退屈な平穏
僕、佐々木 幹二は平凡な人間だ。
ルックスはこれといってぱっとせず、身長だって高くない。別に太っていないけれど、鍛えているというわけでもない。運動は中の下ぐらいで、勉強は中の中ほど。趣味はゲーム、漫画、あとはラノベ。将来の夢、無し。
至ってどこにでも居るような、中学二年生。
画面の背景に混ざる、モブキャラ。
それが僕だ。
間違っても異世界なんかに召喚されないし、されたとしても、チートな能力なんて身に付くことなく、あっさり王様とかに「あ、間違えたわ。帰っていいよ、君」とか、言われそうだ。
きっと、僕は死ぬまで平凡に生きるんだろう。
それなりに幸せな人生を送って、ぼちぼち満足しながら、畳の上で死ぬ、多分、そんなタイプの人間。もしくは、あっさり事故とかに巻き込まれて、その他大勢の死者数の中に組み込まれるのだろうか?
「ま、どっちにせよ、退屈なことだけは確かだよねー」
独り呟いて、僕はため息を吐く。
平日の朝、いつも通りの学校生活の始まり。
僕はいつも通り、ケータイを弄りながら朝のホームルームまで、自分の席で暇を潰している。別に友達の席まで行って、だべっていてもいいんだけど、仲の良い友達とは席がちょっと離れていて、めんどくさい。
広大なネットの海を、ちっぽけな携帯端末でさ迷って、僕はお気に入りのネット小説へとアクセスした。
ネット小説は、ストーリー自体は転校してきたヒロインが特別な力を持っていて、主人公はそれに振り回されながら、展開していく、というありきたりなもの。けれど、キャラクターの心情や、戦闘シーンが細かく描写されていて、なかなか読ませる。
それに、こういう王道展開が、僕は大好きなのだ。
平凡な主人公が、突然、非日常に巻き込まれて、異能力に覚醒! 重い宿命を持つヒロインを助けるため、強大な組織に立ち向かう、みたいな。
「……ま、ありえねーんだけどね」
誰にも聞こえない程度の声で、僕は自嘲気味に呟く。
分かってる。
僕らの日常はいたって平凡で、正常で、不変だ。
何をどうやったって、漫画やラノベみたいな出来事は起きない。
起きたとしても、僕はそれに関われない。なぜなら、それば僕という存在だから。モブキャラの佐々木幹二だから。
起きたとしても、せいぜい、限定物の携帯ストラップに当選するぐらいだろう。というか、した。つい最近、生まれて初めて懸賞という物に当たったのだが……うん、イラストで見たより、この三頭身のキャラクターがね、その、かなり不細工で、正直要らなかった。
……折角の運を、こんなどうでもいいことで消費するなんて、僕って奴は本当になんなんだろうね?
「おーい、お前ら、さっさと席につけー」
僕がネガティブな思考に陥っていると、気だるい声と共に担任が教室に入ってきた。
「あー、驚け、お前ら。今日はなんか、転校生が来てる」
『転校生!?』
そして、さらりと結構重大なことを言いやがった。
「ちょっ、先生! そんな話、聞いてませんけど!?」
「そりゃーな、昨日決まったばっかりらしいし」
「昨日決まって、今日転入って! さすがにおかしくありませんか!?」
「いんじゃね? 別に。転入試験はきちっと合格してたし」
「先生! その転入生は女ですか? 男ですか? 美人ですかー!?」
「ああ、普通に美少女だったぞ」
『ひゃっはー!』
クラスメイトと担任のカオスな会話で、しばし教室内が騒がしくなる。
ちなみに、僕はというと、その騒動を傍から眺めて、ため息を吐いていた。
確かに転校生が来るっていうのは、結構なイベントだけど、そんなに騒ぐことかな? 美少女とか担任は言ってるけど、それも当てになるかわかんないし。というか、転校生のハードルが上がるような真似はやめておいたらいいと思う。
そんな僕の考えとは裏腹に、教室内の空気はヒートアップ。転校生へのハードルがもはや、高飛びほどの高さに成ってしまっている。
こんな空気の中で自己紹介なんて、正直、僕なら三回は死ねると思うね。
「じゃ、そろそろ収拾つかなくなってきそうだから、入ってきていいぞ」
担任の声に促され、ざわめく教室のドアが開かれる。
瞬間、世界は停止した。
そう錯覚するほどの、静寂が教室を制圧した。
銀。
そう、まるで銀細工の少女だった。
透き通るような銀髪に、初雪のような肌。見るものを鋭く射抜く、銀眼。まるで、人形のように整えられた容姿。
それら全てが、この圧倒的な静寂を作り出していた。
「んじゃ、転校生、自己紹介よろしく」
けれども、あの担任は、どこまで鈍感なのか、教室内の静寂を台無しにするような気だるい声で、少女を促す。
少女は、無表情のまま、短く僕らに告げた。
「白鷺 美鶴」
短く、名前だけ、二つの鳥の名を持つ少女は言葉にする。
それ以外は不要だと、切って捨てるように。
…………なぜだかよくわからないけど、彼女が、白鷺美鶴が、この退屈な世界を壊してくれるような、そんな気がした。