少年は孤高に笑う
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2012/1/28 修正しました。
陽が傾き、もう空は青から紫へと変わっている。公園で遊んでいた子供たちも、無邪気に再会の言葉を交わしながら、それぞれの家に帰っていく。
そんな中で、私は独り、取り残されるようにベンチに座っていた。
「はぁ」
思わず口からため息が漏れる。
探偵事務所で冬治くんの話を聞いたあと、私は、なんとなく冬花ちゃんの所へ遊びに行く気持ちになれず、こうして公園でだらだらと時間を過ごしていた。あ、ちゃんと冬花ちゃんにはメールで遊びに行けなくなったって、連絡したよ。
「うあー」
自分の口から、こんなゾンビみたいな声が出るとは驚きだ。
私はベンチの背もたれに体重を預けて、冬治くんの言葉を思い出す。
『大森さん、こんな俺の頼みごとを聞くのは嫌でしょうけど、一つだけお願いがあります。冬花さんを、妹を、どうかよろしくお願いします。あいつは、自分だけは俺から離れない、俺の鎖になるという責任感と自己陶酔で歪んでしまっているんです。だから、お願いします、大森さん。妹が、こんな不出来な兄のことを忘れるぐらい楽しい思いをさせてやってください』
冬治くんはそう言って、深々と頭を下げた。
そのときの私は、「言わなくてもわかっているよ」と答えることができたけど、冬治くんには私の心はどう見えていたんだろう?
私は少なくとも、冬花ちゃんのことが大好きというか愛しているから、彼女から離れるという選択肢は絶対に無いわけなんだけど、それでも、冬花ちゃんに冬治くんを忘れさせるぐらい楽しい日常を過ごしてもらう自信は無い。
だって、冬花ちゃんと冬治くんは兄妹なんだ。
どんな楽しい日々を過ごしたって、どんな悲しい日々を過ごしたって、兄妹を忘れることなんて、無いはずなんだ。
――――――――――――私が、死んだ妹のことを忘れないように。
私の妹は、私が中学に入る前に交通事故で死んだ。
年は私より三つほど離れていて、小さいくせに口だけは達者で、今、思い出しても苛立ってしまう。そのくせ、いっつも私の後にくっついてくる、本当に困った妹だった。
最後の最後まで、私を苛立たせて、私を泣かせた、むかつく妹だったんだ。
でも、私は忘れられない。
忘れてしまった方が楽になれるのに、あんな気持ちを思い出さなくて済むのに、私は忘れられない。いや、忘れたくない。
どんなに悲しくても、辛くても、私が姉妹だったということは忘れちゃいけないと思うから。
だからきっと、冬花ちゃんも冬治くんのことは忘れたくないと思うんだ。
あんなロボットみたいな無表情な上、皮肉屋でシスコンな困った兄だろうけど、きっと冬花ちゃんは絶対に忘れない。
例え、冬治くんが言った通り、冬治くんのことが『好き』ではないとしても。
というか、兄妹の間で、そんなにラブラブな方がおかしいしね。
「いよっし、決まった!」
私はベンチから立ち上がり、自分の頬を強く叩いて気合を入れる。
うん、自覚している、私は一般人だ。
冬治くんみたいに非日常の世界に生きる人とは、まったく違う、一般人だ。正直、彼の事情は私にとっては重過ぎるし、それを受けきれる自信なんて無い。
でも、うまくいかない兄妹関係の修繕ぐらいなら、なんとかしてあげようと思う。
これでも私は学園のアイドルで、人間関係の機微には聡い方なのである。人から恨みを買わない方法から、喧嘩の仲を取り持つぐらいはお茶の子さいさい。
だから、私が人肌脱いで、せめてあの二人が敬語を使わずに会話できるぐらいの仲にしてあげるのだ。
そうすればきっと、もっと、冬花ちゃんの笑顔が見れるはずだから
ま、冬治くんは笑顔なんて見たくもないけどね。
「ふぅ、それじゃ、とりあえずは甘いものでも食べに行こうかなー」
女の子を構成する成分には、甘いものが欠かせない。
それを補給するのは仕方が無いのだ。え、体重計? なにかな、それは?
