも存在しない。つまり、貴様等はこのクラスのメンバーで過ごしていく事になる。泣いて喜ぶがいい、貴様等を3年間でWPPでトップを走れるレベルまで鍛え上げてやる」
うわお、口調まで厳しいですな。
なんと言うか……先生と言うより、鬼教官や鬼軍曹って言葉が当てはまりそうな……。実際軍服着てるし。
しかし、俺はなんて運が無いんだろうね。この調子だと俺の落ちこぼれっぷりからこの先生に特別メニューでも渡されそうだ。しかも、クラス替えが無いんだってよ?泣けるね。
残念だなぁ……サングラスで目元が分からないけど、凄い美人なんだろうなぁ……。まあ、どんな恰好をするのも人の勝手だしな。でも葉巻は止めて欲しい。教室が煙たくなりつつある。
どこか見当違いなことを考えていると、広樹が少し席を後ろに倒して小声で話しかけてくる。
「あの先生、このクラフェイアでは超有名なんだぜ?」
「そうなのか?」
「世界ランキングの公式戦には一度も出た事無いらしいんだけど、実力で言えばトップ3には入るんだとか。元傭兵で、≪傭兵鬼≫なんて二つ名で呼ばれてたらしいぜ?」
おおぅ……何だか最近やけに実力が化物クラスの人間を見る気がする。気のせいだと思いたい。
俺と広樹の間でそんなやり取りをしている間にもボルティーナ先生の言葉は続く。
「本来であれば、貴様等の名前など聞く事は無いが、ここは一応学園なのでな。一人ずつ名を名乗ってもらう。こんな事で時間はとられたくは無い。廊下側の先頭から、迅速に始めろ。持ち時間は1分だ」
いきなりの自己紹介開始の合図に、先頭の席の人は戸惑う。しかし……意外と1分は意外と良心的かも。
「何だ?始めないのか?それとも、貴様には名前が無いのか?」
前言撤回。戸惑ってる事察してください、ボルティーナ先生。マジ怖いデス。
しかし、何とか立ち直ると、次々と生徒達が自己紹介を始めていく。
皆、名前と趣味や一言を言っていた。趣味なんか言ったら怒られそうな感じもしたんだが……案外大丈夫らしい。
ただ、早いペースで自己紹介が進んで行くので、中々クラスメイトの顔と名前が覚えられない。
それでも必死に頭を働かせて名前を覚えている時だった。
「次」
ボルティーナ先生が次の生徒に自己紹介を促すと、一人の男子生徒が立ちあがった。
サラサラの金髪に、どこか人を見下したような感じのするイケメン。
立ちあがった直後も、キザッたらしく髪をかき上げていた。
「僕の名前はフィリップ・グラントークだ。君達庶民は本来高貴な僕をお目にかかれる事さえ無いのだから……せいぜい僕を崇めるがいい」
何言ってんだコイツ。
「……グラントーク家のヤツだ。常に高慢な態度で厭味ったらしい事で有名なんだぜ?」
律儀にも広樹は俺に補足説明をしてくれる。
「お前の隣にいる奴もグラントーク家だが……グラントーク家は少し特殊で、当主が今は三人にいて、隣の奴とフィリップは所謂親戚みたいなものになるらしい」
「親戚?」
「ああ。ちなみにお前の隣のヤツは、グラントーク家だけじゃなく、世間全体で『欠陥品』なんて呼ばれてるんだ。だから、アイツの周りには誰も近づきたくなかったのさ。勿論最初に教えた近づきにくい雰囲気ってのもあるんだろうけどな」
欠陥品って……。酷ぇな。
そんな事を俺が思っていると、なにやらフィリップの隣の席の奴が騒ぐ。
「さっすがフィリップさん!格が違うッスね!」
「マジ尊敬するッス!」
取り巻きかよ。しかも意味が分からん。
「まあ、当たり前かな?――――ただ、一つ気に入らない事がある事以外は」
そう言うと、フィリップは途端に後ろの席――――俺の隣に座っている奴を睨みつけた。
「何故『欠陥品』がこの学園にいるんだ?」
うわー……堂々と『欠陥品』なんて言っちゃったよ。
「『欠陥品』のせいで僕はこうしてこのアスターク学園に入学することでグラントーク家の格の違いを見せつけようと思っていたのだが……何故貴様がいる?」
欠陥品と連続で言われている隣のヤツをチラリと俺は見た。
「……」
無言で本を読んでいた。
「何でだよっ!」
思わずツッコんでしまった。その瞬間周りが一斉にこっちに注目した。……恥ずかしい。
「ふん……何も言えないか。それもそうだろう。魔力も低ければ、適性値も全くない。何でこの学園にいるのかな?ボルティーナ先生、説明を――――」
ズガンッ!
