第十四章 アルビノの飛鳥族
長くなるんで区切ります。
「……草薙衆とは、穏やかじゃないねぇ…」
「デスヨネ~」
事情を説明した者と聞いた者の二人は同時に肩をガックリと落とした。この国は民主主義になってからというもの、荒れに荒れている。政界での権力争いや謀略等は日常茶飯事で、国の主権や方針がコロコロ変わるのも珍しくない。王国に攻められるより先に派閥争いで滅ぶのでは?と、言われているくらいである…。
その隙を突いて皇族達が帝国における自分たちの権威を復活させようとしたことも一度や二度ではない。つまり、今回は下手をすると国家規模の厄介事の可能性があるということだ……短かったなぁ、平和な日常……。
なんて思いながら落胆してたら、さっきからずっと放置されていた飛鳥族の子がこっちを心配するかのように声をかけてきた。
「あの、大丈夫ですか…?……やっぱり御迷惑でしたら、出ていきますが…」
「ん?あぁ、ごめん大丈夫。それに出ていくなんてとんでもない、まだソイツらが外に居るかもしれないんだ……わざわざ危ない場所になんか行かせないよ…?」
「……ありがとうございます…」
アイカ並に律儀で礼儀正しいなこの子…。どっかの王家直轄(笑)にも見習わせたい……
「ところで君の名前は?」
「『フィーア・レインス』です」
『フィーア・レインス』と名乗ったその子を改めて見ると、幼いながら美人であると感じた。まるで人形のように整った容姿、ほっそりとした体躯…さらにリゲルの銀髪とはまた違う完全に真っ白な髪の毛。白髪と言ってしまえばそれまでだが、それだけで片づけてしまうには惜しい程に白く、雪のように美しいものであった。
だが何より目立つのは、腰にまで伸ばしたその白髪とは対照的な雰囲気を持つ真っ赤な瞳である。その色はまるで血のように赤く、まるで吸い寄せられるような感覚にさえ襲われた…。
「……君は、アルビノか…」
「はい、そうです」
飛鳥族と普通の人間の特徴の違いに背中の翼と妖力以外は特に無い。故に、飛鳥族の毛色や瞳の色の割合も人間と同じである。だから飛鳥族のアルビノは、人間のアルビノと同じくらいに珍しい。
しかし、この子の場合はそれだけでは無いようだ。まるで何かが自分の本能を逆なでするかのように、さっきから妙に胸がざわつくのだ…この子の赤い瞳は……。
「少し、いいかな…?」
「へ?……わわっ…!?」
言ってこの子の顎を優しく掴み、その赤い瞳を正面からジッと見つめる。やられている本人は勿論のこと、傍から見たら…特に初心な女の子からしたら赤面ものの構図である…。
「な、ななななな何をしてるのアスト!?///」
「調べもの」
フィノーラとフィーアが後ろで動揺しているが、今は少し忙しいのでスルーである。何せ、この子が奴らに狙われる理由と胸騒ぎの原因が分かるかもしれないのだから…。ひょっとすると今回の揉め事は、下手すると国家規模どころか…。
「……やっぱりそうか。君は…」
「ッ…!!」
―――そして、彼の予想は確信に変わった…。
草薙衆が血眼になって捜すわけである。この子が居れば完全とまではいかないが、皇族の権威は大幅に回復するだろう…。
これは予想以上に面倒くさいことになるだろう…。
「アストってロリコン趣味だったの!?///」
その言葉はアストに思考を中断させ、脱力させるのに充分な威力を持っていた…。
「ち・が・う!!」
「どうしよう!?私って良くも悪くも真ん中体型なのに!!」
「ち・が・い・ま・す!!そして君は間違いなく真ん中より上!!少なくとも僕の好み!!」
「え、ほんと?///」
目の前で繰り広げられる二人の惚気混じりのやり取りに、フィーア・レインスはただ目を白黒させるしかなかった…。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「というわけで何とかしてくれない?」
『とりあえずテメェらのことは『トラブルホイホイ』って呼ぶことにするわ…』
街の責任者とも言えるカザキリに連絡を入れ、粗方の事情と発覚したことを教えた。そして開口一番にこれである…。
『確かに今日、裏街の酒場で猟奇殺人があったが……まさか草薙衆が関わっていたとは…』
「で、何とかなりそう?」
『まぁな。皇族つっても、今はただの御飾りだ。犯罪を犯せば普通に裁けるし、いくら標的が空白地帯の人間だからとはいえ奴らは無関係な人間を殺し過ぎた……これを機に潰してやる…』
電話の受話器越しに懐かしい殺気が滲み出てくる。流石は『斬風』と呼ばれた元隠れエース…。隠居してからもその腕は鈍ってないようだ…。
『上層部とは俺が話をつける。ソイツらが来たら容赦なくボコれ…』
「了解。それじゃあ、よろしく」
『おう』
