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これがギルド職員の仕事なわけがない

今流行りのギルド職員ブームに乗っかろうとしたら失敗した。なぜだ

 

 眩い朝日が、森の木々を照らしていく。


「……ふ、あぁぁ、あ」

 

 まだ今の季節ではまだ少し肌寒い、だが清々しい朝の空気を吸い込みながら、男はゆっくりと欠伸をした。

 男の背後には、つい今し方出てきた山小屋がある。開け放しのドアからは、食べ散らかした食料の乗るテーブルが見えた。


――やっと俺の人生が始まったんだ……


 しみじみと感慨に耽る。見上げた青い空には彼を祝福するように、大鷲が舞っていた。

 彼は別の世界から生まれ変わってきた男だ。前の世界の人生は、至ってよくある始まらない人生だった。努力をするのも面倒くさい、ぐずぐずと愚鈍な日々を送り、体験したことも無い社会を上から目線で批判しながら、三十五才で死ぬまで何も生み出さずに生きてきた。

 自らを変える労力よりも、世界が己にとって都合よく変わる妄想に耽ることのほうが重要ないわゆるどこにでもいるただの穀潰しだった。彼が人と際立って違う点を上げるとすれば、階段から落ちた際に脳挫傷をおこし、親から見殺しにされて死んだことぐらいだろうか。


――だが今は違う、俺は転生者なんだ。もうこの世界で面白おかしく暮らしてやる。


 転生した世界では彼には前世の記憶と豊富な魔力が備わっていた。体が十分に育つまでにあらかたの魔術を覚え、旅立つ時を狙っていた。そして資金を確保し、同行者も手にいれた。


――あの商人はなんか顔が悪徳商人ぽかったし、金なんてしこたま持ってたなら多少盗っても良かっただろう。あの娘、まだ泣いてんのかな。全く俺が見初めてやったのになんでぐずぐずになってんだか。


 前の世界で読み漁ったファンタジーを主題にしたネット小説では、たしかこの辺りで主人公は処女で床上手な美少女の奴隷ヒロインによってとうに愛を育んでいたはずなのだが、連れてきた娘は泣きじゃくるばかりでそれどころではない。


――まあ、あれだ。しばらくいっしょにいて、ちょっと優しくしてフラグたててやりゃヤらせてくれんじゃないか? ほら俺陵辱モノより純愛モノの方が好きだし。


 この場合、娘に予測される心理変化は恋愛感情というよりストックホルム症候群の方が可能性が強いのだが、男にはそれを考える知識も知能も無い。

 

――そのうちドラゴンとかオークとか出てくるからさ、俺がちょっとぶち殺してやれば後は周りが勝手に盛り上げてくれて


 瞬間、視界が黒に呑まれる。男の両の眼窩が、左右まとめて吹き飛ばされた。

 



 ▽ ▽ ▽


「データリンク、良好。着撃確認。次射に移る」


 凛とした張りのある声が深森に溶ける。着撃地点――男より直線距離で二キロ離れた森の中で、弓士はゆっくりと息を吐く。

 全身甲冑に包まれた姿からは顔を確認できない。わかることは長身と細身であるという二点。

 兜の内側からは、ターゲットの頭上を飛ぶ使役魔獣である剣鷹より送られる射撃用観測データが奔流する。溢れるデータを正しく捨拾選択。最も正しい矢道を導く。


――錬成魔術、開始。


 右手に光が灯る。組み上げられる魔術により魔力によって合成された三本の矢が指の間に挟まれる。

 奇妙なことにその矢は、長さや矢羽の形が三本それぞれ微妙に異なっている。

 弓士の正確な職業名は『魔術弓猟兵マジック・アーチャー』。魔術により様々な矢の作成や射撃の補助を行う上級技能者だ。

 突き出される左腕。掲げられる複合素材強化弓。矢をつがえ、弦が引き延ばされる。ギリリという音が鳴る。

 一拍の空白、遥か彼方を弓が睨む。鏃が目標を捉える。的である男と、自らを見えない線が結ぶ感覚が弓士を貫く。それは必ず『当たる』という経験則からの直感。

 弓矢を離す。弦の張力が矢を弾き、加速を与える。

 瞬く間に音速を超える矢。しかし風切り音は矢に刻まれた消音魔術により無音化。静寂の矢が朝の空を破る。



 ▽ ▽ ▽ 


「う、あ、が、ああ、っっ!!」


 暗闇の中をもがく。いや、もがこうにも男の両腕は千切れ、さらにはわき腹に大穴が空いている。


――なんだ、なんだよ! 痛え! 痛えぞ! 畜生!


