第1話 最後の日常
普通の人生が退屈だと感じた事は無いだろうか?
でもそんな人は退屈だと感じるからこそ、趣味や仕事と言った人生に一つまみ程度のスパイスを加えるのだろう。
しかしそれでも退屈だと思う人はどれくらいいるだろうか?
ある日突然不思議な力を身に宿して、可愛い女の子のために戦う主人公になりたい……恐らくこれ位の刺激が無いと、そう言った人達は退屈でしかないのだろう。
そんな俺――――初原一真は、別に特別な力も望まなければ、刺激的な日々を過ごしたいとも思わない。
そんな風に思う俺はおかしいだろうか?
普通に過ごして、普通の人間関係を作って、普通の高校に普通に入学して、普通の会社に普通に入社して、普通な女性と普通に結婚して人生を共に過ごす――――そんな普通だらけの、他人から見れば何の面白味のない人生を過ごせればそれでいい。
特別な力も、特別な出来事も、何もいらない。
だから、だからこそ言わせてくれ――――
「どうしてこうなったっ……!」
●○●○●
「ふぁ~……」
俺は朝の5時頃に目を覚ますと、何時ものように朝食の支度をするため部屋を出た。
俺の家族は父親が一人だけ。
しかも、俺が中学に入学してから聞かされた話しだが、血は繋がっていないらしい。
そんな少し変わった家庭である事以外は、普通の住宅地に二階建てのそこそこの大きさの家で暮らしている、ごく普通の一般家庭だろう。
そんな俺も、今日で最後の中学生。明日からは合格通知を貰っている高校へに入学するまでの期間を意味もなくダラダラと過ごすつもりだ。
つまり、今日が中学の卒業式。
何時もより卒業生は遅い時間帯に登校するのだが、長い期間体に染みついた生活リズムというモノは簡単に崩れるモノでは無く、何時も通りの時間に起きて、こうしてキッチンで朝食の料理をしているのだった。
遅い時間帯に登校することを考えると、パジャマから制服に着替えて調理しても良かったかもしれない。まあ万が一、制服に料理が散ったら大変なので、そう言った事はするつもりが無い。……そもそも散らすヘマなんてしないけど。
「今日はそんな食欲が無いな……」
取りあえず、家に何が食べられるのか確認するために、冷蔵庫を開けた。
「……鮭の切り身があるじゃん。それに納豆も……今日は和食でいっか」
献立が決まると、早速調理にとりかかる。
食欲が無いとは言え、朝しっかり食べておかなければその後が大変な事になるのは分かっている。なので、今回の朝食は昔ながらの和食でいこうと思う。
母親がいない俺は、親父の食事の世話も含めて、家事全てをこなしている。まあ、親父は家でいつもだらしなくしているから、仕方なく俺がやっている、と言った感じでもある。
冷蔵庫にあった材料で味噌汁を作っている間に、テレビの電源を入れる。
すると、早朝のニュース番組が流れていた。
『――――次のニュースです。今日は、我々の住む地球と、200年前に突如南極に現れた、巨大な門の向こう側にある世界――――【クラフェイア】との正式な交流が始まって150周年記念となりました――――』
「へぇ……」
味噌汁のはいった鍋をおたまでかき混ぜながらニュースを見る。
俺達の住む地球は、今から約200年程前に、突如南極大陸に巨大な門が出現し、【クラフェイア】という一つの異世界と繋がった。
初めは地球以外に、人間と言う種族が存在している世界が他にもある事に世界中がパニックになったらしい。
それ以外にも、門が出現して新たな世界と繋がった事により、再び南極大陸の領土問題などが発生した。
しかし、これらの問題は国連などの決定により、一時的に門の向こう側の世界……クラフェイアの領地にする事によって今は収まっている。
そして、門が出現して50年後……つまり、今から150年前に正式に世界各国とクラフェイアの交流が始まった。
そこからの地球とクラフェイアの進歩は凄まじく、元々生活水準が地球で言う中世レベルだったクラフェイアは、地球の科学技術の下目を見張る発展を遂げ、地球はクラフェイアから【魔力】と呼ばれる新たなエネルギー体や、地球の中では空想上の生物として知られるドラゴンやエルフと言った新種族達の登場でさらなる科学技術の向上に役立てられた。
こうしてみれば、いい事尽くしのように思える異世界交流だが、光があれば影もやはりというか出来るモノで、地球では新たに登場した魔力によって、人の優劣が付けられるようになった。
魔力は生きる物全てに宿っているのが普通とされる。魔力の量は人それぞれであり、更に言えば、クラフェイアから教えられた技術の中には、今まで漫画の中でしかなかった魔法をその魔力を使う事で使用できるようになる。
魔法は科学では説明できない、『世界そのモノに干渉する力』であり、モノによっては魔法は科学にすら勝っていた。
そうなれば、必然的に魔法が多く使える魔力の多いモノが優遇されるような時代となってしまった。
一方クラフェイアでは、地球との交流をよく思わない連中が出てきて、今でも過激な行動を起こしている組織なんかが多数存在する。
「……まあ、どれも俺には縁のない話なんだろうけど……」
テロ紛いな事をする連中からしても、俺は所詮その他大勢の一人でしかない。そして、俺はこの地球で『落ちこぼれ』の劣等種だ。
