ロマンスグレーの狸はアリかナシか
───厳密に言えば、銀はありました。
ええ、ただそれは装飾品の扱いをされていなかっただけで。
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この世界には‘魔物’が存在する。
なんてテンプレな、と思ったがマジだ。各国で争いが起きないのも、この‘魔物’の存在があるからだという。
人の心の悪い部分の具現とも、この世界の宗教的な何かとも言われているが、その辺りははっきりしない。扱いは天災である。
一般には‘魔物’で通じるが、その種類は大きく二種類に分けられる。
曰く、獣の形をした‘魔獣’と呼ばれるもの。
曰く、人に近い形をした、理性ある‘魔人’と呼ばれるもの。
彼らに有効な武器が‘銀’なのだという。
「………成る程、認識が武器なワケですね」
「ええ、純度が高ければ高いほど強力な武器です。反対に、特に装飾品は豪華さに重きを置いておりますから」
つまりシンプルな、パールやクリスタルは好まれないと。銀は武器という側面が強すぎるかららしい。
………個人的にはその辺りの認識を払拭したい。だってこの世界のアクセサリーって趣味が悪すぎる。こんなのが技術者・職人の国だなんて私は認めない。
「宝石類も、どちらかと言えば色鮮やかで大きな物が好まれます。特に宝石は混じりけの無い物が高級品として扱われますね。クリエイティ自体が金銀の
産地でもありますから」
それは納得できる。
これはあちらでも同じだ。
ふむふむと夾香は納得した。が、明らかに教師が間違っている。
「………あの、お仕事はよろしいので?」
「暫く謹慎がわりの休暇を頂きましたので。折角できた可愛らしい娘との親睦を深めても良いじゃないですか」
にっこりと微笑む、ロマンスグレーも麗しいオジサマ、もとい、夾香を‘召喚’してしまった魔術師、アルマロス=ストレーガ本人である。
現在夾香は、このアルマロス=ストレーガの邸にてこの世界の勉強中だ。‘技術者召喚’だけでも相当な秘術なのに、これ以上に厄介な‘異世界人’なんて公表は絶対に出来ない。その為の研修期間だ。
そもそも夾香の事を知っているのは、アクラシエル=フェース、アルマロス=ストレーガ、他はあの召喚の場にいた魔術師達。魔術師達にはアルマロス=ストレーガが‘箝口令’の術式を入れたらしいので心配は要らない。具体的には言えなく書けなくなると。
さらに言えば、夾香はアルマロス=ストレーガと養子縁組を結んだ。夾香がこの世界で生きていくなら、国の保護だけではなく明確な後見人があった方が良い。これは夾香が‘女’だからこその措置だ。最悪だれかが夾香を自分のモノにと考えた場合、手っ取り早いのが結婚だから。その為の養子縁組である。
アルマロス=ストレーガの名前は、クリエイティのみならず大陸内でも魔術師の頂点として知れ渡っているらしい。下手な王族よりも安全だとか。
「丁度区切りも良いですし、お茶にしましょう」
ぱたん、と教本を閉じたアルマロスに、夾香もペンを置いた。
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王宮から移された夾香は、城内にあるアルマロス=ストレーガの邸に身を置いている。邸と言ってもまだ夾香が驚くことのない、あちらでいう豪邸レベルではあったのだが。
庭付きの三階建ての造りだが、以外に部屋数は少ない。庭は魔術に使う薬草園があり、玄関に続くアプローチだけは普通の庭。一階部分は玄関の他は庭続きの魔術研究室。二階は書斎と執務室に応接室。趣味が大半だという小さな書庫もある。
そして三階がプライベートゾーンで主であるアルマロス=ストレーガの寝室と私室。後は客室が三つ。夾香は今現在その客室の一室を間借りしている。
城内であれば掃除洗濯は城の方々がやってくれる上に、食事も王宮で済ますか頼めば邸まで持ってきてくれるらしい。一応、お茶を入れるだけの設備は各階に取り付けられているのだが。
予想外なのは、義理の父親であるアルマロス=ストレーガがかなりの過保護だったことだ。
「オーランディア、こちらの生活は如何ですか?」
講義の合間のティータイム。アルマロスと夾香は軽食をつまみながら、他愛ない会話をしていた。
「それなりには、ですね。まだまだ覚えなければいけないことが多いです」
「そうですか。何かあったら遠慮なく私かサラに言ってくださいね」
サラ、というのはこのアルマロス=ストレーガの舘の、いわゆる管理人である。城からの担当女官とも言うが。舘の掃除洗濯からメンテナンスまで。三十代と思われるバリバリのキャリアウーマンのような女性だ。実年齢は怖くて聞けなかった。
夾香もこちらに来てから頼りっぱなしで、既にサラには頭が上がらない。………同性って大事………!!!
「………そう言えば、サラさんがドレスの仕立てがどーのこーの言ってましたけど………」
「ああ、夜会が近くなってきましたからね」
「夜会?」
「国中のマイスターを集めて行われる晩餐会ですよ。マイスターと愛弟子数人、あとは各国の大使、商人が参加する親睦会です。定期的に行われますよ」
別名を品評会という。マイスターという名前の職人達が、自らの作品を伴って来るのだとか。
一年に四回行われる夜会は、各国の大使が職人達と接触できる貴重なチャンス。………ちゃんとこの世界にも四季があることにびっくりだ。
「次の夜会は、丁度三ヶ月後です。それに合わせてオーランディアの御披露目をとアクラシエル殿下から連絡がありましたから」
「………私それ聞いてないんですけど」
「今言いましたよ」
にっこりと微笑むアルマロスが憎い。多分此処で言い返したら「言おうとしたらその話題を振られたので」とか返ってくる。間違いない。
しっかりしてないとこの狸は夾香を丸め込む。間違いなく。
「殿下から伝言です。明日のお茶会へ招待すると、まぁ体の良い打ち合わせですね」
「打ち合わせ………」
現在、夾香のアクセサリー作りは材料からして頓挫していた。
まず糸。
刺繍糸やレース糸はあった。多少色や太さは難があるが、取り合えず問題はない。しかしテグスのような無色透明な細い糸はなかった。
次にビーズ。
まずビーズそのものが少なかった。プラスチックなんて良い代物は無く、代用品としてはガラスがあった。此処でビックリしたのはガラスの最高級品として見せられたのはダイヤモンドとクリスタルだったことだ。流石にダイヤモンドはステンドグラスのような使い方ではあったが。話はそれたがビーズとして存在したのは木を使ったウッドビーズ。それも民芸品として献上されたもの。
さらに布、既製品のレースやリボン。
まだ前記二つと比べれば妥協点。これだけは職人らしく素晴らしい出来映えだった。あくまでも材料は。
ただしあちらのようなレジンはないし、デコ電なんて論外にもほどがある。畜生文明の利器が恋しいぜ。
質はともかくデザインも全体的に微妙。
文化レベルは中世辺りなのに服飾文化が残念すぎる。
こっそり街にも降りさせてもらったが、───街行く人々の服飾文化を見るため───デザインの拙さに見るに絶えず早々に城に帰ったぐらいだ。
まぁ、あくまで現代日本人の感覚として、なので些か不安でもある。
今は世間一般常識と魔術の勉強をしながら、材料を相手に悪戦苦闘している。
「マイスターとしての御披露目ではなく、純粋に私の義娘としてでも構わないとはいわれましたけどね?」
「わかりました頑張ります」
やめてくれ冗談じゃない。
んでもって娘として御披露目するために黙ってたなこの灰色狸。
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