第八章 深緑と紅
更新する場所間違えそうになった!!
「来ませんね…」
普通の店の倍以上はあろうかという大型カフェテリア『グランモーゼ』…この街ではそこそこ名所であり、昼頃にもなると若者達で賑わう。
そんな店の端にあるひとつのテーブルに、白いスーツを身に纏い深緑色の髪をした一人の少女が座っていた。普段なら仲間に『生真面目の塊』と揶揄される程の彼女だったが今日はその也を潜め、先ほどから店の時計をしきりに気にしており、ソワソワして落ち着きが無くて周囲から少々浮いていた…。
その姿は連れを待つカップルの片割れの様でもあった。
「正午まで後五分…」
正直言って勢い任せで書いたあの手紙で彼が来てくれるのかどうか、今更になって不安になってきた。彼とはそこそこ長い付き合いなので、多少の冗談には目を瞑ってくれるだろうが…。
「……それにしても、あの内容は無いですね…」
謝罪の文章かと思ったらデートの御誘いとか馬鹿すぎる。どうも彼が関わると、自分は歯止めが利かないようだ。彼が王国から行方を眩ましてからは悪化したかもしれないが…。
それでも、自分には彼に尋ねなければならぬことがある。
---『彼が王国を去った理由』と個人的に重要な『あの質問』を…
「…何してるんだい?」
「ッ!?」
意識が思考の渦に飲まれかけていた時に聞こえてきた声…。視線を上げれば、いつの間にか自分が座っていたテーブルに黒髪で黄色い瞳の青年が相席していた。
真正面に座るその青年は黒いシルクハットにスーツを身に纏い、黒くて中型のトランクケースを足元に置いていた。その格好は、彼女の記憶に留まる彼とは似ても似つかなかった…。けれど目の前に居る青年は間違いなく自分の目標であり、憧れであった魔衛騎隊最強の男…。
「…来てくれないかと思いました……」
「まぁ、他の奴らなら考えたけど…君なら大丈夫だろうと思ってね、『アイカ・クラリーネ』一等武官殿?」
フルネームで呼ばれた彼女は少しだけ眉を顰めた。そして彼女はそのまま少し拗ねたように、視線をずらして不満を漏らす。
「呼ぶのなら、いつもの愛称でお願いします…」
「…分かったよ、『アリス』……これでいいかい?」
そう言ってやった瞬間、彼女は嬉しそうに頬を緩ませながらこっちを振り向いた。一瞬で損ねた機嫌はこれまた一瞬で治ったようだ…。
「いつも思うんだけど、なんで『アイカ』なのに『アリス』って愛称なんだい?」
「ふふ、秘密です…」
そして言うや否や彼女は表情を真剣なものへと変え、口を開く…。
「…それでは色々とお話しましょうか、アスト先輩?」
---かつて自分と同じ部隊に籍を置いていた後輩は、楽しそうにそう言った…。
アストがかつての同胞と再会している頃、急な仕事の依頼で出掛ける羽目になったフィノーラは人通りの少ない路地裏で一人愚痴っていた。その原因は彼女の足元に転がっている物体にある…。
「……本当にツイてないわ…」
まるで狙い済ましたかのようなタイミングでかかってきた依頼の電話。オマケに『依頼の内容は現地で話す』と言うから来てみれば、居たのは電話をかけてきた女声の依頼主ではなく徒党を組んだチンピラ達であった…。
「うぐぉおぉぉ…」
「い、痛えぇ…」
---そのほとんどが、満身創痍で地に倒れ伏していたが…
「おい、ヤベェよこの女!!強すぎだろ!?」
「だから嫌だったんだ!!『返り血の紅探偵』の相手なんて!!」
「…その呼び方やめてくれないかしら?ていうか、私のこと知ってるなら最初からやめときなさいよ」
指定の場所である路地裏で遭遇した途端、出入り口を塞ぎ有無を言わさず襲い掛かってきたがハッキリ言ってチョロ過ぎた。"昔の口調"に戻る必要も無さそうだ…。
「畜生!!調子に乗るなぁ!!」
「あ!!馬鹿、よせ!?」
恐慌状態に陥った一人がヤケクソになって殴りかかってきた。腕を大きく振りかぶり、その拳を此方の顔面目掛けて突き出す…。
…あぁ、もう面倒くさい。こちとら旧友と恋人の3人でワイワイやろうとした時に呼び出されて来たってのに……。そりゃあ、久々にアストを養う立場に戻れそうだから仕事を引き受けようとしたけど、嵌められる筋合いは無いでしょ…?
