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いつも心にBGMを  作者: 六助
最後の魔法使い
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それぞれのエピローグ

「さて、お前らの処遇だが…………俺達が手を下すまでも無い。どうせ、委員会の奴らがお前らをさっさと駆逐するだろうよ。だがな、天城美幸。お前がもしも、この最強を助けたいと思うのなら、【グリモワール】を捨てろ」

 薄れていく意識の中、冬を連想させる冷たい声が私の耳元で囁かれた。

「あの最強の力はもう、うちの妹が完全に封印した。それでも充分強いが、本気になった委員会に勝てるほどじゃない。わかるな? つまり、お前が【グリモワール】を捨てれば、委員会は本気にするほどの危険性を感じない。あの最強と相対して無駄に戦力を削るぐらいだったら、放置することを選ぶだろう」

 その声はとても厳しく、同時にとても優しい声色で私に問いかける。

「さぁ、選べ。あいつを殺すか、自分を殺すか。全てはお前の決断次第だ」

 どうすればいいのだろう?

 どうしたいのだろう?

 自分のことなのに、さっぱり分からない。

 分かるわけがない。

 そんなに簡単に人生を決められたら、今まで中途半端で悩むことなんか無かったんだから。

 でも、今回だけは決めなきゃいけない。

 答えなければきっと、この男は私達を容赦なく消し去るだろう。そもそも、こうやって慈悲を掛けられている時点で破格の条件なのだ。

 私は死にたくない。

 宗次君にも死んで欲しくない。

 漫画みたいに両方を選ぶことなんてできない。

 だから私は、何も考えず、口から勝手に出た言葉で男の問いに答えた。

「私は…………」



●●●



「またねー、美幸!」

「うん、またね」

 学校のチャイムをBGMにして、私は校舎から出る。

 周りには、私と同じ帰宅部の面々。

 日も短く成ってきたし、そろそろスカート下にジャージを装備したいという誘惑に駆られる時期になってきた。いやいや、それをやったら彼氏持ちの女子としてちょっとアレですもん。ここはぐっと堪えて、足元からせり上がる寒さに耐えて歩き出す。

 自宅に帰ったらきっと、数学の課題をやるだろう。明日の英語の予習もするだろう。それが終わったら、適当にラジオを聴きながら漫画でも読んで、お風呂に入って、ベッドに入って、はい就寝。

 そして、明日も同じような毎日を繰り返すんだろう。

「……委員会の奴ら、本当に全然来ないんだもんなぁ」

 てっきり、【グリモワール】を失った今、私は野兎の如く、委員会のエージェントたちに狩りだされると思ったのだけれど、それはまったくの検討違いだった。どうやら、あの探偵が言った通り、もう既に『無害』となった者を狩るほど委員会は暇じゃないらしい。そもそも、委員会は平和を守るために組織であって、私みたいな罪人に罰を与えるための組織じゃない。かといって、本来、罰を与えるべき組織では、私を捕まえられないのだ。

 無罪放免。

 あれだけの非道を繰り返した私は、あっさりと日常に還された。

 いや、ひょっとしたら『日常で過ごす』こと時代が、私にとって何よりの罰なのかもしれないし、いずれ私のやってきた罪悪は因果によって辿ってきて、本当の罰が与えられるのかもしれない。

「それも、あるいは」

 退屈な日常に埋没していくぐらいなら、非日常の死を与えられた方が、私にとってはよっぽど『生きている』気がする。

 今の私は、死人も同然だから。

 同じ作業を繰り返すだけの、肉の塊だから。

 魂なんて、もうこれっぽっちも残ってないのかもしれない。

 でも――――


「よっ、彼女。乗ってくかい?」

「そういうキザな台詞は宗次君には似合わないよ」

「手厳しいなぁ、おい」

「せめてちゃんと就職してもらわないと」

「ぐっ、一応内定は貰ったんだぞ!?」

「ちゃんと入社しなきゃ、信じられないねー」


 学校の帰り道。

 ちょっと年上の彼氏がバイクで迎えに来てくれる。

 私はその彼氏の背中にしがみ付いて、寒さを堪えながら、ちょっと遠回り。最近オープンした喫茶店にでも寄って楽しいおしゃべり。

 例え、今の私が死人だとしても、これはこれで楽しい日々だと思う。

 少なくとも、

「もう、ちゃんと就職してくれないと、結婚してあげないよ?」

「け、結婚!?」

「なに驚いてるのさ?」

「いや……うん! 俺、頑張るわ!」

「そうだね、超頑張れ」

 あの時、私の口から勝手に出た言葉を、後悔しない程度には。



●●●



 さぁて、どうしてこんなことになったのか、考えてみよう。

 あれだよ、僕はがんばったじゃん。や、正確には僕じゃなくて、冬治さんが頑張ったんだけど、僕だって色々貢献しましたよ? 世界を賭けたとんでもなく胃に悪い賭け事に勝ったし、その後、カナエと見事友情を結ぶことができたし。ちょっと恥ずかしそうに、主人格に戻った白鷺さんに対して明るく笑いかけてあげることは出来たはずだ。

 少なくとも、僕の愛おしい日常を守るぐらいは出来たと思う。

 なのに、なんで、

「佐々木君、ほら、こっち見て?」

「旦那ぁ、恥ずかしがっていちゃ駄目だぜぃ」

「ほーら! 見なきゃ損だよ!」

「…………見て……欲しい、な」

 白鷺さんオールスターに下着姿で囲まれているんだ!?

