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いつも心にBGMを  作者: 六助
最後の魔法使い
43/45

魔法使いの存在理由

 忘れてしまったことがある。

 私の前に【魔法使い】をやっていたあのおっさんに訊いた、問いの答えだ。

「貴方はどうして【魔法使い】になったのですか?」

 その問いに対して、おっさんはいつも通りに笑って適当な事を答えたと思う。あの時は、なんでもないように感じたのだけれど、今思えば、それはとても大切な物だった気がする。忘れてはいけない物だったはずだ。

 けれど、幾千の魔法を行使しようが、私の記憶からその答えが出てくることは無かった。いや、むしろ、私自身が無意識に思い出せないようにしているのかもしれない。

 その答えを思い出してしまったら、私の今までが、とてもアホらしい喜劇のようになってしまうだろうから。

 でもね、冬治君。

 今は、いや、今だからこそ私は――その答えを思い出したい。

 その答えがきっと、息を切らせてなれない真似をしている私の現状を、これ以上無く的確に言い当ててくれると思うから。



●●●



 綺麗は汚い。

 汚いは綺麗。

 私はそんな狂った価値観を持っている。ごく普通の人間からしてみれば、唾棄すべき邪悪な精神を。

 だから当然、他人の悲鳴なんかはむしろ心安らぐせせらぎにしか聞こえない。

 小さな子供が泣き叫んでいても、胸の中が温かくなって和んでしまうぐらいだ。

 そんな私が――

「あ、がぁあああああああああっ!?」

 初めて他人の悲鳴を、辛いと思った。

「ほら、どうしたんですか? 【今代最強】さん? 私の攻撃なんて止まって見えますよね? 避けてもいいですよ? 私の肉体なんて、紙くずみたいですよね? あっさり破り捨ててもいいんですよ?」

 この世のものとは思えない美しい美貌で微笑むのは、有里冬花。有里冬治の妹にして、引きこもり。ありとあらゆる才能に恵まれ、否応が無しに他者をひきつけるカリスマを持つ少女。しかし、本来だったら、私達と関わることもない……関わったとしても、有里冬治に対する人質としてしか現れないはずだった存在だ。そうだった、はずなのに。

「あ、あぁああああっ! 美幸をっ、離しやがれぇええええっ!」

「はい、力押しー。駄目ですよー、子供じゃないんですから、少しは考えて行動しましょうね」

 なぜ、【今代最強】である宗次君を、ここまで翻弄しているんだ?

 しかも、【魔法使い】である私さえ、完全に封印してしまって。

「吹き荒れろ、花吹雪」

 恐らく、その秘密は有里冬花が操る『白い花』の異能にある。どうして、どんな理由で異能に覚醒したのかは分からないが、その能力は強力――いや、凶悪だ。

 彼女の異能は『他者の強さを花に変えて操る』こと。精神面、肉体面を問わず、自分自身が少なからず誇れる何か、頼りにしている何かを強制的に『白い花』として、自在に操ってしまうのだ。

 時には弱さを許さない極寒の雪に。

 時には弱さを縛りつける楔に。

 時には弱さを貫く杭に。

「銀河ごと砕けろぉ!」

「こらこら、八つ当たりで銀河を壊しちゃいけませんよ?」

 空間が歪み、その余波でこんな惑星なんて簡単に砕けてしまいそうな拳を、何度も、何度も宗次君は振るう。

「花は手折れず、ただ散らすのみ」

 しかし、宗次君の力は、銀河すら破壊する力は、根こそぎ有里冬花によって花に変換され、惑星どころか、足元に転がる瓦礫一つすら壊さない。加えて、変換された花々が、自らの花弁を刃と変えて、宗次君の肉体を切り刻んでいく。光速の一刀でさえ、薄皮一枚も切り裂けないはずの、宗次君の肉体を。

「がぁっ!?」

 痛みで吠え猛る宗次君へ、有里冬花は容赦なく携えた花の茎を突き出す。その白い花はまるで薔薇のように鋭いトゲと丈夫な茎で出来ていて、まるで、剣山にでも差すかの如き気軽さを持って宗次君の右肩を貫いた。