何故か?理由は簡単。俺には一切の魔力が無い。
本来なら有り得ない事である。生物である以上、魔力を持っているのが当たり前の中、俺は一切の魔力が無い。
だからと言って、俺を解剖してその理由を調べようとする輩は出て来ない。魔力が無い人間を調べたって、何の得もないからな。
ただ、魔力が無いだけなら、もう少し救いがあったかもしれない。
味噌汁を器に入れ、テーブルに並べる。鮭も既に塩焼きにしてあり、少し大きめの皿に移してテーブルに並べる。
「ホント……世の中って理不尽だよなぁ」
ある程度食器を並べ終えると、一つ息をついてしみじみとそう呟いた。
俺を『落ちこぼれ』と決定づけるのが、【古代遺物】の存在である。
クラフェイアにある、数々の遺跡を調べていく中で、地球では衝撃の事実が解き明かされた。
それは、地球で語られていた、数々の神話の神々が、クラフェイアで実在していた事である。
じゃあ今まで実在した存在として考えていなかったのか?と言われれば、宗教の事もあるので一概には言えないのだが、クラフェイアの遺跡によって存在が確定した。
何でもクラフェイアでは、過去に存在した文明は地球の文明を大きく上回っていたらしい。だが、何故そんな文明が突如消えたのかは解き明かされていない。
そして何より、地球の神話の神々がクラフェイアに存在していたと言う事は、クラフェイアと地球は遥か昔に交流があった可能性も出て来たのだった。
そんなクラフェイアの遺跡に多く存在するのが【古代遺物】である。
古代遺物は、神話に登場する神々の武器から、今の科学力では追いつけない強力な兵器と様々であり、これら全ては適性のある者でしか扱う事が出来なかった。
何より厄介なのが、古代遺物は適性者がその時代に現れると、その人物の元へ勝手に転移する。今まではクラフェイア内だけだったが、地球と繋がったために、地球に適性者が現れるとその元へ転移する。だから、テロを起こす組織の人間にまで、強力な武器が勝手に渡ってしまうのだ。
中には適性があれば誰でも使える古代遺物が存在し、そう言ったモノは転移をする事こそないが、テロリストの手に渡らないようにするため、厳重に両世界が合同で管理している。
「古代遺物ってスゲーよなぁ……あれ使えるってだけでエリートコース一直線だもんな」
古代遺物の適性者は、主に国の重要人物として扱われるため、国の重要なポジションの役職に就く事が多い。それだけ、古代遺物の力は凄まじかった。
そのせいで、一時期は再び戦争が起きそうなくらいピリピリした状況になった事もあったらしい。
知ってるか?神話に出てくるような古代遺物に関して言えば、一瞬で辺り一面を火の海にだって出来るんだぞ?ありえんだろ。
そんなとんでもない兵器だからこそ――――
『――――昨夜、クラフェイアのアルデシア草原にて、クラフェイアの過激派テロ組織【ユートピア】と両世界間警察組織【世界守護隊】、通称WPPとの、古代遺物を使用した戦闘が行われました。被害は――――』
こう言った事件は勘弁してほしい。マジで。
つか、また争いがあったのかよ……。最近、やけにテロリストの活動が活発になってきている気がする。
全ての食器を並べ終え、テレビの前でそんな事を思っていると、食卓一人の男性が入って来た。
「ふぁ~……おはよう、一真。相変わらず朝起きるの早いなぁ……」
入って来た人物は、血が繋がっていなくとも、今まで俺を育ててくれた親である、初原英雄だった。
だらしが無い半袖半パン姿に、寝癖ボサボサの黒髪。顔はシャキッとしてればナイスミドルと言った感じなのだろうが、生憎無精髭やら普段の生活態度やらで、そんなモノは微塵も感じられない。
「おら、シャキッとしろ、親父。そんな調子で会社は大丈夫なのかよ?」
「大丈夫!俺の部下は優秀だからなっ!」
「他人任せじゃねぇかっ!」
毎回こんな調子の朝を迎えている訳だが、俺は未だに親父の仕事が何なのか知らない。
小さい頃訊いてみたら、『お父さんはねぇ~、皆のために悪の組織と戦ってるんだよ~?』とかふざけた事ぬかしやがった。小学生だった俺も何かカチーンとくるモノがあったらしく、無言でスネを蹴飛ばしてやったのはいい思い出だ。
第一、戦隊モノみたいな仕事なら、上司も部下もねぇだろうに……。
「まあいいか。取りあえず、飯を食おう」
俺と親父はそれぞれ二人で椅子に座ると、一緒に手を合わせる。
「「いただきます」」
互いに特に何てことない話をしながら朝食を進めていくと、不意に親父がしみじみとした様子で口を開いた。
「はぁ~……お前も無事高校生かぁ……」
「無事って何だ、無事って……。俺魔力や古代遺物は駄目だけど、普通の勉強はそこそこ出来るんだぞ?」
「……いやぁ、全国模試が一位でそこそこってわけじゃあ無いと思うが……。それに、魔力や古代遺物の事に関して言えば……仕方が無いな!」
「仕方が無いで片付けたくねぇ……」
でも、実際仕方が無いとしか言いようが無い。無い物は、無いのだから。
落ちこぼれだからと言って虐められてる訳でもないしな。
そんな風に考えていた俺は、この時親父が複雑そうな表情で見ている事に気付かなかった。
今にして思えば、この会話が、俺の日常の最後であり、新たな日常の始まりだったのかもしれない――――