「大丈夫、大丈夫、ほら、最近は下降気味だったし。うん、ちょっとぐらい大丈夫なはず」
ぶつぶつと独り言を呟きつつ、とりあえず私は公園を後にすることにした。
気付いたらもう、陽は完全に落ちきっていて、空も薄暗くなってきている。
うーん、今日はファミレスじゃなくて、家に買い置きしてるプリンで我慢しようかな? 最近は物騒らしいし。確か、【首切り魔】っていう殺人鬼が――
「やぁ、久しぶり。今度は時間、空いてるかな?」
背後から聞こえた声。
背筋に這い上がる寒気と嫌悪感。
「ま、空いてなくても、無理やり来てもらうんだけどさぁ」
私はとっさに駆け出そうと、足を踏み出して――――――そこで、私の視界は黒に染まった。
ざわり、という悪寒が首筋に走る。
それと同時に、携帯電話にメールの着信を告げるメロディが流れた。
流れるメロディは、昔流行ったアニメの、暑苦しい主題歌。それは、俺の生活圏内を脅かす危険が迫っているという合図だ。
「・・・・・・・・・・・・感傷なんかに浸らずに、ちゃんと送っておけばよかったな」
敬語は自然と崩れていたが、そんなことは気に留めない。どうせ、口調だけでも礼儀正しくするために親父のものを真似ていただけだ。
この非常事態に、そんなつまらない体裁を気にするほど、俺はバカじゃない。
俺は、俺より一回りサイズが大きいトレンチコートを制服の上に羽織り、大きく息を吸い込む。
「いつも心にBGMを」
紫煙の香りが残る空気を、魔法の言葉と共に肺から吐き出した。
壊死しそうな心には、無駄に暑苦しい曲が流れ始める。
夏だと言うのに、俺の体を幻の寒さが蝕んでいく。
「さぁ、行きますか」
この体が凍り付いてしまう前に、俺は一歩踏み出した。
「・・・・・・んぅ」
霞んだ視界。
そこに収まっているのは見知らぬ部屋。
視界が霞んでいてよくわからないけれど、部屋の雰囲気や家具の配置から、なんとなくこの部屋の持ち主は、大体私と同じぐらいの年の少年じゃないかと推測する。
なんで私がこんなところにいるのか、という疑問に首を傾げつつ、私はとりあえず瞼を擦ろうとする、が、
「あ、れ?」
腕が動かない。というよりも、何かで両手が縛られている感じだ。
「んー、ん?」
両手だけじゃない、両足もなにかロープみたいなもので縛れている。無理やり動こうとすると、わき腹に鈍痛が走った。多分、スタンガンか何かでも当てられたんだろう。
えーと、つまりこれってかなりやばいっていうか、誘拐? え? なんで私が誘拐され、と、それは私が客観的に見て可愛いからでー、ってこんなときまで何を考えているんだ私はぁっ!!
