狭く、小さな世界で…
たまに自分で考えたキャラの名前を忘れそうになる…
---化猫族の集落に一軒の小屋が増えた…。
村では多くの者が生活し、誰かが訪れてそのまま住み着くということもある。それを考えれば、建物の一軒や二軒増えたとて特に気にするようなことも無い。
---その小屋には、人が住んでいた…。
村で長らく生活し、自分の家を持とうと考えた者だって居てもおかしくない。いつまでも子供じゃあるまいし、親から独立して家を持つのは普通のことだ。
―――その小屋の主は、五歳にも満たない子供だった…
扉に鍵を付けるのも当たり前だ。この御時勢、泥棒や危険な原生生物が突然家に入り込むなんてことは珍しくない。簡単に外部の者が家の中に入れないようにするのは常識だ。
―――その小屋には、鍵が十八個も設置されていた…
―――その小屋には、窓が一つも無かった…
―――その小屋は、中からは絶対に開けれないようになっていた…
そうとも。あの小屋は普通だ、常識の範疇だ、当たり前の存在だ。何一つおかしな所は存在しない。
―――悪魔の子を閉じ込めるための小屋なのだ、この位の事は当然だ…
◇◆◇◆◇◆◇◆
村から隔離され、異質な雰囲気を漂わす一軒の小屋。中からは決して扉を開くことはできないその建物の中で、住人である彼は薄暗い部屋の中で何かをしていた。
「……【光れ】…」
手を虚空に翳し、一言呟く。すると彼の掌から青白く、弱々しい光が発せられた。その光は明かりの無い薄暗い部屋を照らし出す。小さな部屋の中にあるのは小さな椅子、食事を終えた後の食器がのっている小さなテーブル、やけにボロボロで小さなベッド。それ以外のものは何一つ置かれていない…。
けれど彼にとって、現実の世界とはこの狭い部屋の中だけで全部だった…。
物心付いた時には既に、彼はこの小屋に居た。周囲を見回しても誰も居ない、耳を澄ませても何も聞こえない、静寂の世界に彼は存在した。
この世には自分とこの部屋の椅子、テーブル、ベッド以外は何も存在しないのではと本気で思いこんでしまうかもしれない場所だった…。
―――カチャリ…
「…!!」
そんな彼に、唯一“小屋の外”というものを感じさせてくれる者が居た。
―――カチャリ、カチャリ…
その者は自分に食事を運んできてくれる…。
―――カチャリ、カチャリ、カチャリ…
そして自分の身の周りの世話をしてくれる…。
―――カチャリ、カチャリ、カチャリ、カチャリ…
僕に言葉を教えてくれたのは“あの人”、僕に世界を教えてくれたのも“あの人”…
―――カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ…ガチャン!!
自分と世界を隔てる扉の鍵を開き、自分にあらゆることを与えてくれる“あの人”…
―――ギイィ…
「お待たせアスト、お昼ご飯よ!!」
「…ありがとう、姉さん。」
僕が“唯一知る僕以外の存在”、『リリエナ』姉さんが今日も来てくれた…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「美味しい?」
「うん…」
「良かった♪」
手作りのパンを黙々と頬張る弟の微笑ましい姿を見ながら、リリエナは自分の頬が自然と緩んだと自覚した。そして、同時に悲しくもなった…。
(…どうしてアストはこんな目に遭わなければならないの?)
傍から見れば、自身と同じ黒髪で紅目の可愛い弟に他ならない。アストは純粋で無垢なただの化猫族ではないか…。
「姉さん、姉さん…」
「ん?」
「……【浮け】…」
―――弟が何か呟いたと思ったのと同時に、彼が座っている椅子ごと浮かび上がった…。
「…て、ちょっとアスト!!」
「え、わわっ!?」
―――ガタァン!!
