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いつも心にBGMを  作者: 六助
首切り魔
6/45

罪と罰と呪い

2012/1/24 文章に矛盾があったので訂正しました。

『昨夜未明、再び女子学生が首を切断され、亡くなっているのが発見されました。警察は、【首切り魔】と呼ばれる連続殺人犯の犯行とみて捜査を進めています。亡くなられた女子学生の名前は・・・・・・・・・・・・』

 ラジオから、俺の『狩り』についてニュースを流れている。

 ニュースでは、どうやら俺は【首切り魔】という連続殺人鬼として呼ばれているらしいが――ふざけないで欲しい。俺はそんな、低俗な存在じゃない。あの行為は確かに、一般的には殺人と呼ばれる行動なのかもしれないが、俺にとっては違う。あれは『狩り』なんだ。圧倒的強者である俺が、美しい獲物を狩る、神聖な儀式。そこら辺に転がっているような凡人どもには理解できないだろうが、それも仕方が無い。

だって俺は、【魔法使い】に選ばれた特別な存在なのだから。

「やぁ、君のコレクションも随分増えたじゃないか」

 噂をすれば影。

 俺の眼前には、さっきまで何も無かったはずの空間には、灰色のローブを纏った小柄な人物が存在していた。頭からフードを被っているせいで、顔つきはよく見えないが、声色から察するに、恐らくは女性のものだろう。

「ああ、これも全部、お前がくれたこの『アモル』のおかげだ。お前には感謝してもしきれないぜ」

 俺の言葉に、【魔法使い】は大仰に方を竦めた。

「気にしなくていいよ。魔法使いは、悩める人間を手助けするのが使命だからね」

 な、なんてすばらしい人なのだろう、この【魔法使い】は。

 誰かに救いをもたらす立場でありながら、この謙虚な態度。やはり、この人は他の奴らとはまるで異なる、特別な存在なのだ。だから、その人に選ばれた俺も、やはり特別な存在なのだろう。

「君は、自分のやりたいことを、思う存分すればいいんだよ。君がそうしてくれることが、私の望みでもあるからね」

 その言葉で、俺の心は軽くなった。

 いくら凡人どもの戯言とはいえ、俺の神聖な儀式を殺人なんていう低俗な事実に貶められるのは、俺の心に重く陰鬱なものを圧し掛からせていた。

 けれど、それはもう感じない。

 【魔法使い】の言葉が、俺の迷いを消してくれた。

「ありがとう、【魔法使い】。お前のおかげで、俺は今までの腐った自分と決別し、生まれ変わることが出来たんだ。だから、お前の言うとおり、俺は俺がしたいことを全力で貫く。だから、俺の生き様を見ていてれ」

「・・・・・・・・・・・・くすくすくす、ああ、もちろんだよ」

 俺はこの『狩り』を続け、そして、あの彼女に必ずたどり着く。

 そして、彼女を永遠に俺の物にするんだ。それまで、何があろうが、俺は絶対に諦めない。

 俺は【魔法使い】に与えられた『アモル』を握り締めながら、そう決意した。



 冬治くんが私を連れて来たのは、古びた探偵事務所だった。

 薄汚れた看板に『桐崎探偵事務所』と、かすれたゴシック体で書かれている。立て付けの悪いドアを開けると、薄れた紫煙の匂いが鼻腔をくすぐった。

「あ、一応言っておきますけど、俺はタバコはやってませんよ。この匂いは、前の持ち主が付けたものです」

 私の疑問を読み取ったのか、冬治くんが説明する。

 いや、元々冬治くんがタバコ吸っているところなんか、想像できないし。

 事務所の中は、何十年も使い込んだような古びた机や、アンティークな大時計。そして、整理された資料が置かれている戸棚。やけに高価そうな革張りのソファーが、テーブルを挟んで向かい合うようにして二つ。コート掛けには、カーキ色のトレンチコートが掛けられている。まるで、ハードボイルド小説に出てきそうな部屋だった。

「適当に腰掛けてください。今、コーヒーを淹れますから」

 冬治くんに促されるまま、私は高そうなソファーに腰を下ろす。

 コーヒーは数分立たずにすぐに出てきた。私と、冬治くんの分で二つ。白いカップの隣には、クリームと、角砂糖の入ったビンが置かれている。

 冬治くんは私と向かい合うようにしてソファーに座り、ブラックのままコーヒーを飲み干した。私は、クリームを全部入れて、角砂糖を五つ入れる。全部を掻き混ぜて溶かしたら、一気に飲み干した。当然、まだ熱くて、舌が軽く火傷した。

「さて、落ち着いたことですし、これから色々と大森さんに話してあげようと思うのですが、どうにも俺と冬花さんとの関係は複雑なのです。だから、大森さんが知りたいことを質問にして、俺がその質問に答えるという形式にしようと思うのですが、どうでしょう?」