・・・・・・・・・・・・落ち着こう。焦ったって状況は好転しない。こういうときにどれだけ冷静に判断できるかが大切なんだ。
よし、まずは状況の整理から。私は確か、冬治くんの事務所に行って、その後は確か公園に行って、うん、そこから覚えていない。つまり、私はそこで誘拐されたんだ。
さて、続いては周囲の確認。私は涙で眼球を洗い流し、視界を確保する。自由になる首を回してこの部屋を観察する。
まず、良く観察してみてわかったのだが、この部屋には窓が無い。普通、窓はどんな部屋にだってあるはずのものなのだ。どんな部屋だって、窓を作ることは前提条件として組み込まれている。そう、それが特殊な目的で使われるもの以外は。
「うっわー、やばいなぁ、これ」
腕と足を拘束されて、口を塞がれて居ないということはつまり、この部屋は恐らく防音なのだろう。部屋の出入り口は一つだけ、まさに監禁にはうってつけの部屋というわけですか。
私の心に重くて暗い何かが圧し掛かりそうになるが、首を振ってそれを追い払う。
まだだ、まだ、諦める段階じゃないはず。
私は何か脱出のヒントになりそうなものを探すため、もう一度、よくこの部屋を見回して――――
「え?」
『それ』に気付いてしまった。
始めはただの人形だと思っていた。とても精巧な少女の人形の首から上だけを切り取って置かれた、趣味の悪い置物だと。それがあまりにも無造作に、三つ並べられていたから気付けなかった。
それが、『本物』の人間の首だとということに。
おなかの底に鉄球を置かれたような違和感。そこから這い上がる吐き気。私はそれに耐え切れず、胃の中の者を全部吐き出してしまった。
「おうぇっ! えほっ、えほえほっ! ――――はぁっ、はぁはぁ」
胃液の酸味が口の中に広がる。
けど、今はそれすらも気にならない。目の前に存在する異常に、目が逸らせず、体が震えて奥歯がかみ合わさらない。
なんだこれ、なんだこれ、なんなんだよ! これ!!?
「あーあー、吐いてやんの、きたねぇ、きたねぇ」
ガチャ、というドアノブが回される音と共に、軽薄そうな声が聞こえた。
「ったくよー、それ片付けるの、俺なんですけど。ほんと、勘弁してほしいわー」
ドアから入ってきたのは、茶髪でピアスをした、どこにでもいるような軽薄な男。年は大体私より二つほど上だろうか? なぜか、どこかで見たような、そんな気がするけれど、今は頭が混乱していて、思い出せそうにも無い。
「ま、そこは俺って寛大だから、許しちゃうよ。なにせほら、これから一緒に暮らしていくわけだし、お互いに許しあう心とか必要だよねー」
けらけらと、何が楽しいのか、茶髪ピアスは顔を歪めて笑う。
「前は断られちゃたけどさー、今度はちゃんと君を俺の物にしてあげるよ。この三人みたいに」
茶髪ピアスはスキップ交じりに、少女の首の置物に近づき、いとおしげにその頬を撫でていく。ゆっくりと、嬲るように三つの首を撫でると、茶髪ピアスは満足げに息を吐いた。
「俺の『アモル』でね!」
ぐりんっ、と茶髪ピアスの首が回り、私に視線を移す。
その手にはいつの間にかハンティングナイフが収められており、暗く濁った瞳で私を眺めてくる。
「いやぁ、あの時逃がした獲物に出会うとは、やっぱり俺って、選ばれた人間なんだよなぁ。うん、だからきっと彼女にも会える。なんだかそんな気がしてきたわー」
茶髪ピアスは、理解不能な言葉を垂れ流しながら、自分の唇を舐めた。
その仕草が蛇みたいな、いや、それよりも気持ち悪い何かを連想させて、私は再び吐き気を催す。
「君もあの時、彼女を見ただろ? 僕の夢はね、彼女を永遠に俺の物にすることなんだ。だってほら、彼女より綺麗な人間なんて、この世界には存在しないだろう? だから、そんな存在を俺の物にできたら、俺が一番特別ってことじゃん」
唇を吊り上げ、舌をだらしなく口から出した気持ち悪い笑顔。茶髪ピアスはその笑顔のまま、私の首筋にナイフの刃を当てた。
「ひっ」
恐怖で、引きつった声が喉の奥から出る。
その声を聞いて、茶髪ピアスはさらに笑みを深くした。
「安心しろよぉ。俺の『アモル』はよく切れるからさ・・・・・・痛いと思う前に、首が飛ぶんだ」
振り上げられるナイフ。
私にはそれが、死神の鎌にも見えた。
加速する世界。
全てが遅く感じる世界で、私は走馬灯のように今までの出来事を思い出す。
その中で特に思い出したのは、なまいきな妹と、愛しい冬花ちゃんと、あの、憎たらしい無表情の冬治くんだった。
――――――――――――轟っ!!
