第17章 紅い瞳
過去編…どうしよ…
「ただい…ま……?」
「おかえり~」
草薙衆二人を撃退し、夜の商店街から本日二回目のビニール袋片手による帰宅。扉を開けた瞬間、フィノーラと何やら芳ばしい香りが自分を出迎えてた。
ただその香りの正体が自分の予想通りならば、彼に気を使って夜の街にくり出し、草薙衆と戦ってまで行ってきた買い物が無意味になると思うのだけど…?
「ねぇアスト、知ってる…?」
「…何かな?」
目の前に居る彼女の表情が微妙に苦笑いなところをみると、やっぱりこの香りの正体は…。
「猛禽類(鳥)は小鳥も食べるのよ…」
「……そうだったね…」
「あ、おかえりなさい。キッチン借りてました」
エプロン着用のレインスが、こんがり狐色に焼かれた手羽先を乗せた皿を片手に出迎えてくれた…。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、こんなものですかね…?」
魔術式で造りだした鎖でグルグル巻きにした二人の草薙衆を警察署前に投げ捨て、アイカはその場から早々に去って行った。結果だけ見れば正当防衛とも言えるが、自分は二人の草薙衆を殺している。それを抜きにしても自分は不法入国者、警察とはあまり会いたくない…。
「……それにしても…」
自身は戦いが好きだ…いや、厳密には敵と戦い、そこで得ることができる『勝利』と『名誉』を求めている。故に、王国にも少なからず名声を響かせていた草薙衆を圧倒したという事実は自分に対してかなりの高揚感を与えてくれた。
けれど今の自分にはそんなもの、欠片も残っていなかった…。
「あれは本当に見間違いなのでしょうか…?」
最初の高揚感を吹き飛ばし、自分の胸中にモヤモヤしたものを漂わすあの光景…。ただの見間違いかもしれないが、長く戦場に身を置いてきた者として自分の動体視力にはそれなりの自信がある。
だからこそだ。だからこそあの光景が頭を離れない…。
「紅い瞳…あれは間違いなく“高い妖力を持つ者の証”……」
アストは幼い頃、とある化猫族に家族と村の仲間を殺された上に攫われ、そこで特殊な妖術を使って今の姿に…化猫族と同じ猫耳と尻尾を持った姿に変えられたと伝えられている。高い魔法の技術を有する今は変身魔法の応用でそれらを隠しているが、解除すれば本当の姿である化猫族の特徴が現れるそうだ。
このこともあり、彼は陰で『亜人モドキ』だの『下等種族に呪われた魔法使い』等と揶揄されている。しかし彼の持つ魔力と技術は本物であり、正面切って彼を馬鹿に出来る者は誰一人居なかった…。
故に、王国において『アスト・フランデレン』という名前は『亜人の災厄による悲劇の象徴』を意味すると同時に『王国が誇る魔法使いの一人』を意味を持つのである。
「そんな先輩が『妖力』持ち?……有り得ない…」
魔力を持つ者は妖力を持てず、妖力を持つ者は魔力を持てない。これがこの世界の常識である。それはこの世界の長い長い歴史が証明している。彼ら草薙衆が試みたことを、かつての先人達が“試さなかったわけが無い”のだ。王国政府による公式の記録によれば、無理に魔力持ちの人間と妖力持ちの人間の血を混ぜた場合、必ずと言っていい程拒絶反応を起こしたそうだ…。
草薙衆が言っていたように、魔法使いと亜人のハーフでさえ両方の力を持つことはできない。にも関わらず、ハーフでもなんでも無い筈のアストが何故…?
「……馬鹿馬鹿しい。第四人類じゃあるまいし、先輩が妖力持ちなわけがありません…」
だいたいアストが本当に妖力を持っているとしたら彼は王国の手によってとっくに殺され、世界はもっと慌ただしいことになっている筈だ。王国は根絶やしにするまで化猫族の迫害を続けるだろうし、帝国はそれこそ血眼になって彼を呪った化猫族の同類を捜すだろう…。
―――戦争集結の鍵と云われる、第四人類を巡って…
それに彼の使う魔法は自分同様に常識を逸脱したものが多い。ならば、副作用で瞳が赤くなるような魔法があってもおかしくない筈だ…。
「そもそも先輩を王国人と認定したのは、あの『ディレクトル家』じゃないですか…いったい何を疑えというのです……」
そうとも…六王家の中で最も魔法を尊び、亜人根絶を強く掲げるディレクトル家が彼を王国人と…亜人では無いと認めたのだ。何を迷う必要があったのだろう…?