「オラァ!!」
「…ふん」
ブン!!と風を切るような音が聞こえるほどの勢いを持って繰り出された拳。しかし、そんなもの現役時代に必死で避け続けたものと比べたら遅い遅い。
---コキャキャキャ!!
「ギイィイエエエエエエエエエエ腕があああああああああああ!?」
「マイケルうううううううう!?」
すれ違いざまに殴りかかってきた男の肘から指先までの間接を全て外してやった。早く医者に行かないと大変なことになるかもしれないわよ?…て、激痛でそれどころじゃ無いか…。
「はい、次ぃ!!」
「く、来るなぁ!!」
「うっぎゃあああああああああああああ!?」
ペースを一切落とさず、フィノーラは次々とチンピラ達を文字通り"壊していった"。ある者は両肩とを外され、ある者は膝の皿を砕かれ、ある者は前歯を全部持っていかれ…とにかく彼女は容赦がなかった。
次々と仲間たちに地獄を見せながらツカツカと歩み寄ってくるフィノーラに、未だ辛うじて無事だった者たちは顔面を蒼白にしながら震え始めていた…。
「あんなの人間じゃねぇよ!!」
「やってられるか!!俺は逃げるぞ!!」
「ちょ、待てお前ら!!」
11人目の犠牲者の様子を目の当たりにして完全に戦意を喪失した彼らは即座に踵を返し、リーダー格であろうスキンヘッドの若者を残して逃げ出した。咄嗟に振り向いて呼び止めようとしたが仲間の背中は既に遥か彼方…。
「…もうヤケクソだ!!やってやろうじゃゲブゥホァ!?」
「うるさい」
意を決して自分と対峙しようと振り向いたスキンヘッドの腹部に躊躇うことなくミドルキックをブチ込んだ。やや小柄な彼女の見た目からは想像できない威力を持ったそれにより、スキンヘッドは体をくの字にしながら数メートル程ぶっ飛ばされ、そのまま壁にぶつかるまで転がった…。
「ゲホッ!!ウエッホ…!!」
「よいっしょ…」
---ズン!!
「ぐえっ!?」
あお向けになりながら苦悶の表情を見せるスキンヘッドの腹部を容赦なく踏みつけるフィノーラ…。スキンヘッドは手足をジタバタさせ、彼女の踏みつけから逃れようとするがビクともしなかった…。
…もう『スキンヘッド』じゃなくて『ハゲ』でいいかしら?
「さて、何で私のことを狙ったのか教えてもらえるかしら?」
「うぐッ…」
やや低い声音でスキンヘッドに問い詰める。不本意ながら『返り血の紅探偵』だの『暴力女探偵』だの言われて有名になっている分、この街の人間で自分に手を出すような勇気のある者は居ないに等しい…。
---誰かに頼まれない限り…。
「だ、誰が言うかよ!!」
「……。」
一矢報いるつもりなのだろうか、足蹴にされているにも関わらず強気な態度を見せるハゲ。少しだけ面倒くさそうな表情を浮かべたら『してやったり』みたいな顔をしてきた…。
ふ~ん、へぇ~、ほぉ~…この状況でそんな態度取るんだぁ~。そんなムカつくハゲには少しだけ面白いことをしてあげようかしら…?
そう思いながら足をハゲの腹から少しだけどけてやる。
「え、なんで…?」
フィノーラの予想外な行動にハゲは若干戸惑った表情を見せる。もしや見逃して貰えるのか?などと淡い希望を抱いたが、それはぬか喜びだったとすぐに実感することになる…。
何故なら、腹部からどけられた彼女の足はスキンヘッドの下半身…股間の方へと向けられて……。
「ッ!?ちょ、タンマ!!」
「えい!!」
---ズドオォン!!
「うっおわああああああああああああああ!?」
勢いよく振り下ろされた足はありえない物音をたてた…。さっきまで蹴られた激痛により動けなかったハゲであったが、自分の『男の象徴』が狙われたとあって必死にそこから飛びのいてしまった…。
とりあえず自分のアレが無事であることを確認し安堵する。そしてさっきまで自分が居た場所を見て顔から血の気が失われた…。
---振り下ろされたフィノーラの足は、コンクリの地面に小さなクレーターを造っていた…
「…次は潰すわよ?」
「な、何を…?」
「その薄汚い『ナニ』を」
---ズドォン!!