加速した世界から私を引き戻したのは、鼓膜が破れそうな爆音と、飛び散った壁の破片だった。
視界はあっという間に爆煙に包まれ、茶髪ピアスの顔も、ナイフも見えなくなる。
「がっ!?」
聴覚が麻痺しかけている耳で、私はおぼろげに何かが蹴り飛ばされたような音を聞いた。爆煙で遮られた視界の中で、翻るカーキ色のトレンチコートを確かに見た。
「悪いが、この人は俺の生活圏内だ。だから、自衛させてもらうぜ」
起伏の無い冷たい声。
けれど、聞き覚えのある声。
爆発によって破壊された壁から入ってきた風が、爆煙を晴らして、声の持ち主を現す。
「奇遇だな、大森さん。こんなところで出会うなんて、運命的じゃねーか」
皮肉げに笑い、冷たい『冬』を纏った冬治くんが、そこに居た。
「捕まった学校のアイドル、か。安いアダルトビデオのタイトルみたいだな」
ヒーローみたいなタイミングで現れた冬治くんは、およそヒーローには似使わない台詞を言っている。その表情には侮蔑の色も何も無く、ただ、事実を事実として述べているだけのようだった。
ぱちんっ。
冬治くんが何気なく指を鳴らすと、私を拘束していたロープのようなものが解けた。
「と、冬治くん?」
私がよろよろと、おぼつかない足取りで立ち上がろうとすると、冬治くんはそれを片手で制する。
「しばらくそこに居てくれ、大森さん。俺はこれからちょっと、仕事があるから」
冬治くんが言い終わった途端、蹴り倒されていた茶髪ピアスが奇声を上げて起き上がった。
「ひひひひひっ! お、俺を蹴ったなぁっ、この、特別な俺を、蹴ったなぁ!?」
「親父にも蹴られたこと無いのに、か? はっ、ネタが古いぜ」
冬治くんが鼻で笑うと、茶髪ピアスは目を剥いて叫ぶ。
「バカにするな、バカにするな、バカにするなっ! 俺は特別なんだ、俺は【魔法使い】に選ばれた特別な存在なんだっ! お前みたいな奴なんかに、バカにされて良いはずがないんだよぉおおおおっ!」
茶髪ピアスの動作は獣染みていた。
ハンティングナイフはもはや、彼の体の一部、獣の牙のように冬治くんの喉下目掛けて振るわれ――――あっさりと冬治くんに止められた。
「は?」
茶髪ピアスの口からまぬけな声が漏れる。
それもそのはず、なぜなら、彼の必殺の一撃は冬治くんが片手であっさりと止めてしまったのだから。その様子は、冬治くんの手があった場所に、ちょうど茶髪ピアスの手首が、ナイフを持った手が引き寄せられたようにも見えた。
「ふん、つまらない『魔法具』だな。持ち主の隠密性を上げるだけで、他はまるでなっちゃいない。こんなものじゃ、こそこそ隠れて人の首を切るのが精一杯だな。まったく、作り手と持ち主の程度が知れる」
「あ、が」
冬治くんは茶髪ピアスの手を万力のように締め上げ、固定する。そして、射抜くような瞳を茶髪ピアスへと向けた。
「本当に、つまらないな。【首切り魔】の正体が、こんなクズみたいな人間だったなんてな。その魔法具の名の通り、お前の行動理由が『愛』だったなら、まだ上等だが、ただの自己顕示欲が肥大した結果だなんて、つまらないを通り越してくだらない」
無機質な言葉が紡がれる度に、茶髪ピアスは醜く顔を歪めていく。
冬治くんが口を開くたびに、彼の中から冷たい何かが這い出てくる。
「お前、特別になりたいんだったな。だったら安心しろよ、お前が人の首を刈るまでもなく、【魔法使い】に選ばれるまでも無く、お前はもう特別なんだから」
茶髪ピアスの耳へ、冬治くんの口元が近づき、
「胸を張れ。お前の存在は、この世界中どこを探してもお目にかかれないくらいに、くだらない」
絶対零度の言葉が囁かれた。
「あ、あぁ・・・・・・」
茶髪ピアスの手からナイフが落ちる。