「咲き誇れ、その強さを糧にして」

 刺された茎から、宗次君の莫大な力が吸い取られ、花は大きく花弁を開かせる。さらに、茎がどんどん枝分かれしていき、宗次君の体を戒めようと体を這う。

 これで、宗次君の体に突き刺された花の本数は合計十三。宗次君の体の大部分は、既に茨によって拘束され、先ほどの一輪で完全に束縛された。ぎちぎちと、茨のトゲが宗次君の体に食い込み、鮮血を滴らせる。

 わかっていた。

 うん、薄々分かっていたんだ。

 宗次君は『最強』であるけど、無敗ではない。どれだけ力が強くても、銀河すら破壊できても、その強ささえ操る相手じゃどうしようもない。

 だって、アレは私達にとっての天敵じゃないか。

「随分足掻きましたが、これでお仕舞いですね。ご苦労様です」

「あ……が、な、んで? なんで、俺が、こんな程度の能力に?」

 拘束され、身動きが取れない宗次君は、本当に何がなんだか分からないといった顔で、有里冬花の顔を見る。有里冬花は、その疑問に、変わらずの笑みで。けれど、残酷な刃を隠した言葉で答えた。


「だって、貴方、弱いじゃないですか。自分の大切な人すら守れないほどに」


 その刃は、なぜか私の心も貫いてくる。

「確かに貴方は恐ろしいほど膨大な、無限大な力を持ってますよ? でも、それは破壊の力です。自分自身すら誇ることが出来ない、ただの力です。貴方はそれで今まで、一体誰を守ってきたんですか? その力が自分の強さだと誇ることが出来ますか?」

 痛い、痛い。

 心が痛い。

 曇り一つもない、綺麗な白刃が私達の心を無慈悲に裂く。

 お前らがやってきたことは、全部、ただのわがままだと。

 駄々っ子がただ、暴れまわっていたに過ぎないと。

 私達の全てを否定する。

「中途半端なんですよ、貴方達は。悪にもなれず、正義にもなれず。挙句の果てに自分自身にすらなれない。だから、自分の強さに誇りも持てない」

 有里冬花は裁きの刃を持って、私達を裁く。

 心をバラバラに解体して、内蔵を引きずり出して曝してみせる。

 ほら、これがお前なのだと。

 こんな物がお前らなのだと。

「だから私程度に殺されるんです」

 私と彼を縛る茨が、少しずつその拘束を強めていく。

 まるで、私達の肉片全てを磨り潰してしまおうとしているように。

「……だ、め……」

 いけない。

 それだけは認められない。

 私は正直、自分自身でも吐き気を催す邪悪だから、こんな死に方しても構わない。いや、死にたくないけど! 凄く死にたくないし、逃げたいけど! でもっ! それ以上に! 宗次君をこんなことに巻き込ませちゃいけない。

 だって、全部私が悪いんだから。

 今回の事だって、きっと、何かの事情で有里冬花は兄のことを、兄にしてきた私たち【魔法使い】の事を知り、その復讐に、裁きに来ているんだ。

 だから、本当は宗次君にとって、何の関係もない事。私なんかと一緒に居た所為で、災難を被ってしまっただけなのだ。

「な、んとか…………そ、うじくん、だけ、でも」

 残った魔力を振り絞って、周囲に微弱な魔力を放ち、ソナーとして状況を把握する。いつもだったらこんな魔法、呼吸するよりも簡単に行使できるのに、今は水中で呼吸するより難しい。

 ――よし、調査完了。でも、これは、何? 周囲には誰も居ない。人の気配どころか、動物、小さな昆虫すら見つからない。おまけに、建物一つ一つの構成がまるで張りぼてだ。

 確かにそこに存在しているのだが、まるで、つい一時間前にまるっきり同じ物を、汚れや傷すらも丸ごとコピーして設置したような違和感がある。

 でも、だとしたらいつから?

 一体、いつから、私はこの張りぼての世界に居たんだ?