「うひぃ!?」
「さぁ、喋る気にはなったかしら?」
ゾッとするほど冷たい笑みを浮かべながら言葉を紡がれた上に、再度地面を粉砕するところを実演されてハゲは完全に心が折れたようである…。まるで壊れた人形のようにコクコクとひたすら首を縦に振っていた。
「分かればいいのよ分かれば…。で、何で私を襲ったのかしら?」
まぁ、どうせ誰かに頼まれたとかでしょうけど…。最近は何処から恨みを買ったかしら?
この前浮気現場を抑えた大物芸能人?脱税の証拠を抑えた事業家の社長?それとも先日の誘拐犯…名前なんだっけ?『サドウ・キワメテ』……絶対違う…。職業柄、心当たりが多過ぎて逆に予想できない…。
なんて考えてたらハゲが勝手に喋り始めた。
「お、俺たちは金で雇われたんだ!!ここに来る女を手段問わずに拘束しろって…」
コイツら自身が私に用があるわけではないのは分かっていた。問題は『誰が』である…。
「そいつはどんな奴だったのかしら?」
「金髪にスーツの若い女だ。バリバリのキャリアウーマンって感じだった」
…金髪にスーツ?キャリアウーマン?……思いっきり心当たりがある…。同時に背後からコレまた身に覚えがある胸糞悪い気配がしたので後ろを振り向く。
すると、路地裏の入り口に先ほどの特徴に一致する若い女…昨日、私の友人を侮辱して私の恋人にボコられたマルディウス王国の魔法使い、『エリゼネア・カリーヌ』が立っていた。
「…本人が駄目ならその身内を、って訳かしら?」
「帝国の猿の割りには、理解が早くて助かりますわ。大人しく捕まって下さいまし」
昨日と同様、いちいち癇に障る態度と口調でふざけた事を抜かしてくる。どうやら自分を拘束し、アストに対する人質にするつもりらしい…。
「本人が『帰りたくない』って言ってるのに御苦労なことね…」
「国家という組織において、本人の意志など関係ありませんわ。もっとも、あなたみたいな貴族でも軍人でもない平民に何を言っても理解できないでしょうけど…」
そう言ってエリゼネアは昨日と同様、右手に剣を召還した。既に戦闘準備は整っているようで魔力による輝きが薄暗い路地裏を照らし出す…。
「先に言っておきますけど、人払いの結界を展開しましたので助けを呼んでも無駄ですわよ?」
「そんなことしないわよ。でも、せめて無関係な人間くらい逃がしたら?」
そう言って自分の背後でへたり込んでいるハゲを指差す。エリゼネアが光輝く剣を出した時点で自分達の依頼主の正体が解り、逆にパニック状態のようだ…。
エリゼネアに雇われたとはいえ彼らはパンピーである。ただの不良に毛が生えた程度の彼らが魔法使いであるエリゼネアの戦闘に巻き込まれたらタダでは済まないだろう…。
だが、エリゼネアはムカつく笑みを浮かべてこう言ってきた…。
「えぇ、無関係な人間でしたら巻き込みませんわよ……ねぇ、隊長…?」
「ッ!?」
その瞬間、殺気を感じて咄嗟に振り返る。するとそこには、先程まで自分に怯えていたハゲは居らず、エリゼネアと同じようなスーツを身に纏い、紫色でショートヘアの女声が光輝くレイピアを此方に向けていた…。
「その通りだ。ただ我々は、王国人以外の存在が人間に見えないのだ……猿共…」
---その言葉と同時に、狭く薄暗い路地裏は紫色の閃光によって蹂躙された…。
「魔衛騎を辞めて王家直轄部隊に転属したんだって?」
「えぇ、家の事情もありまして…。」
「なんて勿体無いことを…。君ほどの実力者を、あんな『精鋭(笑)』に入れるなんて……」
「恐縮です」