茶髪ピアスの目からは、もう、何の意思も感じられなかった。冬治くんが手を離すと、彼はそのまま力無く崩れ落ちる。
「さて、一応『業者』が来る前に下準備は済ませておいてやるか」
崩れ落ちた茶髪ピアスの四肢を、冬治くんは機械的に折っていった。ごきり、と嫌な音がなって、腕が変な方向に曲がっているというのに、茶髪ピアスが悲鳴を漏らすことは無い。恐らく、悲鳴を上げることすら叶わない存在に成り下がっているのだ。
私は、冬治くんが無表情で四肢を折っていく作業を、黙って見ていた。いや、何も言えなかったから、見るしかなかった。
茶髪ピアスの四肢を折った冬治くんは、次に、床に落ちたハンティングナイフを踏みつけ、小さく呟く。
「【魔法使い】有里冬治の名に於いて、この魔法具を破棄する」
その言葉が終わるのと同時に、ナイフはまるで飴細工のように、あっさりと冬治くんに踏み砕かれた。
「・・・・・・はぁ」
冬治くんは、一つ大きく息を吐くと、ゆっくりとこっちを向いて微笑む。
「ああ、そうです、大森さん。それが正しい反応です」
無機質で、冷たい、人形が笑っているみたいな微笑みだった。
「別に恥じることじゃありません。貴方がそういう反応をするのは普通のことで、当たり前のことなのですから、気に病むことはありませんよ」
無意識に、自分の頬に触れる。
私の頬はまるで、何かに怯えているように引きつっていた。
「だから、大森さん。貴方は冬花さんと一緒に日常に戻ってください。貴方は、こんな寒いところに居るべきじゃない」
私は、冬治くんが纏う『冬』に怯えて、何も言えなかった。
後日談を話そう。
私はあの後、どうやって家まで帰ったのか良く覚えていない。
茶髪ピアスこと【首切り魔】は、朝のニュースで自殺したと報道されていた。恐らく、冬治くんが言っていた『業者』が何かしらの処理をしたんだろう。
そして、私と冬治くんは、あの時以来、一言も会話を交わしていない。
相変わらず、愛しの冬花ちゃんのところには通っているが、その兄である冬治くんとは正直、私はもう関わり合いになりたいとは思えなかった。
私が甘かったんだ、私みたいな一般人が冬治くんみたいな人間と、あんな『冬』の世界で生きる彼に何かして上げられるわけが無い。ほんと、自分が怖がっている人間に対して、一体何ができるというのだろうね?
だからもう、私が冬治くんについて語れることは無い。私、大森杏奈が有里冬治と関わり合った話はここでお仕舞いなのだ。
きっと、これから私は冬治くんとまともに会話を交わさずに過ごして、そのまま高校を卒業すると思う。冬治くんに心底怯えている私は、一般人らしく、つつましく彼の視界からフェードアウトすることを選んだ。
けど、けど、最後に一つだけ。
あの『冬』の世界で生きる冬治くんに、誰も居ない孤独な世界で戦う冬治くんに、質問することにした。
「ねぇ、辛くないの?」
私が話しかけたのがよほど驚きだったのか、冬治くんは無表情を崩し、僅かに目が見開く。
そして、しばらく考えた後、いつもの起伏の無い声とは異なる、年相応の明るい声で答えた。
「まったく、いきなり何を言い出すかと思えば、一体、俺のどこが辛そうに見えるんですか? 例え誰からも好かれなくたって、別に死ぬわけじゃあるまいし。むしろ、一人の方が、気が楽なんですよ。誰にも左右されず、勝手気ままに生きれますからね。人間関係に悩まされず送るスクールライフはとても充実していていますし、辛いわけなんてあるはずが無いですよ」
崩れそうな笑顔だった。
今にも、何かが零れ落ちてしまいそうなほど、脆くて、弱くて、悲しい笑顔だった。
それでも泣かない、意地っ張りで誇り高い彼のような人のことを、きっと、孤高と呼ぶのだろう。