「くっ、説明しよう! 白鷺さんオールスターとは、白鷺さんが自分の人格全てを、顕現させた状態を言うのだ! しかも、普段の狼なケリーも人間形態……というか、白鷺さんがちょっとワイルドな感じになった状態になっているのだ! そして、他の人格もしかり!」

「誰に説明しているの? 佐々木君」

「強いて言うのなら、まだこの状況を受け入れられない自分自身にかな!?」

 がちゃがちゃと、後ろ手で思いっきりドアノブを回すのだが、まるで動く気配は無い。おかしい。僕は白鷺さんに呼ばれて、白鷺さんの部屋に入ったはず。つまり、部屋の内側にいるのだ。もちろん、鍵なんて掛けていない。なのに、なぜ? ――はっ、まさか!?

 僕はオールスターの中にひょっこりと紛れているカナエ(識別のためにツインテール)に視線を向ける。すると、カナエは実にいい笑顔でこちらにピースしてくれました。おい、【全能者】よ、能力の無駄遣いが過ぎるんじゃありませんかい?

「というか! そもそも、どうして白鷺さんたちがこんなことしているのさ!?」

「今回は色々と佐々木君に迷惑を掛けちゃったから、そのお詫びとお礼」

「体でお礼しちゃうんだぜぃ!」

「まだまだ人格は控えているから、ものすごい乱交が出来るよ?」

「…………レッツ、姦淫……」

 くっ、僕と白鷺さんの初体験が、二次元でもなかなかお目にかかれない規模の乱交になりそうな件について! というか、まだ中学生ですし! 清いお付き合いがしたいですし!

「佐々木君」

 僕がどうやってこの場から脱出しようか悩んでいると、ふと、白鷺さんが優しく僕の肩を叩いた。

「まだこうやって、ギャグにして誤魔化しちゃうけど、好きなのは本当だから」

「白鷺さん……」

 僕が振り向いた瞬間、白鷺さんは微笑んだ。

 花が咲くような笑顔だった。

 なんて、綺麗。

 僕の『普遍』すら撃ち砕く、この気持ち。どれだけ体験したって、彼女の微笑みに慣れることなんか、ありえない。


「いいよ、白鷺さん。ギャグにしてくれも構わない。君が笑ってくれるなら」


 だって、僕が君に抱く思いは、『普通』なんて言葉を当てはめることができないくらい、唯一無二なんだからさ。



●●●



 かち、かち、と壁に掛けられた古時計が音を立てて秒針を刻む。

 事務所の外はしんしんと雪が降り注ぎ、もうすぐ降り積もってしまいそうだ。

「もう、冬ですか」

 俺は事務所のソファーに体を沈めながら、ゆっくり瞼を閉じ、回想する。

 忙しくも、幸せだった日々を。

 天城美幸は予想通りの結末に導けた。あれから、あいつがどうなるのかは、俺にはまったく関係ない。全てはあいつ次第だ。できることなら、俺の居ないところで勝手にくたばって欲しいところである。まぁ、何にせよ、これで因果の始末は済んだ。

 そして、過去の因果の始末を終えた俺を迎えたのは、平凡で穏やかな日々だった。【全能者】の力により、俺の体は復元され、俺の魂に憑いていたはずの【魔法使い】は満足そうに逝った。俺の平穏を邪魔する者は居ない。

「本当に……幸せでしたね」

 学校に行くと、大森さんが絡んできた。ことあるごとに俺を何かの行事や、クラス内での催し事に巻き込んで、いつも間にか、大森さん以外にも、普通に会話できるクラスメイトが、数人ほど出来ていた。冬の呪いも無くなったおかげもあるだろうが、それよりもきっと、大森さんのおせっかいによる物だと、俺は考えている。

 最近は事務所に帰るより、冬花の自宅に帰ることが多くなった。

 まだ、冬花の両親とはぎくしゃくすることもあるが、それ以上に、冬花と一緒のテーブルで、一緒の飯を食べられるのが嬉しかった。そんな些細なことが幸せだったんだ。

 でも、それももう終わりだ。

「そろそろ、タイムリミットですからね」

 ゆっくりと瞼を上げ、右手を窓から差し込む陽に照らして見せる。すると、俺の右手は陽炎の如く輪郭を薄れさせ、陽を透過させてしまう。

 これはきっと、代償だ。

 今まで冬の力を使いすぎた対価。

 いくら【全能者】とはいえ、あの終焉を完全に無かったことにはできない。あれで多少、時間は延びたけれど、そろそろそれも限界らしい。

「できることなら、皆には、俺のことを覚えていてほしいですね」

 ほんの少し前までは、俺が死ぬ時は存在ごと丸ごと消えるのが理想だったけれど、今では、傷を残してもいいから、俺のことを覚えていて欲しいと思うようになった。

 これは、俺が温くなったのだろうか?