挨拶もそこそこに、アストは目の前に座る深緑色の髪の少女と饒舌過ぎるくらいに喋り続けた。王国に本当の意味で心を許せた者は僅かしか居なかったが、彼女はその僅かのうちに入るのだ…。
彼女の名前は『アイカ・クラリーネ』。かつて自分も籍を置いていた王国最強部隊『魔法近衛騎士隊』出身であり、そこでの後輩でもある。現在は『王家直轄部隊』の精鋭に所属しているそうだ。
アイカは他の同年代の貴族と違い、生真面目で優秀だった。自分の知る限り貴族出身の若い兵士は大抵エリゼネアの様な坊ちゃんや嬢ちゃんばかりだった。
しかしアイカだけは違った。彼女はアストが認めるほどの確かな実力を持ち、それを自慢せずひたすら修練に励む真面目な人格は王国軍の全員を認めさせるほどだったのだ。
「ところで『アイカ』…」
「ですからアスト先輩、私のことは『アリス』と呼んでください…」
「あぁ、ゴメン。アリスって"まだ年齢偽ってる"の?」
「そうですが、何か…?」
「……いや、何でもない…」
彼女は昔から実年齢を偽っている。軍の書類上は『21歳』だが、実際は『17歳』とフィノーラたちよりも年下である…。それを初めて暴露された時は大分驚いた。彼女の凛々しい雰囲気のせいで、誰もが疑問に思わなかったのである…。
軍に所属するに辺り身分の詐称は重罪である。ところが独自に色々と探ってみたところ、上層部はそれを黙認していたようである。何故かは知らないが上が認めているのなら口を挟む理由は無い。そこまで軍に忠誠は誓ってないし…。
「ま、気にはなるけどね…?」
「ふふ、いつも言ってますが秘密です…」
エリゼネアとは違う、嫌味を感じない純粋な微笑を浮かべるアイカ…。もし王国軍の男性陣がこの光景を見たら嫉妬の嵐で暴走したかもしれない。何故なら生真面目の塊と呼ばれる彼女が笑うところなど滅多に目撃できないからである…。
互いに持ってた話題が尽き、二人にしばしの沈黙が訪れる。少ししてアストは目の前に置かれたカップに手をやり、中身であるコーヒーを一口飲んだ。そして一息入れてから口を開く…。
「…それじゃ、世間話はここまでにしようか?」
「そうですね。では、早速本題に入らせていただきますが…」
アストは目の前に居る彼女に悟られないよう、ゆっくりと体に力を篭めていく…。王国への帰還を拒まれたエリゼネアが実力行使に出たように、彼女もまたそうするかもしれないからである。
---彼女の実力は、エリゼネア(ゴミ)と比べること自体失礼な次元なのだから…
「何故、第二王女からの縁談を断ったのですか…?」
「って、ソッチの話!?」
あまりに予想外だった言葉に思わず椅子から転げ落ちそうになった。必死で体制を立て直し、どうにか落ちずに済んだが…。
「最初に出てきた言葉がソレかよ!?国からの命令で僕を連れ戻しに来たんじゃないのか!?」
「確かにその命令は受けていますし、凄く大事です。ですが今の私にとっては先輩の言う"ソレ"の方が大切なのです。さぁさぁ早く教えてください、国を出た理由など後回しです。ましてや先輩を強引に連れ帰るなんて論外です、ていうか無理です」
こっちが相手の実力を買ってたように、あっちも同じだったようである。だからと言って、それを差し引いてもその質問は無いだろう!?…ましてや何でアイカがその質問を?
「そんなこと気にしなくていいですから、お答えください。」
「……どうしても言わなきゃ駄目かい…?因みに、王国を出た理由と同じなんだけど?」
「二度手間にならなくて丁度良いじゃないですか。さぁ、どうぞ」
弱った…いくらアイカとは云え、『敵国の人間に惚れて駆け落ちしました』なんて素直に言っていいのだろうか……?