「うん、いいよ。そっちの方が私もわかりやすい」

 私はしばらく考えた後、最初の質問を切り出す。

「まずね、冬治くん。どうして君はこんな場所に出入りしているの? 普通の高校生なら、こんなことありえないよ」

 冬治くんは機械的に答えた。

「ここが俺の住居だからです。今は亡き親父の遺産を引き継いだとき、この事務所もついてきました」

 今は亡き? おかしい、冬花ちゃんの家で私は、ちゃんと彼女の両親を見ている。なら、ひょっとして。

「前に冬治くんと冬花ちゃんは半分しか血が繋がっていないって言っていたけど、それって、君たちのどっちかが隠子ってこと? 君のお父さんがどっちかを、あのお母さんと別の人に生ませたの?」

 私の質問に、冬治くんは僅かに目を見開いて、無表情を崩した。

「やっぱり、貴方は聡明です。さっきの受け答えでそこまで理解するだなんて。けれど、残念ながら答えは否です。俺と冬花さんは異母兄妹ではなくて、異父兄妹ですよ」

「え?」

 なんで? だって、普通に考えたらそういうことじゃ・・・・・・・・・・・・もしかして、考えたくもたいけれど、そうなのか?

 私が辿り着いた結論に戸惑っていると、冬治くんはゆっくりと頷いて、肯定した。

「大森さんが考えている通り、俺の母親は、結婚した人ではない男の子供を生んだんです。そして、それを親父に隠してその子供を、俺を育ててきたんですよ。まぁ、もっとも、俺は心が読めるから、物心ついた頃から知っていましたし、親父も優秀な探偵でしたから、自分の子供じゃないことぐらい最初から知っていましたけどね」

 冬治くんは自らの過去を淡々と語る。

 あっさりと、なんでもないかのように、泥沼の過去は吐き出す。

「そんな家庭でもそれなりに愛はあったんですが、なにせほら、俺って人の心が読めたりするでしょう。そのことを母親がひどく嫌がりましてね、俺を病院や施設に入れようとしていたんですよ。親父はそれをやめさせようとして口論になって、結局、それが原因で親父と母親は離婚したというわけです。ああ、ちなみに俺は親父の方に引き取られました。ちょうど、母親が親父の子を……冬花さんを身ごもった頃ですね」

「・・・・・・じゃあ、その後にお母さんが結婚したのが、その、今の冬花ちゃんのお父さんで、君のお父さんでもある人ってこと?」

「はい。一応、血縁上は俺の父親になっている男ですね」

 仮にも、自分の血が繋がった人のことを、冬治くんはひどく冷たく表現した。いつもよりもさらに無機質な口調が、冬治くんとその人の確執をわかりやすく教えてくれる。

「そ、それで、冬花ちゃんとはいつ出会ったの?」

 冬治くんは僅かに目を細め、懐かしそうに語り始めた。

「母親が再婚したとき、ですかね。一応、母親は再婚するときに、色々と今までの事情を説明したり、謝ったりしにきたんですよ。その時に、冬花さんもついてきたんです」

 それから冬治くんは冬花ちゃんとの出会いを、実に数十分に渡って話した。内容はほとんど、冬花ちゃんがどれだけ凄くて、どれだけ素晴らしい人なのか、ということがほとんど。その口調は相変わらず起伏が無いものの、さっきまでと比べて、明らかに柔らかだった。というか、シスコンだった。

 私は今まで冬治くんは無表情で無感情なロボットみたいな人間だと思っていたけど、どうやらそれは間違いだったのかもしれない。冬治くんは確かに無表情で、何を考えているのかわかりづらいけど、でも、無感情ではないみたいだ。

「あー、その、冬治くん? 冬花ちゃんが最上最高至高の存在だってことは私も同意するけど、ちょっと疑問があるんだよ」

 だからこそ、私は疑問を提示する。

「私が見た限り、冬花ちゃんと君の兄妹仲は良好に見えるんだ、むかつくことにね。なのに、なんでわざわざ別居したりしてるの? 君の苗字が『桐崎』じゃなくて『有里』だっていうことは、一度は認めたんでしょ? 一緒に暮らすのを」

 冬治くんは、肩を竦めて――――皮肉げに微笑んだ。

 今までみたいに、無表情に毛が生えた程度の感情表現じゃなくて、はっきりと、誰にでもわかるように微笑んだ。

「・・・・・・そうですね、親父が突然病死してから、確かに俺は冬花さんの誘いで有里の家で暮らすことを選びました。実際、それなりにうまくやれていたと思うんですよ。もしかしたら、あのまま何も無かったら、皆、幸せになれたんじゃないかと思えるぐらいには」

