第九章 対魔装甲機兵団
なんてこったい…分割する羽目に……
対空兵器と砲撃魔法が異常に発達したこの世界の戦場において、かつて帝国の主戦力であった機動兵器の類はただのマトに成り下がる結果となった。3千年経った現在でも戦場の主役は海兵隊や装甲兵などによる白兵戦が主なものである。
それ故、兵士単体の地力が遥かに勝る王国の魔法使いたちによって帝国軍は苦戦を強いられることになり、戦場で魔法使いに勝利するためには連携と物量によるゴリ押しに頼るしかなかった…。
しかし、たったひとつだけ例外が存在した。その部隊は帝国最強の名を冠し、同じく最強と謳われし王国の『魔法近衛騎士隊』と双璧を成す唯一の集団…。
『一対一では魔法使いに勝てない』……そんな世界の常識に真正面から喧嘩を売り、鉄と機械の鎧に身を包みながら立ち塞がる魔法使いをことごとくあの世に送った異質な部隊…。
―――対魔導兵士専門殲滅装甲機兵団『2K(Knight Killer's)大隊』
―――通称『対魔装甲機兵団』
~遡ること数分~
王家直轄魔導隊の四番隊隊長である『ローラ・ディオーノ』は謎の寒気を感じていた。おまけに冷や汗がさっきから止まらない…。
さっさとこの帝国から祖国へと帰還すべく、アスト・フランデレンの身内であろう女を誘拐するために襲撃を仕掛けた。人質さえ取れば奴も素直に従わざるを得ないと踏んだからである。
不本意ながら忌々しい帝国の機械…電話を使って誘き出したのはいいが、金で雇った猿共はまるで役にたたなかった…。仕方なくエリゼネアと共に不意打ちを仕掛け、絶好のタイミングで魔法を放ったのだが…魔砲により発生した硝煙で視界が塞がってから胸騒ぎが治まらないのだ…。
「…エリゼネア!!奴はどうなった!?」
「どうかなさいました、お嬢様?……いえ、隊長…」
「いいから早く答えろ!!」
二人を挟んで硝煙が舞っているため、互いの姿は見えぬが声はしっかりと聞こえた。しかし、こちらの気持ちを知ってか知らずかむこうから聴こえてきた暢気な声に若干苛立ちを覚える…。
「わたくしも隊長の魔法で視界が塞がってました…。しかし、流石は隊長ですわ。私ではあの威力を生み出すなんてとても…」
(…たわけが!!)
私が求めている返事はそんなものでは無い!!と、怒鳴りつけたくなったがその暇は無かった…。突如流れてきた風により、路地裏に漂っていた硝煙は全て飛んでいった…。
―――誰も居ない魔法の着弾地点を残して…。
「ッ!?エリゼネア、上だ!!」
「なっ!?」
ローラの叫びにエリゼネアが反応して上を見上げたのと、上空から彼女に向かって何かが投げつけられたのはほぼ同時だった…。
「くっ!!この程度!!」
咄嗟に魔法による障壁を展開し、それを防ぐ。投げつけられた何かはエリゼネアの障壁に激突し、ゴンッ!!という音と…。
「グエッ!?」
―――呻き声を出した…
「「え?」」
よく見るとそれは、先ほど捕獲対象である女ごと魔法で吹き飛ばされた筈のスキンヘッドのチンピラであった。一度だけ声を出した彼は障壁からずり落ち、そのまま地面に倒れ伏した。
ローラが放った魔法は相手に負傷させる程度の威力は持っていたが、上空に吹っ飛ばすほどの威力や効果は無かった筈である…。
それなのに何故…?
―――ドゴォ!!