 視界を失いなにがなにやらわからぬうちに、今度は三発の衝撃を喰らっていた。しかし男も転生者。魔力は腐るほどあるので即座に回復魔術を発動させる。強力な再生魔術により、わずか数分で完全に回復するだろう。

 だが最大の問題はこの攻撃だ。威力もさることながら、方向が三発それぞれバラバラである。ゆえに反撃の方向が掴めないので魔術を打ち込めない。ひょっとしたら囲まれている可能性もある。

 

――どこにいやがる、クソ野郎!


 魔術弓猟兵の作り出す矢は命中時に質量の二割を爆発力に変えることができ非常に威力が高い。更には魔術矢が飛行中にあらかじめプログラミングされた自己崩壊による変形を起こすことで矢の形と重心を急激に変化させ、通常ではあり得ない曲がり方をする矢を放てる。

 広範囲破壊魔術を撃てる転生者対策には、反撃時に方向を悟らせぬ攻撃方法が必要となる。魔術弓猟兵のこの技術はまさにうってつけだ。


――かまわねえ、こうなったら全方位まとめて魔術で吹き飛ばし……ン?


 首もとにチクリとした違和感。直後、全身に激痛が走る。癒えかけたはずの傷口がうずくように痛い。何かが体の内側から膨れ上がる感覚。


「ぎ、が、あああ、あっっ!!」


「おや、これはすごい効き目ですね。かなり強力な再生魔術ですか」


 聞き覚えの無い中年男の声が背後より響く。それさえも気にする暇も無く、痛みにもがくしかない。




 ▽ ▽ ▽


「どーですか? 上手い感じにいきましたか」


 馬に乗ったまま、弓を担いだ弓士が尋ねる。


「やあ、もう狙撃地点から来たんですか。ええ、あなたのおかげでバッチリ上手くいきましたよ」


 にこやかに言葉を返す中年男。その姿は黒装束に包まれ、弓士と同じく顔がわからない。

 その足元には、首に魔術錠を取り付けられた拘束帯だらけの男が横たわっていた。すでに男、というより、なかば肉塊と言ったほうが正しいかもしれない。目や腕、胴体などの負傷した箇所を中心に紫色の肉こぶが盛り上がっていた。


「うわあ、こりゃヒドいわ。……スゴい威力ですね、係長の『対魔改術刀デプログラム・ナイフ』」


「これは刀の威力じゃなくて、それだけ再生魔術の威力が高かっただけだよ。こいつの能力は魔術を狂わせることだけだからね」


 右手に持つ厚い峰の刀、俗に言う兜割りの短刀を振る。黒装束の中年、上級忍者ニンジャ・マスターが持つ短刀は刺した魔術の内容の一部を書き換えることができるマジックアイテムだ。

 だが短刀であるため範囲は短く、書き換えられる内容も短い。転生者の男の再生魔術の「正常な細胞を増やす」という魔術プログラミングを「異常な細胞を増やす」に書き換え、本来なら超スピードで欠損を治す所を、ガン細胞だらけにしてしまう魔術へ変えたというわけだ。相手の魔術が強力なほど威力が増すのだが、転生者に気づかれずに至近距離まで近づける高い技術と冷静さが必要となる。中年の男にはそれら全てが揃っていた。


「う、う、あ、な、んだ、お前ら……」


 呻きながら、男が問う。中年の忍者は、丸い腹周りを弾ませ傍らへしゃがむ。


「我々は東部ギルドの者です。あなたには強盗と脅迫、未成年略取誘拐、傷害罪及び不法な破壊活動による罪状が勧告されています。我々の連行に従うなら、しかるべき治療がうけられますが?」


 淡々と任務を告げる。かすれる喉で、男が叫ぶ。


「俺の何が悪い! この世界は不幸だった俺のご褒美のためにある世界だろ!? 女の子だってあれだ、ナデポやニコポに続く新しい女を落とす方法の、建物を魔法でぶっ飛ばして驚かして惚れさせる方法、通称『ドンポ』をしただけだろ!」


「それは惚れてるんじゃなくてお前に脅えてるだけだろ!」


 怒鳴る弓士が馬から飛び降りる。そのまま転生者の背中に着地。あばらが折れる感触が足に伝わる。


「ぐえ!」


 蛙のような声を上げ男が気絶。


「まあまあ、ちょっと落ち着きなさい。せっかくお互い無事に終わったんだから。美人は怒らないほうがいいよ、――――メリッサ君」


 マスクを外す黒装束。現れるは禿頭。そしてにこやかな顔。ギルド事務所の中間管理職、地獄の板挟み。タルギン係長。

 

「係長、絶対この仕事、ギルド事務員がやる仕事じゃないと思います」


 弓士も兜を脱ぐ。緑なす黒髪が流れる。整った輪郭にふちなしのメガネが乗る。メリッサ・ロウル、結婚相手募集中。

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