 冬治くんが笑っていると、部屋の温度が、急激に下がっていく、そんな違和感を覚えた。夏場だっていうのに、思わず肩を抱きたくなるような寒さが私を蝕む。

 そう、まるで彼の周りにだけ『冬』が訪れているみたいだった。

「でも、俺は知ってしまったんです。親父が病気なんてものじゃなくて、『大殺戮』に巻き込まれて死んだっていうことに」

 その単語の聞くと、私の喉は無意識に小さな悲鳴を漏らす。

 『大殺戮』、それはこの町に住んでいる人間なら、老若男女問わずに知っている数年前の惨劇。犯罪史上、稀に見ぬ最悪な出来事。

たった一人の人間が数百人という町の人間を、一夜にして殺しまわった不可能犯罪。

数百人という人間の胸に杭を突き立て、十字架に磔とした異常犯罪。

世界で唯一、災害指定された人間、千年後の歴史にだって残りそうな大罪人。

水面みなも あゆむ』が起こした、最初で最後の犯罪、それが『大殺戮』なのだ。

その当時、この町には避難勧告が出た。たった一人の人間相手に、警察は町の住人を全て退避させた。その判断は、今でも英断だったと人々は語る。

 だってそうでしょ? 完全武装した警察の特殊部隊を全滅させるような、そんな異常な人間に対して、私たちみたいな一般人はあまりにも無力なんだから。

 そして、『水面歩』は私たちに消せない恐怖を植え付け、警官数十人の銃弾を受けて死亡した。それが、私が、一般人が知っている『大殺戮』の結末。

 その事実と結末の裏側を、冬の笑みを張り付けながら冬治くんは語り出した。

「『大殺戮』には、水面歩には、協力者がいたんです。いや、協力なんてものではなく、洗脳なんてものでもなく、水面歩を変貌させた黒幕がいたんですよ。俺の親父はそれに気付き、戦って・・・・・・負けました」

 なにか、自分がひどく場違いな気がする。

 大森杏奈という一般人には、この真実を聞く権利があるんだろうか? もしかしたら、今、この瞬間、耳を塞いで喚き立てて冬治くんの言葉を遮るべきなんじゃないか?

 私は迷って・・・・・・・・・・・・迷っている間に、後悔した。

「そして、俺は親父の後を引継ぎ、その黒幕を――――――殺しました」

 すごく、後悔した。

「刺殺しました、撲殺しました、埋葬しました、完膚なきまでに殺しました」

 冬治くんは皮肉げな笑みを消し、表情を消し、無表情のまま私を見つめて、告げる。

「大森さん、俺は『人殺し』です」

 突きつけられた事実の冷たさに、私は凍え死にそうだった。

 なんだよ、それ。なんなんだよ、それ。おかしいだろ、クラスメイトが殺人者だなんて。大好きな人の兄が、人殺しだなんて、そんな『現実』なんて、おかしいだろ!

「これでわかったでしょう? 大森さん、俺はね、冬花さんと一緒に暮らせる資格なんてないんですよ。殺人者が、日常に居て良いわけがない。冬花さんの兄が、殺人者なんて事実はあってはならない」

「・・・・・・・・・・・・で、でもっ!」 

 冬治くんをかばいたかったわけじゃない。けど、自然と口は動いていた。

「それって仕方ないじゃん! 正当防衛みたいなもんじゃん! 戦争で人を殺したみたいな、そんな感じじゃんか! 冬治くんだって、お父さんを殺されたんでしょ? だったら――――」

「どんな理由があれ、殺人は殺人です」

 きっぱりと、冬治くんは断定する。

「確かに戦争の中なら、殺人の罪は問われないかもしれません。けど、それはあくまでも国というルールの中でのことです。ルールに罰せられないからといって、その重みが、罪が無くなるわけじゃありません。例え、戸籍上存在しない人間を殺したからといって、国よりも大きな組織がそれを依頼したからといって、誰かを殺すことを誰かに許可されたからといって、俺が殺したという事実が消えてなくなるわけじゃないんですよ」

 なんて、厳しいんだろう。

 誰だって自分には甘くしたい、罪の意識から逃げたいはずだ。その罪が大きければ大きいほど、誰かのせいにして自分を正当化したいはずなんだ。

 なのに、冬治くんは逃げ出さずに真正面から罪を受け止めている。

 押し潰されそうな重い罪を。

 その厳しさが、生き方が、あまりにも厳しすぎて、だから私はそんなことを口にしたんだと思う。

「・・・・・・・・・・・・それでもさ、冬治くん。正直、こんなことは言いたくは無いけどさ、冬花ちゃんは、君の妹は、君の事を慕っているよ。多分、君が罪を犯していると知っても軽蔑しないし、許してくれると思うよ。誰が許さなくても、冬花ちゃんだけは君を許せるんじゃないかな?」

 私の言葉に、静かに冬治くんは首を横に振った。

「俺の罪は許されちゃいけませんし、それになにより――――」

 無表情のまま、冬治くんは言葉を続ける。

 

「俺を好きになる人間も、俺を愛する人間も存在しません。これは卑屈でもなんでもなく、ただの事実です」

 

 淡々としていた。

 本当に、ただ事実を述べているだけのように、冬治くんは言葉を紡ぐ。

「それが、俺の罪であり、罰であり、呪いなんですよ」

 私は動けなかった。

 大森杏奈という人間じゃ、私みたいなただの一般人じゃ、有里冬治という少年の事実は重すぎて、私は身動きが取れない。言葉もまともに口に出せない。

 凍りついたように固まる私に、冬治くんは告げる。

「これが、貴方が入り込んだ非日常です、大森杏奈さん」

 


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