「つあッ!?」
「何!?」
突如エリゼネアの背後から聞こえてきた鈍い打撃音。同時に彼女は膝から崩れ落ち、その場に倒れた。エリゼネアが地に倒れ伏したことにより、彼女の背後で拳を突き出した姿勢を維持している人物がローラの目に入る…。
その人物は茶髪の髪に翠色の瞳、紺色の上下に赤いジャケットを纏った少女とも言える若い女性。先程自分が猿呼ばわりしながら魔法で吹き飛ばした筈のフィノーラが立っていた…。
「どうした魔法使い、貴様の実力はその程度か…?」
「くぅ、小賢しい真似を!!」
口調と雰囲気が大分変わっていたが、魔法でも何でも無いただの拳で膝を付くどころかワンダウン取られるという屈辱によりエリゼネアは大して気にしなかった…。
フィノーラから少しだけ距離を取り、魔法を放つべく手に持った剣を上に掲げる…。
「魔力も無い山猿風情が!!わたくし達に刃向かったこと、後悔するがいいですわ!!」
同時にエリゼネアの剣に雷光が迸る。放つのは先日アストにあっさり防がれた雷撃魔法。されど今度の標的は魔力を持たないただの猿…。
「防げるものなら防いでみせなさい!!【バンライ・ガン】!!」
そして一斉に放たれる10本もの雷撃。常人ならば絶望するしかないその光景の中、ローラは戦慄せざるを得ないモノを見てしまった…。
―――放たれた雷撃と入れ替わるように、エリゼネアの目の前にフィノーラが立っていた…
「なっ…!?」
既に誰も居なくなった場所に突き刺さった雷撃は派手な爆発音と共に周囲を爆砕したが、最早何の意味も為さなかった…。あまりに有り得ないことに対し、エリゼネアは標的を目の前に驚愕と恐怖で口をパクパクしながら硬直していた…。
「しっかりしろエリゼネア!!」
「はッ!!こ、この…!!」
何とか我に返ったエリゼネアは、目の前のフィノーラを切り捨てるべく剣を彼女に振りかざす。しかし、彼女相手にそれは自殺行為だった…。
「そういえば…」
「っ!?」
至近距離で振り下ろした剣はあっさり躱され、そのまま手首を掴まれる。そして…
―――ごきぃ!!
「きあぁっ!?」
「昨日はよくも…」
掴んだ手首を限界を無視して思いっきり捻りあげる。鈍い音と共に、エリゼネアの手首は変な方向に曲がったままダラリとぶら下がってしまった…。
激痛によりエリゼネアは叫んだが、それに意も返さずフィノーラは動きを止めない。逃がさないようにエリゼネアの手首を掴んだまま空いた手の方に拳を作り…。
―――ドスッ!!
「ぐふうっ!?」
「私の友人を侮辱してくれたな…?」
腹部に叩き込んだ。その時点で既にエリゼネアはフラフラだが、それでもフィノーラは容赦せず彼女を嬲るのをやめようとしない…。
―――肩を外し、腕を折り、足を踏み砕き、鎖骨を叩き割り、動けなくなったところへ無慈悲なくらいに何度も打撃をぶち込む…。
そのあまりに恐ろしい光景を前にローラは、助けを求めて泣き叫ぶエリゼネアの声を聴いても微動だにすることなくただ突っ立っていることしかできなかった…。
そして…
「あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「うるさいぞ魔法使い。貴様も兵士なら、このぐらい耐えて見せろ」
---ゴキィ!!
「ッーーーーーーー!?」
「エリゼネアッ!?」
声にならない悲鳴を上げ、失神しながら崩れ落ちたエリゼネアを見てようやく正気に戻れたローラ。
「……やれやれ、久々にこの口調に戻ってしまったな。これでは当分このままかもしれん…」
「ッ!!お前はいったい何者なんだ!!」
遭遇した当初のものとまるで正反対のような固い口調で呟くフィノーラ。今の彼女の雰囲気は寒気を感じるほど恐ろしい何かが滲み出していた…。
魔力を持たないにも関わらず、魔法使いを一方的に嬲り物にした彼女に恐怖を感じつつもローラは問いかける。それに対し、フィノーラは右手で懐から拳銃を取り出し、ジャケットの左袖からナイフを取り出しながら答えた…。
「私か?…私は元帝国軍『対魔装甲機兵団』所属、フィノーラ・ヴェルシア元大尉だ!!」
「ッ!?」
フィノーラの口から出てきた名称は、魔法使いにとって死刑宣告と同義の意味を持つ恐怖の象徴…。
---冷や汗が滝のように流れる…
---震えが止まらない…
---心臓の鼓動が暴れ狂う…
---王国が最強と信じて疑わなかった『魔法近衛騎士隊』に初めて死者を出させた部隊…
---この世界で唯一『魔法使いを狩る側』の存在…
王家直轄?部隊長?…そんな肩書きなどゴミだ。生まれて初めて『魔衛騎』の実力をこの目にした時、自分が彼らに抱いた率直な感想は化物だった。
ところが『対魔装甲機兵』はその化物と渡り合うことが出来るという…。
---そんな化物に、一般兵より少し優秀なだけの自分が喧嘩を売ったらどうなるだろうか?
---友人を害獣と呼んだらどうなるだろうか?
---身内に対する人質にするため、襲撃を仕掛けたらどうなるだろうか?
そんなもの決まってる。間違いなく自分は…。
--- コ ロ サ レ ル !!