「さぁ? それは私にも分かりかねますね」

 心臓が跳ねる。

 息が止まった。

 冷汗すら出ない。

 忘れていた。この有里冬花は有里冬治の妹。【サトリ】の能力を持つ兄の妹なのだ。兄ほどではないにしろ、他者の内面を読めていたとしても不思議ではない。

「その事はお膳立てした【全能者】にでも聞いてください。もっとも――」

 視線が移される。

 宗次君から私へ。

 能面の如き笑顔を向けられる。

 容赦なくこちらを見据える彼女の瞳の奥に見えたのは、膨大な熱。何もかも全て飲み込んで、焼き尽くしてやるという、強固な意志。

「貴方はここで死にますが」

 展開されるのは無数の花。

 眼前に白い絨毯が敷かれる。けれどそれは、私を全部飲み込むほど広く、床とは垂直に敷かれていた。

 そしてそれは私を串刺しにせんと、音速を持って放たれて――――



●●●



「うん、これは無理だね」

 一見、電柱と塀にある狭い空間――隔離世界と現実世界の境界を眺めて、私は肩を竦めた。

 いやはや、さすが【全能者】だね。中から逃げる分なら何とかなったけど、外から進入するのは、かなり困難だ。不可能に近い。しかも、隔離世界の主の心理状態が不安定な所為か、一切の干渉が弾かれてしまう。ああ、よほど怒り狂っているんだね、冬治君の妹さん。せめて、もうちょっと理性的だったら、何とか冬治君を表に出して説得できるんだけど。

「というわけで、悪いね、冬治君。やることも無いから暇つぶしに君の妹を助けてあげようと思ったけど、私じゃ力不足だったみたいだよ」

 だから、諦めて違う暇つぶしでも探そうがな。【全能者】は世界を賭けるなんてほざいていたけどさ、世界はそんなに安くない。少なくとも、彼女が佐々木君に好意を持っている間は、そんな真似できやしないだろう。

「さて、久しぶりに生き返ったんだ。何かおいしい物でも食べようかな」

 私は欠伸混じりに、その場から立ち去った。

「…………」

 立ち去ろうとした。

 この場から居なくなるなんて、瞬きするより楽だ。ほんの少しだけ移動系の魔法を使ってやればいい。なのに、どうして私はそれをしないのだろう? 久しぶりに肉体を得たから、自分の足で歩いてみたいのか? いや、そんな殊勝な性格ではないだろ、私は。

 ただ、なんだろう? この感覚は。罪悪感ではない。冬治君と同化して、大分倫理観を得てしまったが、まだこの程度では罪悪感を抱かない。そうではなくて、もっと日常的な、でも、随分前から感じることがなくなっていた感覚。

 そう、『ずっと忘れていた物を思い出しそうになる』感覚だ。

「…………ああ、なるほど」

 特に対したきっかけでもないのに、どんな魔法を使っても思い出せなかった過去を思い出せてしまった。しかも、割とどうでもよさげなことだ。昔、先代の【魔法使い】に、なぜ【魔法使い】になったのか、その理由を尋ねたときに返ってきた答え。


『だって、魔法使いって格好いいだろ? どんな不可能なことでも、『魔法』で可能にしちまうんだからな! まるで、ヒーローみたいじゃねーか?』


 なんてくだらない。

 ただの自己陶酔か。

 あの時はそう判断した。今だって、その評価が変わる事は無い。

 しかし、あの時と違うことが一つだけある。

「聞いているかい? 冬治君。実はさ、君の中で亡霊やっていたときに、ずっと君に嫉妬していたことがあったんだ。いいや、君と初めて戦ったときから、ずっと、かな?」

 魂の内側から答えは返ってこない。

 いいさ、眠っていたとしても、無視していたとしても。

 どうせ最後の独り言だ。一体、誰に恥じるというのだろう?