なんて一人で悩んでいたらアイカが先に口を開いた。
「…まぁ、予想はついてますけどね?」
「え…?」
唐突にボソッと呟かれたため、アストはアイカが何を言っていたのか聞きそびれてしまった。しかし、それに構わずアイカは言葉を続けた。
「では質問を変えましょう。あなたが軍務に嫌気がさしたとか、給料が少ないとか、王国の人間以外の方に惚れたとか、亜人に同情したのかは私には分かりませんが…」
(…予想に正解が入ってるんだけど……)
表面上は冷静を保っているが内心では動揺しまくっている…。それを知ってか知らずか、アイカは喋り続ける。しかし、その表情は…
「先輩にとって『その理由』は、王国で積み上げてきた全てを躊躇せず捨てることが出来る程のモノだったのですか?」
アイカの表情は、返ってくる返答が自分にとって受け入れられ無いものであるかもしれないことを恐れ、強張っていた…。
けれどもアストは、少しも迷うことなく答える…
「あぁ、そうだね。比べるまでも無い」
「ッ!!」
そう答えた瞬間、アイカの表情が悲しみの色を帯びる…。しかしそれは一瞬のことで彼女はすぐにいつもの雰囲気に戻り、即座にアストへと問い続けた。
「……即答ですか…」
「すまないが、僕にとってマルディウス王国には未練を感じるほどの価値は無い」
「っ…!?」
『価値が無い』。祖国をそう評され、流石のアイカでもそれは聞き捨てならなかった。店内であるにも関わらずついつい声を荒げてしまうが気にする余裕は無い。
「…先輩の故郷でもあるんですよ!?」
「だからどうした?」
ケロッとした表情で問い返され、アイカはついに感情を爆発させた…。真面目な分、王国に忠誠を固く誓っているので余計アストの態度は気に食わないものなのだろう。
「あなたという人は、何故昔からそのような態度を取るのですか!?化猫族から先輩を救い出し、仇を討ってくれた上に面倒を見てくれたのは王国騎士団であり、あなたの養父である『レナード・フランデレン卿』なのでしょう!?」
「……そうか、君も『猫に呪われた男の子』を…」
うんざりする程聞きなれた物語の内容。それが彼女の口から出てきたことを見るに、やはり彼女は生粋の王国人であると再認識する…。
---彼女は本当の意味で"僕という存在"を認めることはできないだろう…
そのことに少し悲しく感じたが、同時にアイカを含めた王国での全てを置いてきたことは正解だったと実感した。何故なら王国の気質に染まった人間ほど、『猫に呪われた男の子』の真実は到底受け入れられないものなのだから…
「何故だって?…そうだね、強いて言うなら"『猫に呪われた男の子』なんて最初から居なかった"ってところかな?」
「……それはどういう意味なのですか…?」
「さぁね。まぁ、とにかく僕は王国に戻るつもりは少しも無いってことさ…」
「……申し訳ありませんが、そういうわけにもいきません。私はあなたを強引に連れ戻すのを半ば諦めてますが、残りの二人は手段を選ぶのをやめてます…」
『手段を選ぶのをやめた』…それを聞いた瞬間アストは眉を顰めた。つまりそれは正攻法をやめるということであり、自分に惨敗したエリゼネアが取る手段は……。
「さしずめフィノを人質にでも取るつもりかな…?」
「……やけに落ち着いてませんか…?」
「心配する要素が無いもん」
世界で最も愛してる人が狙われていると知りながら自分でもビックリするぐらい冷静でいられた。だが、彼女がエリゼネア程度に負けるとは微塵も思えないのだ…。
無論、心配するのと憤りを感じるのは別である。今度エリゼネアに会った時は3回ぐらい地獄巡りをさせてやろう……誰かの想い人に手を出すとどうなるかじっくり教えてやる…。
「…信頼してるんですか?」
「それもあるけど、何より経験が一番の根拠かな?」
「経験…?」
怪訝に思い、咄嗟に復唱してしまった。それを見たアストは苦笑を浮かべながらこう言った…。
---僕、戦闘で彼女に勝ったことないんだ。負けたこともないけど…
「あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「うるさいぞ魔法使い。貴様も兵士ならこのぐらい耐えて見せろ」
---ゴキィ!!
「ッーーーーーーー!?」
「エリゼネアッ!?」
路地裏に響く何かが砕けた音と声にならない悲鳴…。同時にドサリ!!という音と共に何かが崩れ落ちた。その様子を見ていた者は思わず叫んだが、名前を呼ばれた者は両腕両足を変な方向に曲げたまま地面に倒れ伏せ、沈黙していた。どうやらあまりの激痛に気絶したようである…。
「……やれやれ、久々にこの口調に戻ってしまったな。これでは当分このままかもしれん…」
「ッ!!お前はいったい何者なんだ!!」
「私か?私は…」
問われた彼女…フィノーラは拳銃とナイフ片手に不敵な笑みを浮かべて答えた…。
「元帝国軍『対魔装甲機兵団』所属、フィノーラ・ヴェルシア元大尉だ!!」
---数多の魔法使いを屠り、『クリムゾン・ストライカー』と謳われた紅蓮の兵士による殺戮劇が始まろうとしていた…。
フィノーラはアストより容赦ないです…