「う、うあ…うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」
恐怖でパニック状態になったローラは半ば理性を放り出し、本能的にレイピアをフィノーラに向けた。
「【グラン・ティアーナ】あぁ!!」
レイピアを前に突き出したと同時に、彼女の背後に髪の色と同じ紫色の光球がいくつも出現した。破壊の魔力をありったけ注入された光球は一層輝きを増していく…。
しかし四十近い弾幕が作り出す破壊の嵐が自分に狙いを定めているにも関わらず、フィノーラはまるでつまらないモノを見るかのような冷めた視線でソレを見つめていた。そして…。
「ほう、流石に立ち向かってくるだけの気概は持っていたか…。褒めてやろう」
「ッ!!」
あろうことか挑発までしてきた。馬鹿にされた怒りにより、逆に理性を取り戻したローラは冷静になり始める。冷静に考えれば『対魔装甲機兵』とはその名のとおり、科学技術の結晶である『特殊装甲』を身に纏っているものだ…。
それがどうだ?目の前の奴が身につけているのは、明らかにこの国の一般市民が着ている普段着というもの…。自分が奴を恐れる要素など何も無いではないか!!
「ふ、ふふ…ふふふ……あはははははははははははははははははははははははは!!」
「どうした、気でも触れたか…?」
突如笑い出した自分に怪訝な表情を向けてくるが、そんなことなど気にならない。自分は一体コイツの何を恐れていた?何に怖気づいた?こんな雌猿のどこに!!
「何とでも言うがいい、この雌猿が!!例えお前が本当に対魔装甲機兵だとしても、そのちゃちな玩具とナイフ以外持ってない…特殊装甲の無い機兵なんぞに私が負けるわけ無いだろう!!」
そうとも、私は勝つんだ…装備が無いとはいえ敵国の最強部隊の一人にこの手で!!もう誰にも『お飾り部隊の隊長』なんて呼ばせはしない!!
「我が名声の糧となるがいい!!【ウォール・クラッシュ】!!」
同時に放たれる無数の光球。確かな破壊力を持った紫色の弾幕は途中、路地裏にあった配管やゴミバケツを粉砕しながら真っ直ぐにフィノーラに迫る。魔法を放ったローラにはその光景がまるでスローモーションのようにゆっくり見え、自分の栄光が手に入る瞬間を信じて疑わなかった…。
---魔導兵が素手で沈黙させられた事実と光景を忘れて…
「……ぬるいな…」
「は…?」
ローラの空いた口は閉じることが無かった。何故なら、自分が作り出した破壊の嵐に向かってフィノーラが真正面から"歩み寄っていった"のだ。それどころか…。
「狙いが甘い…」
―--飛んできた光球を横に軽くずれて避ける
「弾速が遅い…!」
―――光球を右手の拳銃で撃ち落す
「威力が弱い…!!」
―――左手のナイフで叩き落とす
「何より弾幕が薄過ぎる!!」
―――真っ直ぐに、愚直に、一直線に、弾幕を捌きながらローラへと歩を進めてくる…。
「どうした魔法使い、私が今まで殺してきた魔導兵はこんなものでは無かったぞ!!恥を知れ!!」
「う…う、そだ…嘘だ……こんなことが…!!」
目の前の光景が信じられず、ローラは愕然とした。自分の所属する部隊が体裁だけのお飾り部隊であるのは自覚している。それでも魔力も持たない帝国の猿に遅れを取るなど……恐怖を感じるなど…!!
「私を前に余所見とはいい度胸だな…?」
「ハッ!!ぶげぅ!?」
認めたくない現実を前にして目を逸らしている間に、自分とフィノーラの距離はゼロになっていた。気づいた時には既に彼女の足が自分の腹部に叩き込まれており、朝食べた物が全部でた…。
「ひとつ教えてやる、魔法使い…」
「ガハッ!?」
くの字に体を折り曲げているローラの顔面に膝が叩き込まれ、彼女は勢いよく仰向けに倒される。そしてそのままフィノーラは倒れた彼女の腹部を踏みつけ動きを封じる。
「う、うあ゛ッ…!?」
「私たち対魔装甲機兵団にとって、特殊装甲は"リュックやポーチ"みたいなものなのだ…」
右手に持った拳銃の照準をゆっくりとローラの眉間に向ける…。
「なぜ帝国軍は一般兵に"対魔装甲機兵のスーツを量産しない"と思う?…理由は簡単だ、『武器を限界まで持つことしか考えてないスーツ』なんて誰も欲しがらないのだよ。つまりだ…」
―――我々が人外である要因に、特殊装甲は含まれていないのだ…
「…な、なんな…のだと…いうのだ、お前は……!?」
「二度も同じことは言わん。さて魔法使い、貴様の障壁はどの程度の強度を持っている…?」
「ッ!?【リライト・バリアー】!!」