一瞬だけポカンとしてしまったが、すぐ咎めるようにして声を荒げる。それに動揺したアストは集中力を切らし、そのまま椅子と一緒に床へ落ちた…。
「痛たた…」
「…まったく。魔法の練習をするのは止めなさいって言ってるでしょう?」
「だってぇ…」
「だってじゃありません!!それじゃ外の皆に何時まで経っても会えないわよ…?」
「うぅ…」
魔法…何の因果か魔力を持って産まれてきたアストが、村から隔離されて生活する理由がそれだ。彼は産まれてから5年間、ずっとこの小屋に閉じ込められ続けているのだ…。
アストが産まれたその日、魔力を憎み忌み嫌う村の住人たちの意見は真っ二つに分かれた…。
『悪魔の力を持っているんだぞ!?すぐに殺すべきだ!!』
『だが彼は妖力も持っている!!もしかしたら王国の奴らを…!!』
『しかし危険だ!!悪魔の力が何時暴走するか分からんのだぞ!?』
『利用できるものはするべきだ!!』
―――アストを危険分子として殺すか、魔法使いに対する切り札として飼うのか…。
結局のところ、魔力を持っている時点で誰もアストを化猫族として扱ってくれなかった。それも充分過ぎる位に悲しい出来事なのだが、それ以上に認めたくなかったのは…。
―――自分の父と母が…弟の両親までもが『彼を殺すべき』と言ったことだ……
そのせいかもしれない…村人達がアストに対する処遇を決めることに躊躇しなくなったのは…。実の親たちが彼の存在を疎ましく思っているのだ、自分たちが後ろめたくなる理由が何処にある?
しかし、結局のところ大人達は魔力を憎んでいるのと同時に魔力を恐れていたようだ…。
アストに関する処遇は『保留』となった。ただし、村から少し離れた場所に隔離し、半ば監禁した状態での監視付という条件で…。
「僕は姉さんを喜ばせたいだけなのに…」
「……気持ちは嬉しいけど、それ以上にアストが小屋の外に出れるようになって欲しいの…」
大人達が魔力を憎む最大の理由は、魔力持ちは魔法が使えるからである。魔力を持つ王国の人間たちはそれだけで亜人達を見下し、タイミングが悪ければ『魔力を持たない存在』とういだけで襲ってくることもある。そんな世界に慣れた大人たちが『魔法使い』ではなく『魔力』そのものを恐れるようになったのはある意味必然であった…。
だからこそ大人達はアストをこの小さな小屋に押し込め、魔法を学べないような環境に追いやったのだ。けれど彼は姉を喜ばすという目的を原動力に、独学と感覚で魔法の腕を上げていった…。
リリエナは本場の魔法を見たことが無いので基準は知らないが、『速度強化』以外に使い道の無い化猫族の妖力と大分違うという事はよく理解できた。
「貴方が魔法を使えなくなれば、きっと兄さんも、父さんや母さんも、村の皆も受け入れてくれるわ」
「姉さん…」
「だから、その時が来るまで我慢してね?」
「……うん、分かった…」
弟の身に宿り、弟の人生を狂わせた力、魔力。それさえ無くなれば、きっと家族も村の皆もこの可愛い弟のことを一人の化猫族として認めてくれるだろう…。
だから、その時が来るまでは自分が彼の面倒を見て、彼を守り続ける。それが、自分の愛すべき弟にやってやれる唯一のこと…。
そう改めて決意しながら、彼女は今日も彼の為に色々なこと教える。様々なものを与える。弟が村の皆に受け入れられる日を夢見ながら…。
―――しかし、現実は彼女が感じている以上に冷酷だった…
―――バタァン!!
「「え…?」」
突如勢いよく乱暴に開かれた扉。リリエナとアストの二人が驚きながらも視線を向けると、自分たちと同じく黒髪で紅目の化猫族が立っていた。年は若く、リリエナより少し上なだけだろうか…?
「…兄さん?」
「……リリエナ、すぐに荷物を纏めて村から逃げろ…!!」
「…え?」
リリエナとアストの兄、『クラル』が息を切らせながら焦燥感に駆られた表情で佇み、意味不明なことを言い出す。怪訝に思うリリエナだったが、それに構わず彼の口から衝撃的な内容の言葉が発せられた…。
「大人達がコイツを…アストを殺すことに決めた!!」
―――アストを…殺す…?
「それだけじゃない!!奴ら、アストの世話を積極的に買い出たってだけでお前のことも一緒に殺そうとしてやがるんだ!!」
「……え…?」
リリエナは頭の中が真っ白になった…。




