異世界なう
お姫様だっこのまま運ばれたのは、何やらアラビアンなお部屋でした。
いつのまにかだっこしてくれるお兄さんと二人きりだし!!畜生沈黙が痛い。
大きく開放的な窓に、白いカーテン。床はカーペットが引かれており、丸いテーブルを中心に薄めのベッドマットのようなものと幾つかの大きなクッション、上座には天盖付きのソファーのような席がある。どれも豪奢な金糸の縁取りやタッセル付き。
んで、何故か当然の如く上座に座らせられました。
「こちらで暫くお待ち下さい」
下ろされて、初めて彼の顔を見た。
やはり刈り上げの淡い、日に焼け気味の金髪。彫りの深く精悍な顔立ちは凛々しく整っている。良い意味で男前だ。軽そうとも言う。
着ているのは青色の軍服で、金の縁取りがされていて中々豪華。パッと見た感じ、やはり近衛か騎士に見える。
こんな男前にお姫様だっことかラッキー☆なんて強靭な精神は持ち合わせてない。無いったら無い。
「………ありがとうございました。あの、色々聞きたい事があるんですが」
「ええ、勿論お答え致します。ですが、ご質問は私の話の後にお願いします」
にっこり微笑んだこの男性は、そういって口を開いた。
「ようこそ、技術の国・クリエイティへ、貴女を歓迎致します」
※※※※※
技術者の国・クリエイティ
技術者、研究者、開発者の国。
大陸の東側に位置する小国。一辺を海、残り二辺を山に囲まれた、おおよそ縦に長めの三角形の形をしている。西の頂点にある城から、海に向かって扇形に広がるようにして街が広がる。
王政をとっているが、国土もそこまで広くもなく、人口もそれほど多くない。そして、国を担うのは王でも司政官でも貴族でもない───各分野における第一人者、即ち、職人と呼ばれる技術者達。
夾香は、まるでブランド統合会社のようだと思った。
国が技術者を保護し、技術者は国のサポートを受けて仕事をする。技術者の関わる商売や仕事は国に管理され、国益にダイレクトに繁栄する仕組みだ。
それに、自国の領土では民を賄えない。人口に比べて領土が狭すぎる。食料の類いを筆頭に、クリエイティは自給自足が不可能だ。
技術者の力量に国の未来が掛かっている。
一辺を海、残り二辺を山に囲まれたクリエイティだが、その先は広大で強大な国が幾つも存在する。
特に陸続きの国々には優先的に技術者達を派遣しながら、不可侵条約を締結させており、割りと平和だ。
ここまで来ると、間違いなく異世界トリップ、もしくは勇者召喚的なナニかだと痛感する。
実際その通りだった。
技術者の召喚。
魔術があるこの世界には、ナニかを召喚する技術がある。これはクリエイティ独自の魔術で、他国は一切知らないらしい。そりゃ知ってたらえらいことだろう。
これをクリエイティは技術者の保護として定期的に行うらしい。具体的なことは言えないらしいが、基本的に‘自分達が知らない技術’と‘人間’を魔術法陣の中に召喚する。
基本的にこの世界の人間だと思っていたが(実際のところ同じ世界からしか来ないらしい)、今回は何故か異世界から私が呼ばれてしまったらしい。
え、何それ私とばっちり?