フィリップの言葉を遮るかのように、凄まじい音が教室内に響き渡った。
皆音の発生源を確認すると……
「嘘だろ……」
「ち、チョークが……」
「有り得無くね?」
フィリップの机にチョークが突き刺さっていた。
「誰が持ち時間を超える自己紹介を許した?次は貴様の脳みそにこのチョークを突き立ててやろうか?」
「…………す、スミマセン」
どうやらチョークを机に突き刺したのは、ボルティーナ先生だったらしい。つか、何で机に突き刺さってんの?チョーク砕けてないし、机からは煙が出てるし。
「フン。言いたい事があるのなら、自己紹介の後に発言する権利をくれてやる。それまでは何が何でも私が許可しない限りは一切の発言を禁止する」
イエス、マム。俺に言った訳じゃないんだろうけど、そう言わなきゃいけない気がした。
「さあ、とっとと次の自己紹介に移れ」
そして、再び自己紹介が始まった。
しばらく早いペースで自己紹介が続いていると、一人の女子の番になった。
濃い紫色のショートヘア。同じアメジスト色の瞳を持つ目はどこか眠たそうで半分と閉じかかっているようにも見える。女子の平均的な体型より小さく、顔立ちも美少女なので何だか可愛らしい小動物のように俺は見えた。
「……ルル・ウェルムクロ」
どこか眠たそうな女子――――ルルは、それだけ言うと席に座った。
…………。
え、それだけ?趣味とかは?
「次」
マジで!?今ので終わり!?自己紹介短っ!ボルティーナ先生もあっさり流し過ぎだろっ!
「……これは驚いた。今年は凄い面子が入学してるな……」
ルルの自己紹介の短さに驚いていると、前の席の広樹がどこか苦笑いを含んだ表情でそう呟いた。
「そんなに凄い奴がいるのか?」
「ああ。グラントーク家だけでも十分凄いんだが……さっきのルルってヤツ、家が魔術の名門ウェルムクロ家なんだぜ?」
「え、マジ?」
「おう。ただ、ルルって名前をどこかで聞いたと思ったら……ウェルムクロ家歴代最低の実力者なんだとか。ウェルムクロ家の人間は全員個人で古代遺物を所有してるって話しだし……ルルも持ってはいると思うが、確実に落ちこぼれの一人だろうな」
落ちこぼれ多いな、このクラス。その筆頭が俺という事実に涙が出るね。
「しかも、ルルって言えばウェルムクロ家で唯一の闇属性魔法を使える人間らしいぞ」
「闇属性?」
「そう。まあ、魔法が使えない一真にはあんまりなじみが無いかもしれないけどな」
「いや、闇属性魔法位知ってるから。ただ、それがどうかしたのか?」
つか、魔法が使えないからって俺を馬鹿にし過ぎじゃね?
「クラフェイアでは闇属性魔法って忌み嫌われた属性らしいぞ?」
「え、そうなのか?確かに地球でも闇属性魔法が使える人間はあんまり聞かないけど……それでも何でクラフェイアではそんな風に言われてるんだ?」
「何でも悪魔がどうとか、禁忌魔法に繋がるだとか……そんな理由だったかな?」
「じゃあ……ルルは……」
「そう、一真が考えている通り、落ちこぼれだけじゃなく、『忌子』として色々辛い思いをしてるだろうな」
ふーん……なんか、色々面倒なんだなぁ……って、あれ?