 それとも、そう思える相手が出来たからだろうか?

「大森さんは、俺が死んだら泣いてくれますかね?」

 ふと、死に際に思い出すのは、俺のことを抱きしめてくれた彼女。

 大森杏奈。

 多分、俺が愛しく想う人。

 レズで変態で、腹黒の癖に底が浅くて、本当、どうしようも無い人だけど…………冬の呪いに塗れた俺を、唯一、抱きしめてくれた人だ。

 彼女に対する想いを抱いて死んでいけるのなら、これ以上のハッピーエンドはありえない。

「大森さん…………」

 体中から、段々と力が抜けていき、体の感覚も薄れ去っていく。

 恐らく、俺の体はもうまともな輪郭をしていないだろう。きっと、霞のようにぼやけて、あるいは、まったく誰の目にも映らない。

 だから、いいだろう。こんな時ぐらいには、素直になっても。

「大森杏奈。俺は…………アンタのことが好きだったんだぜ」


「――――――ほんと?」


 え?

 耳元から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 それと同時に、唇の感覚が鮮明に蘇った。柔らかい感触だった。

「んむぅ!?」

 次に肺から声帯が。

 後は、口内が。なんかこう、ぬるぬるした塊が俺の口内を蹂躙して、無理やり液体を俺の喉の奥に押し込め、嚥下させてくる。

 ごくりと、何にかを飲み込んだ瞬間、体中の感覚が針を刺されたかのごとく鮮明に蘇った。

「ぷはぁっ」

 たっぷり、三分間の蹂躙劇。

 俺はやっと彼女の舌から解放されると、口元を拭って、体を起こした。

「えーっと、大森さん?」

「なーに、冬治君」

「なぜ、ここに?」

 死期を予め予想していた俺は、ありとあらゆる手段を用いて、この時間、この場所に誰も立ち入らない準備をしていたはず。あまり使いたくない【サトリ】の能力だって、罪悪感に紛れながら使ってまで、万全の準備を整えていたのに。

 そんな俺の疑問に、大森さんは実に素敵な笑顔で答えてくれました。

「もちろん、乙女の勘だよ」

 ぱないな、乙女の勘。

 なんかこう、自分が必死で準備してきたのが馬鹿らしく思えてくる。

「ちなみに、どうやって終焉の呪いを完全解除したんですか? 能力の代償まで全部綺麗さっぱり終わらせるなんて、あの【魔法使い】以外に不可能なんですが。いや、予想は付いていますがね」

「んーっと、冬治君と一緒に眠っていたときにさ、どっかの【魔法使い】さんが解除方法を教えてくれました。『呪いを解く定番はキスに決まっているのさ』ってね」

「うっわぁ」

 なんじゃそりゃ。

 世界中のどんな魔術師がこぞって頭を悩ませても、誰も解くことができなかった呪いが、そんなんで解けてもいいのかよ?

「む、乙女のキスをそんな物とは失礼な」

「人の心を読まないでくださいよ」

「わかりやすい表情をする冬治君が悪い」

 にしし、と大森さんは悪戯っ子みたいな無邪気な笑顔を浮かべて、俺の右腕に抱きつく。

 勘弁して欲しい。

 感覚が戻ったばかりに、心臓を爆発させるような真似はやめてくれ。というか、既にキスされた時点で、俺のキャパシティは限界なんだ。

 だとうのに、

「ねぇねぇ、冬治君。呪いを解いてあげたお礼に、さっきの言葉、詳しく聞きたいなぁ」

「ぐぅ……」

 上目遣いで、お互いの息遣いが分かってしまう距離でこんなことを言ってくるのだ。正直、殺しに掛かってきているとしか思えない。てか、絶対、普段の恨みも込められているだろ、このやり取り!

「…………はぁ」

 しかし、残念ながら俺はもう大森さんにチェックメイトされてしまったようだし。ここは観念して、大人しく青春してやろうじゃねーか。

 俺は息を整え、はじめて大森さんと――杏奈さんとまともに会話した時のことを思い出して苦笑しながら、けれど、あの時とは違う、胸を満たす温かな気持ちを言葉にして告げた。


「杏奈さん、貴方のことが好きです、付き合ってください」

「うん、しょーがないから、付き合ってあげるよ、冬治君」


 例え、どんなに辛い冬の中でさえ、君が向日葵のように笑ってくれるのなら。

 俺の隣で、温かな手で繋いでくれるのなら。

 俺はどんな不可能だって打ち破って見せよう。

 だから、どうか一緒に居てほしい。

 君と一緒に居られるだけで、俺の心にはいつも、無敵のBGMが流れているのだから。

                                          fin

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