「重ね重ねお詫び致します。関係ない貴女を我が国の都合に巻き込んでしまいました」
最後に深々と頭を下げた彼に、夾香はしばし考えた。
「………えーと、幾つか質問してもよろしいでしょうか?」
「何なりと」
じゃあ遠慮なく、と正座し居住まいを正す。
彼はカーペットの上に片膝を着いて頭を軽く下げたままだが、そんなことは気にしない。
「私を元居た場所に戻すことはできますか?さっきの部屋ではなく、私が居た世界に」
「私に明言はできません。私は魔術師ではございませんが、今までの経験上、召喚されたマイスターの方々の元居た場所を特定することは可能でした」
理論上は、返せないことはない。だが、技術者、もしくは召喚される側が今まで元居た場所に戻せと言うのは少ないらしい。まぁ、家族がとか恋人がとか、そういう人を呼び寄せたいという希望はあるらしいが。
そもそも召喚する魔術法陣には‘不当な扱いを受けている’というキーワードがあるらしいので、国から国へ抗議することも間々あるらしいが。
「魔術師というのは、先ほど私に話し掛けてきた男性ですか」
「はい、魔術のマイスターです。マイスターとは尊称で、各分野の第一人者をそう呼びます」
つまりはとても偉い人らしい。
「私はこれからどうなりますか?」
「通常召喚された技術者は、国の保護下に置かれます。技術を活かせられる環境、これは工房であったり研究所であったり様々ですが、既定の一軒家をベースに家を一つと、年間を通して生活費、研究費が支給されます」
さらに技術者かもたらした技術や作品が何かしら利益を出した場合、その何割かが国を通して技術者に支払われる。
日本の特許より遥かに技術者開発者優遇体制だな。
「ですが、国の保護を受けられる期間は場合によって違います。これは技術者本人との取り決めでおおよそ決まりますが………」
「ああ、それは何と無くわかります」
時間のスパンの差だろう。
例えば、農業、医療関係と服飾のデザイナーを同列にするなと言う話だ。自然を相手にするものと自分で簡単に色々工夫出来るものを同じ定規では図れないだろう。
「私にもそれは適用されるのでしょうか?」
「勿論だとも」
まさか横合いから 何が言われるとは思わず、夾香は視線を扉口に向けた。
「魔術法陣によって連れてこられた者には、すべからく国の保護を与える。それはこの世界の住人だろうと動物だろうと───異世界人だろうと変わらない鉄則だ」
まさか動物が召喚されたことでもあったのだろうか。
思いがけず思考が飛んだが、それも無理からぬ事。
横槍を入れてきた人物は、良く分からないが第一印象だ。
なにがってそれは男女の区別。白いきめ細かい肌に、黒にも見えそうな濃紫色の長髪は僅かな癖を持ちつつ、ゆるりと腰近くまで流している。大きなアーモンドアイは好奇心にきらめき、その虹彩は蠱惑的なダークブラウン。通った鼻筋に薄めの唇は完璧な配置。ともすると人形のようとも言われてしまいそうなぐらい整った顔立ちだ。女性的だが、どこか女性の枠に収まらない。声も女性にしては低い。
数々の麗しい男装コスプレイヤー様を見てきたが、完敗だ。全く分からない。
着ているの服も、身体のラインが出ないような中東、イスラム圏を思わせる服装だ。さらに大きな石を幾つも嵌め込んだアクセサリーをじゃらじゃらと着けている。
「ようこそ、異世界の技術者殿、クリエイティへ。国を代表して歓迎する」
朗々とした声は響きが抜群だ。
何より存在感がある。
夾香は思わず立とうとしたが、手で座ったままでと指示されてしまい、その場に腰を落ち着けた。
そうしている間にこの闖入者はテーブルを挟んで夾香の真向かいに座った。次いでに恐らくは侍女の方々が飲み物と思わしきグラスと、お皿に乗せられた焼き菓子が置かれる。
ある程度茶会の様相が整うと、闖入者はやっと口を開いた。
「さて、私はアクラシエル。アクラシエル=フェースだ。クリエイティの第二王子でもある。そなたの名は?」
どうやら男性だったらしい。
「夾香です。蓮見夾香。夾香が名前で蓮見が、名字、まぁ家名と言えばわかりますか?」
「キョウカ=ハスミか。私のことはフェースと呼んでくれ。見たところ女性のようだが、私はなんと呼んだら良い?」
「名前でも名字でもどちらでも構いませんが………」
正直どっちでも良い。
そしたら、真横に居た金髪の彼から言葉が飛んできた。
「失礼、クリエイティでは女性男性問わず本名を開かしません。呼び名と呼ばれる、名前で生活する者が殆どです」
「呼び名?」
「我が国の大半は、技術者を中心にその弟子と管理官で構成されている。そなたが経験した通り、いきなり我が国に‘喚び出されて’、もしくは‘拐われて’来るものが多いのだ。その者達の立場上、迂闊に本名を使えば元居た国から何だかんだと言われかねん。我が国で一族朗党までの面倒など見切れぬからな」
自嘲気味に言った殿下だが、恐らくそれは間違いなく事実の一端だ。
はっきり言って、このクリエイティと言う国の行う‘召喚’は‘誘拐’と同じだ。いきなり、何の前触れもなく連れ去られるのだから。
「まぁ、呼び名については一先ず置いておくか。先に、そなたの意向を聞いておきたい」
「意向、ですか」
「ああ、此方としては、他の技術者と分け隔てなく扱うつもりでいる。悪いが異世界人と言うのは伏せさせてもらうが、優秀な管理官と近衛を付けよう。衣食住は永久的に保証する」
そこで、夾香は視線をテーブルに落とした。少し落ち着いて考えなければ。
「───何も今すぐに答えを出せとは言わん。だが、そう長くも待てぬ。魔術法陣の組み上げにはどう頑張っても明日まで掛かるらしいからの。それまではゆるりと過ごすが良い」
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