フィノーラの言葉に何か不吉なものを感じ、ローラは自分が使用できる魔法の中で一番頑丈なモノ
を展開する。しかし…
「セーフティー・ワンランク解除、モード・リニアガン…」
『声紋認証・確認完了・安全装置解除・使用形態・電磁銃…』
薄く光る障壁越しから聞こえてきた自分への宣告。それは自分の眉間へと狙いを定めた黒い塊から聞こえてきたかもしれないが、それを確認することは叶わなかった…。
「三日ほど生死の境を彷徨ってこい…!!」
―――銃口から一瞬だけ見えた青白い光を確認したと同時に、彼女の意識は闇に沈んだ…
「……やり過ぎた…」
足元に転がる失神したローラを見ながらフィノーラは呟く。軍人時代からの相棒でもある『帝国軍制式万能銃』による一撃を障壁は辛うじて受け止めたが衝撃は殺せず、結果その衝撃のはずみで後頭部を強打したローラは意識を手放す結果となった…。
向こうで生き地獄を味わい、満身創痍で転がっているエリゼネアも死んではいないだろう。彼女ら魔法使い達には『回復魔法』とかいう反則的な治療術があるのだ。瀕死状態を放置していても、そう簡単には死んだりしないのだ…。
そもそも本気で殺す気があったのならエリゼネアの場合は首の骨をへし折っとくし、ローラには反魔力物質でコーティングした弾丸をお見舞いしている。
「……私も甘くなったものだ、魔法使いを生かすなど…。」
かつて現役時代だった頃の自分からはまるで想像がつかなかった…。軍の命令には疑問を持たずに絶対服従、魔法使いは見敵必殺、降服は受け付けるな、情けはかけるな、相手を人と思うな…。
それが今はどうだ?
―――軍を退役して一市民になった今の自分は魔法使いを愛し、共に暮らしている…。
「…本当に人って変わるものね。その証拠に私、もう最近の口調に戻ってるし……」
軍を辞めてから身に付けた女口調。それは近所との人付き合いのために始めた付け焼刃の筈だったが、今ではしっかり板に付いたようですんなり出てくる。
練習し始めた当初は柔らかい口調だけを目指した結果、ずっと一緒に居たアストと友人であるミレイナの口調に無意識で似偏ってしまったのはいい思い出である…。
「まぁ、カザキリの説教が面倒なのが本音かもしれないけど…」
『基本的にこの街で騒ぎを起こすな』。それがカザキリ警部が自分たちに対して耳にタコが出来るほど言ってきた言葉である。今日みたいな場合には面倒なことこの上ないが、元特殊部隊やら敵国の騎士やら亜人やらがこの街で暮らせるのは一重に彼の御陰なので、一応感謝しながら厳守はしている…。
「それじゃあ、とにかく私はアストのとこに帰ろっかな…。後始末はよろしくね、『リザ』」
そう言ってフィノーラは踵を返して事務所兼自宅の方へと歩み出した。後ろへ視線を向けることなく、背中越しに手を振りながら…。
「…なぁによ。気づいてたなら言いなさいよねぇ?」
―――気を失って沈黙している者以外誰も居なかった筈の路地裏に突然、無数の黒い影が現れた…。
「あらぁ、仲良く二人して気絶しちゃってまぁまぁ……ほんとぉに情けないわねぇ…」
その影達は徐々に集まりだし、やがて一人の幼い少女の姿をかたどった。見た目は十歳未満であり赤髪に黒目、そして空賊のヴィリアントと同じ形の黒い帽子と蒼いコートを羽織っている。唯一違うのはズボンでなく長めのスカートを履いていることぐらいだろうか…?
「コイツらが私達絡みと察していながらぁ私達に任せるなんてぇ、よっぽど信用してくれてるのねぇ…。お姉さん嬉しい限りよぉ…?」
背を向けたまま歩き去るフィノーラに視線をやりながら『お姉さん』を自称する赤髪の幼女。しかし、その実この幼い姿をした彼女の年齢を知ったら『お姉さん』と呼ぶことさえ躊躇ってしまうだろう…。
「その信頼に応えるためにもぉ、あなた達に損をさせるような立ち廻りはしないと誓うわぁ。『蒼風』の名の下にねぇ…」
見たら10人中10人が逃げ出しそうなほどの不気味な笑みを浮かべる幼女…。彼女はその表情のまま気絶した魔法使い二人に近づいていく。面倒なので彼女達が雇ったチンピラは無視である。
「さぁ~てお嬢さん方ぁ、死神が逃げるほどの大悪霊が来たわよぉ。さっさとあの世の境目から帰ってきなさぁい…」
―――『蒼風一味』№2、『リザ・クロムウェル』。種族『千年亡霊』。
「…そしてぇ、さっさと『利用し合う仲』という名のぉ『共食い』を再開しましょう?」
瀕死状態で気絶中の二人を治療するべく、『魔力』とも『妖力』とも違う特別な力…『霊力』を両腕に纏わせ輝かせた彼女はそう言った。
次回でキリがよくなる……筈…