「思えば君は、絶妙なタイミングで誰かを助けてきたね。本当だったら、失われていたはずの命を、寸でのところで、まるでご都合主義のように助け続けてきた。でもね、私だけは知っているよ? なにせ、しばらく『君』をやっていたからね」

 君は本当に何処までも頑固で、まっすぐで、強がりで、泣きそうでも我慢して、誰かのために手を伸ばし続けてきた。例え、その結果、どうしようもなく打ちのめされても、ずっとずっと、諦めることなく手を伸ばし続けてきたんだ。

 だから、私はだけは、君が重ねてきた奇跡をご都合主義なんて呼ばない。

「どんなに無理に見えたことでも、不可能に見えたことでも、君はボロボロになりながらッ可能に変えてきた。まるで、そう『ヒーロー』みたいにね。私は、そんな君に嫉妬していたんだ。憧れていたんだ」

 大抵、何でも出来た私には、そんな真似なんて出来なかったから。

 無駄に賢しい私は、不可能を不可能としか認められなかったから。

 だから、一度くらいはいいと思うのだ。

 馬鹿になっても。

「思えば、本当にやりたいことなんてさっぱり分からない人生だったよ。私の周りは出来ることだらけで、まず、出来ない事を見つけるのが大変だったからね。でも、やっと思い出すことができたんだ」

 思い出したんだ。

 一番に憧れた人のことを。

 最後に笑って死んでいった、あのおっさんのことを。

 愚かで、馬鹿で、どうしようもなかったおっさん。

 でも、心が震えるほど格好良かった私のヒーロー。

「私はさ、心の底から笑ってみたかったんだ」

 【グリモワール】を起動。

 稼動燃料を魔力から私の魂へ変更。

 【グリモワール】に書かれた全ての物語を超え、終焉の冬さえ越えて、私は新たに物語を記していく。

それは、英雄の物語。

 ドンキホーテのように、風車に立ち向かう英雄を。

 不可能を笑って蹴飛ばす馬鹿げた英雄を。

 どんな逆境でも笑い飛ばしてみせる英雄を。

 私は記す。

 それがどんなに滑稽でも――――――――これが私の本当に読みたかった物語だから。


「歌え、英雄賛歌」


 呪文は短く。

 けれど、力強く世界に吐き出された。

 呪文と同時に力いっぱい繰り出した私の蹴りが、不可能の境界線をいとも容易く破って見せる。

「ははっ、やれば出来る物だね」

 不可能を蹴飛ばした代償として、私の魂はもう既に分解寸前だが、これでいい。満足だ。きっと今、私はこれ以上無く笑えていると思うから。

「さぁ、道は作ってあげたよ、冬治君。なに、【魔法使い】ならこれくらい当たり前さ」

 主導権が移っていく肉体で、最後に軽口を叩く。

 私の思い描くヒーローなら、きっとこうしたと思うから。

「次は君の番だ。頑張りたまえ、ヒーロー」



●●●



『ザザザッ――はぁい! そろそろ名残惜しいけどこの楽しいトークも終わりの時間になってきたぜ! というわけで、最後にはリクエストされてたこの曲を流しちゃうぜ。俺様と同じ年頃の男の子だったら、一度は聞いたときがあるであろう、有名なアニソンだぜぃ! 暑苦しいとかなんとか言われているが、俺様はけっこーこの曲が大好きだぜぃ! んじゃ、流してみようか! この曲名は【英雄は此処に】』

 壊れたラジオがBGMを叫ぶ。

 全ての悲劇を笑い飛ばすように。

 ヒーローの登場を祝うように。

 ハイテンションな歌声が、夜の帳を裂く。


「悪いな、冬花。昔からの決めてたんだ。どれだけ理不尽なことが起きたとしても、お前だけは守ってやるってな。お前は俺の一番の日常だったから、本当に大切だったからさ」


 カーキ色のトレンチコートを荒々しく羽ばたかせて、彼は一度降りた舞台へ駆け上がる。

 全ての不都合をBGMで誤魔化して、自分を無敵のヒーローだと言い聞かせながら。

 この場に居る、全員の視線を奪って、高々と宣言する。


「だから――――――――――――自衛させてもらうぜ、お前は俺の生活圏内だ」


 因果も、復讐も、不可能も、終焉さえ超えて。

 この夜に一人のヒーローが生まれる。

 名前は有里冬治。

 BGMが心に響き続ける限り、どんな敵にも負けない無敵のヒーローだ。


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