アストの紅い瞳はただの見間違い。そう結論付け、彼女は何かを振り切るように歩調を速めながらその場から離れた。
「見間違いなんかじゃあ、無いわよぉう…?」
「え…?」
―――夜道に響く亡霊の囁きが、“とある真実”を餌に彼女の足を止めさせた…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「じゃ、レインス君。詳しい話を聞かせてもらおうか?」
「はい」
夕食を済ませた3人はリビングのテーブルで向き合っていた。アストの隣で何やらフィノーラが『負けた…料理の腕で子供に…しかも男に……』とかブツブツ言っているが今は気にしないでおこう…。
「でも、その前に…」
「ん?」
「あなたの名前は…?」
「あぁ、ゴメン忘れてた…」
そういえば名乗る前に出掛けてしまったんだ…。
「僕の名前は『アスト・フランデレン』……少しは聴いたことがあるんじゃないかな…?」
「……え?…猫に呪わた魔法使いの…?」
この反応、どうやらこの子も『猫に呪われた男の子』の話を知っているらしい…。そのことに少しだけ悲しくなるが、今は彼の話を聞くこと優先でなので話を続ける。
「僕の事は後で色々と教えてあげるから、とりあえず先に君の事を話してくれるかな?」
「あ、はい…」
やがて彼は少しずつ自分のことを語りだした。
草薙衆が言っていた通り、レインスは魔法使いと飛鳥族のハーフだそうだ。帝国付近にある飛鳥族の村で飛鳥族の母親、魔法使いの父親達と静かで平和な日常を送っていたらしい…。
そんなある日、村の近くの森で遊んでいるときに草薙衆の一団が現れ彼をあっという間に攫っていったのだ。両親は自分を必死に取り戻そうとしてくれたが、結局振り切られてしまった…。
気づいたら帝国の怪しげな研究施設に連れてこられ、為す術もなくいいように体を弄くりまわされた。そして最終的に赤い液体…恐らく魔法使いの血を注入され、拒絶反応による地獄のような苦しみを味わったあとに意識を失い、いつのまにかこの街で彷徨っていたという…。
あくまで推測の域を出ないが爆発的に妖力が増えたせいでレインスは暴走し、施設を破壊して逃走したと思われる。先程、カザキリから『皇族の所有する施設の内の一つが半壊していた』との知らせを受けたのでほぼ確信しているが…。
「で、草薙衆にまた連れて行かれそうな所をフィノーラに助けられて今に至ると…」
「はい…本当に助かりました……」
「気にしなくていいよ。ね、フィノ…?」
「えぇ、私たちにとってはいつものことよ」
「…ありがとうございます」
彼の話を聞き終わった時、自分の心の中では何とも形容しがたい複雑な感情が渦巻いていた。レインスの現状をい考えると、確かに彼は洒落にならない不幸に見舞われていると言える。草薙衆の悪行に怒りを覚え、彼の身に起こったことに悲しさを覚える。だが、それでもだ…。
―――アストは彼を羨ましいと思ってしまった…
(僕と比べること自体がナンセンスだけどね…)
レインスは気づいているのだろうか?自身がどれだけ幸運な存在であり、アストが求めてやまなかったものを持っているかということを…。
(あぁ、もう無し無し!!こんなこと考えるのは無し!!)
