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このギルド職員はもうなんか色々ダメな気がする

 窓から差す朝焼けが、柔らかく室内を照らす。

 寝台特急の寝室から見える景色は、赤茶けた大地を日の光に晒すアルダナヘリ渓谷の絶景。もうここまで来たということは、列車の目的地であるカドナフル市がもう近い証拠。

 魔導蒸気機関で動く列車、レールを走る振動が響く。まだ大陸では最新かつ最高級の乗り物である蒸気機関駆動列車。その中でも最も高額である一等寝台室特急の寝室で、彼女は窓の外を見ていた。

 年齢は十代後半ほど。輝きさえ反射しない黒髪が、腰まで伸びる。緩やかな胸の膨らみ、絞り込まれた腰つき、華奢な手足。一糸さえまとわぬ裸の肉体は、まるで作りもののようだ。

 そしてその顔は、雪のような白い肌に整った輪郭を持つ美しい少女だった。


 緑の瞳が、今度は窓とは反対側、豪奢な天蓋を持つベッドを向く。


 視線の先には、眠るにふける男。年齢は二十代後ほど、端正な顔に、彫刻のような均整の取れた筋肉がつく体。

 裸を薄い毛布が隠している。

 傍らには更に十代の美童が二人横たわる。すやすやと眠る横顔は、両名にエルフの血が流れていることを教えている。


 彼女の頭に、前夜の宴の光景が蘇る。金と引き換えに欲望を交わした記憶。あの美童も男娼だ。


 盛大に汽笛が鳴る。一拍を挟み三回、目的地到着まで後二時間という宣告だ。


 彼女は、バスローブを羽織った。



▽ ▽ ▽


 早朝のギルド事務所に、人影は二人。まだ営業前の事務所には、冒険者は来ていない。

 受付の机には美女が一人。少し離れた位置に中年の男が一人。互いの机には膨大な書類一式。座った人間の胸の位置まで積まれている。

 ある種の防御壁のようにさえ見えるそれを、二人は高速の手さばきで処理していく。


「えー、『甲殻トカゲ処理クエスト成功報酬の見直し』はこれでOK。メリッサ君、推奨ランク指定をDまで下げてもこの案件は大丈夫かな?」


「ええ、クエスト依頼主の『エデナ開拓村』への説明は終わってますから大丈夫ですよ。甲殻トカゲから取れる生体金属を卸すニヨルド鉄鋼商会への卸値修正も終えてます」


「ああ、それならギルド組合うちの利益率も変わらないね。じゃあこれも募集開始と」


「……あの、タルギン係長」


「いやー、転生者増えてからのクエスト代金の見直しが多くて参っちゃうね。……なんだい、何か心配ごとでもあるのかい?」


 メリッサの浮かべる憂い顔にタルギンが気づく。それでも書類を書く手は止まらない。止まったら書類に潰される。


「もし、もしこの先ミーシャ君の御両親にミーシャ君の秘密を伝えて、それが受け入れられなかった場合……私達はどうするべきなんでしょうか?」


 ミーシャの両親にあった時からずっと考えていたことだ。あの人の良さそうな二人が、事実を知ってミーシャに辛く当たる人間とは思えない。だが、現在に置いて転生者だと知った家族から捨てられるといった事案は少なからず聞いたことがある。


「……そうだね。確かにミーシャ君には、希望を持たせてあげたい所だが、僕達は大人だ。現実というものが上手くいかないことを知っている以上、悪い方向の道への対応を考えておかなければならない。その中にはミーシャ君が両親から拒絶される可能性もあるだろう」


 普段はにこやかなタルギンの顔が引き締る。太った腹周りや温厚な性格、どこか気弱さが見える言動は頼りない印象を与えがちだが、先を見据えた思考と洞察力、豊富な経験からの知識はメリッサも頼りにしている。


「そうですね、私達がしっかりしないと……ひょっとしたらミーシャ君が家から追い出される可能性もあるかもしれないし……そ、そのときは私の部屋で預かるとか」


 呟いた言葉と共に想像がメリッサの脳を走る。

 疲れて家に帰ってきてもミーシャがお出迎えをしてくれる生活。

 時間があれば一緒に料理を作ったりすることもあるかもしれない。もしミーシャが一人寝に慣れていなかったら添い寝をしてあげるのもいい。最初は傷ついているのかもしれないが、徐々に時間をかけて接すれば今よりもっと親しくなれるかもしれない。

 何か服でも買ってあげようか、半ズボンは似合うだろう。長袖のパーカーも似合うかもしれない。一瞬、裸ワイシャツという単語が脳裏をよぎる。

 なにかもういろいろ妄想がまずい方向に止まらなくなってきた。


「……メリッサ君、あのどうしたの、またなにかニヤニヤしてるけど。目つき怖いよ?」


「へ、? あ、ああ、な、なんでもないです! 法に触れることは考えてません! ほんとです!」


 必死に両手を振って否定。するように見せかけ思わず垂れたヨダレを拭う。


「まあ、いくら子供でも女性のもとに男の子をいつまでも預ける訳にはいかないよ。妻にはその辺を相談してあるから、何かあればミーシャ君は家で預かるさ」


「え、ああ、そうですよね……確かにその通りです」


 取り繕うも、メリッサの顔に、残念という感情透けて見える。


「奥さんにはもう全て話してあるんですか?」


「夫婦内では隠し事はしないと決めていてね。上の娘は嫁に行ったし、下の娘は中央都の大学に入学したからね。部屋は空いてるよ。妻も男の子を育ててみたかったといってくれてるし。まあ、本当は役には立たない方が良いんだろうけどね」




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