「てか、何でそんな詳しくクラフェイアの事情を広樹が知ってんだ?」
これは俺がふと疑問に思った事だ。
クラフェイアと地球は正式に交流を始めているとはいえ、一般人はどちらの世界も関わりが無いからこそ、互いの世界の情報も少ない。
なのに、広樹は何故か普通知りえないであろう情報を幾つもこうして教えてくれる。
だから、どこからその情報を手に入れているのか純粋に気になった。
「ああ……そう言えば言って無かったっけ?俺の父さんの職業」
「そう言えば……知らないな。まあ、普通おおっぴらにするような内容でも無いしな」
「そうだな。まあ、俺の父さんは……クラフェイアと地球の外交を務める外交官だ」
「へぇ…………え、マジ?」
クラフェイアに関わる役職に就けると言うだけで、地球では十分エリートコースだ。だが、外交官ともなると、トップクラスのエリート。エリート中のエリートだけがなれる夢の職業なのだ。
「マジ。だから、父さんからとか、様々な情報を教えてもらってるのさ。機密事項なんかは流石に聞いていないが、それでも十分な情報を得る事が出来るんだ」
スゲー。あ、俺の親父も一応エリート中のエリートだな。忘れてた。
そんな俺達のやり取りの中、とうとう自己紹介は俺の隣の席の奴にまで移った。
隣のヤツは、一旦読んでいた本を閉じると、静かに立ち上がる。
「……ローランド・グラントークだ。趣味は読書。……よろしく頼む」
あ、意外とちゃんと自己紹介したな。まあ、趣味が読書ってのは隣でずっと本読んでたから分かる事だけど。
しかし……口数少なっ!ルルと言い、ローランドと言い……コミュ障多いな!?
なんと言うか……こう言う人付き合いの苦手そうな人間を見ると、どうも放っておけなくなる。
うーん……偽善と言うか、お節介と言うか……まあ相手からしたら鬱陶しいだろうな。
でも昔、時雨達とは違う友達の一人にそう言った奴がいたので、どうにもそう言った事が無視できないようになってしまったようだ。
上手くクラスに馴染めるのか?……まあ他人の心配以上に、まずは俺も馴染まなきゃいけないんだけどな。
「ちょっと雰囲気が硬いけど……ローランド君ってカッコイイよね?」
「あ、やっぱり?」
「でも落ちこぼれって聞いたけど……」
「そんなの、顔の前では無意味なのよ!」
なにやらローランドの自己紹介を受けて、女子達が囁きあっているが……何話してるんだろうか?
「次」
ボーっとそんな事を考えていると、何時の間にか前の広樹の番になっていた。
「前田広樹!三年間同じクラスな訳だが……楽しくやろうぜ!よろしく!」
うーん……流石としか言いようが無いなぁ、広樹。明るく、気さくなイメージが今のでクラス全員に伝わっただろう。
「広樹君、見た目通りの楽しそうな人よね」
「そうね。ちょっとカッコイイし……」
「はぁ……レベル高いなぁ、ウチのクラスの男子」
また女子が何かを囁いているが……よく聞こえん。
「次」
おっと、そう言えば次は俺だった。
俺はゆっくりと立ちあがる。
「頑張れ」
広樹がその際にそんな事を小さく呟いた。
俺はそれに一先ず頷いておく。
「えー……」
……なんて、自己紹介しよう……。
ヤベェ!全く考えてなかった!
と、取りあえず名前!
「えっと……初原一真だ」
……うん、もう後は一言で良いだろう。
「三年間、仲良くしてくれると有り難い。よろしく」
短けえええええ!自分で言っといてなんだけど……ルルの自己紹介やローランドの自己紹介と大差ないじゃん!人の心配してる暇が無い程、俺も十分コミュ障だよっ!
「うわぁ……」
「本当にカッコイイねぇ……」
「なんて言うか……口調はクールなんだけど……」
「そう、雰囲気が優しい……みたいな?」
「スペック高っ!」
うー……俺も何か女子達の間でひそひそしゃべられてるよ。なんかおかしい事言ったか?俺……。
「ふん、やっと自己紹介が終わったか」
どんよりした気分でいると、ボルティーナ先生がそう言う。
「貴様等の名前など、微塵も興味がないのだがな。教師と言う職業である以上、我慢して聞いているのだ。光栄に思え」
何で教師なんてしてるんでしょうか?ボルティーナ先生。
「さて……この後だが、軽くこの私が直々にこの学園を案内する事になっている。と言っても、メインはやはり、貴様等も多く使用する事になるであろう体育館でもある『闘技場』だろう」
絶対に多く使用したくねぇな。闘技場。
「ではとっととついてくるがいい。遅れた奴は――――よし、行くぞ」
遅れた奴は何!?どうなるの!?怖いんですけど!?
「そうだ……フィリップ」
「!」
いきなり呼ばれたフィリップは、先程のチョークの件もあるせいか、若干声が震えながらボルティーナ先生を見る。
「先程貴様の発言権をはく奪した訳だが……体育館に到着したら、貴様の言いたい事を聞いてやろう」
「……」
それだけ言うと、ボルティーナ先生は教室から出て行った。
…………。
「って、ボーっとしてる暇ねぇじゃん!遅れたら……何かされちまう!」
俺達は、全員ボルティーナ先生の後を追って急いで教室から退室した。