そこで通話は終了し、アストは電話の受話器を置いた。それを確認したフィノーラが話しかけてくる。
「どうだった?」
「面倒なことになるかもしれないけど、大丈夫だと思うよ?」
大抵のトラブルはカザキリが権力とコネでどうにかしてくれる。毎度のことながら、当分彼には頭が上がりそうにない…。
「今日はもう遅いし、夕飯にし……前言撤回、買い物に行ってくる…」
「え、あれ違うの…?」
そう言ってフィノーラは、テーブルに置かれた食材入りのビニール袋を指差す。それに対してアストは何とも言えない表情を見せた…。
「……確かに今日の夕飯になる予定だったものが入ってるけど、今日はやめた方が…」
「…?」
不思議に思い、フィノーラはビニールの中身を覘いてみた。中に入っていたのは飲み物に調味料、お菓子、野菜類、米、食パン、カップ麺……そして、今日の夕飯に使うつもりであったのだろう…
―――手羽先…
微妙な空気が二人を支配した。フィノーラは一度だけアストに目をやり、部屋のソファーで大人しくしているフィーアに視線を移し、もう一度だけビニールの中身を確認し、そして最後に再びアストに視線を戻して互いに頷き合う。そして…。
「「タイミング悪ッ…!!」」
「ど、どうかしたんですか…!?」
突然二人して大声出すもんだから驚かせてしまった。けど、叫ばずにはいられない。鳥の特徴を…それも翼を象徴とする飛鳥族に手羽先を食べさせるって嫌がらせ以外の何ものでもないだろ…。
それを抜きにしたって、血の海さながらの殺人現場に居合わせた奴に肉ってあんた…。
「と、いう訳で何か別のもの買ってくるね」
「分かった、いってらっしゃい。私は一応この子と一緒に居るわ…」
「あのう…そこまで気を使ってもらわなくても……」
「いいから、いいから。せめて、ほとぼりが冷めるまではここに居なよ。てか、居なさい」
「でも、僕…何もお返しできるものが……」
その年でそんなことを気にするなんて、10年早いっての。いったいどんな育てられ方をしてきたんだ?最初っから真面目過ぎると逆に人生で損するぞ……って、おい…。
「「ちょっと待て」」
「え?」
聞き捨てならない言葉が聴こえためフィノーラとセリフが被ってしまった。それほどまでに我が耳を疑いかねないことを言ったぞ、この子…。
「今、君なんて言った…?」
「へ?…何もお返しできるものが無いと……」
「違う違う、さっき『僕』って言った?」
「え…えぇ、言いましたけど?」
「……君って、男の子…?」
「そうですよ?」
「「……。」」
しばしの沈黙。そして…
「「嘘だッ!!」」
「えぇ!?」
再度フィノーラと見事な位にハモった。おそらく表情も同じようになってるだろう…。
ていうか、えぇ!?はこっちのセリフだ!!さっき不覚にも美人って思ってしまったのにまさかの男の子!?僕っ娘でも男の娘でもなく正真正銘の男の子!?
…て、よく見たらこの子って飛鳥族のローブ着て下に半ズボン履いてらぁ……。
「でも、フィーアって女の名前っぽくないかしら…?」
「あ、フィーアは名字です。僕たちって上が名字で下が名前なんです。」
「……そういえば、そうだったわ…」
この世界には様々な種族がおり、それに比例して色々な文化や習慣が数多く存在している。そのため、自分の慣れ親しんだ習慣で忘れがちになるが、こういう異種族間での違いは日常茶飯事である。
「そういえば酒場の紅葉も本名は『五月雨紅葉』だったわね…」
「ていうことは、君の名前は『レインス』なのね…」
「はい。えっと…なんかごめんなさい……」
「いや謝んなくていいんだけどさ…」
むしろ、こっちが謝りたいぐらいだ…。恐らく彼女…じゃなかった、彼はこのことでずっと苦労するんだろうなぁ……強く生きろ少年…。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「見つけたぞ…」
「本当に俺たちだけでやるのか…?」
「当たり前だ。もたもたしてる時間は無ぇんだよ…」
ヴェルシア探偵事務所を睨みつける複数の視線。その視線は、明らかな敵意と殺意を孕んでいた…。
「草薙衆て言っても4人だぞ?この街に潜入した隊員の内の半分もいないんだぞ…?」
「うるせぇ!!黙ってろ!!」
不意打ちをされたとはいえ、むざむざ目標を取り逃がしてしまったのだ。これ以上失敗するわけにはいかない…。
「とにかく、頃合いを見て一気に攻めれば…」
「何やら、随分と物騒な話をしてますね。よければ私も混ぜてくれませんか…?」
「「「「!?」」」」
突如、背後から聴こえてきた気品の高さを感じさせる女の声。振り向けば、深緑色の髪をポニーテールにした若い女が居た…。
次回、魔法使いの共演による狂宴が…