それにしても彼を拾って世話をしてくれた酒場の店主……カザキリ曰く、その人は草薙衆の手によって殺されてしまったそうだ…。この事実をこの子に言うべきか否か……。
などと悩んでいたら、ふいにレインスの表情が暗くなった。怪訝に思い、フィノが尋ねる…。
「……。」
「どうしたの…?」
「いや、何でも無いです…」
「その割には顔色が悪いけど?」
「こっちの話ですから、大丈夫です…」
言っても理解できない…言外にそう言っているようにアストは感じた。そして、その言葉の真意を即座に理解する。もし予想通りなら、確かに彼の気持ちをただの人が理解できる筈も無い…。
「微量とはいえ、魔力を持ってしまった自分を皆が受け入れてくれるのか不安なのかい?」
「ッ!?」
「……あぁ、そういうことね…」
随分と長く続いた『魔法至上主義』の風潮。そのせいで王国の人間は魔力の有無で人間の価値を決めることが普通になっている。『魔力持ち=人間』…それが現在の王国の感覚であり、常識だ…。
―――しかし皮肉なことに、それは亜人達も同じだった…
魔力の有無で存在価値を決めてきた王国に虐げられ続けていたのだ。その王国が信望する力を亜人達が恐れ、憎まないわけが無かった…。
亜人達は魔力を恐怖の象徴とし、悪魔の力とさえ呼んでいる。それは最早『魔法』という言葉そのものを嫌悪し、忌み嫌う次元にまで達する。
「そんな力を…使い物にならない程度とは言っても手に入れてしまったのは事実。それを村の飛鳥族の皆が受け入れてくれるのかどうか悩んでいるんだろう?」
「……はい…」
そんなもの…魔法使いと飛鳥族の両親が一緒の村に住んでいる時点で杞憂に終わっているだろうに…。
「…先に確認するけど、君の両親は優しい人だったかい?」
「…?……はい…」
「だったら何を心配する必要があるんだい?」
「え?」
キョトンとした表情を見せるレインス。けれど彼には知ってもらいたい…かつて自分が憧れ、求めていた物を持っているということを……。
「この御時勢、亜人を人と思わない魔法使いと魔法を心から恐れる亜人が結ばれること自体が奇跡に近いんだ。そしてその後も同じ場所、同じ時間を過ごすなんてことはもっと有り得ないんだよ…」
「…。」
アストの言葉に、レインスは黙って耳を傾ける。フィノーラは一瞬だけアストに複雑な表情を向け、何か言いたげな視線を寄越したが、結局口を挟む様な真似はやめたようだ…。
「これは推測だけど、君の父親は村の人たちとも仲が良いんじゃないのかな?」
「はい…」
「つまり、君の村の人達は魔法使いを受け入れている、ということだろ…?」
「……あ…」
まぁ、その父親は例外扱いか何かなのだろう。でなければレインスがこんな不安を抱える筈が無い。しかし、その例外の子供ならきっと受け入れてくれるだろう…。
「それに魔力の有無で価値を決めるような両親なら、君はこの世に産まれてきてないさ…」
「…。」
「まだ不安かい?…でも、これだけは確かだ。君は間違いなく……」
―――両親に望まれて産まれてきた
「ッ!!」
「だから大丈夫、何も怖がることは無いよ…」
そう言って彼の頭を優しく撫でてやる。すると、彼は気恥ずかしそうにしながらも小さな声でポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた…。
「ありがとう…ございます……大分、気が軽くなりました…」
「どういたしまして…」
レインスの表情はさっきと打って変わって明るいものになっていた。本当に大丈夫そうだ…。
「……ところで、アストさん…」
「ん?」
その最中、彼は何かを思い出したかのように口を開く。その様子にアストとフィノーラはもしやと思ったが、彼の発した言葉は案の定だった…。
「貴方は本当に『猫に呪われた男の子』なんですか…?」
「…あぁ、そうだよ」
まぁ、有名なのは自覚している。それでもやっぱり例の物語の話題に触れるのは気が進まないものがあるのだが…。
「え?……だったら、なんで…」
―――なんで魔法使いなのに妖力を持ってるんですか?
「「なッ!?」」
「え、あの…訊いちゃ不味かったでしょうか……」
そりゃ不味いって…この事実はほんの一握りの人物しか知らないのだから。どうやら妖力が馬鹿みたいに増えたせいで、飛鳥族が元々高かった察知能力も尋常じゃ無いくらいに増えたみたいだ…。
「……しょうがない、君には教えておこうかな…」
「ッ!?ちょっとアスト、本気で言ってるの!?」
フィノーラが声を荒げてまで止めようとする。それ程までにこの事実はヤバい内容なのだ…。
―――なんせ、下手をすれば世界がひっくり返るのだ…。
「いいんだ、フィノ。それにレインスの過去を聞いておいて自分が話さないのは失礼だろ…?」
「そんな問題じゃないでしょ!?」
「あの、そんなに都合が悪い話なら別に…」
この状況にレインスは随分戸惑った様子を見せる。だが、アストはフィノーラの制止を振り切り…。
「いやいや、君にはむしろ聞いて欲しいんだ。同類のよしみでね…」
「え…?」
―――そう言って、黄色かった筈の瞳を“紅く輝かせた”…。
世界的に有名な魔法使いが見せる妖力持ちの証、という非常識な物を見せられたレインスは固まった。視線がアストの紅い瞳に釘付けになった状態のまま、彼はやっとの思いで言葉を搾り出した…。
「…あなたは…僕と同じ…ハーフ、なんですか……?」
「いや、僕の両親も祖父母もみ~んな純血さ。ただし全員…」
―――化猫族だけどね…
神の悪戯なのか、悪魔の呪いなのか…魔力をその身に宿して産まれた化猫族の男の子は、どこか悲しげな表情を浮かべて自身の過去を語りだした…。
取りあえず過去編は一話更新してから考えようっと…




